思い出の場所
出発前に起きたメディア関連の出来事によって、アルトリアは自身の飛行船を再調整し始める。
その間に一行の旅に加わる事になった狼獣族エアハルトの話を聞き、自身の姉と彼の関係についてケイルは疑問を深め彼に対する印象を変える事となった。
そうした中、二階の制御施設に降りたエリクはアルトリアを探す。
すると硝子が張られた一室にて、文字が羅列され高速で流れる映像装置を見ながら操作盤を扱う彼女を発見した。
しかしその部屋に設けられた扉に近付きながらも、昇降口や他の部屋とは違い自動的に開かない。
それを確認したエリクは、硝子張りされた窓を軽く叩いて音を鳴らした。
それに気付いたアルトリアは視線を向けながらも、暫く操作盤での入力を続ける。
すると十秒後にそれを切り上げ、内扉へ近付きながら開けてエリクに呼び掛けた。
「――……なに、どうしたの?」
「何か、手伝える事はあるか?」
「大丈夫、点検はもう終わったから。後は制御機構が外部からの干渉を受けないように、魔導人形側で無作為に魔力周波数を変動させるだけね」
「……そ、そうか。凄いな」
「はいはい、分かってないのよね。簡単に言えば、もう調整は済んだわよ」
「そうなのか。……二時間も掛からなかったな、もう出発するのか?」
「ううん。実は飛行船の最終調整をずっとしてて、最近はあんまり眠ってないの。だからちょっと、休憩もしたいし」
「大丈夫なのか?」
「平気よ、聖人になってからそれほど身体は疲れてないし。問題は精神の疲弊だから」
「そうか。じゃあ、休むのか?」
「そうね。でもその前に、この近くで寄りたいところがあるから。ついでに、ちょっと行って来ようかと思うわ」
「寄りたい場所……転移してか?」
「歩いて行ける距離よ。……貴方も来る?」
「ああ――……!」
アルトリアは外出する事を伝え、エリクは共に同行する事を伝える。
そして今まで作業着らしき一張羅を纏っていた彼女は、自身の胸に右手を置いた。
すると右手を置いた服内部から僅かに魔力の白光が発せられる。
それが服全体を覆うと、次の瞬間に身に着けていたアルトリアの衣服が一瞬で替わった。
それを見たエリクは、驚愕を見せながら問い掛ける。
「これは……!?」
「私が作った魔道具の効果よ。この首飾りに『収納』の時空間魔法用の構築式を施して、起動させればいつでも収納された物を取り出したり収納できるようにしてるの。便利でしょ?」
「あ、ああ。……その服は?」
「これは旅用の服、さっきのは作業用の服ね。一応、身形を整えて行きたいからね」
「そうなのか……」
自身が開発した魔道具の効果を明かすアルトリアに、エリクは改めてその服装を確認する。
それは魔法師らしくない軽装ながらも、手足は薄く覆われた黒布を纏い、衣服は白色を強調した厚めの袖無し服と短い脚絆を身に着けていた。
更にその細い両腰には、エリクが見た事の無い奇妙な黒い物体が腰帯に提げられている。
エリクはそれを見ながら、改めて問い掛けた。
「それは?」
「ああ、これ? 魔力弾を発射する拳銃……まぁ、杖代わりよ」
「杖なのか、これが?」
「杖とは違うけど、今の私には最適な武器よ。――……こういう風に、片手で二丁ずつ持って構えるの。そしてこの先の発射口から、各属性の魔力弾を対象に撃ち込むのよ」
「……もしかして、これは……小さな銃なのか?」
「形はね、でも機能的には杖と変わりないわ。ちなみにこの手袋や服自体も魔鋼を糸状に織り込んで、構築式が彫り込んで幾重にも重ねてるの。前に『青』が渡した貴方達の服と、同じ機能ね。力を入れれば自然に脚力も腕力も強化できる、強化服ってわけ」
「そうなのか、凄いな」
「ええ。……でもこれだけ装備を揃えても、私は魔大陸で役に立たずかもね」
「!」
「傷の入った魂は補強してるけど、権能を失って前みたいに大出力の魔力を操作できなくなったし。周囲の魔力を吸収して、自分の生命力に変換も出来なくなった。出来るのはせいぜい、少ない魔力を扱いながら魔道具や武装を使った猪口才な戦い方だけ」
「……」
「アイツに言われたわ。今の私が魔大陸で戦う事態になったら、真っ先に殺されるだろうって。出来るのは良くて、貴方達の補助だけになるでしょうね。……聖人と言っても、実力的には以前と比べ物にならないくらい弱くなっちゃったわ」
自身の戦力的な現状を教えるアルトリアは、自嘲の言葉と微笑みを見せる、
それを聞いていたエリクは少し考えた後、こう述べ始めた。
「……君の補助が、この旅で一番重要だと思う」
「え?」
「君は少ない情報だけで、『少女』と『世界の歪み』の関係や正体を当てた。今までの旅も、君は周りで起きていた事件の大元を推測できていた。……君が居なければ、俺達は起きている状況を考えることすら出来なかった」
「……結構、外れてる記憶しか無いけど?」
「外れていても、君が俺達の進む選択肢を教えてくれる。……だから今回も、俺達は君を頼りにしている」
「!」
「戦いが必要になったら、俺達を頼ってくれ。その為に俺達は強くなった。……だから君は、役立たずなんかじゃない」
低い自己評価を語るアルトリアの言葉に、エリクはそうした反論を述べる。
それを真剣で伝える表情を見ると、アルトリアは小さく息を吹き出しながら声を返した。
「……貴方も、随分と口が上手くなったわね」
「?」
「そういうの、ケイルにも言ってあげなさい。喜ぶだろうから」
「ケイルにも、もう言ったが」
「……」
「どうしたんだ?」
「……別に。それより、外に行きましょう」
「?」
微笑んだかと思えば僅かに怒気を含んだ表情と声色を浮かべるアルトリアに、エリクは首を傾げる。
そして二人は二階部分の出入り扉から外へ出ると、階段を降りた二人は草原の中を歩き始めた。
日の光が真上に昇る空を見上げるアルトリアは風を受け、短くなった金髪を僅かに揺らす。
その後ろ姿を見ていたエリクに、前を歩く彼女が問い掛けた。
「――……ここ、何処だか分かる?」
「……いや。奴に転移で飛ばされて、何処か分からない」
「そう。……まぁ、そうよね。ここに私達が来るのは、もう十二年ぶりくらいになるし。季節も違うものね」
「十二年……」
アルトリアの言葉を聞いたエリクは、改めて周囲を見渡す。
自分達の周囲には見渡す限りの広い草原、そして歩む先には大きめの森が存在している。
そして十二年前に自分達がこの場に来た事があるという話を聞き、エリクは一つの記憶を思い出した。
「……もしかして、ここは……」
「思い出した?」
「……じゃあ、あそこの森は……」
「そう。私達が……と言うより、アリアと貴方が出会った森よ」
「……そうだったのか」
改めて自分達が転移して来た場所について、エリクは周囲を見ながら思い出す。
それは十二年前、元王国で虐殺者の汚名を着せられたエリクが逃げ込んだ森であり、一人の少女と出会った場所だった。
そして二人は草原から森へ入り、その中を歩く。
すると改めて、エリクは前を歩くアルトリアに問い掛けた。
「……寄りたい場所は、この森の中にあるのか?」
「ええ。ここからだったら、歩いて少しくらいかしら。帝国側だし」
「帝国側?」
「十二年前、私は帝国側から森に入ったの。それから二日後くらいに、貴方に会ったわね」
「……君を見つけたのは、その前の夜だな」
「そうだったの?」
「ああ。焚火の跡を見つけて、君が居るのを見つけた。……最初は、俺の追手かと思った」
「私も貴方を最初に見た時、追手だとを思ったわ」
「あの時は、君にいきなり攻撃されたな」
「しょうがないでしょ、命を狙われたばっかりだったんだから。文句だったら、私を殺そうとした反乱貴族達に言ってよね。まぁ、だいたいは死んでるだろうけど」
「そうだな」
最初に出会った時の記憶を互いに思い出し、笑いを交えた話をする。
それから少し歩いた先で、アルトリアは足を止めた。
更に身を屈めながら草木が生える地面を見ていると、エリクは首を傾げて問い掛ける。
「どうした?」
「……ここのはずなんだけど……」
「ここに、何かあったのか?」
「ええ。……私を乗せて、一緒に逃げてくれた馬の御墓がね」
「!」
「……下の土が柔らかい、人為的に掘り起こしてるわね。……そっか、誰かが見つけて運んだのね……。お父様か、お兄様かしら……?」
土に触れながらそう呟くアルトリアは、周囲を見ながら何かを探す。
すると長く生い茂る草場の中に、一つの枝棒が落ちていた。
それを掴んだ彼女は、馬の墓が在ったという場所の土にその枝を刺す。
更に草の背丈を超えるように棒を立たせると、右手を胸に当てながら祈るように瞼を閉じた。
エリクもそれを見下ろしながら、自分の知る作法で墓に見立てた場所に祈りを向ける。
それから二人は一分ほど黙祷を続けた後、アルトリアは立ち上がりながら静かに話し始めた。
「……九歳の頃にね」
「?」
「お父様が、私に乗馬を覚えさせる為に連れて来た子馬だったの。……そして十歳になった時から乗馬をするようになって、いつもその子に乗ってた。白い毛並みが柔らかくて、触ると嬉しそうにしてた」
「……」
「魔法学園に入る為に帝都に移った時も、あの子に乗って向かったわ。……それから研究や仕事以外で暇がある時は、あの子の世話をして。そうそう、元馬鹿皇子が乗馬の勝負を挑んで来てね。軽く追い抜いて馬鹿にしてやったこともあるわ」
「……アリア」
「あの子は、私にとって最初の相棒だった。……でも、帝都を出て暗殺者に追いかけ回された時。あの子はいつの間にか毒が塗られた弩弓の矢が刺さってて、でも痛がらずにずっと走り続けてくれて。……ここまで辿り着いた時に、そのまま倒れて……」
「……」
「その時の私は、人体の構造を把握して治癒魔法や回復魔法を使えたけど。馬の体なんてどうなってるか知らなくて、動物に施す為の治癒や回復の魔法も知らなかった。……だから解毒も出来なくて、そのまま死なせちゃった……」
「……だから君は、自分なら幾ら傷付いても……犠牲になってもいいと、思っていたんだな」
「……」
「そうか。……やっと、君の理由が分かった」
無言のまま頷くアルトリアの後ろ姿を見ながら、エリクは改めて納得を浮かべる。
それこそが自分自身を傷付け犠牲にしながら周囲の者達を守ろうとしたアリアの行動理由であり、彼女の奥底に残り続けていた精神的外傷でもあった。
そんな時、エリクは何かに気付きながら振り向く。
すると僅かに驚く様子で呟くと、それを聞いたアルトリアも振り返った。
「……お前は……」
「ん、どうしたの――……!」
振り返った二人が見たのは、青い魔力を揺らめかせながら見える青い馬の姿。
それが彼等の知るマギルスと契約している精神生命体の青馬であり、その頭部は初めて会った時と同様に頭部分が失われていた。
それを見たエリクが、青馬に問い掛ける。
「どうした。……マギルスは居ないのか?」
『――……ブルルッ』
「ん……?」
青馬は顔も無い精神体で鼻声を鳴らし、アルトリア達が居る馬の墓前まで歩み寄る。
すると墓標となっている枝に頭の無い首を近付けると、その青い魔力の光が白く輝き始めた。
「!」
「え……!?」
青い魔力の粒子で成り立っていた青馬は、その毛並みを白に染め始める。
更にその白い光が青馬の頭部分を覆うと、その粒子が馬の頭を形作り始めた。
それが治まった後、無い頭を下げていた青馬は首を上げる。
しかしその姿は変化しており、白い光を纏う毛並みと馬の顔が見えていた。
その白馬の顔を見たアルトリアは驚愕し、唖然とした様子で呟く。
「……ファロス……?」
「え?」
『――……ヒヒィン』
「……私が付けた、白馬の名前よ……」
それは、マギルスが途中から呼び始めた青馬の名前。
しかしその名は同時に、アルトリアの相棒だった白馬の名前でもあった。