孤狼の情節
メディアの推薦によって魔大陸の旅へ同行することになった狼獣族エアハルトに対して、それぞれが思う様子を見せる。
そして転移でメディアが去った後、アルトリアは全員に向けてこう述べた。
「――……とりあえず、アイツが弄った制御装置を確認しなきゃいけないわね。あと同じ事をされないように防御対策もね。アンタ達、二時間だけ待ちなさい」
アルトリアはそう述べ、飛行船の二階に赴き魔導人形達を使いながら制御装置の点検と改修を始める。
そして取り残された者達の中で特に険悪な様子を見せるケイルとエアハルトは、互いに顔を逸らしながら外を映す映像装置を見ていた。
すると沈黙しているこの場で、マギルスは声を発する。
「――……僕、船内を探索して来るね!」
「ああ」
じっとしているのに飽きたマギルスは、そのまま艦橋から隣の部屋に移る。
それを見送ったエリクは、少し考える様子を見せながらエアハルトの方へ視線を向けた。
すると視線に気付くエアハルトが、睨み返しながら鋭い声を向ける。
「なんだ?」
「いや。……本当に、俺達と一緒に来る気か?」
「……」
「確かお前は、既に魔大陸に行っていたんだろう。俺達と一緒に来なくても、自分で魔獣王とやらを探せるんじゃないか?」
「フンッ。貴様には関係ない」
鋭い眼光と共に厳しい声を向けるエアハルトに、エリクは微妙な面持ちを浮かべる。
その会話を聞いていたケイルが、再び睨みを向けながら怒りの声を向けた。
「だったら、お前は飛行船から降りろよ。……第一、なんでお前がここに来てやがるんだ? 今日集まるのは、アタシ等しか知らされてないはずだ」
「……クビアだ」
「は?」
「女狐の紙札で、お前達が今日魔大陸に行く為に集まると知らせて来た。その場所に、その男も来るだろうなとな」
「なんでクビアが、お前にそんな……」
「貴様等に屈辱を味合わされた俺は、女狐と組んでいた。俺自身を鍛え、貴様等と戦う為にな。だから女狐の仕事にも手を貸した時期もある。その報酬代わりに、この男が居る場所を教えて来た」
「……アイツ、アタシ等を売りやがったな」
「だが紙札を使って転移魔術して来てみれば、あのメディアとか言う奴と戦わねばならないと聞かされた。だから奴に一撃を入れて、お前達が居た場所に来た」
エアハルトは自身がこの場に赴けた理由に、妖狐族クビアが関わっていた事を明かす。
二人は互いを利用する形で組んでいた時期があり、その関係から連絡を取れる状態にあったようだ。
そして彼等が集まる上で利用しているのは、そのクビアの魔符術を用いた転移魔術。
だからこそクビアだけがこの日に集まる彼等の動向を知り、エアハルトに伝える事も容易にしていた。
それを初めて知ったケイルは改めて嫌悪の表情を浮かべ、エアハルトに辛辣な言葉を向け続ける。
「ったく、アリアもアリアだ。こんな野郎の世話を安請け合いしやがって……」
「……世話だと? 貴様等に世話をされるほど、俺は弱くない」
「さっきエリクにボロ負けしといて、何言ってやがる」
「俺は負けていない」
「は?」
「俺が敗北する時は、俺が死ぬ時だけだ。……この男は自分の甘さで、俺を殺さなかった。俺を殺さない限り、俺は負けてはいない」
「……お前なぁ……」
自身の敗北を認めないエアハルトの様子に、ケイルは呆れに近い表情を浮かべる。
そんな会話を聞いていたエリクは、エアハルトの方へ顔を向けながら再び問い掛けた。
「……お前は、また俺と戦いたいのか?」
「当たり前だ。……今からでもな」
「……俺はもう、お前と戦う気は無い。それに、どちらが強いかという話にも興味は無い」
「何故だ? それほどの力を持つ貴様が、何故その力を誇示しようとしない?」
「……力だけが、俺の全てじゃない」
「!?」
「力だけの存在に、俺はなりたくない。……もう一つだけ、お前に聞きたい」
「……何だ?」
「お前は強くなって、魔獣王というのに認められて。その後、どうしたいんだ?」
「!」
「俺に勝って、誰にも負けない強さを手に入れて。その力を誰かに認めさせて。その先で、何かしたい事があるのか?」
「……クッ」
「やはり無いのか。……俺はこの旅で、自分が何をしたいのか、何者になりたいのかを探すつもりだ。だからお前も、自分が何になりたいのかを探してみろ。その答え次第では、また戦ってもいい」
「な……っ!!」
そう言いながら背を向けたエリクは、そのまま昇降口がある方向へ歩み始める。
するとケイルの方に視線を向けながら、こう告げて去って行った。
「何か手伝えないか、アリアに聞いて来る。ケイル、一緒に来るか?」
「……いや、アタシは待ってる。こんなゴチャゴチャした装置を弄れる自信は無いし」
「そうか」
一緒に来るか誘うエリクだったが、ケイルは首を横に振りながら答える。
そしてエリク自身は昇降口の扉を開き、そのまま乗り込んだ。
それを見ていたエアハルトは動きながら、駆け止めよう迫る。
しかしケイルが右手を前方へ翳して印を結んだ瞬間、昇降口の扉を遮るように自身の分身を作り出して遮った。
「待て――……っ!!」
「話がしたいなら、アタシが相手してやるよ」
「コレは……!?」
「アタシも、昔のまんまだと思わない事だな」
「ク……ッ」
生命力で作り出した分身を見せて喋らせるケイルに、エアハルトは驚愕する間に扉が閉まる。
そして降下していく昇降口の振動を確認し、ケイルはすぐに分身を解いた。
二人だけになった艦橋の中で、改めて互いに視線を向けながら睨み合う。
すると先に口を開いたケイルが、ある事について問い質し始めた。
「お前、前に言ってたな。姉貴が……レミディアが、毒を飲まされてたのを知ってたって」
「……フンッ」
「それに、毒を飲んでるのに気付いていなかったとも言ってたな。……それは本当か?」
「……それがなんだ?」
「姉貴は小さい頃から、野山なんかで喰えるモンを探す時に、毒がある物と無い物を見分けるのが得意だった。特に食べた事がないモンでも、口に含んだ瞬間に毒が有ると分かればすぐに気付いて吐き出してた。少量の毒でもだ」
「……」
「姉貴がもし本当に毒を飲まされてたんだったら、すぐ気付いてたはずだ。それに猛毒ならともかく、病死に見えるくらい衰弱しながら死んだんなら。何度もその毒を飲まされていたはず。……あの姉貴が、何度も毒を飲まされながら気付いてなかったはずが無い」
「……ッ」
「お前は知ってたんだろ? 姉貴が毒を飲まされたことを。……なんでそれを止めなかったとか、そんなのは今更どうでもいい。だが、姉貴が毒に気付かなかったって話だけは腑に落ちない」
「……だからどうした」
「姉貴は本当に、毒に気付かず飲んでたのか? それとも、気付いてて飲んでたのか? ……どっちだ」
姉レミディアの死について、鋭い眼光と言葉を向けながらケイルは問い掛ける。
すると視線を逸らしたエアハルトは表情を強張らせながら、小さな溜息と共に答えを返した。
「……あの馬鹿女は、毒と分かっていて飲んでいた」
「!」
「自分が死ぬことで、元老院の連中が王子を殺さないように取引していた。王やゴズヴァールにも黙って、勝手にな」
「……やっぱり、そういう事かよ……っ」
エアハルトはそう語り、レミディアの死に関する真実を妹であるケイルに明かす。
それを一つの予想として考え至っていたケイルは、苦々しい面持ちを深めながら溜息を漏らした。
するとエアハルトも僅かに顔を沈めながら、背を向けて言葉を続ける。
「……俺がそれに気付いた時、王子と一緒に王宮から逃げるように言った」
「!」
「だがあの馬鹿女は、それを拒否した。……俺の手を振り払って……」
「……お前、なんで……」
「ゴズヴァールに事情を伝えろと、馬鹿女には言った。……だが取引をゴズヴァールが知れば、元老院の者共を殺して共和国に大きな混乱を起こすからと、勝手に犠牲になることを受け入れていた」
「……っ」
「あの女は馬鹿だ。自分の為ではなく、他人の為に自分の命を使うなど……。俺には理解できない、したくもない」
「……」
「結局、あの女がしたことは無駄だった。王がその事実を知り、テクラノスと組んであの馬鹿女の後を追う為に自殺しようとした計画。そして女狐を使って王子を攫わせたこと。俺は全て、この嗅覚で気付いていた」
「!」
「あの馬鹿女が自分を犠牲にして守ろうとしたモノは、それで崩れるはずだった。……俺の手を振り払ったあの馬鹿女が間違っていると、証明されるはずだった」
「……お前……」
「なのに、貴様等がそれを邪魔をした。……貴様等が共和国へ来なければ。王子は行方不明のまま王は死に、ゴズヴァールは忠義の呪縛から解放され、共和国は頼る象徴を失い滅びるはずだった。……貴様等さえ、いなければ……っ」
「……だからアタシ等を恨んで、襲って来たのか……」
その話を聞いたケイルは、改めてマシラ共和国で起きた事件についてエアハルトが全貌を把握していた事を理解する。
更に共和国から去ろうとした際、元闘士達やテクラノスを使いながら自分自身で襲撃を起こした理由にも結び付いた。
すると背を向けたまま顔を振り向かせて鋭い右目を見せるエアハルトが、ケイルに対して睨みと言葉を発する。
「……あの時。俺が最も許せなかったのは、貴様だ」
「!」
「あの馬鹿女を拒絶し共和国から去った貴様が、姉が死んでから戻って来た。しかも奴等を引き連れて。……自分の姉を救いもしなかった、妹の貴様がっ!!」
「……!!」
「俺ではなく、妹の貴様が傍に居て手を差し伸べていれば。あの馬鹿女でも、王宮から逃げる選択をしたかもしれない。……それをしようともせず姉を拒絶した貴様が、よくも俺に生意気な口を聞けたものだなっ!!」
「……アタシは……っ」
責め立てるような言葉に対して、ケイルは動揺を浮かべる。
そうした様子を見ていたエアハルトは、横に向けていた顔を正面へ戻しながら言葉を続けた。
「……だがゴズヴァールには、貴様やあの馬鹿女を許せと言われた。だからこの件で、貴様等を恨む事はしない。……だがもし、貴様が同じ過ちを犯したら――……その時は、俺が貴様を殺す」
「!」
「貴様が俺を信じないように、俺も貴様を信じていない。……それを忘れるな」
自身の意思を伝えたエアハルトは、そのままマギルスが向かった隣部屋の扉へ向かう。
そして自動で開いた扉の先へ向かい、そのまま艦橋から姿を消した。
それからケイルは眩暈にも似た揺らぎを感じ、疲弊の息を零す。
すると自分の精神が大きく乱れているのを理解しながら、落ち着くように呼吸を整えながら呟いた。
「はぁ……。……エアハルト……。もしかして、アイツ……姉さんの事が……」
エアハルトが去った扉の先を見るケイルは、ある予想を抱きながら小さく呟く。
それは誰にも解決できぬ問題であり、ケイルが考えていたエアハルトに対する印象を大きく変えさせる事になった。




