魔王の記憶
新造した飛行船を見回った後、一行は魔大陸に赴く為の明確な目的が決まる。
それは『世界の歪み』と呼ばれる現象を調査し、眠り続ける『少女』を目覚めさせようとする魔大陸の王者達を説得し共に協力する為の交渉を行うことに定まった。
そうして出発しようとする面々の前に、再びメディアが姿を現す。
しかもその足元にはエリクが倒した狼獣族エアハルトが傷付いたままの姿で横たわり、意識も無く気絶しているままだった。
回転する操縦席に座るメディアは、アルトリア達に正面を見せる。
すると渋い表情を強めるアルトリアが、苦々しい言葉を呟いた。
「――……なんで侵入者用の警報装置が鳴らなかったのよ……」
「やだなぁ、私に警報装置が効くわけないじゃない」
「!」
「というのは冗談で、普通に飛行船の制御機構に干渉して無力化しただけ。……でも、私に干渉が出来るってことは。意味は分かるよね?」
「……魔大陸でも、同じような事をされる」
「正解。……この飛行船で目的地の半分まで行けるとか言ってたみたいだけど、もっと短くなるのを覚悟した方がいいよ。そもそもエリク君やケイル君に気付かれる程度の隠密性能じゃ、魔大陸の怪物達は誤魔化せない」
「……ッ」
メディアは微笑み立ち上がり、飛行船の性能が魔大陸で通じない事を指摘する。
それを聞かされるアルトリアの表情には憤りが宿りながらも、それが的外れではない事も承知している為に反論の言葉は向けなかった。
するとメディアは改めて四人に向けて、軽い拍手を見せながら声を掛ける。
「それにしても、良かったよ。君達が交渉を選んでくれて。もし少女を殺すって話になるようだったら、今ここで君達を殺さなきゃいけないところだ」
「……ッ」
「ただ、アルトリアの推測は間違っていない。今まで得た少ない情報から、良くそこまで辿り着けたね」
「!」
そう言いながら褒めるように拍手するメディアに、全員が驚愕の表情を浮かべる。
すると一歩だけ踏み出したケイルが、動揺しながらも強い口調で問い掛けた。
「じゃあ、コイツの話は……!?」
「合ってるよ。『少女』が目覚めたら『世界の歪み』も起きる、この二つは対となっている存在だからね」
「!!」
「母さんはそれを知っているから、四年前に君達を見逃したんだ。あの結晶で記憶を戻した魔大陸の人達が、『少女』も起こして『世界の歪み』も蘇らせるだろうってね」
「テメェ……ッ!!」
「『世界の歪み』が再び起きること自体、母さんにとっては問題は無いのさ。『少女』さえ無事なら、それでね」
「……おい、アリアッ!! やっぱりコイツ、敵だろ……!」
アルトリアの伝えた予測が正しい事を明かす言葉に、メディアが敵だとケイルは再認識する。
そして武器を抜こうとするケイルを止めるように、左手を真横に翳すアルトリアは改めてメディアと向き合いながら問い質した。
「……そこまで話してくれたんなら、もう一つだけ答えて」
「なんだい?」
「そのアイリって、何者?」
「!」
「創造神の権能を一つ持ってて、【始祖の魔王】や魔大陸の王者達が固執する程の存在なんて、『青』やゲルガルドが持ってた研究情報にすら無かったわよ」
「おや。『少女』と『世界の歪み』が同一の存在とまで予測できてるなら、君にも分かってるでしょ?」
「やっぱり、そうなのね……」
「……何の話だ?」
向かい合いながら話す二人の言葉を聞きながら、エリクはその会話に割り込むように問い掛ける。
それに反応したアルトリアは、僅かな躊躇いを見せながら答えた。
「……創造神よ」
「えっ」
「貴方達が持ってる創造神の権能は、創造神から別れた破壊衝動を模倣して作られた。でも破壊衝動の本体は、『黒』という人格を形成して創造神の肉体で転生し続けてもいる。……じゃあ、本物である創造神の魂は?」
「……!!」
「本物の創造神は自殺して死んだ後、その肉体はマナの大樹になったと云われている。でも死んだのなら、魂は輪廻に赴いたはず。そして輪廻で浄化された魂は、再び現世に戻っていると考えるのが妥当よね」
「おい、まさか……」
「それが『少女』と呼ばれてる存在。創造神の本当の生まれ変わり。……そして五百年前に復活して『天変地異』を引き起こした創造神というのが、七つの権能を得た『少女』だった。違う?」
「ふふっ、正解」
「!?」
推測するアルトリアの言葉に、メディアは微笑みながら肯定する。
それを聞いた一同は更なる驚愕を浮かべると、メディアは五百年前に起きた『天変地異』の真相を話し始めた。
「五百年より少し前、本物の創造神が生まれ変わって誕生した。それがアイリだったわけだけど、それを魔族の村に送り込んだのは【始祖の魔王】と呼ばれた母さんだった」
「何ですって……!?」
「実は母さん、千年前には権能を三つ持っててね。そのせいで権能を集めてた奴に真っ先に狙われて、別の所有者から奪った権能の二つを奪われた」
「!?」
「でも相手の狙いが自分の持つ権能だと知った母さんは、死ぬ間際に自分が持ってる本来の権能を奪わせずに天界の聖域に逃げた。そして創造神の肉体で出来たマナの大樹に同化して、権能を奪おうとした相手を撤退させた。大樹ごと母さんを殺したら、循環機構も破壊されるからね。相手もそれは回避したかったみたいだよ」
「……権能を奪う相手って、『白』が言ってた奴か。千年前から動いてたのかよ」
「でもそのせいで、母さんはマナの大樹から離れられなくなって。でも相手に好き勝手させない為に、ある対抗手段を実行した」
「対抗手段……?」
「それが五百年前にマナの大樹から生まれたマナの実。『アイリ』の身体になった存在」
「!?」
「そう、『アイリ』も私と同じ生まれ方をしたんだ。マナの大樹が生み出したマナの実。つまり私にとっては、お姉ちゃんになるわけ」
微笑みながらそう話していたメディアだったが、次に表情が僅かに暗く沈む。
すると自身の家族とも呼ぶべき『母親』と『姉』に纏わる話を、こう語り始めた。
「母さんは私と同じように、四百年と少しで作り出したマナの実に自分の魂と権能を分け与えて、自分の肉体にしようとした。そして地上に戻ろうとしたんだけど、そこで思わぬ誤算が生じた」
「誤算?」
「その実には、既に別の魂が入っていたんだ。……それが創造神の魂、その生まれ変わりの『アイリ』だった」
「!?」
「マナの大樹に宿っていた循環機構が、母さんの権能に反応したみたいでね。輪廻から吸い上げた創造神の魂を、作っていた実に勝手に入れていたみたいなんだ。……その結果、創造神の生まれ変わりと、その権能を持つ母さんの魂が一つの身体に同居した存在。『アイリ』が五百年に誕生しちゃったんだ」
「……創造神本人の生まれ変わりが、自分の細胞で出来た複製体と、模倣された自分の権能の一部を得たのね」
「そうそう、しかも実の主導権もね。だから母さんは自分の武器だった『魔王の外套』をアイリに与えて、自分の仲間達が居る場所に空間転移で送るのが精一杯だった。【魔大陸を統べる女王】と【最強の戦士】が居る、魔族の村にね。そこでアイリは拾われて、村の一員として暮らすようになったんだ」
そう言いながらメディアは視線を動かし、アルトリアとエリクに微笑みを向ける。
すると二人は先ほどの話と向けられる視線の意味を理解するように、僅かに表情を強張らせながら睨み返した。
しかしメディアは再び笑みを浮かべ、話を続ける。
「アイリはそこで色んな経験をした。鬼神フォウルに出会ったり、ヴェルズェリアの孫であるハイエルフの王子に出会ったり。当時の『黒』や、その関係者だった転生者達に連れ去られそうになったりね」
「連れ去る……!?」
「『黒』もアイリの存在は予知していたんだろうね、だから接触して来た。しかも裏ではしっかり、権能を集めていた相手とも協力関係だったんだ。酷い話だよね」
「……ウォーリスやログウェルの時みたいに、『黒』が裏で糸を引いてたってことね」
「そうそう」
「何が目的だったの?」
「さぁ。ただ権能を持つ者達を引き合わせて、一人に集めようとしたのは間違いない。その狙いは成功し、創造神本人であるアイリが権能を七つ全て掌握したんだから。……でもそれと同時に、世界に大異変が起きた」
「……五百年前の、天変地異のことね?」
「だね。そこら辺で起きた話は、君達は聞いたでしょ。アイリは天変地異を止める為に、同じ肉体に宿る母さんと一緒に暴走する循環機構を制御しようと協力したんだ。……でも、何故か止められなかった」
「えっ」
「そこでアイリは創造神の記憶を基に、この惑星を制御してる管理施設に直接乗り込んで天変地異を止めようとした。母さんはそれまで時間稼ぎをして、大樹が自爆するのを止め続けた。……結果として天変地異は止まったよ。でもその後、世界はアイリの事を忘れてしまっていた」
「……結局、天変地異を……『世界の歪み』を止める為に。その原因だと考えた創造神の存在そのものを、世界から忘却させたってこと?」
「うん。だから母さんは、自分もこの世界も許せないんだよ。たった一人の女の子を犠牲にしながら生きている世界なんて、滅びて当然だってね」
「……」
「まぁ、長々と話したけど。コレが五百年前の母さん視点で見ていた、天変地異の出来事かな。……『少女』を起こしたら、『世界の歪み』と呼ばれる天変地異も再び起きる可能性は高い。君達は、それを止められるかい?」
改めて操縦席に座るメディアは、足を組みながら四人に敢えてそうした問い掛けを向ける。
すると沈黙していた全員が僅かに顔を上げ、決意の固い表情と声を向けた。
「止められるかじゃなくて、止めるのよ」
「ああ」
「そもそも、そんなの起こさせなきゃいいだけだろ」
「だね。話を聞く限りだと、そのアイリって人に七つの権能が集まらなきゃ天変地異は起きないわけだしさ」
「そうね。――……私達の目的は変わらないわ。例えアンタや【始祖の魔王】が邪魔しても、やり遂げるつもりよ」
そう告げるアルトリアと仲間達の意思を聞き、メディアは微笑みを深くする。
するとその決意に対して拍手を向けながら、こう述べ始めた。
「立派だね、君達は。――……でもそういう交渉になるなら、私は同行しない方がいいかな」
「え?」
「いやぁ、私って【始祖の魔王】と似過ぎてるみたいでさ。そのせいで因縁がある魔族に見つかると、問答無用で殺しに来るんだよ。だから私が一緒に行くと、絶対に交渉が決裂する魔族の勢力もいるかな。特に鬼族とか」
「……絶対に、付いて来ないで」
「だからそう言ってるじゃない。――……で、私の代わりに。この狼君を連れて行くことを勧めるよ」
「エアハルトを……!?」
「狼獣族の嗅覚は魔大陸でも随一だ。この飛行船の探査装置なんかより、よっぽど危険を嗅ぎ分けられる。……それに、この狼君はもっと強くなる。魔大陸を横断する上で君達の大きな助けになると、私が保証してあげるよ」
「……!!」
メディアは自身が同行しない代わりに、狼獣族エアハルトを同行者に加える事を勧めて来る。
それに対してそれぞれに思う表情を見せる四人は、メディアの足元で傷付き倒れるエアハルトに改めて視線を向けた。