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本気


 魔大陸に赴く為に集まる一行の前に、狼獣族エアハルトが現れる。

 そして左腕を失う原因となったエリクとの戦いを望み、二人は素手のまま決闘を始めた。


 それを観戦するケイルは、当初こそエリクが圧倒し決闘(たたかい)を終わらせるのだろうと予想している。

 しかし様々な事件を経て自身の長所と能力を更に伸ばしたエアハルトは、あのエリクを一方的に叩き伏せる光景を見せた。


 そんな彼が告げたのは、魔大陸で鍛え抜いた自分自身に対する自信と、その修練の先に在る目的。

 それは『大樹事変(じけん)』を経て狼獣族の祖である【魔獣王】フェンリルとその群れを目撃し、接触することで得た彼の新たな目標だった。


『――……アレは……!!』


 当時、魔力を変換し電撃として纏いながら魔獣化(オオカミ)の姿で海で駆け走るエアハルトは、マナの大樹()が在る大陸へ単身で目指す。

 しかしその時、一つの巨大な雷光(ひかり)が大陸から離れていく光景を目にした。


 すると巨大(そん)雷光(ひかり)の周囲を駆ける、小さくも数百以上の雷光(ひかり)が伴われている。

 それを見てエアハルトは進路を変えながら、群れを成して移動する雷光群(ひかり)を追い続けた。


 その追跡に気付いたのは、雷光群(むれ)の最後尾を走る全長十メートル前後の銀毛の狼(オオカミ)後方(うしろ)に意識を向ける。

 すると前方へ伝達するように声を鳴らし、全長三十メートル程の巨体を誇る銀狼(オオカミ)にその報せが届き、一部の雷光群(むれ)が僅かに速度を落とした。


 その離れた雷光群(ひかり)にエアハルトも気付き、更に速度を上げる。

 そして数十秒後に彼は離れた雷光群(むれ)に追い付き、叫ぶように声を発した。


『――……お前達も、俺と同じ狼獣族かっ!?』


『……ガゥ!』


『!』


 エアハルトは言葉でそう問い掛けたが、最後尾を走る銀狼(オオカミ)は獣然とした声を発する。

 すると先頭を走る巨大な銀狼(オオカミ)が下がりながら、エアハルトと並行に走りながら声を向けて来た。


『――……人間大陸(ここ)で生まれた同族か』


『お前達、やはり俺と同じ狼獣族(どうぞく)か!』


『何故、俺達を追う?』


『……あの巨大な雷光(ひかり)、俺の……我等の祖、フェンリルかっ!?』


『そうだ。どうして追って来る?』


『……俺は、もっと強くなりたい! だから、お前達の群れに加えてくれっ!!』


 自身が追う雷光群(ひかり)が【魔獣王(フェンリル)】の率いる狼獣族(どうぞく)の群れだと理解したエアハルトは、それに加わる事を求める。

 巨大な銀狼はそれを聞くと、鼻を鳴らしながら無慈悲な答えを返した。


『断る』


『なにっ!?』


『我々に加えるには、貴様は弱過ぎる』


『俺が、弱いだと……! どうして貴様に分かるっ!?』


『その身体(すがた)、それは貴様の弱さが招いた結果だろう。それに、その傷を作った者の匂いが消えていないということは。お前はその借りすら返せていない。違うか?』


『……ッ!!』


狼獣族(われわれ)魔獣王(フェンリル)の一族としての矜持(プライド)を誇っている。……今の貴様に、我々の群れに加わる矜持(プライド)も資格も無い』


『……ク……!!』


 巨大な銀狼(オオカミ)左前足(ひだりうで)を失っているエアハルトに対して、容赦も無くそう告げる。

 そして巨大な銀狼(オオカミ)は、最後にこう言い残しながら周囲の群れと共に加速を始めた。


『それに、その三本足(あし)では我々に追い付けまい』


『ク……クソ……ッ!!』


『群れに加わりたいのなら、最低でも我々に追い付けるようにならなければ。――……さらばだ、若い銀狼(オオカミ)よ』


『ま、待て――……』


 巨大な銀狼(オオカミ)は別れの言葉を口にした後、凄まじい雷光(ひかり)を纏いながら急激な加速を始める。

 それに追従する群れは海の上へ走り続け、【魔獣王(フェンリル)】が率いる群れに瞬く間に合流して見せた。


 しかし置いて行かれたエアハルトは、全速力で走りながらも瞬く間に雷光群(ひかり)から引き離される。

 そして十秒も経過すると、彼等の雷光(ひかり)すら見えなくなってしまった。


 初めて出会った狼獣族(オオカミ)と言葉を交えながらも、エアハルトは人間大陸に取り残される。

 そして改めて自分の実力が狼獣族(オオカミ)の中でも未熟であり、自身の身体(ひだりうで)に刻まれた因縁を果たす為に、エリクとの対峙が必要である事を理解した。


 それからエアハルトは干支衆の『戌』タマモと合流し、再び十二支士や干支衆との戦闘訓練を交える。

 更に自らの足で魔大陸にも踏み込み、自分自身の能力と実力を高める為に幾多の死線を潜り続けた。

 

 その結果、エアハルトは『大樹事変(いぜん)』の時とは比べ物にならない実力(ちから)を身に着ける。

 更に自身の能力である電撃や嗅覚、更には獣族特有の野生の勘も鍛え上げ、現在のエリクを打ち倒せる程の戦闘能力を見せつけた。


 そして喉を蹴り突かれて倒れていたエリクが身を起こすと、エアハルトは改めて告げる。


「――……もう一度だけ言う、大剣(ぶき)を抜け」


「……ッ」


「本気の貴様を打ち破り、俺は勝利する。そして貴様との因縁を決着させ、魔大陸に居る【魔獣王】フェンリルとその群れを見つけ、俺の矜持(プライド)を認めさせる。――……さぁ、抜けッ!!」


 エアハルトは自身の目的を果たし、目標を得る為に怒鳴りながらエリクの本気を求める。

 そしてエリク自身は左手で喉を抑えながら僅かに咳き込んだ後、改めて相手(エアハルト)を見据えながら言葉を返した。


「……さっきも、言ったはずだ。……このままでいい」


「貴様……その有様で、まだ俺を愚弄するかッ!!」


「……お前は、勘違いをしている。……俺は、お前を侮ってはいない」


「嘘を吐くなッ!!」


「俺は、お前とこのまま戦う。……そして、俺の本気を見せる」


「……ならば、そのまま死ねッ!!」


 エリクは擦れた声でそう言い返すと、エアハルトは再び激昂を向けながら右脚を前へ突き出す。

 それを見たエリクは咄嗟に両腕で防御(ガード)し、僅かに後退りながらも相手の脚撃(けり)を防ぎ止めた。


 それでもエアハルトの動きは止まらず、そのまま受け止められた右足の指でエリクの左腕を掴み、軸足にしていた左足で地面を叩くように跳ぶ。

 すると迫る左膝が迫り、咄嗟にエリクは右手を上げて顔面を防御しようとした。


 しかし次の瞬間、エアハルトの左脚から先の左足が薙ぐ形で蹴り込まれる。

 そして防御(ガード)するエリクの右手を逆に支点にし、見事に右顔面へ蹴り込んだ。

 

「ッ!!」


「ガァッ!!」


 直撃した蹴りによってエリクの上体は僅かに左側へ傾き、姿勢を崩す。

 そして相手(エリク)の左腕を掴んでいたエアハルトの右足を足場と軸にしながら跳ぶと、そのままエリクの左顔面を襲うように右足を振り上げ蹴り込んだ。


 辛うじてそれはエリクの右腕で防がれたが、それでも再び姿勢を崩す。

 そして足場にしたエリクの身体をそのまま跳び越えた後、エアハルトは相手の背中側へ着地して更に鋭く素早い右足の後ろ蹴りを放った。


「グァ……ッ!!」


 背中に叩き付けられた脚撃(けり)の衝撃によって、エリクは前へ傾きながら右足を支えに崩れる姿勢を止める。

 すると自らも振り向き、その右拳を振るいながらエアハルトに殴り掛かった。


 しかしエアハルトはそれも回避し、顔面の真横を通過する相手の右腕を右手で掴む。

 更に右肩で挟むように抱え、エリクの軸足にしている右脚で刈り薙いだ。


 それによって態勢を崩したエリクは、再びエアハルトに右腕だけで地面に投げ飛ばされて叩き付けられる。

 更にその後頭部に右脚の蹴りを浴びせられながら距離を保たれ、その攻防も一方的に殴られる形にさせられた。 


 エアハルトは左腕が無いにも関わらず、エリクに対して体術と組み技だけで圧倒できている。

 それを改めて観戦させられるケイルは、エアハルトの力量についてこう述べた。


「……エリクの怪力(ちから)を逆に利用して投げやがった。しかも態勢を崩して、投げ易くまでしてる。……今のアタシでも、エリク相手にあんな動きが出来るかどうか……」 


 師匠の一人である(トモエ)から体術と組み技を教え込まれていたケイルだったが、エアハルトの持つ体術(わざ)が自身を凌駕する可能性を考える。

 そして再び起き上がるエリクに視線を向けると、改めて疑問を零した。


「……どうして大剣(ぶき)を抜かない? 何か考えがあるのか……?」


 一方的に攻撃を浴び続けるエリクに、ケイルも疑問の声を浮かべる。

 すると首を微かに左右を動かしながら微かに骨の音を鳴らした後、エリクは振り返りながらエアハルトに視線を向け直しながら声を向けた。


「……お前も、本気でやれ」


「!」


「お前の攻撃は、確かに素早いし巧みだ。……だが、その程度では俺を殺せないぞ」


 敢えてエリクはそうした物言いを向け、今まで受けた殴打の後を相手(エアハルト)に見せる。


 常人であれば気を失い悶絶しかねない箇所に次々と殴打を浴びたエリクだったが、傷などは一つも出来ていない。

 それはエアハルトの攻撃がどれだけ素早くても、エリクに対して有効な損傷(ダメージ)を与えられていないという証明でもあった。


 そうした言葉を聞いたエアハルトは、再び表情の厳しさを強めながら自身の肉体に電撃を纏わせる。

 すると金色に染まる髪を見せながら右拳を握り締め、犬歯を剥き出しにしながら怒りの声を向けた。


「フンッ、口だけは立派だが……貴様の怪力も、当たらなければ意味など無いっ!!」


「ッ!!」


 そう言い放った瞬間、電撃によって身体能力を更に上昇させて接戦の殴打を放ち続ける。

 電撃を纏わせた殴打の一つ一つはエリクの動きを一時的に硬直させ続け、反撃や防御の時間すら与えなくなった。


 更に電撃を纏わせた右拳や蹴りが直撃した肌や服を焼け焦がし、着実にエリクへ損傷(ダメージ)を蓄積させていく。

 そして相手(エリク)の鳩尾に凄まじい右脚を蹴り込まれると、再び地面を後退りながら二人の間に僅かながらも距離が生まれた。


 エリクは防御している両腕を下げ、鋭い眼光をエアハルトに向ける。

 すると再び声を発し、エアハルトに対して告げた。


「……お前は強い」


「!」


「俺が戦った魔人の中で、お前は一番強い。……だが俺が戦った事のある相手の中では、一番ではない」


「……なんだと……っ!!」


「お前の攻撃は、もう慣れた」


「!」


 そう告げた瞬間、エリクの肉体から凄まじい生命力(オーラ)が発せられ始める。

 すると電撃の殴打によって焼け焦げていた肌が瞬く間に治癒され、完全に回復した姿を見せた。


 『到達者(エリク)』を殺せるのは、同じ『到達者(エンドレス)』だけ。

 エリクが戦った魔人の中でもエアハルトは確かに最高峰の実力を有していたが、それでも到達者(エリク)の治癒力を突破して命を削れる程の攻撃が無かったのだ。


 それを敢えて見せたエリクは、エアハルトに対してこう告げる。


「今のお前では、俺を一度も殺せない。……本気で来い」


「……そうか、それが貴様の妙な自信か。……ならば、本気だっ!!」


 互いに本気の実力を出し合う事を求める中、先に本気を発揮したのはエアハルトになる。

 電撃を纏った肉体を輝かせながら筋肉を膨張させ、銀色の体毛を全身に生やし始めた。


 そして銀の体毛に覆われた魔人化(オオカミ)へ変身し、電撃を纏うその姿は金色へと変化する。

 そうして魔人化したエアハルトは、改めて右手から鋭い爪を伸ばして声を発した。


「さぁ、望む本気(すがた)になってやったぞ。貴様も赤鬼()の姿になれ!」


「……俺は、鬼神()の力は使わない」


「貴様、この()に及んでまだ……!!」


「だから、コレを使う」


「なに……!」


 エアハルトにそう告げた後、エリクは自身の右拳を前方に構える。

 そして次の瞬間、凄まじい生命力(オーラ)が右拳に集まり始めた。


 すると日に焼けたエリクの右拳が徐々に黒く染まりながら、黒い金属のように変質する。

 そして黒く染まった右手を自由に開き閉じながら、エリクは改めて告げる。


「――……これが、俺の本気だ」


 自信に裏付けされたエリクの言葉と共に、黒く変質した右拳は固く握り締められる。

 そして右拳(それ)から今までに無い危険性を感じ取り、エアハルトとケイルは互いに身の毛をよだらせた。


 それは魔法の他にエリクが鍛練し続けて使えるようになった、新たな能力(ちから)

 かつて【鬼神(フォウル)】と戦い殺した、【最強の戦士(ドワルゴン)】と同じ(わざ)だった。


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