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安住の地


 約束の日を迎えたマギルスは、自らの意思で友達(シエスティナ)から離れ仲間達と合流する為にある場所へ向かう。

 そこは帝国内の東部に位置する領地であり、新帝都を出て三十分ほどしたマギルスは精神武装(アストラルウェポン)を纏った足で上空を駆け跳んでいた。


 そこでやや大きめの町を発見し、マギルスは両足の精神武装(アストラルウェポン)を解除しながら大きな屋敷がある場所へ降り立つ。

 すると合わせるように一人の人物が屋敷から出て来ると、地面へ着地したマギルスに声を掛けた


「――……いらっしゃぁい」


「久し振り、クビアのお姉さん!」


 二人はそうした挨拶を向け、互いに顔を合わせる。

 マギルスが再会したのは、帝国貴族の一員となり子爵位と領地を与えられている妖狐族クビアだった。


 相変わらず東国(アズマ)の着物を好んで纏い妖艶な美女であるクビアは、特に驚く様子も無く来客(マギルス)を迎える。

 そして左袖の中に右手を入れた後、そこから一枚の紙札を取り出しながらマギルスに手渡した。


「はぁい、これが例の場所に行ける(ふだ)よぉ」


「ありがと! そういえば、一ヶ月くらい前にアリアお姉さんもこっちに来てたけど。会ったりした?」


「会ってないわねぇ。あの我儘な御嬢様ぁ、元気にしてたぁ?」


「うん、相変わらずだった!」


「そぉ。向こうで会ったらぁ、お金のこと御礼を言っておいてねぇ。おかげで助かってるわぁ」


「はーい! そういえば、魔人の子達はどんな感じ?」


「みんな元気よぉ、のびのびやってるわぁ」


「そっか、良かったね!」


 二人はそう話し、互いが理解する会話を行う。


 現在クビアの子爵領地には、各国から保護されている魔人達が集まり暮らしている。

 その理由は、一年前の国主首脳会議(サミット)で取り決められた魔人の保護に関する取り決めが関わっていた。


 今まで人間大陸で生まれた魔人は、様々な迫害によって虐げられ続け安住の地と呼べる場所が無い。

 しかし先年の取り決めによってフォウル国の干支衆と十二支士を主導とし、各国で保護された魔人達はクビアの領地へ赴いていた。


 そして【結社】に属する十二支士達の手も借り、クビアは今の領地で魔人が安心して暮らせる居場所を築いている。

 更にそうした魔人達を守る為に、今まで【結社】や傭兵の仕事で蓄え続けた金銭を多大に消費し続けていた。


 帝国側も物資的な部分でそれを支援しているのだが、それを無尽蔵に行えるわけではない。

 一時期はその資金繰(しきんぐ)りに追われ続けていたクビアだったが、それに手を差し伸べたのがアルトリアやケイル、そしてエリクやマギルスだった。


 彼等は【特級傭兵】になった際に各国から得た報酬をほぼ全てクビアに譲り、魔人達が暮らせる環境を整える為の資金にさせる。

 それによってクビアの懐事情は穏やかになり、安定した領地経営を出来るようになった。


 更にクビアの領地は各国の同意によって特別自治権を有するようになり、帝国の政治的特権に影響されない区域となっている。

 その為に魔人達を悪用しようとする者を阻み、更に魔人が人間と対等になれるよう、商業や生産業も行い始めた。


 最近では非加盟国で捕らわれ奴隷にされていた魔人達も保護され、更に人口が増加しつつある。

 それでも魔人は人間と同じように良い者ばかりだけではなく、悪意を持つ魔人などについて様々な問題に対処するよう、十二支士や干支衆達の協力も仰いでいた。


 帝国に身を置いていたマギルスは、時折その様子を確認する為にクビアの領地へ赴いていた事もある。

 互いに名前も覚えて親しく接するようになった二人だったが、それでも必然の様子で別れの挨拶を告げた。


「じゃ、僕は行くから。クビアのお姉さんも頑張ってね」


「そっちも頑張るのよぉ」


 マギルスは笑いながらそう述べ、受け取った紙札に自身の魔力を流す。

 すると次の瞬間、その場からマギルスが消えた。


 残った紙札は地面へ落ちながら、崩れるように塵となっていく。

 それを見送ったクビアは、寂し気な笑みを浮かべながら朝日が見える青白い空を見上げた。


「今日も良い天気ねぇ。あの子達にとってはぁ、良い出発日和だわぁ」 


「――……領主様ぁ!」


「あらぁ」


 空を見上げている最中、周囲から幼い足音と声が響き届く。

 それが聞こえる方向へクビアが振り向くと、そこには町で暮らす様相(すがた)をした魔人の子供達が駆け寄って来た。


 すると何かを探すように周囲を見回すと、不思議そうな様子で領主(クビア)に問い掛ける。


「さっき、マギルスお兄ちゃんの魔力(かんじ)がしたけど。違った?」


「さっきまで居たわよぉ、もう行っちゃけどぉ」


「えー、もう帰っちゃったの?」


「また遊んでもらいたかったのに!」


「今度、いつ来てくれるかな? 領主様」


「……そうねぇ、いつになるかしらねぇ。あの子達が、全員で帰って来れるのは……」


「?」


 子供達の無邪気な質問に、クビアは空を見上げながら答える。

 それは子供達にではなく、自分自身にも分からぬ答えを問うような言葉だった。


 しかしすぐに微笑みを戻したクビアは、子供達に声を向けた。


「それよりもぉ、もうすぐ朝御飯の時間よぉ。施設(いえ)に戻りなさぁい」


「はーい」


「領主様、またねー!」


「今日の朝御飯、何かなぁ」


「シチューの匂いがしてたよ?」


「おじさん達が持って来る材料だと、スゴく美味しいよね」


「魔力がいっぱい入ってるんだって。だから美味しいんだって、前にマーティスおじさんが言ってた」


「いっぱい食べたら、マギルスお兄ちゃんみたいに強くなれるかな?」


「いつかおじさん達のいる、フォウルの里にも行ってたみたいね――……」


「――……子供は呑気ねぇ。……でも、それくらいが丁度いいのよねぇ」


 楽し気に話しながら施設(いえ)に戻る子供達を見送るクビアは、その光景に哀愁と郷愁を強く感じる。


 以前までは生きる為に必要なモノさえ与えられず、自分を異端な存在であると理解させられながら周囲に怯えて暮らしていた魔人の子供達。

 それが今は、朝食を楽しみ互いに笑い合える環境を築けている。

 

 それこそが自分達の築きたかった光景だと改めて実感するクビアは、振り向きながら屋敷へ戻り始めた。


「ふわぁ……。さぁて、二度寝しましょ」


 眠そうな欠伸を右手に持つ扇子を広げて覆い隠すクビアは、その平和を存分に享受する為に寝床へ戻る。

 そして着物を脱いで丁寧に収納した後、金色の毛並みである耳と尻尾を露にした全裸姿で暖かな寝床に籠った。


 後日の話になるが、数年後にクビアの領地には人間大陸において初めてフォウル国の領事館が築かれる。

 その領事は年々に代わり、フォウル国から派遣される干支衆が務めることになった。


 しかしクビアの姉である『戌』タマモが領事を務める年になると、町には妖狐姉妹の喧騒がよく木霊したらしい。

 しかもその原因が、姉タマモが勝手に連れて来る同族の男との子作りを強要するという内容だった為に、住民達もどちらに味方すべきか悩む表情が浮かんでいた。


『――……アンタも一城(ここ)当主(あるじ)になったからには、妖狐族を繁栄させる為に子供の十や二十は産まんかいっ!!』


『嫌よぉ! 今まで苦労したんだからぁ、自由に遊んで良い男を引っ掛けながら暮らすのぉ!』


『いい歳こいてまだそんな阿保抜かしよるんか! 今年で何歳やワレ!?』


『お姉ちゃんと同い歳ですぅ』


『ウチはとっくに十人産んどるわ! 第一、若気も無い二百越えのババアがいつまでも遊んでられると思うなやっ!! いい加減に現実を()ぃ!』 


『ひ、ひどぉい! 私だってぇ、いい人間の男は何人も抱えてるわよぉ! 今でも大人気なんだからぁ!』


『なんで人間やねんっ!! 同族でヤれやっ!!』


『だって男の妖狐は狐顔ばっかりじゃなぁい! 私は美形(イケメン)がいいのぉ!』


美形(イケメン)にも化けられるやろ! それで我慢せいっ!!』


『絶対にイヤァ!』


 二人のそうした言い争いは、魔人の住民に聞かれながら苦笑いを浮かべさせる。


 妖狐族の寿命は、長くとも四百年ほど。

 人間で言えば既に中年期を越えた年齢のクビアには、未だに子供が居ないのだ。


 今まで幾度か人間(イケメン)と関係を持った事もあるクビアに子供が居ない理由が、まさに妖狐族という種族の特性に理由がある。


 『九尾(キュウビ)』という狐の魔獣を祖とし、更に先祖と同じ九つの尾を持つクビアは、魔力の強さや生物的な関係から人間の子供を孕み難い。

 自らの子供を産みたがらないクビアはそれを自覚し、自身の美貌を駆使して人間の男(イケメン)の金持ちを誘いながら貢がせて楽に暮らす生活を至上としていた。


 しかし一領地の子爵位を持つ領主に身を落ち着けると、放蕩的な暮らしこそ控えながも特定の相手や自身の子供を得るという執着をまるで見せない。

 その為に領民達も将来を考えた時、クビアが跡継ぎとなる子供を得ることを望んでいた。


 これについてはクビア自身も考えている事があるようで、後にこうした話を漏らしたという記述がある。


『――……次の領主ぅ? そんなのしたい人がやればいいじゃなぁい。別に王族じゃないんだからぁ、町の子達が成長したら私は引退して後は任せちゃうわぁ』


 そう述べた言葉通り、クビアは二十年後に自領で暮らす一人の養子(魔人)を選び、爵位や領地を譲って再び気楽な身に戻る。

 そして広くも浅い交遊関係を数多の人々と築きながら、人間大陸で余生を過ごし続けるのだった。


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