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生者の選択


アリアの一方的な口論を遮るように、

マシラ王の隣にいる赤毛の女官が、

アリアに向けて話し始めた。



「……お話の最中に言葉を差し挟み申し訳ありません、アリア様。私はマシラ共和国の王宮にて、王の側仕えを命じられています。レミディアと申します」


「ええ、初めまして。……貴方が、王子のお母さんですね」


「……はい」



女官である赤毛のレミディアが入ると、

アリアは怒りの表情をすぐに引かせ、

冷静な表情でレミディアに顔を向けた。


先ほどまで見せていた罵詈雑言の怒鳴り声は見る影も無く、

アリアはレミディアに対して丁寧に挨拶し質問をした。



「貴方は、彼が生者である事を御存知でしたか?」


「……いいえ。ただ、私の記憶の王と、今までの王の言動に違いがあり、違和感はありました。……ここに居る王は、私の記憶にある王ではなく、現世の王だったのですね」


「そうです。彼は秘術を用い、死者の魂に残る記憶の人物とすり替わり、自身を死者と装いつつ貴方と接触していたのでしょう」


「……そうだったのですね」



レミディアは落ち着きつつも、

何処か暗い表情を見せながら、

アリアからマシラ王に身体の向きを変えた。


そして優しくも冷たい声で、王に告げた。



「ウルクルス様。どうか、現世にお帰りください」


「レ、レミディア……」


「アリア様の言う通り。死者である私に、生者であるウルクルス様が共に居てはならぬ事だと、私にも理解できます」


「い、嫌だ。私はここに。レミディア、君と一緒に……」


「……ウルクルス様。私は生前から、貴方の側に立つには相応しく無い者でした」


「そんな事は無いッ!!」


「……」


「君の親の所業が、君が犯した事が、君の身分が、私達の仲を裂く理由にしてはいけないんだッ!!」


「……いいえ。十分な理由でございます」


「違う!!」



諭すレミディアの言葉を遮るように、

マシラ王はレミディアに抱き付き、

涙を流しながら訴えるように呟いた。



「……君は、君は何も悪くないじゃないか……レミディア……」


「……」


「君は、幼い妹に食べさせたくて、一つの果実を盗んだだけなのに……。なのに、そんな事で奴隷に墜とされて……ッ」


「……盗みは犯罪です。例え、果物一つでも」


「君が盗みを働かなくてはいけなかったのは、君の周りに居た者達の悪意のせいだろうに……ッ」


「……父の犯した罪は、その娘である私の責任であり、罪なのです」


「違う。君は、何も罪を背負っていない。だって、こんなに……こんなに、魂が綺麗じゃないか……ッ」


「……ウルクルス様は、お優しいですね」


「違う、違う。君の周りに、悪意がある者しか居なかっただけだ……ッ」



涙を流しながら訴えるマシラ王に、

レミディアは優しい表情を見せながら、

抱き付くマシラ王を静かに離した。


そしてマシラ王の顔を優しく手で撫で、

微笑みながら喋り始めた。



「……ウルクルス様。私に良くしてくださり、そして愛してくださり、感謝していました」


「!!」


「犯罪奴隷である私を寵愛して頂き、生き別れた妹を探す事にも助力してくださり、感謝の言葉では足りないほど、貴方様に良くして頂けた最後の人生。私は、とても幸せでした」


「……レミディア……ッ」


「生前にお伝え出来ずに、申し訳ありません。……私は貴方と出会えた幸福に、救われました」



そう告げたレミディアはマシラ王に微笑み、

そのままアリアの後ろに居る王子に目を向けた。

王子は母親であるレミディアを見ながら、

アリアの前に出て母親の元へ歩み寄っていく。


それに応じるようにレミディアも歩み寄り、

幼い王子に合わせるように身を屈め、優しく話し掛けた。



「アレクサンデル様。大きくなられましたね」


「……お母さん……」


「こうしてお外で御話するのは初めてですね。いつも病床で、アレクサンデル様とは床の間で御話していましたから」


「……」



まるで他人行儀の言葉遣いで話し掛けるレミディアに、

王子は顔を伏せながら気を落とす。

それに気付いたアリアは、

疑問を述べるようにレミディアに言葉を投げた。



「どうして自分の息子に、そんな他人行儀なのよ」


「……アレクサンデル様は王の息子です。ですから、私の息子ではありません」


「……どういうこと?」



微笑み答えるレミディアの言葉を聞いても、

意味を理解できないアリアは再び問い掛けた。

僅かに沈黙したレミディアの代わりに、

傍に居たマシラ王が渋い表情を見せながら話した。



「レミディアは私の子を宿した。私はレミディアを妻に、王妃に迎えようとした。だが犯罪奴隷であるレミディアを妻に迎える事を、元老院を始めとした周囲も許さず、認めようとしなかった……ッ」


「……そういうこと。犯罪奴隷の子だと民が知れば、マシラ共和国の象徴とは成り得ない。だから彼女は王子の母親である事を伏せられて、母親として対応する事を許されなかったのね」


「それだけじゃない」


「?」


「レミディアはアレクを出産した後に、毒を飲まされ続けていたんだ……」


「!!」


「出産後に体力を落ちたところに、病を患い死んだように見せる為に。元老院に命じられた給仕が毒を仕込んで飲ませていたんだ……」


「……最悪ね」


「だからこそ、それを知った私はここに来た……ッ」



憤怒と後悔が入り混じるマシラ王の表情を見ながら、

アリアは此処に来たマシラ王の思いを知った。

それを知った上で、

アリアは厳しい表情を浮かべて言い放った。



「同情はするわ。けど、それとこれとは話が別よ」


「……ッ」


「貴方が戻らなければ、王子を置いて私は戻る。その条件は変える気は無いわ」


「……」



そう切り捨てたアリアの言葉に、

マシラ王は唇を噛み締める。

しかし共和国を滅ぼすという言葉を思い出し、

僅かに笑みを浮かべた様子がマシラ王に見えた事で、

アリアは自身の言葉が失言であると察した。


愛した女性を謀殺されたマシラ王も、

共和国の滅びを心の何処かで望んでいたのかもしれない。


マシラ王が残るという選択肢を助長させる発言に、

今更ながらに後悔を宿したアリアだったが、

王子と接していたレミディアがその話に加わった。



「……知っていました」


「?」


「毒を飲まされ続けている事に、気付いていました」


「!?」


「ですが、そうする理由も理解できました。私はマシラ共和国にとって、ウルクルス様とアレクサンデル様にとって、許されない存在だという事は」



レミディアの言葉にマシラ王は絶句し、

幼い王子は理解できないまま、母親が喋る姿を見ていた。


アリアはそんなレミディアに対して、

静かに怒りながら話し掛けた。



「……毒と知ってて、飲んでたの?」


「はい」


「どうして誰にも知らせなかったの?」


「それが王の為であり、王子の為でもあると思いました」


「……自分が死ねば誰かの為になるなんて、そんな事を思ったの?」


「……」


「そんな考え、間違ってるわ」


「……間違いでもいいのです」


「……」


「私は生を受けてから生きていく中で、何度も間違いを犯しました。その私の最後が間違えであったとしても、それでいいのです」


「いいワケがないでしょう」


「……」


「それじゃあ貴方は、その子を産んだ事すら、間違いだったと思ってるワケ?」


「……」


「貴方が言ってるのは、そういう事なのよ」



そう告げるアリアに、

レミディアは静かに微笑む表情を引かせ、

目の前にいる王子に顔を向けた。


王子の瞳に涙が浮かび、

それに気付いたレミディアは僅かに驚き、

すぐに表情を微笑みに変えて手を伸ばし、

王子の手を優しく触った。



「何が正しく、何が間違いなのか。私には生前の時にも、死後になっても分かりません」


「……」


「けれど。父が罪を犯した事も、私が果物を盗んでしまった事も、王が私を愛してくれた事も、アレクサンデル様を産んだ事も。全ては、それぞれが選択の結果でした」


「……」


「結果として。私は罪を犯し、王と出会い、アレクサンデル様を生み、死を選んだ。……それを間違いだと誰かが言うのであれば。それはきっと、間違いだったのでしょう」


「……」


「死者である私には、もう選択する事はできません。……だから生者である貴方達は、生き続ける限り選んでください。自分の選択を」



王子から手を離したレミディアは静かに立ち上がり、

三人に顔を向けながらそう告げた。

生者である自分達が選ぶのだと。


その時にアリアは察した。


目の前のレミディアという女性は、

選び続けて生きる生者ではなく、

選び終えた死者なのだと。


レミディアの生者の潤いを感じない瞳を見て、

アリアは初めて目の前の人物が死者なのだと、

理性的にではなく、本能的に自覚した。





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