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結婚式の景色


 ガルミッシュ帝国にて第十一代となる新皇帝ユグナリスが誕生した次の日、それでも新帝都で行われている祭典(まつり)は止む様子は無い。

 逆に更なる盛り上げを見せ始め、隣国であるベルグリンド共和王国からも多くの人々が来訪する光景が窺えた。


 そうした賑わいを強めている理由は、本日に催される新皇帝ユグナリスと共和王国(ベルグリンド)の姫君リエスティアの結婚式に有る。

 同じ大陸に構える両国との関係を強く結び付けるこの婚姻は、四大国家の連盟国よりも隣り合う両国民にとっては大きな重要性を感じられる儀式(モノ)となっていた。


 実はリエスティアの素性については、ガルミッシュ皇族と七年前の祝宴で生き残った帝国貴族達しか実情を把握していない。

 その為にリエスティアは今でもベルグリンド側の姫君という形で国民には情報が共有されたままであり、それを訂正する動きも無かった。


 これについては帝国側(ガルミッシュ)の皇帝代理を務めていた皇后クレアと、共和王国側(ベルグリンド)の国王となったヴェネディクトの間で協議された末に決められている。

 かつてベルグリンド王国だった時代に第一王子の立場だったヴェネディクトから見れば、養子として第三王子に迎えられたウォーリスの妹リエスティアは、表向きこそ義妹(いもうと)という立場に変わりは無かった事もあった。


 しかしヴェネディクト側が最も考慮させられたのは、共和王国(じこく)にて失踪した事になっている元国王ウォーリスについての扱い方になる。

 当初はウォーリスを事態の黒幕として公表するはずだったが、天変地異によって起きた事象を利用する形で共和王国(オラクル)の政権を奪取したクラウスはそれに関わる情報を偽装した。


 天変地異の前後に起きた事件に巻き込まれ、共和王国(オラクル)の民が慕っていたウォーリス王は生死不明のまま行方不明となった事にしてしまう。

 それを大商人リックハルトが手配した者達によって情報として流布され、国民は事件に巻き込まれたウォーリス王が死亡してしまったという結果を事件後の事実だと考えるようになった。


 それから()(くず)し的に、旧王国時代の第一王子ヴェネディクトが国王に据えられ、ベルグリンド共和王国として復興を始める。

 おかげでリエスティアの立場も大概的には『共和王国の姫君』で在り続けられ、亡くなりながらも善政を牽いた前国王ウォーリスの妹であるという立場を崩さずに済んだ。


 故に亡きウォーリス王に対する弔いも兼ね、共和王国(ベルグリンド)の民は全面的に新皇帝ユグナリスとリエスティアの結婚を支持してくれている。

 それに対して帝国側では反する思いを抱く者も少なからず存在したが、それでも皇后クレアとローゼン公セルジアス、そして新皇帝となるユグナリスの意思を尊重する形として、リエスティアとの結婚式は実現を果たした。


 そうして早朝から賑わう新帝都では、帝国民と共和王国民の間で交友も行われている。

 両国の商人や国民達は祭典を利用し交流を行う事で、改めて帝国と共和王国が対等な関係を築けていく事に希望を持つ事が出来ていた。


 その祭典の中心地は、新帝都の『市民街』に設けられている。

 新帝都建設時の提案として共和王国(ベルグリンド)の親国であるフラムブルグ宗教国家から派遣された神官達が滞在できる場として、聖堂が建てられていた。


 聖堂()の周囲には回復魔法で治療を行える治癒院や病院なども建設され、新帝都の市民も多くが利用している。

 しかし今日は多くの帝国民が囲うように集まり、それを統率しているのは新生された帝国騎士団だった。


 更に聖堂内部には主だった帝国貴族やその家族達を始め、各国の代表者達も集まり席に座っている。

 そして聖堂の一室において結婚式用の赤い礼服へ着替える新皇帝ユグナリスに対して、扉を開けたセルジアスが一礼の後に声を掛けた。


「――……皇帝陛下、そろそろ御時間です」


「……ああ」


 セルジアスにそう告げられたユグナリスは、振り返りながら表情を引き締める。

 そして自身の傍に置いていた皇帝の冠を被り、セルジアスと幾人かの騎士を伴いながら部屋を出た。


 それから通路を歩くユグナリス達は、やや大きめの扉前に辿り着く。

 するとセルジアスや騎士達はそこで立ち止まり、開けられた扉の先へ歩む新皇帝(ユグナリス)を見送った。


「――……第十一代皇帝、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ陛下! 御入来ですっ!!」


 入室と共に響く衛兵の言葉が響くと、ユグナリスの周囲から楽団の音楽と多くの拍手が流れる。

 聖堂内の礼拝室に赤い絨毯が敷かれ、その左右には出席者達が座る席が並べ置かれた光景を見ながらユグナリスは進み続けた。


 そして司祭が立つ為の場所に辿り着くと、ユグナリスは進めていた足を止める。

 それと同時に拍手と音楽は止まり、ユグナリスは振り返りながら出席者達に声を向けた。


「――……本日は、この場にも御越し頂きありがとうございます。既に先日、御伝えした通り。今日は私と、共和王国のリエスティア姫との結婚式を行います。――……ベルグリンド共和王国、国王ヴェネディクト陛下」


「――……はい」


「この結婚については、私とリエスティア姫自身の同意を持って行っています。しかしリエスティア姫は、貴方の国に置ける姫の立場に在る。……彼女に対する私の愛は本物です。ですが今回の結婚式には、両国の更なる友好も示せればと考えます。よろしいですか?」


「はい、新皇帝陛下。共和王国(わがくに)も、それを強く望んでおります」


「感謝します。――……そして、本日の結婚式ですが。今回は御越し頂いているフラムブルグ宗教国家の教皇ファルネ猊下から、祝福を与える為の祝祭役を務めたいという御願いがありました」


「!」


「私もリエスティアも、それを御断りする理由はありません。なので主催として、改めてその務めを御願いしようと思います。……教皇猊下。改めて、こちらから御願い出来ますでしょうか?」


「――……ええ、喜んで務めさせて頂きます。陛下」


 ユグナリスはそう述べ、二国の指導者(トップ)に対してそうした言葉を改めて述べる。

 それは事前に取り決められた話ではあったが、改めて各国の代表者達が居る場でそれを明かす事で、両国とガルミッシュ帝国の関係性が良好である事を伝えさせていた。


 そして席から立ちながら新皇帝(ユグナリス)の前まで歩む教皇ファルネは、改めて司祭役として立つ場所に赴く。

 その配置が終わると、視線を扉側へ戻したユグナリスは衛兵に視線を向けて僅かな頷きを見せた。


 すると次の瞬間、視線を向けられた衛兵は応じるように高らかな声を発する。


「――……ベルグリンド共和王国の姫君、リエスティア=フォン=ベルグリンド様! 御入来ですっ!!」


 その声と同時に開かれた扉から、純白の結婚装束(ウェディングドレス)を身に纏ったリエスティアが現れる。

 そしてその後ろには、赤い装束(ドレス)を纏う二人の子供(シエスティナ)が追従しながら足裾の薄布(ベール)を持つ役目を担っていた。


 そんな二人を扉の向こう側で見送る、藍色の騎士服を身に纏ったマギルスの微笑む姿が在る。

 するとその傍に残っていたローゼン公セルジアスは、マギルスに視線を向けないまま小声で伝えた。

 

「――……昨晩の件、改めて御礼を申します。おかげで大きな騒ぎとならずに、事件(こと)を治められました」


「別にいいよ。アリアお姉さんから頼まれてた事だし」


「やはり妹から……」


「もう暗殺者(あいつら)も来ないみたいだし、そんなに警戒しなくても大丈夫。もしまた来ても、僕が皆を守るから」


「……頼もしい御言葉です」


 結婚式前夜に行われた教皇暗殺未遂事件について、その事実はローゼン公セルジアスの采配によって事後処理が進んでいる。

 捕まえた暗殺者の一人は魔封じが施された頑強な牢獄に捕らえ、更に内通していた二人の連盟国代表者についても同じく拘束して捕らえていた。


 この三人については既に関わりのある連盟国の代表者にも伝えられており、この結婚式には参列せず帝城にて騎士達に監視されながら自粛している。

 そして結婚式が終わった後に、帝国内にて教皇暗殺を行おうとした処罰と責任について言及し取り決めが行われる予定となっていた。


 そうした裏事情を敢えて新皇帝(ユグナリス)にも報告してないセルジアスは、今はこの祭事の邪魔をする要素を徹底的に省く事だけを考えている。

 そしてそうした事態になっている事も知らない者達は、赤い絨毯を歩く花嫁(リエスティア)達に拍手を向けていた。


 するとリエスティアはユグナリスの隣に歩み寄り、改めて薄布(ベール)に顔を向け合う。


「綺麗だよ、リエスティア」


「……ありがとうございます。ユグナリス様」


 二人はそうして微笑みを向け合い、僅かに頬を赤らめる。

 そんな二人を笑顔で見上げるシエスティナは、薄布(ベール)を離しながら一歩引いた位置に立った。


 それから新郎新婦の二人は、司祭役を務める教皇ファルネに顔を向けながら宣誓の言葉を問い掛けられる。


「――……ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ。(なんじ)は健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、幾多の困難に見舞われるであろう時。リエスティア=フォン=ベルグリンドを愛し、その命ある限り共に在り続ける事を誓いますか?」


「勿論、誓います」


「……リエスティア=フォン=ベルグリンド。(なんじ)は健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、幾多の困難に見舞われるであろう時。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュを愛し、その命ある限り共に在り続ける事を誓いますか?」


「はい、誓います」


「御二人の宣誓、確かに(わたくし)が聞き届けさせて頂きました。……それでは、誓いの交わりを」


 教皇ファルネの述べるその言葉と共に、新郎新婦(ふたり)は改めて顔を向け合う。

 するとユグナリスは緩やかなに両手を差し伸べ、リエスティアの顔を覆う薄布(ヴェール)を捲り上げた。


 そして二人を間を阻む薄布(もの)は無くなり、互いに微笑む顔を見ながら声を向け合う。


「愛している、リエスティア」


「私も、愛しています。ユグナリス様……いいえ、ユグナリス」


 そうして微笑む二人は互いの身を寄せ合い、そして顔を近付けて誓いの唇を交える。

 それから二人は数秒ほど付けていた唇を離すと、司祭役の教皇ファルネは微笑みを浮かべながら両者に祝福の言葉を向けた。


「神もまた御二人の御言葉を御聞き、新たな繋がりを御喜びになられているでしょう。――……御二人とその家族()に、祝福の未来が在らんことを!」


 その祝福の言葉により、周囲から盛大な拍手な起こる。

 それは新皇帝ユグナリスの伴侶として、后妃リエスティアが本当の意味で認められた瞬間でもあった。


 その光景を見届ける者には、前皇帝ゴルディオスの絵姿が入った小さな額縁を抱える皇后クレアと、偽装した姿ながらもウォーリスとカリーナも含まれている。

 そうした参列者達が賑わい拍手する光景を見渡しながらも、ユグナリスは僅かに寂し気な様子を浮かべて呟いた。


「……やっぱり、ログウェルにも見て欲しかったな……」


「……ユグナリス……」


「あっ、ごめん。……大丈夫、大丈夫だよ」


 思わず呟いてしまった言葉を聞かれたユグナリスは、再び笑顔を浮かべる。

 そんな強がる様子を見るリエスティアは、ユグナリスの左手に自身の右手を重ねながらある事を伝えた。


「……ユグナリス。あっちを見てください」


「え――……っ!!」


 導くようなリエスティアの視線を追うように、ユグナリスは参列者達が座る席の奥へ視線を向ける。

 するとユグナリスは青い瞳を見開き、驚愕の表情と声を浮かべた。


 そこには何故か、薄らと半透明になっているログウェルの姿が見えている。

 更にその隣には、幼くも小さなリエスティアと似た少女の姿も見えた。


 それを見ながら唖然した様子を見せるユグナリスは、隣に立つリエスティアに問い掛ける。


「あ、アレは……」


「ログウェル様は、もう視ていたんです。この未来(けしき)を、未来(むこう)の『(わたし)』と一緒に」


「……っ!?」


 リエスティアのその言葉について、ユグナリスは困惑を強める。

 しかしログウェルが遺した本の中に書かれた内容を思い出すと、改めてその意味を理解出来たように思えた。


 ログウェルは世界を滅ぼす未来の自分を通じて、世界の滅びを見ている。

 そして未来(むこう)の『黒』と協力し、この未来まで人々を導き続けた。


 そんなログウェルが最後に見たのは、今の景色。

 再興された新帝都と、そこで自分の弟子(ユグナリス)が新皇帝へ就任し結婚式を挙げる未来(いま)の景色を見届けていた。


 そしてこの未来を視たログウェルは、隣に立つ少女の姿をした『黒』へ話し掛ける。


『――……ほっほっほっ。やっと、()未来(けしき)へなったようじゃな』


『はい。これも貴方のおかげです、ログウェル=バリス=フォン=ガリウス』


『儂は何もしとらんよ。全ては、若者達(あやつら)が頑張ったおかげじゃろうて』


『そうですね。……そろそろ、行きましょうか?』


『そうじゃな。この未来にする為にも、もう一働きしよう。――……元気でな、幸せな弟子(ユグナリス)よ』


 二人はその未来を見届けると、その背後に白い扉を作り出す。

 そしてその扉は向こう側へ開き、二人はその先へ歩み始めた。


 それを見たユグナリスは、去っていくログウェルを呼び止めようとする。

 しかしそれを遮ったのは、彼の左手を握る右手を優しく抱き寄せるリエスティアだった。


「ログ――……リエスティア……?」


「……ログウェル様は、きっと……この日の為に、ずっと頑張ってくれていたんです」


「!」


「この未来(けしき)を私達に視せる為に、ずっと……。だから、今は……」


 ユグナリスの左腕を抱き寄せながら、リエスティアは涙を微かに流して震える言葉を呟く。

 それを聞いたユグナリスは言葉の意味を理解し、白い扉へ歩み去っていくログウェルを見送った。


 そして白い扉は閉じられ、二人の視界から消えてしまう。

 二人以外はそうした光景を誰も視認できていない事を改めて知ったユグナリスは、僅かに涙を浮かべながらも微笑みを戻して呟いた。


「分かったよ、リエスティア。……分かったよ、ログウェル。俺は必ず、アンタが導いたこの未来(せかい)を……守ってみせるから……っ」


 師匠であるログウェルが導いた未来(いま)を守る事を、ユグナリスは改めて心に誓う。

 その誓いによって、ようやくユグナリスは自分が選ばれなかった答えは導き出せたのだった。


 こうして複雑に絡み合う数多の悲劇を乗り越えたユグナリスとリエスティアは、この日に本当の夫婦へと至る。

 それこそ老騎士ログウェルが最後に視た未来(せかい)であり、最後の弟子(ユグナリス)を見届けた景色(すがた)だった。


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