皇族の出迎え
故郷であるオラクル共和王国へ姿を見せたエリクは、友であるワーグナーと共に信頼できる者達に黒獣傭兵団を委ねる。
そしてエリクは隣国であるガルミッシュ帝国へ向かう事を伝えて、再び共和王国から旅立った。
すると一ヶ月程が経過した頃、ガルミッシュ帝国のローゼン公爵領地に国境付近の領地から魔道具を通じて一報が届く。
その内容を聞いたのはローゼン公セルジアスであり、彼は半信半疑の面持ちを浮かべながらも、ある情報を聞いた事で報告主に了承の言葉を伝えた。
更に一週間が経過した頃、ある人物達がローゼン公爵領地の首都へ辿り着く。
そして首都の守りである門の前には緊張感を高める領兵達が外や壁内で待機する姿が見えた。
その門上にはローゼン公セルジアス自身と共に、青髪の青年であるマギルスの姿も在る。
すると幾つかの荷馬車と共に引き連れる商団が都市の門近くに到着すると、門の在る壁上で見下ろしていたマギルスが微笑みを浮かべながら兵士達に伝えた。
「――……うん、本物の気配がする!」
「誠ですか?」
「間違いないね。――……じゃ、僕はおじさんに会って来る!」
「あっ、マギルス殿っ!?」
マギルスはそう言いながらセルジアスの制止も聞かずに門壁の窓枠から飛び降り、平然とした様子で数十メートル下の地面へ着地する。
いきなり上空から降りて来た青髪の青年に驚愕する領兵達に対して特に気に掛ける事もないまま、マギルスは商団の後列に位置する荷馬車へ歩み寄って中に居るだろう人物に声を掛けた。
「エリクおじさん、久し振り!」
「――……やはり、マギルスか」
微笑みながら挨拶を向けるマギルスに反応し、荷馬車の後方からエリクが降りて姿を見せる。
すると二人は同じ地面に立って歩み寄り、互いに微笑みを向けながら会話を始めた。
「なんで商団の人達と一緒に来てるの?」
「知り合いの商人に頼んで、商団の護衛を仕事にして一緒に来た」
「そうなんだ」
「……それよりこの状況も、俺の偽者があちこちに現れたせいか?」
「ああ、それもあるけどさ。おじさん本人だったら本人で、めっちゃ強いじゃん? だからそういう警戒もあるみたい。でもおじさんが本気で暴れたら、こんなの無駄なのにね」
「……まぁ、そうだな。そのせいか、ここに来るまでやたら監視が多かったのは。敵意が無かったから、盗賊ではないと思って仕掛けなかったが」
「あははっ。もし本物だったら、迂闊に手を出すと殺されちゃうよってお兄さんに言っておいた」
「そうか」
エリクと思しき人物が『旅の運び屋』の商団に紛れている情報が伝わった事で、ローゼン公爵家は二重の意味で警戒していた事をマギルスは明かす。
そして道中で監視を受けていた理由を理解するエリクに対して、改めてマギルスは問い掛けた。
「それより、どうして帝国に来たの? まだ予定まで、四年くらいあるんじゃない?」
「少し、会いたい男が帝国に居ると聞いた。それを探す為に、アリアの兄に聞きに来た」
「会いたい男? ユグナリスお兄さん?」
「ユグナリス? ……ああ、帝国の王子か。そうじゃない」
「あれ、違うんだ。僕の知ってる人? 名前は?」
「一応、顔は見ているはずだ。名前は――……」
「――……あれ、誰だっけ。それ?」
探し人の名前を教えたエリクに対して、マギルスは首を傾げながら名前の人物を思い出そうとする。
そうして二人が会話をしていると、その横から現れるように商団を纏める統率者が声を掛けて来た。
「――……エリク様。都市へ入れる許可を頂きましたが、その方も御一緒に?」
「ああ」
「承りました」
商団の統率者はそう聞くと、足を止めていた馬に再び進めさせる。
それに合わせてエリクとマギルスも歩き、共に並びながら会話を続けた。
「でも、なんでその人を探してるの?」
「その者が使う魔法を、覚えたい」
「魔法? 魔法だったら、アリアお姉さんに教えて貰えばよくない? 今は『青』のおじさんも一緒のはずだし」
「俺もそう思って魔導国に寄ったんだが、アリアに言われた。俺が習得できる属性魔法は、アリアは不得意な方だと」
「そうなの? ……習得できる属性魔法って、なんだっけ?」
「魔法を覚えるには、自分の『魂』に合った適正が必要らしい。俺は、『火』『土』『闇』の属性魔法に適正があるそうだ」
「ふーん。アリアお姉さん、それが苦手な属性なの?」
「『火』と『闇』は苦手らしい。『土』は別未来の修行で、制約から習った以上に俺が使いこなせる魔法は無いそうだ」
「じゃあ、覚えたい魔法は『火』か『闇』ってこと?」
「『闇』の方だな。恐らくそれが、俺の元々持ってるもう一つの適正のようだ」
「元々って?」
「『火』の属性が在るのは、鬼神が影響しているらしい」
「それって、鬼神のおじさんの影響で『火』属性の適正があるってこと?」
「ああ。だから鬼神の魔力を使えば、俺は『火』の魔術や魔法を使えるんだが。今の状態だと、『火』の魔法が全く使えない。別未来でそう言われた」
「つまりおじさんの適正って、『土』と『闇』だけなんだね」
「ああ。その二つの中でも、アリアは『闇』の魔法が不得意らしい。だからアリアから、『闇』属性魔法が得意な者を教えられて探しに来た」
「そっかぁ。だったら、あのお兄さんが知ってるかもね!」
「だと良いがな」
二人はそうした会話をしながら、商団の横を歩き共に都市の門を越える。
すると彼等が進む場所で待っていたセルジアスに気付いてマギルスが呼び掛けると、幾人かの騎士を連れながら歩み寄って来た。
「ねー、お兄さん! おじさんが聞きたい事あるから来たって!」
「――……エリク殿、御本人ですね? 御久し振りです」
「ああ、久し振りだ」
「このような物々しい対応をしてしまい、申し訳ありません。何分、貴方については不安を述べる者も多かった次第で……」
「不安か。俺は別に、ここで暴れるつもりはないが」
「私もそう信じたいのですが。貴方の風聞の中には、似た前歴があるようですから」
「……そうだな」
セルジアスが微笑みながらの述べる言葉に、エリクは身に覚えを感じながら納得する。
恐らく自分の情報が出回る中で、マシラ共和国で行った王宮襲撃の情報も伝わったことを理解したのだ。
そうして肯定するエリクに対して、セルジアスは僅かに笑いの吐息を漏らしながら問い掛ける。
「それで、私に御聞きしたい事とは?」
「ああ。一応、幾つかあるんだが。……ここで聞かない方がいい内容もあるかもしれない」
「そうですか。では、本邸へ参られますか? そこで御伺いを」
「そうだな、頼む」
多くの者達の視線と耳が集まる中で質問することを自ら配慮したエリクは、セルジアスの提案に応じて本邸へ向かう事になる。
そして『旅の運び屋』の商団で就いていた護衛を正式に終えた後、セルジアスやマギルスと共に馬車に乗って本邸へ訪れた。
すると本邸において出迎えたのは、多くの侍女や家令の姿。
そしてその中には、現ガルミッシュ帝国において皇帝代理を務める皇后クレアの姿も在った。
セルジアスとマギルスに続いて馬車から降りたエリクは、そのクレアに頭を下げられながら直々に挨拶を述べられる。
「――……ようこそいらっしゃいました。エリク様」
「……あ、ああ」
「御話は伺っております。どうぞ客室へ御案内しましょう」
「場所は、覚えている……んだが……」
帝国を代表する皇后自らが本邸へ招き客室へ案内するという光景に、エリクは困惑した様子を浮かべる。
そして皇后の案内を受けながら客室へ通されると、そこには数多の従者や侍女が待機し、物々しい様子でエリクは一人用の椅子に導かれて座った。
そんなエリクの近くにはマギルスが立ち、対面する位置に皇后は同じ豪華な椅子で腰掛ける。
するとその傍に控え立つローゼン公セルジアスは、改めてエリクに問い掛けた。
「御茶や菓子など、御用意しますか?」
「……い、いや……いい。それに、長居をするつもりはない」
「そうですか。……では、御用件を御伺いしましょう」
「……皇后も、彼等も聞くのか?」
「御安心を、彼等は信頼できる公爵家の魔法師達です。盗聴などの防止を行う役目を任せています。外と内で何者にもこの客室内の会話は聞かれぬようにしておりますので、御安心を」
「と、盗聴……。……そんな、大きな話をするつもりは無いんだが……」
「念の為に、こちらで準備をさせて頂きました。お気になさらず」
「……そ、そうか。なら、話すが……」
厳重過ぎる程の警戒網が敷かれた客室にて、エリクは落ち着かぬ様子を浮かべる。
しかし状況が改善する様子もないまま、諦めを浮かべて話し始めた。
「……ここに来たのは、アリアの頼みでもある」
「アルトリアから?」
「帝国の状況は『青』を通して聞いていたようだが。自分は魔導国から動けないから、実際におかしなことが起きていないか確認して欲しかったそうだ」
「そうですか。こちらもあの事件からは、特に大きな変化は起きていません。不審な出来事も、報告には届いていなかったかと」
「そうか。俺もここに来るまで、奇妙な気配はしなかった。……ウォーリスは、どうしている?」
「彼は今、私の従者として仕事を任せています」
「従者?」
「彼は肉体こそ傷付き常人と変わらぬ様子となりましたが、その頭脳と判断能力は極めて非凡です。それを帝国において活用させる形で、彼の贖罪とさせています」
「そうなのか。……ウォーリスが守っていた女は?」
「それでしたら、あちらに」
「……!?」
そう言いながら別方向を見たセルジアスに、エリクも同じように視線を動かす。
すると周りを囲む侍女の中から一人が歩み出ると、首に付けた装飾品を外した。
次の瞬間、今まで見た事が無かった侍女が見覚えのあるカリーナの顔へ姿を変える。
それを見たエリクは僅かに驚くと、改めて外した装飾品に付けられた黒い魔石を見ながら理解した。
「偽装魔法が付与された、魔道具か」
「はい。彼女は姿と身分を偽り、皇后様付の侍女という立場に置いています」
「……ウォーリスを従わせる為の、人質か?」
「それは否定できません。しかしあくまで、我々は信頼を元にした良好な関係を築きたいと考えております。彼女が、その架け橋になってくれればと思っています」
「……なら、俺が口を出す事でもないだろう。すまなかった」
「いえ、貴方からすれば当然の疑問でしょう。どうかこのような対応を行っている事を、御許し頂ければ」
「いや、それはお前達に任せる。……あと一つ、聞きたい事がある」
「何でしょうか?」
「ある男を探している。ドルフという男だ」
「ドルフ……?」
「確か、本名は……ヒルドルフ=ターナーだったはずだ。前に帝国でアリア達と別れた時、奴は帝国に居たはずだが。今はどうしている?」
「あぁ、彼ですか。少し前に、南領地のガゼル伯爵家に客人として身を置いていたと聞いていますが……」
「置いていた?」
「既に伯爵家を発ち、別の場所へ向かったと聞いております」
「何処か、知っているか?」
「そこまでは詳しく。ただ彼は以前の帝都襲撃に関わっていた事もあり、減刑ではありますが帝国以外へ出る事を認めていません。監督役であるガゼル伯爵家に確認を取れば、行く先の情報も分かるかと」
「そうか。なら、確認してくれないか?」
「彼が何か?」
「いや、奴はアリアより『闇』属性の魔法を扱う技術に長けていると聞いた。だから奴に、魔法を教わろうかと思ってな」
「そうでしたか。では至急ガゼル伯爵家に連絡し、彼の行方を確認させましょう」
「頼む。……一応、聞きたい事はそれだけだ。それ以外にはない」
エリクはそうして、自分の中にある質問を全てを聞き終えた事を伝える。
するとセルジアスは改めて頷き、入り口の傍に立つ従者に視線を向けてガゼル伯爵家に先程の内容で連絡を取るよう無言で伝えた。
それに応じる従者が一礼し扉を出て行った後、それを見るエリクに皇后クレアが沈黙を解いて声を向ける。
「――……エリク様。私共からも、貴方に御相談がございます」
「相談?」
「実は、私達もある方達を探しています。貴方がその行方を御存知ないか、御聞きしたいのです」
「……誰の事だ?」
「貴方の御仲間だったケイル様と、元皇国の皇王で在らせられたシルエスカ様です」
「!」
「彼女達の行方を、貴方は御存知でしょうか?」
二人の名前が皇后クレアの口から出た時、エリクは僅かに驚く。
その時のエリクは、仲間の一人であるケイルがどうして帝国に探されているのか分からなかった。
しかしこの時に、客室の警戒網が異常に高い理由を察する。
それこそが外部に漏れぬよう盗聴を防ぎ、皇后クレアが同席し自ら質問する必要がある内容である事を理解したエリクは、僅かに訝し気な目を宿した。