神の激突
復活した【始祖の魔王】の出現と、その波動は様々な場所に伝わる。
そしてそれに気付いた一人である【鬼神】は、自らの意思でエリクの肉体を借りて戦いを挑む事を決めた。
一方その頃、【始祖の魔王】は更地にした場所を歩きながら緩やかに足を進めている。
そしてその先に見据えるのは瓦礫の山であり、その中に居る者達に声を向けていた。
「……しぶてぇな」
「――……グ、オォ……ッ!!」
そう【始祖の魔王】が声を向けた瞬間、横倒しになった一本の巨木が揺れ動く。
すると身体に生命力を纏わせたケイルが巨木を持ち上げ、後方へ投げ捨てるように脱出した。
しかしケイルは身体のあちこちに大小の傷を負い、血を流す様子が見られる。
そしてその下には、負傷したアルトリアが意識も朦朧としながら瓦礫に背中を預けて座っていた。
間近であの衝撃波を受けながら吹き飛ぶ瓦礫に巻き込まれた二人だったが、辛うじて生存している。
それでも重傷を負ったことに代わりにはなく、それを癒す手段も無い状況となっていた。
「はぁ……はぁ……っ。……おい、まだ生きてるか……!?」
「……何とか、ね……。……でも、色々と折れたわ……」
「なんだ、どっかの骨か……?」
「骨くらいだったら、マシなんだけどね……。……そっちは、どう……?」
「……アタシに聞くなよ」
二人はそうした声を向け合い、互いの状況を確認する。
そして互いに同じ相手へ視線を向けながら、身体以上に精神が折れ挫けた事を理解していた。
目の前に見える【始祖の魔王】の強さは、二人から見れば異次元と言ってもいい。
彼女達が戦った『神兵』や到達者すら凌ぐであろうその脅威は、今の自分達では歯が立たない事を感じさせていた。
更に頼みの綱とも言えるアルトリアの権能すら奪われ、もはや対抗できる手段が残されていない。
そんな状況下に立たされた二人は、疲労以上に色濃い絶望が滲み始めていた。
すると【始祖の魔王】は、再び正面に右手を翳し向けようとする。
それを見て彼女達は表情を強張らせると、動かしていた【始祖の魔王】の右手に時空間の穴が形成された。
「!」
「……はぁ、そっちもか」
「リエスティア……ユグナリス……!」
時空間を受けて手が止まった【始祖の魔王】は、別方向を見る。
そして土埃が舞う中でそこに立つ二人の人影を見ると、呆れるような溜息を零した。
するとアルトリア達もそちらへ視線を向け、そこに立つ夫婦の姿を目にする。
更に両手を向けながら時空間を形成させたリエスティアを守るように、ユグナリスは『生命の炎』を纏わせながら剣を構えた。
「――……時間を稼げばいいんだね?」
「は、はい。……でも……!」
「大丈夫だ、俺に任せてくれ。――……オォオッ!!」
ユグナリスはリエスティアとそう話した後、その場から飛び出す。
そして『生命の炎』を纏い、赤い閃光となって【始祖の魔王】に挑んだ。
それを酷く冷淡な赤い瞳で見つめる【始祖の魔王】は、軽く右手を薙ぐ。
するとそれが凄まじい衝撃波を生み出し、ユグナリスごとその後方に居るリエスティアを吹き飛ばそうとした。
しかし次の瞬間、ユグナリスの真正面に大きな時空間が作られる。
それによって衝撃波が時空間に入り、【始祖の魔王】の真横に別の時空間が作り出された。
「!」
その時空間から【始祖の魔王】の放った衝撃波が来ると、【始祖の魔王】自身はそれを自分の左手で受け止め無傷で相殺する。
しかし更にその時空間の奥から、『生命の炎』を纏ったユグナリスが現れた。
「――……オォッ!!」
『生命の炎』を纏いながら自身も時空間を通過したユグナリスは、近付けた【始祖の魔王】に剣を振り向ける。
しかしコンマ数秒にも満たぬその斬撃が届くよりも早く、【始祖の魔王】の右拳がユグナリスの顔面を正確に捉えながら撃ち抜いた。
それすらもリエスティアが作り出した時空間が飲み込み、穴を閉じる。
しかし今度は腕を切断できず、そのまま引き戻した【始祖の魔王】はユグナリスの剣を腕で払い防いだ。
「ッ!?」
「即興にしちゃ、いい連携だ」
「ッ!!」
渾身の一撃をただの腕で払い除けられてしまったユグナリスに、【始祖の魔王】はそうした声を向ける。
そして今度も右拳を振り翳し、態勢を崩したユグナリスを攻撃しようとした。
ログウェルとの訓練で鍛え上げた反射神経がユグナリスに悪寒を予測させ、彼の左肩を右拳が掠めながらも直撃を避ける。
しかし掠めただけの衝撃で左肩の肉と骨が切り刻まれ砕けたユグナリスは、短い絶叫を漏らした。
「グァッ!?」
「ユグナリス様ッ!!」
更に次の瞬間には、そのまま直進する【始祖の魔王】の右拳が地面に激突する。
すると地面が吹き飛ぶように砕け散り、【始祖の魔王】を中心とした聖域の大地が一キロ四方に渡って亀裂を生じさせた。
リエスティアはその衝撃にユグナリスを巻き込ませない為に、再び時空間の穴を形成して倒れるユグナリスを自分の元に転移させる。
しかし『生命の火』を用いても修復し追い付かない傷に、ユグナリスは息も絶え絶えな様子を見せた。
「ク、ゥ……ッ。……ちょ、直撃じゃ……なかったのに……っ!!」
「ユグナリス様……!」
「だ、大丈夫……。……まだ、やれる……!」
折れ砕けた左肩と左腕を下げながら右手だけで剣を持つユグナリスは、自己治癒能力を高めながら構える。
そんなユグナリス達を一瞥する【始祖の魔王】は、鼻息を漏らしながら呟いた。
「面倒臭ぇな。……コレでいいか」
「!」
「……アレは……!?」
対峙する彼等に対してそう呟いた【始祖の魔王】は、自身の周囲に小さくも燃え盛るような炎の球体を幾つも作り出す。
一見すればそれは魔力の炎で作られた球体にも見えたが、リエスティアとアルトリアだけはその脅威を悟った。
「アレは、まさか……太陽と同じ……!?」
「えっ!?」
「いけない、アレは……私でも無効化はできません……!」
「!?」
「――……じゃあな」
二人は炎の球体が危険である事を即座に理解し訴えながらも、【始祖の魔王】は容赦なくそれを彼等に放つ。
そして凄まじい速さで向かって来る小型の太陽に、アルトリアとリエスティアは互いの傍に居る者に声と手を向けた。
「掴まって! 早くっ!!」
「ユグナリス様っ!!」
「ッ!!」
それぞれに二人は傍に居る者に手を触れさせ、着弾寸前に転移を成功させる。
すると小型の太陽は着弾地点から半径一キロ以上を赤い劫火で包み、全てを消滅させた。
更に劫火の灼熱によって周囲の樹木は水分を奪われながらながら分子レベルで融解し、砂よりも細かく灰塵と化す。
そして数秒後、それが治まった中央には無傷のままの【始祖の魔王】は別方角に視線を向け、その場から姿を消す。
すると次に現れた場所は、四人が転移して遠く離れていた聖域内の樹林地帯だった。
「――……!?」
「クソ、位置がバレてやがるっ!!」
「違うわ! ここに誘導されたのよ……っ!!」
「!?」
転移して現れた【始祖の魔王】を目にするケイルは立ち上がると、アルトリアは自分達の転移が意図的に同じ場所へ誘導されたモノだと気付き伝える。
そして傷が癒え終わっていないユグナリスも同じように立ち上がり、互いに剣を構えながら【始祖の魔王】と対峙した。
その後方で構えるアルトリアとリエスティアも、自分が出来る魔法で前衛を補助しようとする。
そんな四人に対して、【始祖の魔王】は冷徹な赤い瞳と低い声を向けた。
「無駄な抵抗すんな」
「!!」
「用があんのは、二人が持ってる権能だ。……即死させてやるから、大人しく殺されとけ」
「……っ!!」
改めて【始祖の魔王】が彼等の持つ権能が目当てだと知り、それを持つユグナリスとケイルが表情を強張らせる。
すると互いの脳裏に同じ心境を持ち、後方に立つに二人に声を向けた。
「……アリア、お前だけでも逃げろ」
「っ!?」
「リエスティア、君も逃げるんだ!」
「!!」
「アイツの狙いは、権能を持ってるアタシ等だ。……お前等は転移で、他の奴等と一緒にここから逃げろっ!!」
「……そんなの、出来るわけないでしょっ!!」
「私もですっ!!」
狙われている自分達をそのままに、二人は他の二人に逃げるよう呼び掛ける。
しかしそれを拒否する二人に渋い表情を浮かべると、【始祖の魔王】は改めて述べた。
「安心しろよ。遅いか早いかの違いだけだ」
「!」
「お前等を殺して他の欠片も手に入れたら、人間大陸は丸ごと消滅させる。魂も一緒にな」
「……!!」
「安心して虚無に帰れ。――……それがお前等にしてやれる、最後の慈悲だ」
「……クソ……ッ!!」
威圧感を更に増しながら凄まじい殺気を放つ【始祖の魔王】に、その場の全員が戦々恐々とした面持ちを抱く。
その言葉が脅迫ではなく本当に実行できる事を身を持って感じ取れてしまう四人は、逃げる事すら不可能なのだと理解させられていた。
それでも身構える事を止めない四人に対して、【始祖の魔王】は再び溜息を漏らして告げる。
「そうか。――……じゃ、苦しみながら死ねよ」
「……っ!!」
再び右手の指先から小型の太陽を作り出した【始祖の魔王】は、それを徐々に拡大させていく。
すると太陽から発せられる灼熱が周囲にある樹木から水分が蒸発させ始め、それは人間でもある四人に影響を及ぼし始めた。
「く……ぁ……っ」
「……ぁ……」
「……ク、クソ……ッ」
「は……ハ……ッ!!」
放たれる灼熱が酸素を分解し、人体を構成する水分の温度を高めながら四人は一気に酸欠と脱水症状に至らせてその場に倒れさせる。
辛うじて『生命の火』を纏えるユグナリスとケイルは意識こそ保ちながらも、それが出来ないアルトリアとリエスティアは沸騰する身体に耐え切れず瞬く間に意識を失った。
灼熱の影響すら受けていない【始祖の魔王】は、四人が死ぬのを見下ろしながら待つ。
しかし次の瞬間、凄まじい速さで迫る大岩が【始祖の魔王】の真横から直撃した。
「っ!?」
投石を受けて身体ごと押し出された【始祖の魔王】は、太陽を解いて右手を握り大岩を砕き割る。
すると投石された場所を視認し、表情を強張らせながら呟いた。
「……チッ、またお前か。……クソフォウルッ!!」
「――……クソはテメェだろうが、ジュリアッ!!」
【始祖の魔王】が悪態を口にした瞬間、その反論とも言うべき怒声が空から響く。
そして倒れ伏す四人の前に一人の大男が着地し、その肌を徐々に赤くさせながら肉体を膨張させ始めた。
更に額に二本の黒い角を生やし、犬歯を鋭くさせた四本の牙を見せる。
すると顔を上げながら【始祖の魔王】に顔を向けると、鋭い殺気の籠った赤い瞳を向ける【鬼神】が言い放った。
「クソガキが、また好き勝手にやりやがって」
「ハッ、またアタシの邪魔しようってか? クソ鬼のジジイが」
「邪魔なのはテメェだってんだよ。――……おいっ、首無族の小僧!」
「――……!」
「コイツ等はお前に任せんぞ。――……まさか、俺から尻尾巻いて逃げねぇよな? クソガキ」
「逃げる? アタシが? ――……上等だよ。今度こそぶっ殺してやる。クソ鬼ッ!!」
「やってみろ、クソ餓鬼ッ!!」
二人は互いに凄まじい殺気を衝突させ、その場に地響きを起こさせる。
そして次の瞬間、その場から消えた二人は互いの右拳を衝突させながら身体ごと激突させた。
二人の衝突は周囲に凄まじい衝撃と地割れを起こさせ、水分が抜けた樹林や土を再び吹き飛ばす。
そうした中で倒れ伏していた四人もまた身体ごと吹き飛ぼうとする中、それを掻い潜りながら俊足形態のマギルスが両手で前衛の二人を掴み、両腕で華奢な後衛の二人を抱え込んだ。
「――……頼んだよ、おじさん! いや、鬼神のおじさん!」
そう言いながらマギルスは回収した四人と共にその場を離れ、凄まじい速さでその場から離脱する。
すると【始祖の魔王】と【鬼神】は周囲を巻き込むように衝撃を生み出しながら、常軌を逸した激闘を繰り広げ始めた。
こうして全ての権能を得て人間大陸の消滅を狙う【始祖の魔王】に、エリクの肉体を借りた【鬼神】が対峙する。
それは数千年前の第一次人魔大戦時代にも起きた、到達者同士の喧嘩だった。




