魔王の復活
現世に出現したマナの大樹は、世界を一変させる程の巨大な景色となって人々の目に触れる。
そうした状況の中、その根元で戦う者達が姿を見せていた。
『生命の火』を纏い戦う帝国皇子ユグナリスと、彼と同じ血族でありアズマ国の極意を得たケイル。
そして権能を使い過ぎた為に魂に亀裂が及んだアルトリアと、『黒』を通して能力の使い方を学んだリエスティア。
この四人がそれぞれの位置から見るのは、マナの大樹を背景にした銀髪紅眼のメディア。
するとその傍に居たケイルは咄嗟に跳び下がりながら距離を保ち、その傍に落ちている長刀を拾いながら構えた。
しかしそんなケイルを敢えて見逃したかのように、メディアは視線を向けながら微笑みの声を向ける。
「良かったね。彼女のおかげで、権能を奪われずに済んでさ」
「……ッ!!」
追撃せずにそう述べるメディアに、ケイルの表情は僅かに強張る。
しかし自身とメディアの実力差が明らかであると悟り、感情を抑えながら精神的な落ち着きを戻した。
するとそんなケイルから視線を外したメディアは、リエスティアに再び視線を戻しながら話し掛ける。
「時空間が壊れた時に転移して逃げたんだと思ったけど、やっぱり探し出しておいた方がよかったかな」
「……!」
「大人になった『黒』の能力は凄いとは聞いてたけど、他の七大聖人と比べても一番厄介そうだ。――……予知と時空間を使って、私の腕を切断できるなんてね」
「……リエスティアが……!?」
そう言い放つメディアは切断された右腕を見せながら、明らかにリエスティアを警戒している節を述べる。
それを聞いていたユグナリスは驚愕を浮かべると、相反するようにアルトリアが先程の状況をようやく理解した。
「……予知で状況を先読みして、ケイルの胸に時空間の穴を作ったのね。そしてアイツの腕を取り込んで、時空間を閉じて切断した……!」
「そうそう、私も驚いちゃった。時空間魔法は、そういう使い方も出来るんだね。――……まっ、腕はすぐに戻せるけど」
「!」
アルトリアの推察を肯定したメディアは、切断された右腕を即座に修復して元に戻す。
それを見た全員が驚愕し、改めて目の前に居る人物が人外の存在であることを理解させられた。
そして試すように右手を幾度か握った後、メディアはリエスティアの方へ歩み始める。
「!」
「まずは、一番厄介な君を潰そう」
この場において誰よりも厄介な相手だと判断するリエスティアに対して、メディアは近付いて行く。
それを聞いたユグナリスは、全身に纏わせる『生命の火』を高めながら叫びを放った。
「お前の相手は――……俺だっ!!」
「『魔王の外套』」
「ッ!?」
赤い閃光となって瞬時に迫ったユグナリスにも、メディアは自身が纏う『魔王の外套』に迎撃を任せる。
まるで飲み込むように赤黒い布が広がり迫ると、ユグナリスはそれに突っ込まない為に移動の軌道を変えた。
そして別方角から飛び掛かろうとするユグナリスや、自分達も動こうとするケイルとアルトリアに対して、リエスティアは声を発する。
「皆さん、そのまま動かないで!」
「!?」
「リエスティア……!?」
「私は、大丈夫です」
黒い瞳で対象を見続けるリエスティアは、周囲に居る者達にそう伝える。
それを聞き全員が距離を保ったまま動きを止めると、メディアは微笑みながら声を発した。
「そうそう、じっとしてなよ。――……さっきは『黒』にボロ負けしたけど、今の君なら勝てちゃうよ?」
「そんな事には、なりません」
「なるほど、そういう未来が見えるわけか。――……じゃ、未来予知を攻略してみようか」
「ッ!!」
歩み寄ったメディアはリエスティアの前に立ち、互いに似た背丈で視線を重ねる。
そして一メートルほどしか保てていない距離で、メディアが動き出した。
踏み込みすらしない右手の素早い手刀がリエスティアに向かい、その首を刈り取ろうとする。
しかし未来予知で視認していたリエスティアは、その軌道に時空間の穴を作り出した。
それを読んでいたメディアはその穴に手刀を通さずに寸止めし、瞬く間も無く右蹴りを放って相手の左足を切断しようとする。
すると左足にも時空間の穴が形成され、メディアは蹴りを止めながら踏み足に変え、左拳を突き込んだ。
それから幾度もメディアは身体技術を使った偽装攻撃を仕掛け、それをリエスティアが時空間の穴で受け防ごうとする。
決して時空間の穴に手足を入れようとしないメディアに、アルトリアは表情を険しくさせながら呟いた。
「……これは、マズいかも……」
「――……アリア!」
「ケイル!」
その攻防を見ていたアルトリアにケイルは駆け寄り、二人の戦いを共に見る。
するとケイルは僅かに驚愕する表情を浮かべながら、この場面を見ながら疑問を零した。
「あの野郎、また遊んでやがるのか?」
「違うわ。アレは全部、本気で撃ち込んでるのよ」
「本気で……!?」
「全て偽装攻撃に見えるけど、リエスティアが時空間を展開しなかったら、そのまま攻撃するつもりなんだわ。だからリエスティアも、全て攻撃が危険だから防ぐしかない」
「でも、アイツには未来予知があるんだろ? だったら、偽装攻撃かどうかも分かるんじゃ……」
「未来は複数あるのよ。アイツが攻撃を止めた未来。攻撃を止めない未来。リエスティアには、それも視えてしまってるんだわ」
「!」
「それに多分、意図して偽装しかしていない攻撃もあるはず。それを織り交ぜながら虚実の未来を見せる攻撃を仕掛け続けて、リエスティアの集中力を削っているのよ」
「それって……」
「そうよ。リエスティア自身の動体視力と反射神経が未来予知に追い付かなくなったら、攻撃にも反応できなくなる。……アイツは、本当にあの未来予知を攻略する気だわ」
「……!!」
二人の攻防を目にするアルトリアは、互いの実情を理解し教える。
それを聞いたケイルは、リエスティアの状況が悪い事に気付いた。
すると次の瞬間、アルトリアの言葉が現実となる。
未来を視ながらメディアの攻撃を時空間で防御していたリエスティアの反射神経と動体視力がついていけず、メディアの手刀が時空間が形成される前に右肩を掠めた。
「ッ!!」
「はい、追い付いた」
「リエスティアッ!!」
掠めた右肩から出血したリエスティアに、メディアは微笑みを浮かべて次の攻撃を仕掛けようとする。
それを見たユグナリスが反射的に飛び掛かり、最愛の女性を守る為に攻撃を仕掛けた。
それでも次の攻撃は時空間の穴を作り止めたリエスティアは、再び声を発する。
「来ないで!」
「!?」
「まだ、大丈夫です……!」
更に放たれる攻撃を再び防ぎ始めるリエスティアに、ユグナリスは表情を強張らせながら制止させられる。
そんな二人のやり取りを見て、ケイルは再び疑問を漏らした。
「アイツ、どうして一人で……」
「……今のリエスティアには、魔法が通じない。だからアイツも、直接的か生命力での攻撃しか仕掛けられない」
「!」
「遠距離から生命力で攻撃しても、先読みされて転移で逃げられるか、逆に攻撃を返されてしまうだけ。だからアイツも、接近戦でリエスティアを仕留めるしかないのよ」
「……なら、このままじゃ……」
「時間の問題でしょうね。一人で対峙してるのも、出来る限り読める未来を絞る為かも。……でもあの子には、それ以外に何か未来が見えてる。この状況を、どうにか出来る未来が」
「……っ」
そう話すアルトリアは、リエスティアが周囲の助けを望まず一人で対峙し続ける理由を推測する。
するとケイルも納得を浮かべながらも、この状況で何も出来ない自分の未熟さに歯痒い思いを抱いた。
そして異常な速度で攻撃を仕掛け続けるメディアは、それに対応しているリエスティアの様子を見ながら手足を止めずに声を向ける。
「何を待ってるんだい? 君は」
「……」
「もしかして、私を倒してくれる人を待ってる――……なんて未来、視えてたりしてる?」
「……っ」
「その顔、やっぱりコレが当たりかな。――……だとしたら、君の相手はもう止めよう」
「!」
そう声を向けた後、メディアは幾百も放っていた攻撃を途端に止める。
するとリエスティアの傍から離れ、マナの大樹が在る方角へ飛び退いた。
そして黒い瞳を閉じてその場に膝を崩したリエスティアは、極度に疲弊した様子を見せる。
ユグナリスはそれを見ると、今度こそ跳び向かいながら倒れそうなリエスティアを支えた。
「リエスティアッ!!」
「……ユグナリス様……」
「どうして、一人で……!」
「少しでも、時間を……っ」
疲弊するリエスティアは、この場において果たそうとした自身の役割を伝える。
そして今までの行動が時間稼ぎであった事を知ったユグナリスは、彼女を抱えて『生命の火』を纏いながらアルトリア達の近くに飛び寄った。
「アルトリア! リエスティアを頼む――……!?」
「ッ!!」
リエスティアを預けようとしたユグナリスだったが、それを遮る出来事が起こる。
それはユグナリスの接近に合わせて、メディアが彼等の前に近寄っていたのだ。
しかもその右手をアルトリアの首に押し当て、掴み取るように彼女を持ち去ってしまう。
「ガハ……ッ!!」
「時間も無いみたいだし、そろそろ返してもらうね。君に貸した権能」
「……っ!!」
「アリアッ!!」
そのままアルトリアを持って空高くまで飛翔したメディアは、躊躇いなく左手でアルトリアの額に触れる。
するとその瞬間、彼女の額に浮かび上がった白い紋章が崩壊した。
壊れた紋章からは白い粒子が放出され、それがメディアの体内に取り込まれる。
それを終えた後、メディアは無造作にアルトリアを投げ捨てた。
ケイルはそれを見て放り投げられたアルトリアの落下位置へ駆け寄り、右手に持つ長刀を鞘に戻す。
そして地面へ激突しそうなアルトリアを身体全体で抱え掴み、なんとか地面への直撃を避けさせた。
「――……ッ、大丈夫か……!?」
「ゴホ……え、ええ……っ。……でも、権能を奪われた……!」
「!」
アルトリアは咳き込みながらも辛うじて意識を保ち、自身の権能が奪われた事を伝える。
それを聞いたケイルは視線を動かし、再び大樹の根元に降りたメディアを見た。
すると当のメディアは彼等に一瞥すら向けず、そのままマナの大樹に歩み寄る。
そして両手を翳しながら大樹の根に触れ、微笑みを向けながら呟いた。
「権能を返すよ、母さん。――……そして、身体もね」
「アイツ、何を……!?」
「……まさか……!?」
メディアの行動と目的を誰もが理解できない中、アルトリアだけは嫌な推測が脳裏に過る。
すると次の瞬間、大樹から膨大なエネルギーが放出された。
しかも放出されたエネルギーは全てメディアの肉体に集まり、全て吸い込まれ始める。
更に大樹そのものが、メディアの肉体に吸い込まれ始めた。
それを見たケイル達は驚愕の声を見せ、動揺を浮かべる。
「なんだ、ありゃ……!?」
「アイツ、循環機構ごとマナの大樹を取り込むつもりだわ……!!」
「はぁっ!?」
「ユグナリス! アイツをっ!!」
「分かってる! ――……グァッ!?」
「!!」
メディアの行動を止めるよう叫ぶアルトリアに対して、それに応じたユグナリスは『生命の火』を纏いながらメディアへ仕掛ける。
しかし膨大に流れ込むエネルギーがユグナリスを阻むように弾き飛ばし、妨害を防いだ。
流れ込む膨大なエネルギーが防御幕となり、この場の誰もがメディアに近付けない。
そして巨大だったマナの大樹が徐々に縮み、加速しながらメディアの肉体に取り込まれ続けた。
それは世界の人々も目撃し、マナの大樹が縮みながら光景から消えていくのを見上げる。
そして彼等の視界からマナの大樹が完全に消えた頃、その根元には完全にマナの大樹とそのエネルギーを取り込んだメディアの姿が在った。
ケイルはそれを見ながら、唖然とした声を浮かべる。
「――……本当に、あの大樹を……全部、吸収しやがった……」
「そのエネルギーも、循環機構もよ。……マナの実で作られた肉体が、こんな事も出来てしまうなんて……」
ケイルとアルトリアは互いに声を零し、メディアを見据える。
マナの大樹を吸収し終わったメディアの容姿は十代後半の少女から背が伸びており、成長したような様子を見せていた。
メディアだった女性は振り返り、変化した姿を見せる。
そこに立っていたのは微笑んでいたメディアの雰囲気とは大きく異なる、冷たい瞳と表情をした中性的な女性だった。
臨戦態勢だったユグナリスもケイルも表情を強張らせ、身体が恐怖で硬直する。
するとメディアだった女性は、目の前に居る三人を見ながら呟いた。
「……悪いな」
「――……ッ!?」
そう低い声で呟いた瞬間、メディアだった女性は右手を翳す。
更にその後、軽く右手の指を払うような姿を見せた。
すると次の瞬間、女性の中心に大地がひっくり返るような衝撃波が生み出される。
それがアルトリア達を巻き込み、その場から大きく吹き飛ばした。
「ウワッ!!」
「ッ!!」
「キャアッ!!」
「リエスティアッ!!」
四人はそれぞれに吹き飛びながらも、それぞれ自身や他者の身を守ろうとする。
そして周囲の樹木ごと彼等は吹き飛び、その一帯はメディアだった女性を除いて完全な更地と化した。
それと同時刻、遠く離れたフォウル国に場面は移る。
そこは巫女姫レイが祠の奥に一人で鎮座している場所であり、微かに閉じた瞼を震わせながら呟きを浮かべていた。
「――……この波動は……。……貴方なのですね、ジュリア……」
巫女姫はそう呟き、人間大陸から流れ来る波動を発している者の名を零す。
それは彼女にとって懐かしき者であると同時に、人間大陸の伝承において恐怖を残した名前でもあった。
こうしてアルトリアから権能を奪い返したメディアは、自らの肉体に『マナの大樹』を取り込む。
そして自身の肉体を、マナの大樹となっていた【始祖の魔王】を蘇らせる為の依り代にしたのだった。




