迷宮再び
老騎士ログウェルと対峙したエリクは、戦いの最中に凄まじい速度で力量を成長させ始める。
そして無傷のままであったログウェルに傷を与えるまでに至るも、自身の大剣を破壊されるに至った。
それでもログウェルは手を抜く様子を見せず、再び握った長剣と共に迫る。
対するエリクは柄と僅かに残る刃となった大剣を右手で握り、再びログウェルと激突を起こした。
「グッ!!」
互いの刃が重なった瞬間、ログウェルが纏う『生命の風』が再びエリクの肉体を切り刻み始める。
しかも大剣に残る刃と柄の部分すらも深く傷付け、更なる亀裂が生じた。
それにエリクが気を取られた瞬間、長剣を捻り鍔迫り合いを制したログウェルの左拳が動く。
「ほれっ!!」
「グォッ!?」
顔面に『生命の風』を纏わせた左拳が迫り、エリクは咄嗟に左側へ傾き避ける。
それと同時に右頬と右肩に裂傷が発生し、直撃こそ免れながらもエリクは更なる負傷を受けた。
するとエリクも左拳を握り、強引に左腕を動かしながら相手の右脇腹を狙う。
しかしログウェルはそれを先読みし、右脚を跳ね上げて迫る左拳を迎撃した。
「オォオッ!!」
「ムッ!!」
衝突した右脚撃と左拳の激突が再び余波を周囲に及ぼしながら、互いが込めた生命力が弾け合う。
それによって二人の肉体も互いに退け合い、その場から大きく吹き飛んだ。
それでもログウェルは身を回転させながら着地し、エリクも片膝を着きながらも踏み止まる。
すると同時に顔を起こし、鋭い眼光を向けながら同時に走り出した。
「ガァアアッ!!」
「オォオオッ!!」
二人は雄叫びを上げながら迫り、間合いに入ると同時に互いが握る武器を振る。
互いに渾身とも言うべき生命力の能力を纏わせた武器の衝突は、周囲の地形を吹き飛ばし大気を震わせる衝撃を与えた。
その瞬間、エリクの握る大剣の残り刃に更なる亀裂が走る。
しかしログウェルの握る長剣にも亀裂が及ぶと、二つの刀身が弾けるように割れ砕けた。
「!!」
『――……最後まで、一緒に戦いたかったけど……ごめんね……』
大剣の柄に嵌め込まれた赤い玉がエリクの眼前を舞い、彼の思考に大剣に宿った魂の声が久方振りに届く。
それを聞いたエリクは驚愕の表情を再び鋭い眼光と共に引き締め、砕ける柄を強く握り締めながら右拳を固めた。
その瞬間、エリクの全身に更なる赤い魔力が纏われる。
それはエリク自身の肉体を赤く変貌させ、握り固めた右腕を赤く変色させながら目の前に居るログウェルの顔面を狙い撃った。
しかしログウェルもまた、砕かれた自身の長剣を見ながら緩やかに微笑む。
それと同時にエリクへ視線を向け、左拳を握りながら向かい来る赤い拳を迎撃した。
「ガァッ!!」
「ォオッ!!」
二人が放った拳はそのまま衝突せずに交差し、互いの顔面へ直撃する。
左右の顔にめり込む互いの拳は両者の表情を歪め、二人の首筋を大きく仰け反らせた。
しかし二人は退かずに踏み止まり、仰け反った顔を再び前へ戻しながら先程とは異なる腕を振るって拳を放つ。
ほぼ同時に放たれる二人の拳は腹部に向かい、凄まじい轟音と共に穿った。
「ガハッ!!」
「グッホォッ!!」
二人の拳は互いの腹を穿ち、その口から流血を吐き出させる。
しかし意識を保つ二人は吐き出す血をそのまま地面へ垂らし、凄まじい殴打の連撃を繰り広げ始めた。
剣を失った二人は拳を武器とし、互いに持てる全ての能力で殴り合う。
既に常人の目では視認できぬ程の速度で動く二人の接戦は、周囲に血を飛び散らせながら地響きを起こさせていた。
丁度その時、その激闘を視認できる場所まで狼獣族エアハルトとシルエスカ達が到着する。
しかし二人の激闘によって起こる全力の波動は聖人や魔人である彼等に凄まじい圧力を与え、その場に近付けさせなかった。
「――……奴等が……!!」
「……あそこで戦っているのは、ログウェルとエリクか……!?」
「この波動……迂闊に近付けば、儂等が只では済まぬな……っ」
エアハルトとシルエスカのその傍に来た武玄が、二人の激突に介入できない事を吐露する。
到達者同士の衝突によって起こる衝撃は魔鋼の地面を徐々に亀裂を広げさせ、天界の大陸でも崩壊しかねない様相すら見せていた。
そんな波動を受けながらも、エアハルトは鋭い眼光を向けながら二人の方へ走り出そうとする。
するとその瞬間、その足を止めるように上空から生命力の矢が無数に分裂しながら地面へ放たれた。
「むっ!?」
「エアハルトッ!!」
エアハルトは咄嗟に後方へ飛び避け、降り注ぐ矢を全て回避する。
そしてその場に集まった全員が上空を見ると、そこには 『風』の初代と二代目の融合体が浮遊しながら見下ろしながら声を向けた。
「――……野暮ったい事をするな、狼獣族の小僧」
「貴様……!」
「三代目のお楽しみ中なんだ。大人しく見ていな。――……邪魔するつもりなら、別に止めないがな」
「……望むところだ」
エアハルトは到達者同士の波動を受けながらも、衰えぬ戦意を向ける。
そんな彼と共に居るシルエスカや武玄も踏み込み、エリクを援護しようと戦う姿勢を見せた。
しかしそんな彼等に、後方から呼び止める声が掛かる。
「――……止めよ、お前達」
「!」
「『青』……!?」
彼等が戦うのを呼び止めたのは、追い付いた『青』。
そして深手を負い魔法での治癒を施されていた巴も追い付くと、『青』は上空に浮く『緑』の融合体に呼び掛けた。
「一つ聞く。これも『黒』が予言したことか?」
「まぁ、そうらしいな」
「そうか。……ならば、この決着は我々が見届けねばなるまい」
「なに……!?」
「奴は聖紋に宿る精神体だ。ならば『緑』の聖紋を持つ本人が死ねば、精神体だけの奴も消失する」
「!」
「奴が自分自身の消失を防ぎたいのならば、あの二人の戦闘に介入したはずだ。……それをしないという事は、三代目の勝敗に全てを委ねたのだろう」
「……それに、俺達も付き合えと?」
「お前達があの戦いに加わったとしても、一瞬で殺されるだけだ」
「!」
「それに、この場所は危うい。急ぎ離れた方がいいだろう」
「危ういだと?」
「到達者同士の戦闘は、現世の次元を歪ませる程の時空間を生み出す。出来るだけ離れた方がいい」
「な――……っ!?」
『青』はそうした話を向け、二人の戦闘から離れるよう伝える。
それを聞き問い返そうとしたシルエスカの声を遮り、天界の大陸に二人の波動とは異なる寒気が生み出された。
すると次の瞬間、天界の大陸周辺の空間に歪みが生じる。
それを見た『青』は目を見張り、周囲の者達に呼び掛けた。
「儂の近くへ集まれっ!!」
「!?」
「やはり、あの時と同じ――……ここから離れるぞ! 早くしろっ!!」
「な、何が……!?」
天界の大陸全てに及ぶ異常を視認した『青』は、過去の知識からその現象が何かを推察する。
その珍しくも焦る怒声はシルエスカやエアハルトを驚愕させ、渋々ながらも近寄った。
すると次の瞬間、『青』は自身も含めてその場に居る者達を空間転移で離脱させる。
更にその後方から様子を見ていた干支衆の『戌』タマモも、『牛』バズディールと共に転移魔術によって脱出した。
こうして彼等が天界から脱出するのを見送った『緑』の融合体は分裂し、ガリウスとバリスに戻る。
そして魔鋼の地面へ着地しながら、二人の決着を見届ける様子を見せた。
しかし機動戦士に搭乗しているバルディオスやユグナリス達は、それに気付けずに大陸に留まり続ける。
それから数秒後、突如として天界の大陸が黒い繭のような空間に覆われ、景色から消えた。
それを遠く離れた上空にて結界で覆いながら視認していた『青』や他の者達は、驚愕した様子を浮かべる。
「――……な、何が起こったんだ……!?」
「……『螺旋の迷宮』」
「スパイラル、ラビリンス?」
「星の生命力に匹敵する到達者同士が戦う時、あの時空間が形成される。……かつて【鬼神】と【始祖の魔王】の二人が戦闘状態に入った時、同じ時空間が形成された」
「!?」
「恐らくあの時空間は、循環機構が自動的に作り出しているのだろう。到達者同士の戦闘を感知し、その衝突によって世界を壊さぬ為の隔離機能である可能性が高い」
「だ、だが。エリクがウォーリスと戦っていた時には、こんな現象は……」
「あの時のウォーリスは、既に到達者としての信仰は失いつつあった。契約していた悪魔の助力を得て瘴気を用いていたからこそ、到達者となったエリクに対抗できていたのだ」
「そう、なのか。……あの中に入ったら、どうなるんだ?」
「あの時空間の流れは、現世より遥かに速く進む。実際の時間差は分からないが、戦いが終わるまで時空間は維持されるはずだ。【鬼神】と【始祖の魔王】も、あの時空間から出た時には戦闘を止めていたからな」
「……なら、あの二人の決着は……」
「現世に戻った時には、決まっているのだろう」
『青』はそう語り、エリクとログウェルの決着が『螺旋の迷宮』の中で果たされる事を告げる。
それを聞いていた各々は神妙な面持ちを浮かべていると、彼等の周囲に地上に居た頃と同じ映像が投影された。
映像を通じて、メディアの声が響き聞こえる。
『――……あー、これが噂の空間ね。話には聞いてたけど、本当に起こるんだね。到達者同士が本気で戦うとさ』
「!」
『あっ、大陸が無くなって安心してる人もいるかもしれないけど。どちらかが勝ったら元の空間に戻るから、ログウェルが勝ってたら本当に地上は吹き飛ばすからね』
「……ッ!!」
『一応、循環機構を経由して二人の戦いは中継してあげるから。時間差無しでね。楽しみに見てるといいよ』
映像越しに見えるメディアはそう話しながらも、その傍では轟音が響いている。
それはアルトリアの攻撃だったが、メディアの身に着ける『魔王の外套』が全てその攻撃を飲み込んでいた。
完全に蚊帳の外へ置かれてしまった『青』やシルエスカ達は、地上の人々と同じく彼等の決着を待つしかない立場となる。
しかし『青』自身は、消失した天界の大陸側へ目を向けながら呟いた。
「……『希望』は残した。後は、あの者達に委ねよう」
『青』はそう呟き、再び別の場所へ彼等と共に転移する。
そして人間大陸の地上へ戻り、その結果を待った。
こうして天界の大陸は、到達者同士の戦闘によって起きた『螺旋の迷宮』に飲まれる。
その内部にはエリクとログウェルを始め、機動戦士に乗る四名と神殿内部に向かう四名、更に聖域に居るメディアとアルトリアが残っていた。




