悲劇拡大
『真竜』となり到達者へ至った『緑』の七大聖人ログウェルは、天界の更に上空にて天災を放ち始める。
それにより地上の各国では生命力と魔力を多く含んだ暴風と豪雨が降り注ぎ、箱舟を始めとした大規模な魔導装置を次々と落雷が襲った。
それはローゼン公爵領地があるガルミッシュ帝国に限らず、四大国家やそれに属し発展している国々も同様であり、各都市に設置された結界の魔導装置が次々と落雷によって破壊されている。
四大国家に属さない小国群にも同じような影響が及ばされ、各国に配備されていた十数台ほど現存していた箱舟にも被害が及んだ。
元皇国であるアスラント同盟国でも、子供を優先し箱舟で避難させようとしていた箱舟が三機ほど在る。
元皇都や各都市に向かい着陸し避難民を乗せていた箱舟だったが、その内の二機にも落雷が落ち、その機能を完全に破壊された。
しかも子供達を乗せて別都市に移動していた三機目の箱舟は地上から三百メートルほど離れていた位置で飛行している最中、そこに落雷が着弾してしまう。
それにより動力源と船体の機能がほぼ全て壊され、操縦席に座る魔導人形も破壊された事で墜落していた。
その箱舟を指揮していたのは、同盟国軍に所属し飛行船隊を任されている元騎士爵の将軍グラド。
彼は艦橋の艦長席に座る中、突如として着弾した落雷によって各機器が爆破されるように破壊され、セルジアス等と同じように破片を浴びて軽傷を負っていた。
「――……なんだ、何が起こった……!?」
「……しょ、将軍! 操作盤が壊れて……!?」
「そんなの、見りゃ分かるっ!! ――……クソッ、魔導人形が壊れてるっ!!」
「!?」
「映像もイカれやがった、外が見えねぇ……っ!!」
各機器の管理と操縦を担っていた魔導人形達が全て落雷の電撃によって破壊され、箱舟は航行機能を失っている。
更に船内から船外の状況を把握する為に必要だった映像装置も破壊され、艦橋に居るグラドや兵士達には何が起こったのか把握できなかった。
それでもこの惨状を見たグラドは、最悪の事態を想定し兵士達に命じる。
「格納庫に居る避難民を上層に上げろっ!!」
「!」
「操縦が効かなくなったなら、この箱舟は墜落するぞっ!! だったら真下にある格納庫は危険だ! 下から墜落したら、格納庫は潰れるぞっ!!」
「は、はいっ!!」
「一番分厚くて頑丈な場所は、確か中央の動力室だったな……。そこに避難民は集めろ! 急げっ!!」
グラドはそう兵士達に命じ、若い兵士達を走らせ格納庫に集められていた避難民達を上階に移動させる。
そしてグラド自身も外の状況を確認する為に廊下へ走り、強固に作られた窓が設置してある部屋へ向かった。
するとその部屋から外の状況を視認し、箱舟の状況を確認する。
暴風と豪雨が吹き荒れ、更に各地に落雷が貫く光景を目にしながら、グラドは下へ視線を向けながら驚愕を浮かべた。
「……やべぇぞ……っ!!」
グラドが見たのは、凄まじい速度で滑空しながら地面へ平行するように落下している視界。
しかも徐々に船体が左側へ傾き、重力制御を失った船内全体も傾きながら、グラドや乗っている人々の平衡感覚を狂わせていた。
それを見てグラドは船体が傾いたまま不時着することを即座に予測し、徐々に傾く船内を揺れ走りながら兵士達に命じて行く。
「船体の左側には行くな! 潰れるぞっ!!」
「!!」
「全員、何かに掴まるように言えっ!! 衝撃に備えるんだっ!!」
通信装置も破壊され口頭でしか状況と命令を伝えられないグラドは、必死に走りながら兵士達にそう命じる。
それから二分も経たない内に、グラド達を乗せた箱舟は船体の左翼を押し潰すように地面へ着き、そのまま地面を削りながら不時着した。
その際に船体は大きく破損しながら地面を削り続け、船体の左翼と左壁面を大きく削り取られてしまう。
それから船内の動力は完全に停止し、各場所が破壊され明かりを失った船内は静まり返っていた。
しかし、それでも人の気配は船内に残っている。
あちこちで亀裂が走り崩れた船体の中で、その男は打撲を負いながらも立ち上がった。
「――……ク……ッ。……お前等、無事か……!?」
「……しょ、将軍……っ」
「ぶ、無事じゃないです……」
「あ、足が……っ」
「……潰れてもねぇし、千切れてるわけじゃねぇ。最悪、折れてるだけだ。安心しろ」
「だ、だけって……」
船内の中で起き上がったのは、グラドとその周囲に居た若い兵士達。
いずれも打撲や切り傷での怪我は負いながらも、全員が五体満足の姿を見せていた。
グラド自身も先程の不時着によって全身を打撲で痛めながらも、辛うじて動ける様子を見せている。
すると明かりの無い船内を見回し、倒れている兵士達に告げた。
「……動けねぇ奴は、動ける奴で抱えて格納庫へ向かえ。……他の避難民は、どうなった……?」
「将軍……!」
「治癒と回復の魔法師も掻き集めろ……。一人でも多く、救助を……。……こんなところで、一人も死なせるかよ……っ!!」
グラドはそうして痛みを堪えながら身体を動かし、避難民達と他の兵士達を助ける為に移動を始める。
そして傍に居る兵士達もそのグラドの背中を見ると、各々が立ち上がり足を折った兵士を肩で支えながら抱え、同じように他の者達を救助する為に動いた。
こうして飛行していた箱舟が落雷によって撃墜されているのは、同盟国のグラド達だけではない。
各地でも飛行していた各箱舟は同じように堕とされ、場合によっては高高度からの不時着によって船体が大きく潰れ、負傷者と死傷者を多く生み出していた。
しかも空の箱舟に限らず、海上に船が浮かぶ港町にも被害は大きく及び始めている。
突如として吹き荒れる豪雨が海の嵩を上げ、吹き荒れる暴風が増える海水を操るかのように、隣接している港町や船に叩き付けていた。
かつてアリアとエリクが共に訪れたガルミッシュ帝国北部の港町も、押し寄せる津波によって船が大きく揺れながら傾き倒れてしまう。
更に押し寄せる津波が港部分を浸水させ、その災害に遭遇する船乗り達は動揺と混乱を見せていた。
「――……おい、マズいぞ! 定期船も倒れたっ!!」
「漁船はもう全滅だよっ!!」
「なんなんだ、この嵐は……いきなり……」
「船はもう諦めろっ!! 港から離れて、陸側へ避難するんだっ!!」
次々と押し寄せる津波に抗えず海の中に傾き沈む船を見る船乗り達は、前代未聞の災害に見舞われる。
そして自分達の分身とも言うべき船が沈む光景を目にしながら歯痒さを感じながらも、港から離れる事を選んだ。
それから数十秒もしない間に、更に海水は上昇し港や倉庫等の建物を飲み込み始める。
すると町まで続く階段にも海水が押し寄せ始め、船乗り達や最悪の事態を想定してしまう。
「……もしかして、町ごと沈んじまうんじゃ……」
「そんな、まさか……」
「……いや、この嵐は尋常じゃない……。……町の連中に避難するよう言うんだっ!! 兵士達にもっ!!」
増水した海に沈む港を見た船乗り達は、押し寄せる津波が隣接する港町そのものを飲み込みかねない可能性を捨てずに避難を呼びかけ始める。
駐留する帝国兵達も港の惨状を実際に高台から目にし、船乗り達が動くよりも早く嵐の轟音に負けぬよう警鐘を鳴らし続けていた。
警鐘が聞こえる港町の住民は、最低限の荷物を持ち隣人達に呼び掛けて避難を始める。
その中には港町で医者を務めるマウル医師とその息子オスカーは、小さな病院内に居る患者達と共に避難しようとする様子を見せていた。
その傍には受付を行っていた女性が幾人かの帝国兵達も連れ、自由に動けない患者達を担架で運ぶよう頼んでいる。
「――……この患者で最後です、御願いします!」
「分かった。貴方達も急いで避難を!」
「はい。……父さん? ――……父さん、何やってるんだっ!?」
「――……少しでも多く、薬を運んでいるんだ……!」
「そんなには無理だ! それより私達も、避難をしないと……!」
病院内の患者を全て兵士達に託した後、病院内へ戻ったオスカーは老齢の医師マウルに呼び掛ける。
すると薬を管理している部屋で複数の鞄にそれ等を詰め込む様子を見ると、あまりに多すぎる量を運び出そうとしている父親に止めるよう声を向けた。
しかしマウルはその動きを止めず、慎重に薬品を鞄に収めながら息子に説く。
「この嵐だ、領主様の救援もすぐには来れないだろう。なら出来るだけ、薬と薬品は持っていた方がいい」
「で、でも……」
「我々は医者だ。いざそうした時に必要な薬が無ければ、必要とする病人が出た時に対処は出来ない」
「……っ!!」
魔法の使えない医者ながらも、マウルは医者としての自分自身の役割を果たす為に、自身の避難よりもまず異常事態に備える薬を選ぶ。
そうした父親の言葉を聞いた息子は、渋る表情を強めながら鞄の置かれた戸棚に近付き、自身も持っていく薬を選んで鞄に収め始めた。
そこに受付を務めている女性が駆け込み、その医者親子を見ながら焦る言葉を向ける。
「先生達、急いでっ! もう海水がそこまで来ていますよっ!!」
「!」
「父さんっ!!」
「……分かった」
予想を遥かに上回る速度で増水する海は、病院が建てられている港町の中層にまで至ってしまう。
それを聞いた息子は流石に怒鳴り、それを聞いたマウル医師は最後の薬品瓶を鞄に収めながら二つの鞄を持って避難を始めた。
すると受付の女性が言うように、既に雨とは別の海水が石畳を満たしている。
そして病院を出た直後、その三人は海側を見て絶句した表情を浮かべた。
「……う、嘘だろ……」
「あ、あ……」
「……なんという、ことだ……」
三人の視界に見えたのは、暴風雨の中で微かに見える海の景色。
そこには今までの比ではない巨大な高さの津波が見え、港町全てを飲み込むように迫っているのを否応なく理解させられた。
それを見たのはマウル達だけではなく、周囲にはまだ避難が出来ていない住民も含まれている。
そして全員が同じように巨大な津波を目にし、声すら発する様子も見せられずに内陸側となる港町の外へ走り向かった。
それから五分にも満たない時間で、マウル達の居た港町は巨大な津波に飲み込まれる。
しかし暴風雨は止まず、増水し押し寄せる津波は決して引く様子も無いまま、まるで大陸全てを飲み込まんとするように内陸側へ押し寄せていた。
こうして地上において暴風雨によっておこる落雷と津波の被害は短時間で拡大し、まるで人間全てを滅ぼさんとするような様子すら見せ始めている。
その暴風は自然現象ではなく、天候を操る真竜自身の意思によって引き起こされていた。
『――……ほほぉ、向こうも始めたか』
この状況において、巨大な真竜の姿となっているログウェルの視界に小さく映像が投影される。
そこにはメディアとアルトリアが映し出され、聖域で戦い二人の光景と声を覗き見れた。
しかしそうした最中、真竜を中心に吹き荒れる暴風を貫くように青い閃光が真下から押し寄せる。
それに気付いたログウェルは真竜の顔を向け、長く尖った顎を僅かに微笑ませながら声を向けた。
『来たか、ユグナリス』
「――……ログウェルッ!!」
迫る青い閃光から別れるように飛び出す赤い閃光は、『生命の火』で飛翔するユグナリスの姿を見せる。
そして共に来たマギルスと共に真竜が居る位置まで辿り着き、再び戦闘を始めたのだった。




