帝の正体
創造神の権能によって天界を掌握したメディアにより、世界は再び破壊されようとしている。
その事実が映像を通して各国にも広まる中、ケイルはそれを防ぐ戦力を集める為に、妖狐族クビアの転移魔術を用いて師匠達と『茶』の七大聖人ナニガシが居るアズマ国へ訪れた。
そして都の宮殿に居る帝の座へと赴き、そこで待つ武玄等や巴と再会する。
しかしそこには、元皇国を旅立ってから消息不明だったシルエスカがアズマ国の強者達と向かい合っていた。
そんな大広間に訪れたケイルは、シルエスカの存在に驚きを見せる。
すると傍に膝を着いて頭を下げていた巴が、ケイルやクビアに呼び掛けた。
「――……彼女の横に座りなさい。軽流、それに妖狐」
「は、はい」
巴の言葉に従うケイルは、クビアと共にシルエスカの横に並みながら畳の上で正座を行う。
すると大広間の扉となっている襖が閉められ、僅かながらもその場の空気に変化が及んだことをケイルは感じ取った
「……結界か?」
「そうねぇ」
部屋全体を覆うように結界を敷かれた事をケイルは瞬時に察し、それを肯定するようにクビアは頷く。
そしてその結界がどのような意図で張られたかを考えている中で、シルエスカは真剣な表情を浮かべながら小声を向けて来た。
「……悪い時に来たものだな、お前達も」
「えっ」
そうした言葉を見せるシルエスカは、向かい合うように座るナニガシや武玄等の武士達に鋭い視線を向けている。
それに気付いたケイルは、自分にとって不都合な状況が今まさにこの一室で起きていたのではないかという可能性に至れた。
すると改めるように、胡坐で座る隻腕のナニガシが新たな訪問者を見て声を掛ける。
「――……久しいな、軽流」
「……御無沙汰しております」
「ふむ、既に『赤』は別の者に譲られたか」
「……その通りです、今の私は一介の剣士に過ぎません。このような身で急な申し出を行い、申し訳ありません」
「なに、構わんさ。それに、お主達の用向きも理解しておる。天界へ赴ける強者か」
「はい」
「ならば丁度良かろう。今この場には、アズマ国に居る実力者が全て集まっておるからな」
「……では、この方達が……」
ナニガシはそう言うと、ケイルはその左右に控える四人の武士を見る。
その一人は自分の師匠である『月影流』の武玄である事を理解し、残り三人もまたアズマ国内で剣術流派を持つ当主達だと理解した。
ナニガシが技を伝授し枝分かれした、『日』『月』『星』『雲』『雨』の流派を冠するアズマ国屈指の剣士達。
その内の四人が集まっている事を理解したケイルは、改めてそれぞれの面持ちに意識を向けると、いずれも師の武玄に劣らぬ剣気を宿す者達だと感覚的に理解できた。
それを察したナニガシは、口元を微笑ませながら彼等を見て紹介する。
「右側に居るのが、『星眼流』と『巻雲流』。左側が『霧雨流』と、お主の師である『月影流』だな」
「……四人?」
「いいや、五人だぞ。残りの一人、『日輪流』は――……こちらの帝が当主なのでな」
「!」
ナニガシはそう言いながら、自分の背後に在る障子に遮られた場所に首を傾ける。
それを聞いたケイルは驚きを浮かべ、アズマ国の頂点である帝が五大流派の一つを統べる当主である事を初めて知らされた。
しかし障子の向こう側に見える人影は、ナニガシの声を聞きながら言葉を向ける。
「――……余には、お主等のように弟子は居らんがな」
「!」
障子の向こう側からは男性か女性か分かり難い程の中性的な声が発せられ、ケイルは僅かに驚きを浮かべる。
そして障子の向こう側に居る人物こそが、『茶』のナニガシが守り仕えアズマ国の象徴となっている『帝』だと理解した。
すると帝は、僅かに顎を上げた様子を見せながらケイルに声を向けて来る。
「汝が、武玄と巴が育てたという娘かえ?」
「……はい」
「良い面をしておる、中々の死線も潜っておるな。……それに、その髪。懐かしき余の友の面影を感じさせる」
「……え?」
ケイルの赤髪を見ながらそう声を向ける帝に、ケイルは僅かな違和感を感じる。
そして自分を指して誰を懐かしんでいるのかと僅かに思考した時、七百年の時を生きる『茶』のナニガシを見ながら気付くように声を呟かせた。
「……帝様が仰っている友とは、まさか……」
「無論、ルクソードの事やえ」
「!!」
「ルクソードは余の友にして、ナニガシの同胞。その子孫が二人も余の国に赴くとは、実に喜ばしい。歓迎しよう」
「……あ、ありがとうございます」
ケイルは自身の予測が当たっていた事に驚きながら、目の前に居る帝が初代『赤』の七大聖人ルクソードと親交のある人物だと理解する。
更にルクソードの子孫である自分やシルエスカを招く事を喜ぶ様子を見せた為に、ケイルは感謝を述べながら改めて自分の要件を切り出した。
「……本日は、帝様に御願いがありこの場に参らせて頂きました。不躾ながらも、御聞き頂けますか?」
「良い。話してみよ」
「では。……既に御存知の事かもしれませんが、天界に浮遊する大陸がメディアなる者に掌握され、再び世界は窮地を迎えております。故に今回の事態に、ナニガシ殿や師匠達の御助力を御願いしたく」
「知っておる。その事についても、今まさに話しておったところだ」
「えっ」
「彼女もまた、武玄の客人として余の国に赴いていたようでな。今回の事態に際して、余の国への助力を求めて来た」
「……!」
帝からそうした話が出ると、ケイルはこの場にシルエスカが居る理由を改めて理解する。
元皇国を出て行ったシルエスカは、武玄の下に身を寄せていたらしい。
そんな時にこの事態が起き、アズマ国の助力を求めて帝に会えるよう武玄を頼ったのだろう。
そうした流れを理解したケイルは、改めて帝に承諾の願いを伝えた。
「どうか、御助力を願います」
「……残念ながら、それは出来ぬ」
「!?」
「友の子孫であるお主等の頼みは聞いてやりたいが、そればかりは出来ぬ。済まぬがな」
「……り、理由を聞いても?」
「むざむざ殺されると分かる場に、ナニガシ達をやれぬ」
「!?」
「彼のメディアなる者は、余が視る限り【始祖の魔王】の生まれ変わりで相違は無かろう。であれば、ナニガシやこの者等では剣の先一つすら触れる事も叶わぬ」
「……で、でも。このままだと、世界が……!」
「無論、それも分かる。……故に、余が行くという話をしておるのだがな」
「……えっ?」
ナニガシ達を天界へ向かわせる事を拒む帝だったが、その口から自分自身が向かうつもりである事を明かす。
それを聞き唖然とする様子を見せたケイルだったが、そんな二人の会話に割り込む形で『星』の当主が口を挟んだ。
「――……帝様。それはなりませぬと、何度も申し上げている」
「し、しかしなぁ。これはもう、余が出ぬといかんだろう?」
「あのメディアなる者は確かに脅威ですが、到達者ではない。それは帝様御自身も心得ておられるはずだ」
「然り」
「帝様は到達者にこそ御強いが、それ以外には滅法弱い。そんな帝様が赴けば、それこそ殺されるだけです」
『星』の当主を始め、『雨』と『雲』の当主達も同じように帝を出陣を止めようとする。
それを聞きながら無言で表情の強張りを強めている武玄やナニガシを見るケイルは、会話の意味を捉えきれずに隣に居るシルエスカに小声で問い掛けた。
「……ど、どういうことだよ?」
「見た通りだ。帝自らがこの事態に乗り出そうとし、それを周りが止めている。そして部屋全体に結界を張り、帝が外に出る事を防いでいるんだ」
「……結界は、そういう意味かよ」
「そうだ。……話を聞く限り、帝も我々と同じ聖人だとは思うが。どうやら到達者に対して強く、それ以外には弱い能力らしいな」
「……到達者に強い能力?」
ケイルとシルエスカはそう情報を伝え合い、帝がナニガシと同じ『聖人』である事や、その能力の一端について推測する。
するとそんな二人の会話が頭に付く狐耳に届いたクビアは、溜息を漏らしながら教えた。
「当たり前よぉ。ここの帝ってぇ、『白』の七大聖人だものぉ」
「……え?」
「……お前、今……なんって言った?」
「だからぁ、あの帝は『白』の七大聖人なのよぉ。『白』の七大聖人の能力って対到達者に特化してるからぁ、それ以外の相手と戦うとぉ、普通の人間と変わりないのよねぇ」
然も当然のように話すクビアの言葉に、シルエスカとケイルは驚きを浮かべながら表情を固める。
すると先程から口論染みた説得を行い続けていたアズマ国の面々の中で、ついに帝が声を荒げる様子を見せた。
「――……とにかく、余が行って来るから! お前達には留守を任せるぞ!」
「あっ、ちょっと!」
「……!?」
「なっ!?」
周囲の説得を無視するように、帝は障子の向こう側で立ち上がる動きを人影で見せる。
それを止めようと各流派の当主達が立ち上がったが、その障子は内側から開かれ、改めて帝の姿がその場で明らかにされた。
その容姿を見たケイルとシルエスカは、思わず腰を浮かせる。
障子の向こう側に居たのは銀色の髪と銀色の瞳を持つ青年であり、黒髪黒目ばかりのアズマ国人とは思えぬ容姿だった。