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希望の存在


 アルトリアが自身の母親と相見える為に天界(エデン)の神殿へ向かう長い階段を歩んでいた頃、地上(した)に残るケイル達はそれを追い戦力となりそうな者達を集めている。

 ローゼン公セルジアスの助力によって帝国貴族となっていた妖狐族クビアと魔導国に居る『青』に連絡を取れると、同じ映像を見た事で新たな脅威(メディア)が現れた事を理解した各々が合流しようとしていた。


 最初に合流できたのは公爵家の屋敷に訪れるクビアであり、自身の魔符術を使った転移で外で待っているケイルと合流する。


「――……クビア!」


「……ちょっとぉ、さっきのアレってマジィ?」


本気(マジ)だよ。あの野郎、あの大陸を使って本気で世界を消し去れるみてぇだ」


「公爵から来るようには言われたけどぉ、どうするのぉ?」


「戦力を掻き集める。アンタ確か、アズマ国にも行けるって言ったよな。何処に跳べる?」


「港とぉ、(みやこ)の二つだけどぉ」


「だったら(みやこ)だ。そっから全力で走れば、師匠達の屋敷にはすぐ辿り着ける。頼む!」


「もぉ、しょうがないわねぇ」


 ケイルは焦る様子を見せながらそう言い放ち、クビアに転移魔術での移動役を頼む。

 すると緊急事態故にそれに応じるクビアは、自身の懐からアズマ国に跳ぶ為の魔符術の札を用意し始めた。


 そしてケイルはそうした間に、後ろに控えている帝国皇子ユグナリスに声を掛ける。


「アタシは強そうな連中を知ってる限り掻き集めて来る。お前等はアタシ等が戻るのを待つか、『青』が来たら先に天界(うえ)へ行ってくれ」


「お願いします」


「行くわよぉ――……」


 各国の強者達を集める為に、ケイルはクビアと共に転移魔術でその場から消える。

 それを見届けたユグナリスは緊張感を高め、改めて空の果てに見える天界(だいち)を見ながら呟いた。


「……ログウェル。アンタいったい、何してるんだよ……っ」


 自身の師と呼べる老騎士ログウェルがメディア側に加担している事を考えながら、ユグナリスはその真意を量れずに苦々しい面持ちを浮かべる。

 するとそうした最中、屋敷の入り口となっている扉が開かれたことに気付き、そこから出て来た者達に声を掛けた。


「――……リエスティア!」


「……お待たせして、すいません」


「いいんだ。……それより、大丈夫なのかい?」


「はい。以前よりも、体調はずっと良いので……」


 扉から出て来たのはリエスティアであり、その姿は先程までの寝間着ではなく外着を身に着けている。

 そしてその傍には母親であるカリーナと付き添い、自分の娘(リエスティア)の歩みを支えていた。


 更にその後ろから、娘シエスティナとその友達になったマギルスが共に付いて来る。

 それを確認したユグナリスは、カリーナからリエスティアの支えを替わりながら改めて各々に声を向けた。


「カリーナ殿は、ウォーリス殿やローゼン公、それに母上(クレア)と共に箱舟(ふね)へ避難を」


「……分かりました。どうか、御気を付けて」


「はい。……マギルス殿も、一緒に来るということで問題は?」


「無いよー!」


「……リエスティア。君も、本当に来るんだね?」


「はい。……私の身体は、きっとアルトリア様の御役に立ちますから」


「……それは、分かるけど。……でも、シエスティナまで本当に……」


 各々が共に天界(むこう)へ行く事を確認した中で、ユグナリスは渋るような表情を強めながら自分の娘(シエスティナ)を見る。

 まだ三歳前後の幼い子供でしかないシエスティナを同行させることに、彼は反対していた。


 しかしそれでも、リエスティアは黒い瞳を向けながら話す。


「この子の存在が、きっとあの人の意思を変えてくれます」


「あの人?」


「あの人は、この世界に希望(のぞみ)が無いからこうしているだけなんです。……だから、ちゃんと見せてあげないと。この子(シエスティナ)が、貴方の探していた『希望』なんだと」


「……分かった。俺はそれを助けて、君もシエスティナも守るよ」


「はい」


 『黒』と同じ未来視の能力(ちから)を扱えるようになったリエスティアの予言(ことば)に、ユグナリスは応じながら頷く。

 そして両親が微笑みながら自分を見ると、シエスティナも微笑みを向けた。


 すると五分ほどが経った後、公爵領地から離れていた箱舟(ノア)が向かって来る光景が空に見える。

 更に箱舟(ふね)が着陸する前から、屋敷の入り口付近に転移魔法で現れた人物の姿がユグナリスやマギルスに見えた。


「――……『青』殿!」


「『青』のおじさん!」


「――……お前達か」

 

 二人は同時に『青』が来た事を確認し、互いに声を掛ける。

 それに応じるように『青』も屋敷の入り口に立つ彼等に歩み寄ると、互いに状況を確認するように言葉を向けた。


「……アルトリアは、もう向かったのか」


「はい」


「それと、先程の映像。あそこに映っていたのが、アルトリアの母親で間違いは?」


「ローゼン公が確認しました。姿こそ違いますが、声や口調は間違いは無いと」


「そうか。……しかし、あそこまで似ているとは……」


「似ている?」


「あの姿、そして声。二千年以上前の人魔大戦にて人間大陸を滅ぼそうとした者。【始祖の魔王】と呼ばれたジュリアと瓜二つだ」


「!」


「更に、奴の羽織っていた外套(マント)。アレも【始祖の魔王(ジュリア)】が身に付けていた伝説と呼ばれる武具の一つで間違いない。……アレを破壊しメディアを倒すには、魔鋼(マナメタル)の武具では不可能かもしれん。いや、魔大陸の強者を掻き集めたとしても、抗えるかどうか……」


「……その事で、俺達から提案が」


「?」


「リエスティアが、この子(シエスティナ)彼女(メディア)に会わせたいと。そうすれば、こんな事をしなくなるという話なんですが……」


「なに?」


 メディアが【始祖の魔王(ジュリア)】と同様の脅威であると認識する『青』は、それを倒す為の武具も戦力も足りない事を呟く。

 それを聞いていたユグナリスは、リエスティアが視る未来を教えた。


 『青』はその話を聞き、支えられながら隣に立つリエスティアへ視線を向けながら問い掛ける。


「……『黒』の未来視(ちから)を持っているのか」


「はい」


「なるほど。……ならば、『黒』はこの状況になる事も予知し、お前達の娘を用意したということか。……しかし、この幼子がどうして……」


「『青』のおじさん。この子、『(クロエ)』の生まれ変わりだよ?」


「!」


「え?」


「『(クロエ)』が自分で言ってたんだ。別の未来ではこの子として生まれたって。でも、別未来(あそこ)で僕達を戻しちゃったから……」


「……なるほど、この幼子が純粋な『黒』の生まれ変わりか。……ならば、確かに可能性はある」


「ど、どういう事なんです?」


 マギルスと『青』だけが理解できる話をされ、それを聞いていたユグナリスは困惑した表情を浮かべる。

 すると『青』は何かを喋ろうとしながらも、敢えて口を閉ざしながら別の話を向けた。


「それは……いや、それは直接見た方がいいかもしれん。……アルトリアと一緒に居た、『赤』の女(ケイル)は?」


「各国から増援を集める為に、クビア殿の転移で」


「そうか。……しかし、その者(リエスティア)も連れて行くとなると。転移魔法では行けぬな」


「……あっ、そうか。リエスティアの身体は、魔法を防いでしまうから……。じゃあ、別の箱舟(ふね)も用意しないと……」


 『青』が転移魔法での移動を懸念する理由としてリエスティアを見たことで、ユグナリスは彼女の体質を思い出す。

 しかしその後、『青』は彼女(リエスティア)に対してこう問い掛けた。


「お主、『黒』の能力も使えるのならば。別の能力も既に使えるのではないか?」


「別の、能力?」


「『黒』は未来視の他に、空間と時空間を操ることに特化していた。あるいは今のお主ならば、『黒』と同じように自身や他の者と一緒に転移できるかもしれん」


「!」


「リ、リエスティアも転移魔法を……?」


「転移の魔法とは、少し原理が異なる。『(やつ)』は空間や時空間そのものに干渉し、その一つの(すべ)として転移を用いていたようだからな。儂も原理こそ理解しているが、『(やつ)』のようには扱えぬ」


 『青』は自身が知る『黒』の能力を明かし、それと同じ肉体を持つリエスティアを見る。

 その視線の意味を理解したかのように、彼女(リエスティア)はユグナリスの支えを離れながら真っ直ぐと立った姿勢で頭を下げた。


「どうか(わたし)に、その(すべ)を教えてください」


「リエスティア……」


「……儂はかつて、今のお主と同じように『黒』に教えを()うた。だが、その恩を返せた記憶は無い。……ならば、今のお主にそれを返すのも道理だな」


「!」


「だが時間が無い。例え『黒』と同じ肉体であっても、お主の独力で能力(ちから)が扱えるようになるのはかなり時間を有するであろう。……ならば儂自身がお主に干渉し、空間干渉と跳躍をする術を伝えるしかないな」


「えっ」


 『青』は『黒』と同じ空間跳躍(テレポート)を教える事を了承しながらも、その言い方から特殊な方法で教授することを明かす。

 それを聞いたユグナリスは、微妙な面持ちを浮かべながら『青』に尋ねた。


「……彼女(リエスティア)に干渉って、何をするんです?」


「儂とお主の精神(たましい)を一時的に接触させ、直接その(すべ)を用いる知識と感覚を伝える」


「……それって、大丈夫なんですか?」


「安心しろ。魂を介した知識や記憶の伝授は、儂の一族が最も得意とした秘術だ。お主等、ルクソード一族が『生命の火』を使えるようにな」


 そうした言葉を向けたる『青』に対して、ユグナリスは彼女に対する過保護さから表情を渋らせる。

 しかしリエスティアは自身の黒い瞳で『青』を見ながら、再び頼むように頭を軽く下げた。


「御願いします」


「リエスティア、でも……」


「大丈夫です。……この方は、何も嘘を仰っていません。それが分かるんです」


「!」


「……なるほど。『()』の瞳には、未来視以外にもそうした能力(ちから)があったというわけか。……いいだろう。女子(おなご)には失礼だが、胸に触れるぞ」


「はい」


 互いに承諾を得た上で、『青』は自身の右手をリエスティアの喉に近い胸部分に触れる。

 それを見て僅かに眉を顰めるユグナリスを他所に、『青』は自身の魂から知識と記憶を引き出し、それを生命力(オーラ)に乗せながらリエスティアの心臓(むね)に流し込んだ。


 魔力自体を無効化してしまうリエスティアだったが、生命力(オーラ)や魂を用いた秘術を防げるわけではない。

 それを『黒』という存在から熟知している『青』は、心臓を介して存在するリエスティアの精神に空間へ干渉する知識と感覚を伝えた。


「――……っ」


「リエスティア!」


 『青』は胸に付けていた右手を離し、彼女(リエスティア)から一歩引いて離れる。

 するとリエスティアは疲労の表情を浮かべ身体を揺らすと、それを隣に立つユグナリスが支えた。


 そして僅かに深い息を漏らした後、リエスティアは閉じていた瞼を開きながら言葉を発する。


「……これが、空間跳躍(そう)なんですか……?」


「うむ。ついでに天界(あそこ)の座標も伝えた。……出来そうか?」


「……やってみます」


 リエスティアは支えられている身体を自らの足で再び支えると、落ち着きを持ちながら息を吐く。

 そして祈るように両手を合わせて胸の前に付けると、意識を集中させた。


 それを見た『青』は、周りに居る者達に声を掛ける。


この娘(リエスティア)の傍へ。一緒に跳ぶぞ」


「はーい!」


 シエスティナとマギルスはそれに応じ、リエスティアの傍に近付く。

 そしてそれを見送るカリーナは、ユグナリスを見ながら願うように言葉を向けた。


「この子達を、どうかお願いします」


「はい、必ず」


「――……行きます!」


「!」


 リエスティアは得た知識と感覚を用いて自身の周囲に存在する空間に干渉する。

 すると僅かに空間が捻じれるような光景が見えた後、黒い瞳を見せた彼女とその周囲に居た者達は一瞬で姿を消した。


 そして次の瞬間、ユグナリス達の視界は一気に替わる。

 屋敷が在った場所から一気に光景は白に染まった大地へと変化し、リエスティアも含めたその場の全員が空間跳躍(テレポート)に成功した事を理解した。


「……間違いなく、天界(うえ)だ。成功したんだ……!」


「お母さん、すごーい!」


「ね!」


「……よ、良かった……」


 ユグナリスが天界(うえ)に来た事を確認し、シエスティナとマギルスは互いに微笑みを見せる。

 それを見て空間跳躍(テレポート)が成功した事を理解できたリエスティアは、安堵の息を漏らした。


 すると同乗していた『青』も、その結果を見ながら納得を浮かべる。


「流石は、創造神(オリジン)の肉体と言うべきか。儂の知識も有ったとはいえ、初めての転移でここまで正確に転移するとは」


「……『青』殿。アレは……」


「うむ。天界(ここ)に置いていた箱舟(ふね)、その残骸だな。破壊されたか」


「アルフレッド殿が居た……。……そういえば、どうしてアルフレッド殿の脳髄ほんたい天界(ここ)に? 確か脳髄(アレ)は、別の場所に隠していたんじゃ……」


「儂も映像(アレ)を見て驚き、今まで真偽を確認していた。ザルツヘルムと変わらぬ防備の施設に隠していたのだが、侵入された形跡も無く容器から脳髄(ほんたい)を抜き取られていた」


「抜き取られた?」


「恐らく、アルフレッドの義体(からだ)を操る脳髄(ほんたい)の魔力周波数を逆探知し、それを利用して脳髄(ほんたい)だけを引き寄せて転移させたのだろう。理屈でそれは理解できても、とてもではないが儂には不可能な方法だ」


「……腕力だけじゃなくて、魔法の技術も格上。そんな奴が、今回の敵ですか」


「うむ、覚悟が必要だな」


「はい。……リエスティア、行けるかい?」


「……はいっ」


「マギルス殿は、シエスティナを御願いします」


「いいよー! ……じゃ、行こっか!」


「うん!」


 ユグナリスはリエスティアを両腕で抱え、マギルスはシエスティナを背中に背負う。

 そして共に移動の準備を整えた事を確認すると、大陸中央に存在する巨大な神殿へ目を向けていた『青』が呟いた。


「……どうやら、神殿の前にログウェルが居るな」


「!」


「儂とお主(ユグナリス)の聖紋以外に、共鳴がある。……聖紋を持つ七大聖人(セブンスワン)で現存しているのは、アズマに居る『茶』以外には奴しかいないだろう」


「……ログウェルとは、俺に話をさせてください」


「む?」


「ログウェルは、俺の師匠です。何を考えて今回の事態(メディア)に加担しているのか、俺は知りたい。もしかしたら、何か止むを得ない理由があるのかも。だったら……」


「……分かった。……だが奴の性格を考えると、会話(それ)は難しいかもしれんな」


「え?」


「行くぞ」 


「は、はい」


 『緑』の聖紋を宿すログウェルの存在に気付いた『青』に、現在の『赤』であるユグナリスが説得を試みたい事を伝える。

 それに『青』は了承しながらも、説得が困難だと察しながら神殿まで走り始めた。


 それを追うように、ユグナリスもマギルスも二人を抱えて走り出す。

 するとそうした彼等が向かって来る事に気付いているのか、神殿の入り口に立つログウェルは微笑みを浮かべた。


「――……お前さんが先に来たか、ユグナリス。……儂の、最高の傑作(でし)よ」


 自分の弟子(ユグナリス)が来た事を察し、ログウェルは口元を僅かに釣り上げて呟く。

 ユグナリスという存在が彼にとって何を意味しているのか、その言葉が彼自身の行動や目的にも繋がっていた。



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