撒かれた種
創造神の欠片を持つ可能性があるメディアの行方を探る為に、エリクはマギルスを伴いながらフォウル国へ来訪する。
そして二十年前にメディアに面会された巫女姫レイを訪ねると、その行方こそ不明ながらも魔大陸へ向かった理由が明かされた。
一つ目は『暇潰し』という安直な理由ながらも、もう一つの目的についてはエリクとマギルスを驚かせる。
それは『白』が語っていた『世界から存在を忘却した彼女』という存在を、メディアもまた捜索していたという事実だった。
エリクはその話を聞き、改めて巫女姫に問い掛ける。
「――……メディアは本当に、それを探していると言ったのか？」
「はい」
「だが、どうして……。……もしかしてお前は、その探している彼女の手掛かりを知っているのか？ だから二十年前、メディアはここに来た」
「……いいえ」
巫女姫に会いに来たメディアの訪問理由を予測したエリクだったが、それは彼女自身に否定される。
しかしそれに加えた言葉を、瞼を閉じたままの巫女姫は口にした。
「私もまた、その彼女についての記憶が忘却しています」
「！」
「けれど感情では、彼女の存在を覚えています。……彼女についての記憶が抜け落ちた為に、穴が開いたような不自然さと不快感を感じていますから」
「……そうなのか」
「だから彼女について、私や他の者達は何も思い出せないのです。そして彼女と深く関わった者達ほど、感情に彼女の存在を感じながらも深い記憶の穴によって苛まれる。……それが五百年前に、彼女が全てを救う為に刻んだ世界の秩序だと『黒』は言っていましたね」
「！」
「そして彼女の所在について聞く為に、メディア殿が里へ訪れたのは事実です。けれど私では、それについて答えられませんでした」
「……そうなのか」
巫女姫が語る『彼女』の存在について聞いたエリクは、改めてその代償が到達者にも及んでいる事を知る。
すると記憶に残る『白』の話を思い出し、エリクはある場所について巫女姫に問い掛けた。
「一つ、聞きたい事がある。ヴェルズ村という場所を知っているか？」
「ヴェルズ村……。どうして貴方が、その村の名を？」
「知っているのか。魔大陸にあると聞いたが、何処にある？」
「……ヴェルズ村は、魔大陸の極東部に位置する場所にあると聞きます。実際に私は行ったことはありませんが」
「そうなのか。……ならメディアが向かう場所も、ヴェルズ村かもしれない」
「どういう事でしょう？」
「お前達が忘れたという彼女は、ヴェルズ村に眠った状態で送り返されたと聞いた。だからメディアが彼女を探すのなら、行き着く場所はそこになる」
「……まさか貴方達も、ヴェルズ村へ行く気なのですか？」
「ああ。俺やアリア達も、その彼女を探しに行く予定だった」
「そう、ですか。……御爺様はそれについて、何も言っていませんか？」
「……そういえば、ヴェルズ村やその彼女についても知っているような感じはしたが。それからは何を聞いても答えない。ずっと寝ている」
「やはり、そうですか」
「……ヴェルズ村という場所と鬼神に、何か関わりがあるのか？」
今まで疑問に感じていた鬼神の態度について、エリクは理由を尋ねる。
すると巫女姫は僅かに躊躇う様子を見せながらも、小さな吐息を漏らしたその口から鬼神に纏わるある出来事が明かされた。
「……御爺様が最後に訪れた場所が、ヴェルズ村だったそうです」
「最後……？」
「五百年前の天変地異が起こる数十年前。御爺様はその村を最後に訪れ、現世から消えてしまいました。……その村を守る到達者に殺されたという話です」
「!?」
「!!」
「なのでその村は、御爺様にとってそうした意味を持つ特別な場所のはず。だからこそ、何も語りたくないのかもしれません」
「……フォウル、お前が死んだ場所だったのか」
『――……』
鬼神が死んだ場所がヴェルズ村だと知り、エリクやマギルスに限らず、他の干支衆達も驚きを浮かべる。
その事実は巫女姫だけにしか知らされていなかった様子が見えると、エリクは改めてヴェルズ村についての情報を聞いた。
「ヴェルズ村は、そんなに危険な場所なのか？」
「……天変地異が起こる前は、危険と呼ぶべき場所でしたね」
「どういうことだ？」
「その時のヴェルズ村には、魔族の到達者が三人ほど居たそうです」
「到達者が三人もいる村……!?」
「一人目は『魔大陸を統べる女王』と呼ばれた、ハイエルフ族の女王ヴェルズェリア。二人目は、『最強の戦士』と呼ばれたハイオーク族のドワルゴン。三人目は、『俊足姫』ミコラーシュ。この三人が共同で村を統治し、守護していたと聞きます」
「……そいつ等が、フォウルを殺した？」
「その中の一人と戦い、斃されたそうです。御爺様の気質を考えると、自らドワルゴンと戦ったのでしょう。『最強の戦士』という異名を、御爺様は非常に気に入らない様子でしたから」
「……」
「三名の到達者達は、天変地異の前後で死去しています。しかし現在、別の到達者が村を統治しているという話は聞いていますね」
「別の到達者？」
「数多の悪魔達を統べる『魔神王』ジャッカス殿。彼が今は、その村で長をしていると聞きます。彼は元々『魔大陸を統べる女王』を崇拝し村に住んでいたゴブリンだったそうですが。数多の進化を遂げ、同じ到達者である『悪魔公爵』すらも従えたという話です」
「……悪魔を統べる、到達者か」
「ただ『魔神王』殿の場合、性格は非常に温和で他種族に対して友好的であるという話は聞いています。なので交戦的な態度を見せなければ、危害は及ぶ事はないという話です」
「そうか……」
エリクはその話を聞き、自分達が向かうべき『ヴェルズ村』に『魔神王』とそれに従う悪魔達がいる事を知る。
そして悪魔という言葉から連想される概要は、別未来のアリアや騎士ザルツヘルムが見せた異形と脅威だった。
そうして懸念すべき事を考え増やしたエリクが口を閉じると、隣に座るマギルスが代わるように問い掛ける。
「ねぇねぇ。今の僕達でも魔大陸って行ける？」
「行くこと自体は難しくはありません。ただ魔大陸で生き延び目的地に辿り着けるかと聞かれれば、貴方達でも難しいかもしれませんね」
「そっか。僕達でもそう言われちゃうなら、もしかしたらメディアって人も死んでたりしない？」
「それはあり得ません」
「！」
メディアが死亡している可能性を即答で否定した巫女姫に、マギルスやエリクは驚愕を見せる。
そしてその理由を聞く為に、改めてエリクが問い掛けた。
「どうして、そう言い切れる？」
「彼女がどういう存在か、知っているからです」
「なに？」
「彼女と同じ存在を、私は実際に目にしています。……【始祖の魔王】ジュリア。そして【勇者】。あの二人とメディアが同一の存在である事は、間違いありません」
「!!」
「そして第一次人魔大戦を引き起こした【大帝】の目的こそが、彼等の発生を防ぐことでもありましたから。その危険性も理解しています」
「え？」
「……どういうことだ？」
巫女姫の口から突如として【大帝】の話が出された事に、エリクとマギルスは首を傾げる。
すると巫女姫は僅かに肩を落とし、改めて第一次人魔大戦を引き起こした【大帝】の目的を伝えた。
「【大帝】と呼ばれた彼の目的は、現世に存在するマナの樹を全て消滅させることでした。……しかしその試みは失敗し、脅威と呼ぶべき者達が誕生した」
「それが【始祖の魔王】と【勇者】か。だがどうして、マナの樹を消滅させる目的がその二人と繋がる？」
「……かつて現世に存在したマナの樹は、創造神に仕えた到達者やその一族に守られていました。しかし大帝はそれを撃退し、マナの樹を全て破壊した。……しかしマナの樹は、その前に異常な現象を起こしていたのです」
「異常な現象？」
「生物は自分の死を悟ると、自分の遺伝子を残そうとします。それと同じように、マナの樹も自分の因子を生かす為に、種と呼ぶべき者達を生み出したのです」
「……!!」
「自分の死期を悟ったマナの樹は、宿す実を種として数々の種族を模した生命を誕生させました。【始祖の魔王】はエルフの姿を模し、【勇者】は人間の姿に。他にも数々の種族を模すように、破壊されたマナの樹は種を撒いて自分の因子を生き延びさせたのです」
「……まさか、メディアも……!?」
「そうです。彼女もまた、マナの樹が残した種の一つ。種となる『マナの実』が意思を持ち、人の姿をした者。それがメディアなる者の正体です」
「……!!」
エリクとマギルス、そして傍に控える干支衆達もその話を聞き、驚愕の色合いを深める。
それは数限りある者達しか知らない『マナの実』の性質であり、『白』や『鬼神』もまたそうした存在の一つである事をエリク達も既に聞かされていた。
こうしてエリクは、巫女姫からヴェルズ村とメディアの正体を聞く。
それはこの世界に満ちる謎の一つであり、直面している世界の滅びとは別の脅威が生み出されていた事を、エリクは初めて知らされた。
