抑止力の存在
アルトリア達がパールの出産を終えてマシラ共和国に向かった二日前、再び視点はエリクに戻る。
三年前の天変地異において活躍した妖狐族クビアは、帝国貴族の子爵となり魔人の子供達を預かりながら領地を任されていた。
そんな彼女を大金で雇い入れたエリクは、今まで乗っていた箱舟の艦橋に居た。
すると通信装置を用いて、待機しているマギルスに赴く事を伝える。
『――……ふぁあー……。……おはよう、おじさん!』
「ああ、今から共和国に行く。何処に行けばいい?」
『首都の外、門の近くでいいよね。僕がいる箱舟もその近くだし』
「分かった」
『じゃ、待ってるねー!』
手早く用件を伝えたマギルスとの通話は、そうして途切れる。
すると操縦席に座る魔導人形に、エリクは再び命令した。
「今度は、『青』の七大聖人がいる場所に通信できるか?」
『魔力周波数ニ登録情報有リ。可能デス』
「なら頼む」
『青』へ連絡を試みる為に、エリクは再び通信装置を用いる。
すると三十秒程が経過した後、艦橋内に『青』の声が響いた。
『――……エリクか。そちらで何か分かったのか?』
「ああ。今から俺は、巫女姫に会いに行く。マギルスと合流してな」
『巫女姫に?』
「メディアという女は、二十年近く前に魔大陸に行ったようだ。その途中でフォウル国に寄って巫女姫が会ったらしい。その時に、ログウェルも一緒だったようだ」
『何? ……ふむ、分かった。ならば儂からも巫女姫に、お前達の来訪を伝えておこう。用件もな』
「ああ、頼む。……そっちでは、何か分かったか?」
『メディアなる女の画像は解析中だ。ログウェルについても【結社】の情報網を使って捜索している。今のところ、情報は無い』
「そうか。……そういえば、メディアの本当の姿をアリアの父親が見ていた」
『ほぉ、何か特徴は?』
「銀髪に赤い目をしていたらしい。しかも肉体を操作して、姿だけではなく女や男に性別を変えられたそうだ」
『……なんだと?』
「俺はその話を聞いて、創造神と似た姿なのかと思った。もしくはメディアという者は、魔人か魔族ではないかと考えているんだが。どうだろうか?」
『……まさか。いや、だが……しかし……』
「どうした? ……心当たりがあるのか?」
通信装置越しながらも、『青』が動揺する声がエリクの耳にも届く。
すると深くも浅い息を漏らした『青』は、落ち着きを戻した口調で話を続けた。
『……儂には二人、そういう者に心当たりがある』
「二人?」
『だが銀髪や赤い目という者も、稀に人間や魔族の中には生まれる。だから確定とは言えないが……』
「憶測でもいい。巫女姫から聞く時に、少しでも情報が欲しい」
『……二千年前。第一次人魔大戦の時代に、人間や魔族の中で同じ赤い目と銀色の髪を持つ者が現れた。その者達は異質な能力を持ち、到達者達と対峙し屠る程の実力を持っていた』
「!」
『儂が知る限り、そうした容姿と実力を持つ人物は二人だけ。魔族側に現れたソレは【始祖の魔王】と呼ばれ、人間側に現れたソレは【勇者】と呼ばれた者だった』
「始祖の魔王……それは前に、アリアから聞いた事がある。……だが、ゆうしゃとはなんだ?」
『勇敢なる者と書いて【勇者】。第一次人魔大戦では人間側の到達者である【大帝】に味方し、魔族との戦争で最前線に立っていた者。その強さは到達者を凌駕し、魔族達からは恐れられている存在だった』
「そんな奴も、到達者以外にいたのか」
『うむ。……そしてここからが推測になるが。【始祖の魔王】と【勇者】は見た目が同じ銀髪と赤い目をしていた。故にこの二人には、何等かの因果があったと思われる』
「因果?」
『恐らくあの二人は、同時期にこの世界へ生み出されるのだろう。言わば抑止力のような存在ではないかと、当時の【大帝】は推測されていた』
「抑止力……?」
『何等かの形で世界の均衡が破られそうになった時、それを防ぐ為の役割と言ってもいい。現に第一次人魔大戦の時代に【始祖の魔王】が現れた事で人間側の魔大陸侵略は停滞し、それによって劣勢となった人間側に【勇者】が現れ、大戦は膠着状態になったからな』
「……なら、そのメディアという女は【勇者】なのか?」
『それは実際に会って話を聞かぬ限り、分からぬだろうな。だが巫女姫がそうした者に会っていたのだとしたら、何か知っているかもしれぬ』
「そうか。なら俺が、それについても聞いてみよう」
『そうしてくれ。儂は引き続き、ログウェルの捜索とメディアの画像解析を続ける。また何か分かれば、また連絡を頼む』
「分かった。それじゃあ――……」
こうして『青』と情報を共有したエリクは、メディアという不可解な存在が何者なのかに近付き始める。
過去に同じ容姿で存在し、到達者すら屠る実力を持つ【始祖の魔王】や【勇者】と呼ばれる人物達。
そして現代に現れたメディアなる者が到達者すら容易く退けられる程の実力を持つという話は、その人物が【勇者】と呼ばれる存在である可能性を指し示した。
そうして二人に通信を終えたエリクは、その場で振り返りながら後ろに佇むクラウスやワーグナー、そしてマチスとクビアに声を向ける。
「聞いた通りだ。もしかしたらメディアという者は、【勇者】なのかもしれない」
「……『青』の話だ、信憑性は高いのだろうな。しかし、メディアがそういう存在だったとは……」
「勇者なぁ。そんなに凄い奴までいるのかよ?」
「クビアの姐さんは、【勇者】って知ってるかい?」
「知らないわぁ。しかも第一次人魔大戦って言ったらぁ、二千年以上も前の話だしぃ。里にいる爺婆も生まれてないわよぉ。でも巫女姫だったら、その時期から居たんじゃなかったっけぇ?」
エリクの言葉と同時に、それぞれがそうした言葉を見せる。
そして【勇者】について『青』以上に詳しい情報を知る者がいないと分かった後、エリクは頷きながら声を向けた。
「そうか。……やぱり、巫女姫に会うしかないな。クビアだったな? 転移を頼めるか」
「良いわよぉ。お金をくれるなら喜んでぇ」
「ワーグナー、マチス。俺は行く。黒獣傭兵団を頼むぞ」
「おう」
「エリクの旦那、気を付けて」
「クラウス、情報を感謝する。かなり助かった。それとこの箱舟だが、帝国に返しておいてくれ」
「分かった。それよりメディアの事で何か分かったら、私にも伝えてくれ」
「そうしよう。――……最初に、マシラ共和国だ。頼む」
「はぁい。――……それじゃあ、行くわよぉ」
それぞれに声を向けた後、エリクはクビアに歩み寄る。
そして彼女は扇子を広げながら十枚の紙札を散らし、自身とエリクの周囲だけを覆いながら魔力の結界を生み出した。
すると次の瞬間、二人の姿が艦橋から消える。
それを見送るワーグナー達やクラウスは、それぞれに自分がやるべきことへ戻っていった。
それから数秒後、場面はマシラ共和国の首都へ移る。
首都の入り口となっている大門の前で空を眺めながら待っていたマギルスは、感じ取れる魔力の気配に反応して前を向いた。
「――……来たかな!」
魔力の気配を感じ取ったマギルスは、そのまま凄まじい速さで走りながらその場所へ向かう。
するとその先に、金髪の女魔人とエリクが立っている姿を目にしながら呼び掛けた。
「おーい、エリクおじさん!」
「――……マギルス」
「もう、待ちくたびれちゃった。早くフォウル国へ行こうよ!」
「ああ。それじゃあ、マギルスも一緒に頼む」
「はぁい」
「あれ、そっちのお姉さん。『戌』のお姉さん?」
「それは私の姉ねぇ。私達ぃ、双子なのよぉ」
「へぇー、そうなんだ」
互いに元マシラ闘士に属しながらも、初めて会うマギルスとクビアは挨拶交じりの会話を行う。
するとエリクは、クビアを見ながら思い出すように声を向けた。
「……そういえば、前に言っていたな。妹を殺す為に探しているとか。お前が妹なのか?」
「やだぁ、お姉ちゃんそんなこと言ってたのぉ。やっぱり怖いわぁ。里には近付きたくないわねぇ」
「報酬は必ず払う。だから出来れば、行き帰りも頼みたい」
「むぅ、じゃあ私は里の外で待つからぁ。貴方達だけで巫女姫様に会ってくれるぅ?」
「ああ、それでいい」
「分かったわぁ。――……それじゃあ、また行くわよぉ!」
再び右手に持つ扇子を広げて左手の裾内から紙札を取り出し散らすクビアは、エリクとマギルスを結界で覆いながら転移する。
そして次の瞬間には、目的とするフォウル国の里周辺に三人は辿り着いていた。
こうしてエリクはマギルスと合流し、妖狐族クビアの助けを得ながらフォウル国の里へ訪れる。
そうして徐々に明かされるメディアの正体を探り、同時にその行方を追う為に巫女姫との面会を望んだのだった。




