天才の容貌
元皇国騎士ザルツヘルムを消滅させた後、箱舟に届けられたローゼン公セルジアスの伝言をエリクと『青』は見る。
そこに書かれていたのは、『メディア』という女性がローゼン兄妹の母親である可能性と、その素性を詳しく知るであろう老騎士ログウェルと父クラウスについてだった。
『青』は転送させたメディアの偽装を映像から解析する役割と、『緑』の七大聖人ログウェルの捜索を担う。
そしてエリクは再びクラウスと会うべく、箱舟でベルグリンド共和王国に向かった。
夜だった時刻は更に進み、空には朝日が昇り始める。
すると場面は変わり、共和王国の王都で黒獣傭兵団の拠点としている屋敷に移った。
その屋敷の入り口に大柄の大男が立ち、扉を強めに何度も叩く。
それが数分も続くと、荒げた声の団員が出て来た。
「――……もう、なんだよ! こんな朝っぱらか――……だ、団長っ!?」
扉を開けた団員は寝起きで不機嫌な様子を見せながらも、そこに立っている大男を見て驚愕する。
それは先日に別れを告げて立ち去ったはずの団長エリクであり、朝日を背景にした彼は再来の用件を伝えた。
「ワーグナーは居るか?」
「え、ええ! どうぞ中へ!」
ワーグナーに会う事を望むエリクに団員は応え、屋敷の中へ通す。
そして案内するように屋敷内を二人は歩み、エリクはワーグナーの部屋まで案内された。
すると団員は扉を叩き、用件を伝えながらワーグナーを起こす。
「副団長! 団長がまた来てます!」
「――……なんだと? ……エリク、戻って来たのか?」
「ああ」
「どうした? なんか忘れ物か?」
「アリアの父親の、クラウスという男に会いたい」
「クラウスに? なんでまた」
「知りたい事が出来た。だが王城に居ると聞いていたから、お前が会えるよう仲介してくれ」
「そりゃいいけどよ。用件は?」
「メディアという女について知りたい。……アリアの母親らしい」
「……つぅことは、クラウスの妻ってことか。なるほど、とりあえずは分かった。ちょっと待ってろ」
唐突に戻って来たエリクの要件を聞き、ワーグナーはある程度の納得を示しながら応じる。
すると黒獣傭兵団の装いに着替えてから、エリクと共に王城へ向かい始めた。
早朝過ぎる為か人通りの少ない首都の中を二人は歩きながら、雑談混じりにワーグナーは問い掛けて来る。
「――……それで、あの嬢ちゃんの母親がどうしたんだ?」
「何処にいるか手掛かりが無いか、探している」
「それでクラウスにか、なんで探してんだ?」
「世界を救う為に、必要かもしれない」
「あの嬢ちゃんの母親が?」
「それだけではない。アリアやケイル、そして俺もその中に含まれているようだ」
「へぇ、お前とケイルもね。そういや、ケイルは元気にしてんのか?」
「ああ。だが今は、アリアと行動しているらしい」
「なんだお前等、別行動中かよ」
「そのメディアという女や俺達以外にも、必要となる者がいるらしい。恐らく二人は、そちらを探しているんだろう」
「へぇ、そうなのか。なんか黒獣傭兵団で手伝えるか?」
「だからお前に頼みに来た」
「なるほどな。だったら、団長の頼みは叶えてやらなきゃな」
二人は並ぶように歩きつつ、そうした話を行う。
そして王城の囲いまで辿り着くと、そこで警備をしている兵士達は訪れたワーグナーを見て敬礼を向けながら問い掛けて来た。
「ワーグナー殿! このような早朝に、どのような御用件で?」
「俺達の団長が国王の相談役に会いたいってよ。共和王国にも無関係じゃない、重要な要件だって伝えてくれ」
「分かりました。クラルス殿に御伝えします」
対応した兵士はそう答え、警備を他の兵士達に任せながら王城内へ向かう。
それを聞いていたエリクは、首を傾げながらワーグナーに問い掛けた。
「クラルス?」
「共和王国の偽名だよ。本名だと都合が悪いだろ?」
「誰にも気付かれていないのか? 奴の正体に」
「今のとこはな。ただ帝国の人間が来た時には、流石に隠れるようだがな」
「そうか」
そうした話を行いながら待っていると、先程の応対した兵士が戻って来る。
すると訪れた二人を王城へ通し、奥に設けられている執務室へ通された。
そこで待っていたのは、目的とするクラウスともう一人。
髪に寝癖が残ったまま眠そうな表情を浮かべて執務机の椅子に座る、国王ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンドだった。
すると寝惚けている国王の隣に立っているクラウスが、腕を組みながら問い掛ける。
「――……唐突な訪問だな、エリク。重要な話という事だが、どういう用件だ?」
「メディアという女について知りたい」
「なに、メディアだとっ!?」
「!」
「ヒャァッ!?」
開口一番でメディアの名を発したエリクに、クラウスは凄まじい剣幕で怒鳴る。
それにエリクやワーグナーは驚き、寝惚けていたヴェネディクトは隣で発せられた大声に仰天し椅子から転倒しそうになった。
そんな国王の事など気に掛けず、クラウスはエリクの方へ歩み寄りながら問い掛けて来る。
「お前、まさかメディアと会ったのかっ!? 何処にいたっ!?」
「い、いや。俺は知らない。それをお前に、聞きに来た」
「……チッ、そうか」
メディアの居所を逆に問い詰めて来たクラウスに、エリクは驚きながらも返答する。
すると舌打ちを鳴らしながら溜息を漏らすクラウスは、興奮した様子から一気に気分を下げて長椅子に腰掛けた。
そんな情緒を不安定にさせるクラウスに、エリクは問い掛ける。
「お前も、その女が何処にいるか知らないのか?」
「知っていれば、私も追いかけているさ」
「追いかける?」
「アルトリアが生まれて半年程が経った後、メディアは私達の前から姿を消した。それ以降、その行方は分かっていない」
「それは、確かに書いてあった」
「メディアの実力を考えれば無事だとは思うが、それ故にどんな無茶をしているか分からん。……何より私は、メディアを今でも愛しているからな」
苦笑を浮かべるクラウスはそう話し、行方不明になっているメディアについての未練を語る。
それを聞いたエリクは、改めてその人物について問い掛けた。
「そのメディアという女について、お前が知っている事を教えてくれ」
「何故メディアの事を聞きたい?」
「今、アリア達や俺はある特別な権能を持つ者達を探している。そのメディアという女も、その一人かもしれない。だから、その行方を知れる手掛かりが欲しい」
「……手掛かりがあれば、私がとっくに見つけているさ」
「俺は、その女について何も知らない。だから、教えてくれ」
「……いいだろう、知る限りの事は教えてやる。……まぁ、対面へ座れ」
向かい側の長椅子に腰掛けるよう勧めるクラウスに応じて、エリクとワーグナーは座る。
すると片隅で加わる国王を他所に、改めて向かい合うエリクにクラウスは話し始めた。
「メディアと初めて会ったのは、私が七歳の頃。ログウェルが皇族の住んでいた帝城に五歳前後に見える少女を連れて来た。それがメディアだった」
「!」
「ログウェルが旅の途中で拾ったらしい。しばらく人間社会の常識を学ばせる為に、帝都に置いて欲しいと皇帝に頼んでいた。皇帝はそれを受諾し、しばらく私達と共にメディアは帝城で暮らしていた」
「……王族でもないのに、城でか?」
「ああ。ログウェルからの頼みという事もあったが、その時のメディアは人間社会の常識を何も知らなかったようだ。言葉も碌に知らず、物珍しく帝城や帝都の中をよく見て回っていた」
「そうなのか」
「だがそれに反して、メディアの物覚えの良さは常軌を逸していた。僅か二日で帝国語を習得し、一週間も経てば他国の言語すらも理解して話せるようになっていた。……それだけではない。皇族に混じって学ぶ魔法学や戦闘訓練も、僅か一日で教師役だった騎士団団長と宮廷魔法師の実力を容易く追い越した」
「!!」
「魔法も全ての属性に適応しあらゆる魔法を行使できるようになり、更にあらゆる知識を自分から積極的に学び、自分の知らないあらゆる未知へ挑み達成していった。……私達は悟った。メディアこそ、本物の『天才』であると」
「天才……。……アリアのようにか?」
「アルトリアか。確かにメディアを血を引くだけあって、娘にも数多の才覚はあった。……だが、それは『才能』があるというだけで『天才』ではない」
「!?」
「この世に『天才』と呼ぶべき者がいるとしたら、メディアをおいて他にはいない。メディアから言わせれば、他の者達は『凡人』以外の何者でもないのだろうからな」
幼い頃のメディアについてクラウスは話し、その実力の変容を『天才』という言葉で言い表す。
更に父親として手に負えていなかった自分の娘以上の存在だと明かすクラウスの言葉は、誰よりもそれが事実である事を重く見せた。
そんな話を聞いていたワーグナーは、首を傾げながら問い掛ける。
「アンタが言うことだから、そういう女が本当に居たことを疑うわけじゃないがよ。流石に誇張が過ぎねぇか?」
「……私が統治していた帝国領西部のローゼン公爵領地。領地の八割を僅か二日で開拓し終えたのは、メディアだ」
「!?」
「ただ一人で魔法を行使し、魔物や魔獣の温床となっていた森林や湿地帯を伐採し、荒れた土地を潤し、水源の足りぬ場所を湖で満たす。更にログウェルとの旅で得たであろう様々な知識を開拓民に与え、その後に帝国内での事業を発展させた。……僅か五年余りの時間で、メディア一人の手腕で公爵領地は出来上がった」
「……!?」
「しかも開拓をした理由が、妊娠中の憂さ晴らしだ。随分な話だろう?」
「……そんな女が居たら、もっと帝国で有名になっててもおかしくないだろ……!?」
「メディアは常に、姿を変えていたからな。だから関わりを持った者でも、それを同一人物とは思わなかった者が多い」
「姿を変えてた……? 魔法か何かでか?」
「いいや、魔法だけではない。実際に自分の肉体を操作し、容姿どころか性別すらも変えられた。普段は女の姿をしているがな」
「!?」
「せ、性別……!? なんだよ、そりゃ……!?」
「時には私の姿を模して、開拓事業を進めていた事もある。……どうして私が帝国でアレほどの知名度を得たか、これで理由が分かっただろう?」
「……まさか、アンタの偉業は……ほとんどその女が……!?」
「私はメディアにとって、体のいい隠れ蓑だったのだ。自分の知識を試し、帝国を実質的に支配できる程の領地経営を行う為の、実験場としてな」
「……!!」
クラウスは今まで秘匿しているローゼン公爵領地の短期間で領地開拓と繁栄の裏側に、メディアが深く関わっている事を明かす。
それを聞かされた者達は、帝国の四割以上を占める公爵領地をたった一人の女が作り出したという情報に、困惑を浮かべるしかなかった。
こうしてクラウスの口から、『天才』メディアの実態が明かされ始める。
それは人間である事すらも定かではない、真偽不明の異常な存在だった。




