憎悪の連鎖
アルトリア達と同様に自らの意思で創造神の欠片を持つ者を探し始めたエリクは、その人物と思しき女性の情報を知る。
そしてその情報を知るかもしれない元皇国騎士ザルツヘルムと会うべく、彼が拘束されている孤島へ辿り着いた。
更に隠されていた魔鋼の施設へ侵入しようとし、『青』に発見される。
そこでアルトリア達の行方を聞きながら、二人は同行する形で拘束されているザルツヘルムと面会した。
暗闇の中で床へ座っていたザルツヘルムは瞼を開き金色の瞳を見せながら、訪れた『青』とエリクを視界に捉える。
すると改めて二人に声を向け、訪問の理由を尋ねた。
「何の用だ。……ウォーリス様が目覚めたか?」
「確かに、ウォーリスは目覚めた。だがわざわざ、お前にそれを伝える気など無かったがな」
「それはそうだな。なら、他の理由は?」
「儂ではない。……この男が、お前に聞きたい事があるそうだ」
「……そうか。やっと来たか」
訪問理由がエリクにある事を知り、ザルツヘルムはそうした言葉を零す。
彼がエリクの訪問を予期していたかのような発言に、エリクは訝し気な視線を向けながら尋ねた。
「俺がここに来るのを、分かっていたのか?」
「まさか。私は『黒』の七大聖人と違って、未来など視えない」
「なら……」
「だが、お前が私に会いたい理由は考えられる限り一つだけ。――……どうして私が、お前が属していた黒獣傭兵団に冤罪を着せるようウォーリス様達に依頼したか。それを聞きに来たんだろう?」
「……!」
聞きたかった事の一つを言い当てたザルツヘルムに、僅かに瞳を見開いたエリクを驚きを見せる。
しかしザルツヘルムは嘲笑するように口元を微笑ませ、自分から事の事情を話し始めた。
「どうやら、図星のようだな。……お前が皇国兵の訓練所に現れた時、私はてっきりその事を知って復讐に来たのではないかと誤解していたくらいだ」
「……お前は初めから、俺が誰か気付いていたのか?」
「私はウォーリス様達と連絡を取り合い、訪れるお前達に試練を課す準備を整えていたんだ。実際に姿は見た事が無くとも、その風貌で分かる」
「……だからそのまま、俺を訓練所に居続けさせたのか?」
「そうだ。当初の計画通り、お前を合成魔人や合成魔獣と戦わせる予定だった。その為に、あの遠征訓練を取り入れたんだからな」
「……ッ」
「だが基地内でお前が姿を消した為に、私は訓練兵達を囮に使った。基地施設に潜入しているであろう、お前を炙り出す為に。……だがお前ではなくマギルスという少年が乱入した事で計画は崩れ、私は死んでしまった」
「だが、お前はウォーリスの死霊術で蘇った」
「……私の首を持ち帰った悪魔によって魂を留められ、ゲルガルドの研究施設で保管されていた合成魔人の肉体と結合した。……その時には既に、ナルヴァニア様が処刑された後だった」
「ナルヴァニア……。……確かウォーリスの母親で、皇国の女皇だったか。だからお前は、皇王の命令に従っていたのか?」
「違う」
「!」
「私は女皇に従っていたのではない。……ナルヴァニア様だからこそ、私は己の忠義を全て捧げた。あの方に忠義を尽くす為に、騎士となったのだ」
鋭い眼光と共にそう言い放つザルツヘルムの言葉に、エリクは重く固い決意が乗せられている事を察する。
すると二人の会話を聞いていた『青』が、ザルツヘルムに対して皮肉にも似た言葉を向けた。
「奴はウォーリスに従っていたのではない。忠義を捧げたナルヴァニアの遺言に従い、息子であるウォーリスに協力していた」
「!」
「奴の言い分としては、忠義を向けるべき相手はただ一人。ナルヴァニアだけだったようだな。でなければ、その息子の計画にも加担はしなかったのだろう」
「……何故お前は、その女に従い続けたんだ? そして何故、ウォーリス達に黒獣傭兵団の冤罪を依頼した?」
ザルツヘルムから数多の供述を聞いた『青』は、その見解から彼がウォーリスに加担していた理由を端的に伝える。
それを聞いたエリクは、ナルヴァニアに対する高過ぎる程の忠誠心と、それに関わる黒獣傭兵団の冤罪依頼について改めて疑問を向けた。
すると金色の鋭い眼光を床に傾けたザルツヘルムは、その理由を語り始める。
「……私は、娼婦の子だった」
「!」
「赤子の頃、私は皇国の流民街にある娯楽街道の片隅に捨てられていた。どうやら母親は私を身籠った事を知った時点で、おろす事は難しかったようだな。育てる気も無く、生まれて間もない私を捨てたらしい」
「……」
「私は娼婦の子として拾われ、孤児奴隷となった。……だが当時の皇国は、奴隷制度に関する政策に力を入れていなかった。孤児奴隷もその影響を受け、まともな環境を与えられず、悪辣で悪意の宿る周囲に振り回される生活を余儀なくされた」
「……ッ」
「そんな私を救い出したのが、ナルヴァニア様だった。……彼女はルクソード皇族の皇女として、国内の奴隷政策に関する改善案を義父である皇王に提案していた。そして彼女の義兄で皇太子だったエラクを上手く導き、それに賛同させて政策案を了承させた。その手腕は、実に見事だったと聞いている」
「……何故ナルヴァニアは、それを?」
「彼女は御忍びで、幾度か流民街にも訪れていたらしい。その時に実情を把握し、奴隷政策に対する改善と法案の訂正を提唱したようだ。……特に娼婦の子が集められた孤児奴隷の施設は、奴隷の環境の中でも最悪だったからな」
「!」
「顔の良い女児や男児は否応なくその手の客に売られ、顔が悪ければ下働きだ。例え自分を買える程の金を稼ぎ終えて奴隷から解放されても、金の稼ぎ方などそれ以外は知らないし、居場所も無い。……そうした生き方から逃れられなかったのが、私達のような娼婦の子だった」
「……ッ」
「彼女はそんな生き方しか学べないはずの私達を救い、別の生き方へ導いてくれた。……あの日。私達が暮らす奴隷館に訪れ私達を買い、そして自分の屋敷へ招き様々な将来へ必要となる教育を施してくれたのがナルヴァニア様だった」
薄暗い天井を見上げながら、金色の瞳で過去の出来事をザルツヘルムは見つめる。
それは真っ暗な世界に囚われ続けた少年に手を差し伸べ、優しく微笑みながら明るい場所へ導いてくれる女神のような存在。
その女神こそがナルヴァニアであり、ザルツヘルム達のような境遇の孤児奴隷に未来を与えていた事を知ったエリクは、改めて尋ねた。
「それが、その女皇に従い続けた理由か?」
「それも有る、というだけの話だ」
「……どういう事だ?」
「それだけしか理由が無ければ、彼女に忠実で在ろうとはしなかった。……ナルヴァニア様は、私達以上の孤独を感じていたことを知っていたからだ」
「!」
「彼女は皇女という立場に在り、国の重鎮達よりも遥かに物の見方を正しく捉え指摘する事が出来た。それ故に権力を利用したいだけの周囲からは疎まれ、後ろ盾となる貴族家も持てず、他皇子達と比べても遥かに冷遇される立場だった。……それ故に彼女の義父は、ゲルガルド伯爵家に嫁ぐよう命じた」
「……」
「そんな彼女に対して心配し傍に居続けたのは、彼女を慕う私達や末妹であるクレア様だけだった。それでも彼女は皇女としての矜持を頼りに、ゲルガルド伯爵家への嫁入りを受け入れた。だからこそ私達もそれを受け入れ、彼女が居なくなった皇国で自分の研鑽を積み、いつか彼女の下に仕えるべく努力を続けた。……だがナルヴァニア様は、十年にも満たぬ間に皇国へ戻って来た。皇国に居た時とは比べ物にならぬ程、荒んだ姿で」
「……!!」
「当たり前だろう。自分を支えた皇族としての矜持が偽りの血で彩られていたことを、ゲルガルドに告げられたのだ。……彼女は疑心暗鬼に陥ったまま帰郷し、改めて自分が皇国内で冷遇されていた理由を理解させられた」
「……憎んだのか? 騙していた者達を」
「私がそれをナルヴァニア様に教えられた時、確かに皇族と皇国貴族達を嫌悪し憎悪した。だがその時点では、ナルヴァニア様はただ動揺しているだけだった。……本当に皇族や皇国貴族達を憎み始めたのは、義兄である先皇に毒を盛った後だ」
「毒を盛ったのに、憎んでいなかった?」
「元々彼女は、義兄を殺すつもりなど無かった。解毒剤も用意した上で、自分に対する周囲の反応を確認したかっただけだ。……しかしその反応を知った時、ナルヴァニア様は本当の意味で皇族と皇国貴族達を憎悪できた」
「……」
「彼女の出生を知る者達。特に皇族とハルバニカ公爵家は、他貴族家に比べれば遥かにマシな態度を見せていたが、実情は違った。……処刑せざるを得なかった貴族家の生き残り。その憐みと後悔を背景にして、彼女自身を何も見ていなかったからだ。……だからこそ皇族と皇国貴族、そしてゲルガルドに対する復讐を彼女は決意した」
「……それで、孤独か」
「そうだ。私達と同じく、ナルヴァニア様は孤独だった。本当の名を奪われ、信頼していた家族から欺かれ続け、まるで見世物の道化のように生かされ続けていたのだ」
「……」
「私は彼女の悲哀と憎悪を理解したからこそ、自分の意思で誓った。孤独の中で望まぬ生を持たされた理解者として、彼女の味方で在る為に」
「……生かされ続けた、か」
ナルヴァニアに対する忠誠の理由を明かしたザルツヘルムの言葉を聞き、エリクは初めて彼等の奥底にある感情が自分とは真逆なのだと察する。
孤独の中で生まれ死の淵に立ちながらも生きたいと願ったエリクと、孤独の中で生かされ続けた事を憎悪するナルヴァニアやザルツヘルム。
生きる為の向き合い方が全く異なる二人は相容れぬ存在なのだと知ると、エリクはそれを否定する事も肯定する事も出来ずに口を噤むしかない。
そうした影のある表情を浮かべるエリクに、ザルツヘルムは更に言葉を続ける。
「その過程で私達は知った。復讐すべき対象が、更に二つも存在する事を」
「!」
「一つは、フラムブルグ宗教国家。あの国の上層部はゲルガルドの思想に支配され、様々な出来事に暗躍していた。……その一つとして起きていたのが、ナルヴァニア様の一族を処刑させた皇王暗殺の冤罪事件だ」
「……!!」
「そして宗教国家から派遣された実行犯についての情報が齎され、ナルヴァニア様はベルグリンド王国に食い込んでいたウォーリス様達を通じて実行犯の行方を調べさせた。……そして見つけた。実行犯の消息と、それが発足した傭兵団の存在を」
「……まさか、それが……」
「ガルドニア=フォン=ライザック。元代行者にして、王国男爵の地位に就いた男。奴は自ら男爵の位を捨て『ガルド』と名乗り、黒獣傭兵団を作り出していた」
「!!」
「だがガルド本人は既に魔獣討伐で死去し、復讐の対象と出来なかった。……だが奴の作った傭兵団は、その弟子達によって存続し続けていた」
「……だから黒獣傭兵団を冤罪に追い込むよう、ウォーリス達に依頼をしたのか」
「そうだ! ナルヴァニア様の一族を冤罪に追い込んだ時と同様に、不本意な冤罪を着せて黒獣傭兵団の居場所を奪う。そして汚辱と絶望の中で生かし苦しませ続ける。……それが輪廻にいる復讐対象への報復にもなるからな」
金色の瞳に憎悪を込めながら、ザルツヘルムは黒獣傭兵団に対する冤罪の依頼がどのような意図で行われたのか教える。
それは亡き暗殺者に対する報復であり、その意思と傭兵団を継いだ自分達を憎悪で塗り潰さんとした復讐劇の一つだった。




