繰り返さぬ過ち
輪廻からリエスティアの魂を呼び戻したアルトリア達一行は、ガルミッシュ帝国に赴き勝手に連れ去ったシエスティナを両親と祖父母と共に帰還させる。
そんな彼等を出迎えるのはローゼン公爵家当主であるセルジアスであり、帰還した者達を見る彼はそれぞれに違う表情を見せた。
特に三年前に帝都を襲撃し十八万人以上の死者を出した首謀者に対して、セルジアスの表情や言葉は殊更に厳しい。
しかし担架に乗せられ腕や顔に亀裂のような傷跡が見える彼の姿を目にし、セルジアスは憤りを抑え込むようにその場の全員に聞こえる声を向けた。
「屋敷に部屋を用意しています。家令達が案内をするので、御同行を。――……よろしいな? ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド」
「……構わない」
「ローゼン公、彼は……」
「話は屋敷でしよう、ユグナリス。リエスティア殿も、それでよろしいですね?」
「……はい」
セルジアスは訪れた一行を外から本邸内に案内させ、一階に設けられた客室に移動させる。
しかしその途中でセルジアスは別の場所に赴き、後ほど来る事を伝えた。
客室にはリエスティアとウォーリスの為に用意している寝台も置かれており、二人は覚束無い身体をそこに運ばれる。
そして他に用意された長椅子や椅子に、それぞれの面々が腰掛けた。
すると家令や侍女がそれぞれに飲み物を用意し、それぞれが飲み物を口にしながら緊張感を持った表情を浮かべる。
特にユグナリスとリエスティア、そしてカリーナの表情の強張り方は他の者達より一層深く、これから話されるだろうウォーリスの処遇について心配する様子を浮かべていた。
それから十分程が経った後、彼等が居る客室にセルジアスが訪れる。
しかもその背後には、もう一人の人物が同行していた。
「!」
「クレアお婆ちゃんだ!」
「――……無事なようで安心したわ、シエスティナ。……ユグナリスも、そしてリエスティアさんも」
「母上、戻りました」
「皇后様……」
共に客室に入ったのは、ユグナリスの母親である帝国皇后クレア。
彼女はシエスティナが駆け寄り呼ぶ声を聞いて微笑みを返し、その先に居るユグナリスとリエスティアの姿に安堵する様子を見せた。
しかしその隣に居るウォーリスの姿を見て、僅かに表情を暗くする。
そして彼から視線を逸らしながら一行と対面するように向かい側の椅子に腰掛けると、セルジアスはその傍で立ったまま話を始めた。
「――……お待たせした。本来なら夕食を振る舞い御休み頂きたいところですが、今回の件は早急に話を終えてしまいたい。なので申し訳ないのですが、暫くこちらの話を聞いて頂きます」
「……」
「そして今回の話には、クレア様も参加したいということです。その上で、皆様には御協力と御了承を頂きます」
改まるように伝えるセルジアスは、そうした状況に誰も反対し異論を口にしない事を確認する。
そして瞼を閉じて一息を吐き出した後、今回の話し合いを始めた。
「話の議題は、単純ですが複雑です。――……そこに居る、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。彼を今後、どのように扱うかという話です」
「……ッ」
「『青』の七大聖人を通じて、三年前の事態の要因を各国の上層部は把握しています。また彼に付き従っていたアルフレッドやザルツヘルムの供述から、今まで各国で起きていた様々な問題が彼等の主導によって行われていた事も確認されました。……各国の上層部からは、彼の処遇について一致した意見が伝えられています」
「……」
「ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルドは、早急に処刑すべきだと」
「!?」
「ローゼン公ッ!!」
冷静ながらも厳しい言葉で各国のウォーリスに対する結論を伝えるセルジアスに、一同は目を見開く。
特にカリーナとリエスティアは動揺を強め、ユグナリスは椅子から立ち上がりながらその結論を止めようとした。
しかしそれを抑えるように右手を向けたセルジアスは、ユグナリスを宥めながら話を続ける。
「話は最後まで聞くんだ、ユグナリス」
「……ッ」
「各国は彼を危険人物であると判断し、処刑が最も望ましい結果だと考えている。それを公然とするか内密とするかは意見が分かれているけれど。……そして処刑について、私やゼーレマン侯爵家、そして現存する各貴族家も賛同しているよ」
「ローゼン公……ッ」
「……だが、その処刑案に反対された方がいる。私もその方の意思を尊重し、最も被害が大きい帝国がウォーリスの処遇についての決定権を委ねるよう、各国に求めた」
「!」
「結果、ウォーリスの処遇についての決定権は帝国に移譲されたよ。四大国家の首席国であるフォウル国からも使者が赴き、その決定に反する国には制裁を行う事を告げてくれた」
そう伝えるセルジアスの言葉に、動揺していたユグナリスは落ち着きながら椅子に腰を戻す。
そして今の話を聞いて、帝国貴族達が一致させているウォーリスの処刑に反対する意思を通せた人物に視線を向けながら彼は問い掛けた。
「……ウォーリス殿の処刑を反対なさったのは……母上なんですか?」
「……そうです」
「!」
ユグナリスの言葉を聞き、幾人かが処刑案を反対した人物が目の前に居る皇后クレアだと知って驚く。
そして改めてウォーリスを見るクレアは、悲し気な瞳を見せながらも反対した理由を教えた。
「貴方の境遇も、そしてそれを行うだけの理由も、ユグナリスや他の方達から聞きました。……私には想像を絶するような苦労を、貴方は幼い頃から強いられていたのですね」
「……私への同情心で、反対されたのですか?」
「いいえ。それだけならば、私も貴方を処刑する案に賛同したでしょう」
「ならば、何故……?」
「貴方がそうした境遇に遭ったことにも気付かずにいたのは、帝国の落ち度です。また帝国貴族家の一つであるゲルガルド伯爵を制御できず、その内情を放置したままだった事も責任として感じています」
「……そもそもゲルガルドは、各国にそうした支配層を築いていた。それに奴自身の実力も、例え帝国の総力を持ってしても傷一つ付けられない。だから私は帝国に頼らなかっただけで、貴方達が責任を感じる必要は無い」
「いいえ。貴方にそう思われ、頼られるような存在に帝国はなれなかったのです。……一人の子供も救う事が出来ない国の在り方にしたのは、私達のような皇族の責任です」
「……」
「貴方の御母様。ナルヴァニア姉様は、そうして助けを求める一人の子供を救える国の在り方を作るべきだと、よく私に話してくれました。そして姉様は皇国の女皇となって、それを実行していたのでしょう。……必死に助けを求める自分の子供を、救いたいという想いで」
「……!」
「私はそんなナルヴァニア姉様が女皇になってから、昔と変わってしまったと誤解した。そして彼女の想いにも気付かずに、ただ自分の幸福ばかりを考えてしまっていた。……それをとても、情けなく思います」
ウォーリスの境遇に気付かず、またそんな息子の状況を必死に改善しようと女皇になる決意をしたナルヴァニアの想いを理解していなかった事に、彼女を親しく思っていた義妹のクレアは深い悲しみを浮かべる。
そして右手に持つ手拭で瞼から漏れる涙を拭うと、改めてユグナリスを見ながら話を続けた。
「……その結果、帝都は滅び……多くの者達と共に皇帝ゴルディオスは死にました。……そうした結果となってしまったのは貴方達のせいだけではなく、帝国を任される皇族の怠慢が招いたこと。それに帰結します。……私の息子がそう言った意見に、私も賛同したまでです」
「母上……」
「ただ貴方を危険だからと処刑しそれを良しとするのは、必ず次の災いを招きます。……私は前皇帝の妻として、そして次期皇帝の母親として、それを良しと考える事は出来ません」
「……」
「例え人類が幾度も過ちを繰り返す存在だとしても、現在を生きる私達が同じ過ちを繰り返してはいけないのです。……改めて言いましょう。私は、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルドを処刑する案に反対します」
そう告げる皇后クレアの姿を見て、その場に居る全員がその意思が固い事を分かる。
最愛の夫である皇帝を目の前で殺され、更に多くの臣下や国民を殺害されながらも、クレアの心は未来の帝国を見据えている事が理解できた。
そうしてクレアの意見が改めて伝えられた後、一区切りの間を置いてセルジアスが言葉を発する。
「……現在は亡き皇帝ゴルディオス陛下に代わり、皇后クレア様が皇帝代理としての職務を全うされています。彼女が現帝国の代表者である以上、我々のような帝国貴族もその意思を尊重すべきだというのもまた、一致した意見です」
「!」
「なので、ウォーリスの処刑を帝国では実行するつもりはありません。……ただ問題なのは、彼をどう罰し今回の事態を償わせるのか。この点についてはクレア様や私が話し合い、各貴族家の納得を得て決めたいと考えます」
「そ、それじゃあ……!」
「一先ずは、彼とその家族……つまりカリーナ殿やリエスティア殿、シエスティナの身については安全が保障されたということだよ。分かったかい? ユグナリス」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ただ、再び帝国に害を成す行動をした場合。我々としては容赦なく、貴方を処するつもりです。よろしいな? ウォーリス殿」
「……分かった」
セルジアスはそう述べ、害を与えない限りウォーリスとその血縁者達に対する帝国内での安全を保障する事を約束する。
それを聞いたユグナリスは喜びを見せ、カリーナやリエスティアも安堵するような様子を浮かべた。
それにウォーリスも素直に応じ、改めて彼の身柄はガルミッシュ帝国の皇帝代理である皇后クレアに預けられる事になる。
こうして彼等は、一時的ながらも安住できる場所で暮らす事が出来るようになったのだった。




