目覚めの間
リエスティアの魂を掬い上げ輪廻の世界から脱出を試みるアルトリア達だったが、今回の事態によって生まれた犠牲者達の魂によってその行く手を阻まれる。
しかしアルトリアの脅迫と輪廻を管轄する『白』により死者達の妨害は途絶え、彼等は輪廻からの脱出と現世への帰還を成功させた。
それから視点は変化し、場面は現世へ移る。
マシラ共和国の王宮内にある一室にて、エリクやケイル、そしてマギルスやゴズヴァール達も輪廻へ赴いた者達の帰還を待っていた。
「――……アリア……」
眠るように横たわるアルトリアの顔を見下ろすのは、表情を強張らせているエリクがいる。
更に眠る彼女の隣には、幼いシエスティナとその父親であるユグナリスも同じように眠っている様子が見えた。
そんな彼等を同じように見ているケイルは、傍に立つマシラ王ウルクルスに問い掛ける。
「アリアの言う通り、アタシ等も輪廻に行けないのか?」
「……これだけの生者が輪廻に赴くと、死者達に存在を気付かれる。特にこの男の目論見で犠牲となった死者達は、まだ送られて日が浅い。自分達を殺めた存在が輪廻に居ると分かったら、彼女達の帰還を妨害する危険性が高いだろう」
「それで、最低限の人数ってワケか」
「いや、この人数でもいずれは気付かれるだろう。生者の存在を輪廻が許容できるのは、三人までが限度だと伝えられている」
「おいおい、合計すれば倍の六人が行ってるんだぜ。……マジで大丈夫なのかよ……」
輪廻に生者が赴く危険性を改めて伝えるウルクルスの言葉に、それを聞いていたケイルや一同は深刻な表情を浮かべる。
そうした表情を各々が見せる中、屈みながらシエスティナの顔を覗き込んでいたマギルスだけは興味深そうな顔を見せていた。
そんなマギルスに、ケイルは訝し気な表情を浮かべながら問い掛ける。
「マギルス、さっきからどうしたんだよ?」
「……僕、未来で聞いてるんだよね。『黒』が砂漠で死んだ後のこと」
「え?」
「次に『黒』が転生した時には、ある人から生まれそうだったらしいんだけど。その人が死んで生まれそうだった『黒』が死んで、結局その時の転生は失敗したんだって」
「……それが今の状況と、何か関係あるのかよ?」
「だってこの子って、そこの帝国皇子とリエスティアって人の子供なんでしょ? だったら多分、そうじゃないかな」
「え……?」
「……まさか」
マギルスはそう語り、シエスティナを覗き込みながら興味深そうな視線を向けている。
それを聞いていたケイルとエリクは、目の前に眠っている少女について初めて明かされた情報を聞いた。
「……ッ!!」
「なんだっ!?」
しかし次の瞬間、その疑惑染みた視線が別の光景に注目を始める。
それはマシラの秘術である魔法陣が刻まれた羊皮紙が輝き出し、そこから六つの光が飛び出ながら眠る者達の身体に浴びせられた。
それに驚愕する一同の中で、その現象を最も知るウルクルスとゴズヴァールが声を発する。
「彼女達の魂だ!」
「全員で帰還したか……!」
「!!」
二人の声を聞き、エリク達は彼女等の魂が帰還した事を知る。
そして輝いていた六名の身体が通常の色合いに戻ると、全員が緊張した面持ちを浮かべながら眠る者達から距離を開いた。
特に彼等が注意して見ているのは、ウォーリスとリエスティアの二人。
そして各々が身構え、エリクやマギルスも背負う武器の柄に手を掛けながら互いに声を向け合った。
「……もしアリアの奴が失敗してたら、魂の回廊ってので繋がってるあの二人のどっちかにゲルガルドが憑依してるはずだ」
「六人で戻って来たなら、成功したんじゃないの?」
「いや、失敗して追って来た可能性もある。あるいは全員、ゲルガルドに支配されちまったとかな」
「……ッ」
「用心するに越した事はない。全員、迂闊に近付くなよ」
「ウルクルス様、アレクサンデル様。私の後ろに。……テクラノス、分かっているな?」
「うむ」
「……っ」
帰還した彼等の魂がどうなっているのか、予め聞いていた状況からそれぞれが緊張した面持ちで警戒を抱いている。
するとそんな彼等に見つめられた中で、最初に目覚める人物がいた。
それは幼い少女シエスティナであり、静かに瞼を開きながら左右で違う青と黒の瞳を見せる。
すると眠そうな表情で上体を起こし、自分達から離れて見ている一行に微笑みを浮かべながら声を発した。
「――……戻ってきた!」
「!」
子供らしい無邪気そうな笑みと声を浮かべるシエスティナの様子に、全員が驚きを浮かべながらも僅かに安堵した様子を浮かべる。
すると次に目覚めたのは、その隣で眠っていたアルトリアだった。
しかしシエスティナと違い、彼女は不機嫌そうな表情を浮かべながら呟く。
「――……あぁ、もう。やっぱりこの秘術、終わった後の気分は最悪ね……」
「アリア!」
「エリク……。……無事に戻ったわよ。ゲルガルド以外の、全員ね」
「……そうか」
頭痛を感じているアルトリアだったが、呼び掛けて来たエリクに口元を微笑ませながら状況を伝える。
それを聞き状況を理解できた一同は、身構える姿勢を解いて安堵の息を漏らした。
すると起きているシエスティナに興味深そうな顔を向けるマギルスが、歩み寄りながら屈んで問い掛ける。
「ねぇねぇ。君、もしかして『黒』?」
「!?」
「……クロエってだれ?」
「あれ、違うの? ……あっ、そっか。そういえば言ってたね! 次に転生する時は、『黒』の記憶が無いって」
「?」
「僕ね、前の友達と約束したんだ。君とも友達になるって。だから、友達になって一緒に遊ぼう!」
「……友達! うん、いいよ! お兄ちゃん!」
青年姿ながらも幼い笑みで笑顔を向けるマギルスは、友達になる事をシエスティナに提案する。
その意味を理解できずとも無邪気に受け入れる少女は、初めての友達を得る事が出来た。
そんな一連の流れを見せられた一同は、再び起き始める人物に視線を注ぐ。
それはシエスティナの隣で眠っていた、帝国皇子ユグナリスだった。
「――……ぅ……。……こ、ここは……戻って来たのか?」
「あっ、お父さん!」
「……シエスティナ! 良かった、無事だね……!?」
「うん! あのね、友達が出来た!」
「え?」
「このお兄ちゃんだよ! ……えっと、お兄ちゃんの名前……なんだっけ?」
「マギルス!」
「マギルスお兄ちゃん! お父さん、友達になっていい?」
「え……んっ、え……?」
唐突に娘からマギルスを友達にした事を明かされ、ユグナリスは目覚めたばかりで動揺した面持ちを浮かべる。
そんな状況に関わらずに立ち上がったアルトリアへ、ケイルとエリクは歩み寄りながら問い掛けた。
「他の三人は?」
「目覚めるわよ。……ただ……」
「?」
「ゲルガルドの魂を封じ込めたウォーリスは、魂核の損傷が酷い。恐らくその影響が、肉体側にも反映するわ」
「!」
「カリーナやリエスティアの方も、ゲルガルドの瘴気に汚染されてた影響で魂が微妙に変質したし、肉体への戻りが私達より遅くなるかも」
他の三名について目覚めが遅い理由を伝えるアルトリアに、二人は納得した様子を浮かべる。
するとエリクは、今後の事について問い掛けた。
「そうか。……なら、どうする?」
「私はここで、三人の目覚めを待つわ。……マシラ王。しばらくこの部屋、使っていい?」
「ああ、それは構わないが……」
「その間に、この国での小用を終わらせちゃいましょ。それはケイルとエリクに任せちゃっていい?」
「俺達か?」
「そう。私は少し疲れたから、動くの面倒だし。グラシウスから傭兵ギルドに寄るように言われてる件と、あのお婆ちゃんのお墓参り。そのついでに、二人でまたデートでもしてきたら?」
「なっ!?」
余裕のある笑みで提案するアルトリアに、ケイルが驚愕した声を口から発する。
そんな様子のケイルを他所に、エリクは問い掛けた。
「君だけで大丈夫か?」
「大丈夫よ。それにマギルスや馬鹿皇子も残るし、何かあっても対処は十分に出来るわ」
「そうか。……分かった」
「なっ、エリクッ!?」
「ここは、アリアとマギルスに任せよう。――……ゴズヴァール、聞きたい事がある」
「お、おい!」
「じゃ、ケイル。頑張ってね」
「な――……な、なんなんだよ……この状況は……っ!!」
勝手に話を進めていくアルトリアとエリクに、ケイルは困惑した面持ちを浮かべる。
そしてゴズヴァールから老婆の墓がある場所を聞き、エリクは困惑するケイルを連れて王宮の外へ向かい始めた。
こうして現世へ帰還した者達の目覚める待つ間、エリクとケイルはマシラ共和国での小用を終えに行く。
それは数年ぶりに、アリアの事以外で二人が言葉を交える場を改めて設けられる機会でもあった。




