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不気味な老人


 部屋で伏せるアリアの食事を求めて、エリクは宿屋内の食堂に訪れる。

 しかし文字を読めないエリクは、帝国語の料理名が書き並べられた冊子(メニュー)を読めずに悩んだ。


 そんな彼の様子を、横の席に座る白と黒が混ざる髪色の初老男性が見ている。

 その視線に気付いたエリクは、冊子本(メニュー)から目を逸らして老人に問い掛けた。


「……なんだ?」


「ふむ。お前さんは傭兵かな? 随分と鍛えた逞しい体をしておる」


「……そっちは?」


「これは失礼じゃったかな。儂はしがない、ただの旅行者じゃよ」


「そうなのか?」


「そうじゃよ。ほっほっほっ」


「……そうか」


 老人はそう笑いながら答えると、エリクは訝し気な視線を僅かに浮かべる。

 しかしその視線をすぐに下げると、老人が食べている食事を見た。


 すると何かを思い付き、老人に再び問い掛ける。


「そっちが食べている料理は、なんという名だ?」


「ふむ、これか? 魚介のソテーに、海産物(シーフード)のパエリアじゃな」


「そうか」


 老人男性の注文していた料理を見て、エリクはその料理名を覚える。

 そして他の客が手を上げて給仕を呼ぶ姿を真似て、近くに居る給仕を呼んだ。


「注文を頼む」


「はーい、注文をお聞きします」


「魚介のソテーと、シーフードのパエリアを頼む。あと、部屋に居る連れがいるから、持っていける食事を頼む」


「分かりました。持ち帰りの御食事は何になさいますか?」


「簡単な料理でいい、中身は任せる」


「承りました。少々お待ちくださいませー」


 注文を聞いた給仕は厨房へ行き、エリクが注文した料理を伝える。

 それを横で見ていた老人男性は、面白そうに微笑みながらエリクに話し掛けた。


「ほっほっほっ。面白い男じゃな、儂と同じモノを頼む為に聞いたのかい?」


「ああ、すまない」


「ええよ、別に。……見たところお前さん、帝国人ではないな?」


「……どうして、そう思う?」


「儂は旅行者だと言ったろう? その者の纏う雰囲気で、その国の生まれか生まれではないの違いが分かる。少なくとも、帝国人にお前さんは思えぬよ」


「……そうか」


「何処から来なさった? 儂と一緒の船に乗って来たような感じでは無いようじゃし」


「船?」


「南からの定期船じゃよ。儂はつい先日、この港町に着いたばかりでな」


「そうなのか。……んっ、定期船はもう来ているのか?」


 何気無い老人との会話から、エリクは自分達が乗る予定の定期船が既に到着していることを知る。

 そのことを老人に問い掛けると、彼は微笑みながら答えた。


「そうじゃよ。お前さん、定期船に乗りに来たのかね?」


「そうだ。定期船は、もう出発してしまったのか?」


「まだじゃよ。定期船は港に到着した後に、補給と船員の休暇に五日間ほど港に滞在するのじゃよ。確か、二日後に南行きの定期船が出航するはずじゃ」


「二日後か」


「お前さんの質問に答えたんじゃ。儂の質問にも、答えてくれんかの?」


「質問?」


「お前さんが、何処から来たのかじゃよ」


 二日後に定期船が出航する情報が、老人男性から得られる。

 しかし代償としてエリク自身の情報を求められると、彼は少しだけ悩みつつも素直に答えた。


「俺は、王国から来た」


「ほぉ、王国とは隣国のベルグリンドかね。して、王国から来た傭兵のお前さんが何故ここに?」


「……護衛として雇われて、南の国に行く予定だ」


「ほぉ、なるほど。ならお前さんの身元は、雇い主が保証済みか。ならば良かろう」


「どういう意味だ?」


「時に居るのじゃよ。不法に入国し、国内に居座る不届き者がな。お前さんの場合、何か身元を保証できる程の役職か、帝国でそれ相応の地位に就く者から身元を保証された上で、帝国に入国しておるのじゃろ? でなければ、この宿に泊まれるわけがないからの」


「あ、ああ。そうだな」


「しかし他国から雇われるとは。お前さん、よほど王国では名の通る傭兵じゃったのか?」


「ど、どうだろうな」


「ふむ。……お前さん、王国のエリクという傭兵を知っておるか?」


「……し、知らないな」


 老人の質問に答えていく中で自分の名を唐突に出されたエリクは、内心で動揺しながらも首を横に振って答える。

 その内心を老人は知ってか知らずか、王国の傭兵エリクについて話を続けた。


「なんでもベルグリンド王国では、一・二を争う傭兵らしいのぉ。黒髪に黒い瞳を持つ野獣のような形相に、逞しい肉体と背負う黒い大剣。そして黒布と黒鉄の装備を纏っておるそうじゃ。この十年で帝国でも名を知られ始めた男のようでな、魔物や魔獣さえ素手で千切って投げるそうじゃよ」


「そ、そうか」


「……時にお前さん、黒髪に黒い瞳じゃな? 服も黒いし、その体躯に鍛え抜かれた逞しい身体……」


「……」


「まさか、傭兵エリク本人……な、ワケがないか。ほっほっほっ」


「は、はは……」


 微笑みながら語る老人に対して、エリクは内心で冷や汗を掻きながら愛想笑いを浮かべる。

 そしてエリクの料理が届くより先に、食事を食べ終えた老人が席から立ちあがった。


 すると金銭となる銀貨を複数ほど机に置いてから、去り間際にエリクを見て軽く挨拶を述べる。


「美味い食事は一人で楽しむものじゃが、たまには誰かと話しながら食べる食事も楽しかったわい。感謝するよ、お若いの」


「あ、ああ」


「ではな、傭兵エリク……と、似ている姿の傭兵よ」


「……」


 微笑みながら別れの挨拶して去っていく老人を、エリクは黙ったまま見送る。

 そして老人と入れ替わるように給仕が訪れ、注文したエリクの料理が机に置かれた。


 それから先程までの焦りを解消するようにエリクは料理を胃袋に収め、食べ終わった後に老人を真似て銀貨を同じ数だけ机に置く。

 そして給仕が持って来た弁当を受け取り、その代金である銀貨一枚を払ってアリアが居る部屋へ戻った。


 しかし戻った時には、アリアは寝台(ベット)で完全に熟睡している。

 それを見たエリクは持ち帰った弁当を傍の机に置き、部屋に置いていた大剣を持った。


 そしてもう一つのベットでエリクは寝ようとはせず、出入り口の扉が見える廊下に座りながら呟く。


「……まるで、魔獣のような男だった……」


 僅かな冷や汗を額から流すエリクは、脳の一部を意識的に緊張させたまま大剣を抱えて座ったまま眠る。

 エリクはその時、先程の老人がこの部屋に押し入る事を危惧し恐れているようだった。


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