託される未来
脅威となるアルトリアから逃れて現世に在るリエスティアの肉体に逃げようとしたゲルガルドだったが、その道筋を『白』に阻まれる。
そして『虚無』の世界に放り込まれ、死者達の意思によって存在そのものが消滅した。
そこで場面は理想へ戻り、浮遊するアルトリア達に移る。
ゲルガルドが操り一斉に襲って来た瘴気だったが、そこで状況が変化していく。
制御を離れた瘴気の動きが徐々に弱まると、完全に停止していたのだ。
それを見ていたウォーリスやユグナリスは、その状況を理解できずに動揺した面持ちを浮かべる。
「――……瘴気が止まった……。……どういうことだ?」
「これも、お前が何かやったのか? アルトリア」
そう尋ねながら二人は視線を向けると、アルトリアは平静な様子を見せ続ける。
すると状況を理解していない二人に、呆れるような溜息を向けて伝えた。
「瘴気を操ってた魂核が、消滅したのよ」
「!?」
「な……っ」
「私の脅威を見たゲルガルドは、真っ先に逃げる事を選んだ。そして魂の回廊を利用して、リエスティアの肉体に戻ろうとする。……私がその回廊を、そのままにして輪廻に来るはずないでしょ?」
「なんだと……?」
「……そうか。だから輪廻に来る前に、シエスティナの血を……!」
「!」
ゲルガルドの逃亡を予期していたアルトリアは、リエスティアと繋がる魂の回廊に細工をしていた事を話す。
それを聞いていたユグナリスは、自分の娘へ視線を向けながら察する言葉を零した。
するとアルトリアも振り向き、シエスティナを見ながら微笑みを浮かべる。
「そう。この子とリエスティアに魂の回廊を繋いで、魂内部から伸びてるリエスティアへ繋がる回廊を見つけ出した。そしてその回廊を通って逃げるゲルガルドの魂核が、全く違う場所へ行くよう細工したのよ」
「違う場所?」
「丸裸同然の魂核だけじゃ、存在すら出来ない場所。私達が随分と彷徨ってたところね」
「……確か、『虚無』の世界というところだったか?」
「そう、それ」
「じゃあ、ゲルガルドは虚無で……」
「消滅してるわ。その証拠が、この瘴気よ」
その話を聞いていたユグナリスは、納得を浮かべ始める。
しかし傍で聞いていたウォーリスは、不可解ながらも厳しい表情でアルトリアに問い掛けた。
「……魂の回廊は、私にも繋がっていた。ゲルガルドがリエスティアの肉体ではなく、私の身体を選んでいたら?」
「その可能性は無いわね。支配できてないアンタの魂をそのままにして肉体に移ったら、また魂を封じ込められると考えてたでしょうし。アンタをわざわざ輪廻で待ち伏せしてたのが、それを危惧してたことを証明してるようなものよ」
「!」
「それに実際、アンタは自分の魂にゲルガルドを封じ込めて死ぬ手段を用いようとした。だから奴の選択肢には無かったのよ。アンタの肉体に逃げ込むという選択はね」
「……そうか」
「そんな事まで考えてたのか……」
状況を伝えたアルトリアの言葉で、二人は互いに安堵するような息を零す。
しかし四歳未満のシエスティナにはその会話は難しいようで、首を傾げながら傍に浮く母親に触れて尋ねた。
「お母さん、起きないの?」
「まだね。これだけの瘴気が魂内部に在ると、自力で起きられないわ」
「じゃあ、綺麗しなきゃ!」
「そうよ。貴方は賢いわね、頭の出来が馬鹿に似なくて良かったわ」
そう言いながら微笑んでいたアルトリアは、ユグナリスに視線を移しながら表情を真顔に戻す。
するとユグナリスは状況が分からず、困惑した面持ちで問い返した。
「えっ。……まさか?」
「アンタが綺麗にするのよ。この瘴気を」
「えっ、俺がっ!?」
「他に誰がいるのよ。アンタが自分も連れていけって愚図ったんだから、少しは役に立ちなさい」
「お前がいきなり、この子を連れて行くって言うからだろ! ……それにまさか、手伝ってくれないのか?」
「私は疲れたし、そこでボロボロの三人を診なきゃいけないんだから。アンタが一人でやりなさい」
「一人でって、この瘴気を全部かよ……」
「お父さん、がんばって!」
「……わ、分かった! やるよ!」
ゲルガルドの支配から離れて魂内部に留まる瘴気を浄化する役を、アルトリアはユグナリスに任せる。
そして自分の娘に応援された彼は渋々ながらも応じ、地面に落下した瘴気を『生命の火』で焼き始めた。
その最中、ユグナリスの思考で微妙な面持ちの声が響く。
『――……結局、アルトリアに良いところを全て持っていかれたな……』
「あぁ。でも、解決できたのは良かった。……ところで、お前っていったい……?」
『……違う未来から来た、俺自身さ』
「えっ」
唐突に未来の自分自身が伝える正体に、ユグナリスは困惑を浮かべる。
しかしその間にも、未来の彼はこうした話を向けた。
『さっきまで、そっちの記憶を視てた。……この世界の俺は、アルトリアと和解できていたんだな』
「……その、お前は違ったのか……?」
『俺は生涯、アルトリアと和解できなかった。何故アルトリアが俺を嫌っているのか、理解しようともしなかった』
「……」
『彼女が帝国に戻ったと聞いても、俺は近付こうともしなかった。リエスティアの治療も断られたし。……そしてリエスティアが出産中に治癒できず、子供と一緒に死んだ。そのせいで、俺は自分の無力さに絶望することになった』
「え……」
『今にして思えば、それはウォーリスの望みも潰した事になったんだろう。ウォーリスは自分の娘を死なせる原因となった私を憎み、同盟都市の祭典で父上や母上を殺した。……そして私だけが、無様に生き残ってしまった』
「……そんな……」
『でもこの未来で、お前はちゃんとアルトリアに向き合った。そしてリエスティアを診せて、二人を一緒に救った。……そんな未来も、あったんだな……』
「……」
そう言いながら感慨深い声を漏らす別の未来を辿った自分自身に、ユグナリスは困惑しながらも考える。
アルトリアと向き合わずにリエスティアと生まれる前の子供を殺してしまう別の未来があったと聞かされ、その時の自分自身の心情が想像できてしまった。
そんなユグナリスに、未来の彼自身が安堵するような声を漏らす。
『俺はずっと、ウォーリスやゲルガルドに対する怒りだけで戦い続けた人生だった。……でも最後に、この未来を視れて良かったよ』
「えっ」
『言っただろ。……二人のこと、大事にしろよ――……』
「……ちょっと待てよ。最後って……おいっ!」
そう言いながら言葉を途切れさせた別未来の彼の思念と同時に、ユグナリスの肉体から僅かな炎が散っていく。
それが自分の『生命の火』ではない事を悟ったユグナリスは、それを見上げた。
するとその炎こそが未来の自分だと気付き、唇を噛み締めながら呟く。
「……分かったよ。……ありがとう……」
消え逝く炎を見上げながら、ユグナリスは感謝を伝える。
それは悲惨な未来を辿りながらも戦い続けた彼自身へ送れる、唯一の言葉だった。
「……えっ!?」
その炎を見送った後、ユグナリス自身の精神体に異変が起こる。
それは今まで纏っていた『生命の火』が更に強まると同時に、右手の甲に赤い輝きが浮かび上がった。
その輝きを見たユグナリスは、僅かに驚きながら呟く。
「この光……コレって、ログウェルに見せてもらった……七大聖人の聖紋……!?」
自身の右手に浮かび上がった紋様を見て、それが『緑』の七大聖人ログウェルの右手に在る聖紋と酷似した模様だと気付く。
そして意図しない形で強まる自分自身の生命力が、『生命の火』を強めている事に気付いた。
すると『赤』の聖紋を通して、ユグナリスの精神に知識と記憶が流れ込む。
その影響で僅かに放心したユグナリスは、右手に浮かぶ聖紋を見ながら呟いた。
「……そうか。これが未来の、俺の記憶……。……そして、経験……っ!!」
『赤』の聖紋を継承したユグナリスは、未来の自分がどのような人生を歩んだのかを理解する。
それと同時に彼自身の知識と経験を継承し、高まる『生命の火』から一つの精神武装を出現させた。
それは未来の彼が持っていた聖剣であり、ユグナリスはそれを真横に振り構える。
すると聖剣を一閃させながら、理想を埋め尽くす瘴気に向けて膨大な『生命の火』を放った。
すると次の瞬間、ユグナリスの目の前に存在する瘴気が瞬く間に燃え始める。
更に『生命の火』は繋がる瘴気に燃え広がり、瞬く間に理想に満ちる瘴気を消滅させ始めた。
それを自分自身の目で見ていたユグナリスは、確信するように笑みを浮かべる。
「……いける、この能力なら……!」
するとユグナリスは自分自身に『生命の火』を纏わせ、赤い閃光となって凄まじい速度で各所の瘴気を切り裂く。
それと同時に点火した瘴気に燃え広がり、リエスティアの魂内部を傷付けずに『生命の火』を拡大させ続けた。
それを高見から見物していたアルトリアは、三人の状態を診ている最中にシエスティナから話し掛けられる。
「お父さん、かっこいいでしょ!」
「……カッコいいかはともかくとして、凄いのは確かね」
「お父さんとお姉ちゃん、どっちがスゴいかな?」
「さぁね。私達なんかより凄い奴なんて、世界中にいるし」
「お父さん、そんなにスゴくないの?」
「安心なさい。人間の中では凄い方だから」
「じゃあ、お父さんはやっぱりスゴい!」
「はいはい。そういうことでいいわよ」
自分の父親が凄い人物なのだと知れたことを喜ぶシエスティナに、アルトリアは呆れながら診察を続ける。
そして『生命の火』と聖剣を持って瘴気を消滅させ続けるユグナリスは、それから十数分後には魂内部の瘴気を全て消した。
こうして数々の窮地から多くの者達を助けた未来のユグナリスは、自らの役目を終える。
そして『赤』の聖紋と共にこの未来を自分自身に託し、最愛の女性とその子供の幸福を願いながら去っていった。




