必要な言葉
リエスティアの肉体に憑依し生き延びていたゲルガルドは、その精神体を掌握し人質にしながらウォーリスや未来のユグナリスと相対する。
しかし自らを犠牲にすることを選んだウォーリスは、自分の娘の精神体からゲルガルドの瘴気と魂を吸収し自身の魂に再び封じ込めた。
そして自分自身ごとゲルガルドを消滅させるよう、ウォーリスは未来のユグナリスに頼む。
この状況を脱する為に他に手段が無い未来のユグナリスは、それを実行しようと『生命の火』を纏わせた聖剣を振り上げた。
その時、ゲルガルドが張った瘴気の壁を突破しリエスティアの魂に侵入する者が現れる。
それはアルトリアと現世のユグナリス、そして彼の娘であるシエスティナ=フォン=ガルミッシュだった。
突如として現れた三人の姿が見えたウォーリスと未来のユグナリスは、互いに驚愕を瞳に浮かべる。
するとシエスティナの一声によって彼等の姿を視認したアルトリアは、ウォーリスの状態を見て表情を強張らせた。
「――……やっぱり、そうやってると思ったわよ!」
この状況においてウォーリスの行動を予測していたかのように、アルトリアは苦々しい言葉を零す。
するとゲルガルドの精神体を封じていたウォーリスは、更に苦しむ様子を見せながら傍に浮く未来のユグナリスへ声を向けた。
「ァア……!!」
「ウォーリスッ!?」
「早く、早くしろ……!! もう、抑えが――……グァアアアッ!!」
「!!」
必死に自分と共にゲルガルドを消滅させるよう伝えていたウォーリスだったが、次の瞬間にそれが失敗してしまう。
彼の肉体に封じられていた瘴気が突如として精神体から放出され始め、まるで塊のような黒霧となって排出された。
しかもその際、瘴気に汚染されたままウォーリスの精神体に亀裂が走る。
それは魂の強度が限界に達した事を意味し、その亀裂からゲルガルドの魂と瘴気が脱出したことを意味していた。
それを無意識に悟った未来のユグナリスは、『生命の火』を纏わせた聖剣で瘴気の霧を焼き払おうとする。
「クソッ!!」
『――……馬鹿め!』
「っ!?」
振り上げていた聖剣で瘴気を攻撃しようとした時、突如として瘴気が未来のユグナリスへ押し寄せる。
その狙いが再びリエスティアの精神体へ憑依する事だと直感で悟った彼は、彼女と自分自身に『生命の火』を纏わせて防御に入った。
その決断は早く、押し寄せる大量の瘴気を防ぐ事に成功する。
しかしゲルガルドが生み出す大量な瘴気は、未来のユグナリスが残している生命力を大きく消耗させ続けた。
『このまま貴様と一緒に、その女を飲み込んでやる!』
「それは、させるか……ッ!!」
「――……当たり前でしょっ!!」
「!」
弱まる『生命の火』に乗じて瘴気を浴びせ続けていたゲルガルドだったが、その上空から声が響く。
それは『魂で成す六天使の翼』によって背中に白き翼を生やしたアルトリアの声であり、彼女は両手に瘴気を浄化する『魂の救済』の光を宿していた。
二つの秘術を同時発動させて迫るアルトリアは、ゲルガルドの魂と瘴気へ浄化の光を放つ。
ゲルガルドはそれを察知すると、自ら生み出した瘴気を囮に自分自身の魂核を浄化の範囲から離した。
しかし彼女の狙いは、ゲルガルドへの攻撃ではない。
その浄化の光は未来のユグナリスを覆っていた瘴気を祓い、更に限界を迎えたウォーリスの精神体から全ての瘴気を消し去った。
それに気付いたゲルガルドは、魂核のまま舌打ちを漏らす。
『チッ、今一歩のところを。……こうなれば……っ!!』
対瘴気に特化したアルトリアの参戦によって状況が傾いた事を察したゲルガルドは、自らの魂核を急速に降下させる。
すると夢の世界において地面を覆う瘴気の中に自ら入り、それから僅かに気配を消した。
それを見ていたアルトリアだったが、すぐに視線を変えてウォーリスの精神体を見る。
瘴気こそ無くなっているものの、大きな亀裂が入った精神体は今にも崩れそうな様子だった。
すると翼を羽ばたかせながら近付くアルトリアは、右手でウォーリスの精神体に触れながら魂の崩壊を防ぐ為に修復を始める。
「魂の核が深く傷付いてる。これは、すぐには治らないわよ……っ!!」
「……何故、ここに……」
「黙って! アンタの崩壊を食い止めるのに忙しいのっ!!」
「……私はいい。今の内に……カリーナとリエスティアを……」
「言葉も分からなくなったわけっ!? いいから黙って!」
「……っ」
崩れ散るウォーリスの魂を生かす為に、アルトリアは全集中力を修復に傾ける。
それを傍で見ていた未来のユグナリスだったが、『生命の火』によって大量の生命力を消費した為に自分自身の精神体を維持する事も難しくなっていた。
するとアルトリアが来た上空から、緩やかに光球が降下して来る。
その中には現世のユグナリスと、白い魔玉が嵌め込まれた杖を持ったシエスティナが浮かんでいた。
しかしユグナリスは、改めて未来の自分自身を間近に見ながら驚く様子で呟く。
「――……も、もしかして……彼は……?」
「お父さんそっくり!」
「や、やっぱり? ……なんで俺が、ここに……?」
初めて視認する未来の自分自身に、ユグナリスは動揺する。
すると光球が彼等の高さまで降下すると、未来と現在の彼は互いに視線を合わせながら言葉を向け合った。
「……来たのか、過去の……いや、今の俺……」
「えっ」
「俺の精神体は、もう形を維持できない……。……リエスティアを」
「あ……あぁ!」
自分自身に話し掛けられるという奇妙な体験をしていたユグナリスは、差し出されるリエスティアを受け取る。
すると人の形を崩した未来のユグナリスは、『生命の火』となってユグナリスに頼んだ。
『お前の身体に、また移っていいだろうか?』
「えっ。……そうだ、その声……もしかしてあの時の!」
『もう俺自身だけでは、これ以上は戦えない。……ゲルガルドを討つ為に、お前の力を貸してくれ』
「……分かった。さぁ、来い!」
ユグナリスは『生命の火』を扱える方法を教えた人物が、目の前にいる未来の自分自身だと気付く。
そしてその頼みを受け入れると、自ら『生命の火』に右手を差し出して触れた。
すると未来の彼はユグナリスに入り、辛うじて魂の崩壊を免れる。
そしてユグナリスの精神体に柔らかくも赤い炎が灯り、それを見たシエスティナが笑顔を向けながら左右の色が違う瞳を輝かせた。
「お父さん、火が出てる!」
「うん、これは『生命の火』って言うらしい。――……状況を教えてくれ。俺は、何をすればいい?」
『……ゲルガルドの魂、その核を探し出して消滅させる』
「コアって……さっきここから離れた赤くて丸いのか?」
『そうだ、それが奴の核だ。……だが奴は、この夢に満ちてる瘴気の中に核を隠した』
「瘴気って、あの泥みたいな奴だよな……。……ここから探し出すのか……っ」
未来の自分自身と話すユグナリスは改めて周囲を見回し、地面や空を覆う黒い泥が瘴気である事を察する。
更にその中にゲルガルドが逃げた事を理解し、早急に見つけ出す事がほぼ不可能だと理解した。
すると修復を受けていたウォーリスが視線を動かし、屋敷があった方へ目を向ける。
そして未来のユグナリスが灯していた『生命の火』が消えかかっている事に気付き、焦るように声を向けた。
「……皇子、あの屋敷に……」
「!」
「カリーナが、まだいるんだ……」
「わ、分かった! ……シエナ、ここに居るんだよ。お母さんとアルトリアから、離れないようにね」
「はい、お父さん!」
ユグナリスはリエスティアを光球の中で留め浮かせると、そのまま『生命の火』を使い屋敷へ向かう。
そして意識の無い母親へ寄り添うように、シエスティナは近付きながらその精神体へ触れた。
すると僅かに疲弊した様子を見せるアルトリアが、息を零しながら言葉を吐き出す。
「……核は一時的に補強したわ。とりあえずは大丈夫よ」
「そうか……。すまない」
「アンタの事だから、自分の命と道連れにゲルガルドを倒そうとすると思ったわ。予想通りで吐き気がするわね」
「……!」
悪態を漏らすアルトリアに、ウォーリスは言葉を返さない。
それから精神体の修復へ移そうとする最中、夢を覆う瘴気に突如とした変化が起きた。
割れ砕けた瘴気の空が修復され、更に地面を覆う瘴気が蠢き始める。
それを見たアルトリアは、苛立つように舌打ちを漏らしながら状況を察した。
「向こうも始めたみたいね。厄介なことだわ」
「……まさか、奴は……」
「私達を消すつもりよ。……ここにある、全ての瘴気を使ってね」
「……っ」
二人はゲルガルドの行動を理解し、次の展開を予測する。
すると夢に存在する瘴気が意思を持つように集まり始め、下半身の無い巨大な人の姿を模し始めた。
その姿に目が生まれ、そこから赤い光が浮かび上がる。
そして口と思える場所が開き、空中に浮遊するアルトリア達へ声を向けた。
『――……再びお前達を閉じ込めた……。……もう逃がさんぞぉ……!!』
「ゲルガルド……!」
『しかもアルトリア、お前まで来てくれるとは僥倖だ。またお前の魂を使ってやるぞ、光栄に思うがいい……!!』
「……ふんっ、冗談にしては面白くないわね」
そう言いながら瘴気の泥で形成されたゲルガルドの巨体は、両腕を動かしながらアルトリア達を捕えようとする。
しかし青い瞳を見開き六枚の翼を広げたアルトリアは、膨大な空間に浄化の光である結界を生み出した。
それに触れた途端、瘴気の腕は瞬く間に消滅する。
するとゲルガルドは苦々しい声を漏らし、目となっている赤い光をアルトリアに注いだ。
『クッ、小娘が……!』
「前の私と同じだと思ってるなら、大きな間違いよ。もうアンタなんかに遅れは取られないわ」
『なんだとぉ……!!』
それから瞬く間に瘴気の腕を形成したゲルガルドは、今度は拳を作りながらアルトリアの結界へ放つ。
しかしそれも触れた瞬間に消え去り、それでもゲルガルドは結界を破る為に幾度も攻撃を続けた。
そうした攻防の中、『生命の火』を纏わせたユグナリスが戻って来る。
するとその腕にはカリーナが抱えられ、彼は結界の中に戻りながらリエスティアの隣に彼女を浮かばせた。
そして幾度も攻撃を仕掛けて来る瘴気の巨体を見ながら、焦りの言葉をアルトリアへ向ける。
「――……彼女も無事だ! ……この馬鹿デカいのが、ゲルガルドかっ!?」
「ええ。でも核はあの巨体に無いわね」
「じゃあ、探し出すしかないのか……!」
「そうね。手間だけど瘴気を全て消し去るしかないわ」
状況を会話する二人に対して、傍で聞いていたウォーリスは亀裂の残る身体で動こうとする。
そして口を挟む形で彼は言葉を発し、二人にある提案を持ち掛けた。
「……駄目だ、奴は次々と瘴気を生み出せる……恐らく無尽蔵に」
「!」
「消耗戦は不利になるだけだ。……お前達は瘴気を突破し、ここからカリーナとリエスティアを連れて逃げろ……」
「……アンタが含まれてないようだけど?」
「私は、ここに残る。……そして、奴諸共にここで自爆する」
「!?」
ウォーリスはそう述べ、亀裂の入った自分自身の精神体にある紋様を浮かばせる。
それは『黄』の七大聖人ミネルヴァが自身の魂に刻んだモノと同じ、自爆術式だった。
それを見たユグナリスは驚愕を浮かべて止めようとしたが、その声をアルトリアが遮る。
「ウォーリス殿、待ってく――……」
「――……アンタ、馬鹿じゃないの?」
「!」
「自爆したとしても、ゲルガルドを消滅できるとは限らない。いえ、そうなる前に奴なら間違いなく逃げ出すでしょうね」
「……っ」
「アンタが犠牲になったところで、状況は何も変えられない。そんな事も分からないなんて、そこの馬鹿皇子より馬鹿ってことよ」
「……だが、このままでは……っ」
自分の全てを犠牲にしても、状況を何も変えられない。
それを聞いたウォーリスは表情を歪めるように沈め、震える声を漏らす。
すると背を向けたままのアルトリアは、腕を組んで言葉を向けた。
「今の私なら、この状況をどうにか出来る」
「なに……!?」
「だけど、そのやる気も失せるわね。……卑屈さで今にも死にそうな、アンタなんか見てるとね」
「……!!」
「ア、アルトリア……!」
状況を打開できる策を持つと告げるアルトリアだったが、それを行使するつもりが無い事を明かす。
それを聞いたウォーリスは驚き、ユグナリスは困惑しながら説得しようとした。
しかしそんな声を跳ね除け、アルトリアは苛立ちの声をウォーリスへ向ける。
「ったく、本当に世話が焼けるわ。……アンタ、私に言わなきゃいけない事があるでしょ?」
「……え?」
「この状況で、このタイミングで。アンタは私達に言わなきゃいけない事があるはずよ」
「……!!」
「この馬鹿皇子でも、自分で考えて言えた事よ。……それも分からないんなら、もう勝手にしなさい」
そう告げながら殴打し続ける瘴気の巨体を見据えるアルトリアに、ウォーリスは視線を動かす。
するとユグナリスへ瞳を向け、自分が何をすべきなのかを必死に考えた。
そして彼の脳裏に、ある言葉が過る。
しかしその言葉は、彼の辛く悲しい過去の中で口にしなくなった言葉だった。
それでもウォーリスは、意識の無いカリーナとリエスティアを見る。
そして歯を食い縛り閉じていた口を僅かに開くと、涙を浮かべながら目の前にいるアルトリアへ伝えた。
「……けて……助けて、くれ……」
「……」
「私達を、ゲルガルドから……奴から、助けてくれ……っ」
それは幼少時に囚われゲルガルドに拷問のような実験を繰り返されたウォーリスが、今まで誰にも口にしなくなった言葉。
誰も自分達を助けられない事を知ってしまったウォーリスは、無意識に誰かへ助けを乞う事を諦めていた。
しかし目の前にいるアルトリアは、それを叶えられると言う。
それを聞いたウォーリスは、初めて父親の悪意から逃れる為に他者へ助けを求めた。
するとアルトリアは、呆れるような声で言葉を返す。
「言うのが遅すぎるのよ。――……いいわ、助けてあげる」
「!」
「さぁ、さっさと終わらせるわ。そして全員で、現世へ帰るわよ!」
「あぁ!」
アルトリアの言葉に応じるように、ユグナリスも頷きながら瘴気の巨体に視線を向ける。
その二人の声を聞いたウォーリスは、ただ涙を流し無言の感謝を二人に向けるしかなかった。
こうしてアルトリア達の参戦により、ウォーリス達は絶望に満ちた窮地を脱する。
そして長年に渡り陰謀を画策し続けたゲルガルドを打ち倒す為、ガルミッシュ帝国の子供達が並び立つ光景が見えたのだった。




