親の責任
マシラ共和国に訪れたアルトリア達は、マシラ一族の当主であるウルクルス王に秘術を用いてリエスティアの魂を肉体へ呼び戻すよう頼む。
それを彼女達に対する恩義と贖罪で聞き入れたウルクルス王は、王子アレクサンデルと共に秘術の準備を始めた。
一行は秘術が行われる別室に招かれ、リエスティアの身体は用意された寝台へ横にさせられる。
そして羊皮紙を用いて秘術の魔法陣が書き込まれた紙を用意されると、改めてウルクルス王はカリーナとウォーリスに視線を向けながら紙を差し出した。
「――……この紙に貴方達の娘の名前を。そして書いた名前の横に、貴方達の血判を押してほしい」
「ウォーリス様……」
「……っ」
差し出された紙を受け取ったカリーナは、隣に居るウォーリスに促すように声を向ける。
それに無言ながらも頷いて応じると二人は自分の名を書き込み、小さな針で血を溢れさせた親指を机に置いた紙へ捺した。
こうしてリエスティアの血縁者である二人の署名と血を受け取ったマシラ王は、王子と共に背中に刻まれた魔法陣が黄金色に輝き始める。
それを確認し終えると、魔法陣の紙をゴズヴァールへ手渡しながら管理を頼んだ。
「ゴズヴァール、紙を頼む」
「ハッ」
「では二人とも、その椅子に腰掛けて」
「は、はい」
促されるように導かれる二人は、言われた通りに設けられた二つの椅子へ腰掛ける。
すると彼等の目の前に椅子を持ってきたウルクルス王は、二人と向かい合う形で座りながら顔を向けた。
「これより、我等の秘術を行う。――……『墓守たる我が血を持って門を開け、墓守たる我が紋を刻む。輪廻を紡ぎて辿り、我が身と英霊を導きたまえ――……輪廻に導きし防人』っ!!」
「!」
詠唱を終えた瞬間、マシラの親子に刻まれた魔法陣が凄まじい光を放ち始める。
それが部屋中に満ち始め、全員の視界を塞ぐように瞼を閉じさせた。
そして秘術が用いられ、ウルクルス王と共にカリーナとウォーリスの精神体が彼等の持つ魂の門まで導かれる。
三人の魂が現世の肉体と同様の姿を模り始めると、カリーナは驚愕するような声を漏らした。
「――……キャッ!! ……う、浮いてる……!? それに、ここは……?」
「――……ここは精神の世界、輪廻の入り口だ」
「えっ、え……? ……ウォ、ウォーリス様?」
「大丈夫だ、落ち着け。カリーナ」
初めて精神世界に訪れたカリーナは、精神体が浮いた状態で動揺しながら戸惑う。
しかしその傍にウォーリスが訪れ、彼女の精神体を右手で抱えながら支えた。
すると二人の前に、ウルクルス王の精神体が現れながら伝える。
「――……では君達の血を用いて、魂の門を開く。門を潜り、君達の娘がいる輪廻へ向かう。よろしいな?」
「は、はいっ。お願いします……!」
「……」
動揺しながらも応じるカリーナに対して、ウォーリスは暗い表情を浮かべたまま頷く。
それを確認したウルクルス王は彼等の精神体に左手を向けた後、自らの精神体に刻まれている秘術の紋様を輝かせながら右手を逆方向に翳し向けた。
すると次の瞬間、光の粒子によって形成された巨大な白い門が彼等の目の前に出現する。
更にその扉が開き始め、ウォーリスとカリーナの精神体に紐のような光が形成された。
「!!」
「その紐が、君達の娘と繋がっている。どうやら本当に、魂は輪廻にいるらしい」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ。ただ、この先の導き手は君達だ。君達自身が自分の意思で、娘の下に行きたいと願う。そうすれば、すぐに辿り着く」
「ウォーリス様……!」
「……ッ」
ウルクルス王の言葉を聞き、カリーナはウォーリスを見ながら呼び掛ける。
しかしウォーリスは渋る表情を強めながら、本音とも言うべき言葉を零した。
「……やはり私が行ったところで、役には立たない」
「!」
「私は記憶を失った自分の娘に偽りばかりを伝え続け、その信頼を裏切り利用してきた。……私が赴いたところで、リエスティアは私を受け入れないだろう」
「……っ」
「だが母親である君だけが行けば、きっと――……っ!!」
「!」
娘としてリエスティアを迎えに行く事を拒むウォーリスの右腕を、カリーナは精神体で強く抱き寄せながら門の方へ移動する為に足をバタつかせる。
しかし思うように進まぬ中、カリーナは必死の声を向けた。
「リエスティアは……私達の娘は、そんなに弱い子じゃありませんっ!!」
「!」
「それに私だって、あの子に侍女と偽って傍にいました! あの子が親として受け入れないというのなら、私も同じです!」
「……そ、それは……。私が君に暗示を施して、記憶を消していたから……」
「そんなの関係ありません!」
「!!」
「私達は、あの子に何もかも偽ってしまった。……それでも親として、あの子と向き合わないと!」
「……っ」
「あの子は許してくれないかもしれない。それでも、あの子の親である事まで辞めてはいけないんです。……私達だけは!」
そう説くように話すカリーナの言葉に、ウォーリスは渋らせる表情を険しくさせながら瞼を閉じる。
傍でその言葉を聞いていたウルクルス王は、まるで過去の自分を言われたような胸の痛みを抱いていた。
するとウォーリスは短く息を吐き出し、瞼を開きながらカリーナを見て声を向ける。
「……分かったよ、カリーナ」
「ウォーリス様……!」
「リエスティアの下へ行きたいと、願うだけでいいのか? マシラ王よ」
「……ああ」
「そうか。……では、一緒に願おう」
「はい!」
カリーナの言葉によって説得されたウォーリスは、共に自分の娘がいる輪廻へ向かいたいと願う。
すると胸の部分に繋がる光の紐が粒子状に分解し、彼等の精神体を覆いながら光の球体へ変化し始めた。
それにウルクルス王も同乗する形で入り、三人を包んだ光の球体は完成する。
すると次の瞬間、球体が三人を乗せる形で光速移動を開始した。
すると魂の門を通過した三人は、魂達が漂う黒い空間へ突入する。
それこそが輪廻であり、死者達が魂の記憶や瘴気を浄化しながら次の転生を待つ場所だった。
それが流れ星のように過ぎ去っていく光景が見えながらも、唐突に球体の光速移動が停止する。
二人はそれに驚く姿を見せたが、慣れた様子を見せるウルクルス王は状況を伝えた。
「どうやら、辿り着いたようだ」
「!」
そう告げられた後、三人を覆う光の球体が粒子状に再び分解し始める。
すると彼等の目の前に、浮遊するように漂う一つの魂が存在していた。
それを見たカリーナは、動揺の面持ちを見せながらも問い掛ける。
「この光が、もしかして……?」
「恐らく、貴方達の娘だ」
「!」
「ただ念の為、本当に本人か確認する必要がある。その為には一度、魂の中に入ってみるしかない」
「は、入るって……私達が入って、大丈夫なんですか?」
「長く留まり続けると互いの魂や肉体に問題が生じるが、短ければ問題ない」
「そ、そうなんですか。……なら、お願いします」
「分かった」
カリーナとウォーリスは互いに頷き、リエスティアの魂へ入る事を望む。
それに応じるように頷いたウルクルス王は、精神体に刻まれている紋様を再び輝かせ、目の前にある魂へ両手を翳した。
すると次の瞬間、眩い光と共に彼等の精神体はリエスティアの魂へと侵入する。
そして彼等が次に目を開けた時、そこは驚くべき光景が広がっていた。
「――……えっ!?」
「まさか、ここは……!?」
カリーナとウォーリスは周囲を見回しながら、その景色を見て驚愕の言葉を漏らす。
リエスティアの魂が夢見る世界は、彼女の生家であるゲルガルド伯爵領地の屋敷付近。
その周囲には暗闇の空に覆われながらも、彼女が生まれ育った小屋とそこから見える庭園が存在していた。
こうしてウォーリスとカリーナは、娘であるリエスティアの魂が見ている夢へ辿り着く。
それは彼等にとって、辛く悲しい過去ばかりが思い出される場所でもあった。




