【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

南国編 二章：マシラの闘士

波乱の閉幕

　センチネル部族達が暮らしていた樹海で、アリアは習得した古代魔法『魂で成す六天使の翼(アリアンデルス)』を得る。

　そして自身の死によって赤鬼化し暴走したエリクを鎮める為に、その古代魔法を使用した。

　それに対して溜息のような深呼吸をしたアリアは、呟くように愚痴を零す。

「……コレ、私の趣味じゃないんだけど。せっかく覚えた魔法なんだから、有効活用しないとね」

「グ、ガ……ッ」

「……これを使う初めての相手がエリクっていうのも、複雑だけどね」

「グオオオオオオアアアアアアッ!!」

　エリクが咆哮を上げると再び口から魔力圧が放たれアリアに浴びせられるように直撃する。

　その咆哮によって土埃が周辺に巻き起こさせる中、まるで払い除けられるように四散された六枚の翼が広がる光景が見えた。

「――……うるさいわねぇ、鼓膜が破れちゃうじゃない」

「！」

　晴れた土煙の中から、六枚の翼を背負うアリアが平然と立つ姿が見える。

　魔力で編み込まれた二枚の翼がアリアを包み守り、残る二枚が直撃した魔力を逃がすように散らし、余った二枚が土埃を払うように広がっていた。

「『魂で成す六天使の翼(アリアンデルス)』は、私の魂で作り出した翼よ。たかだか魔力を圧縮した砲撃程度で、砕けるものですか」

「ガ、グァ……」

　咆哮の影響で喉が焼けたエリクは、再び自己治癒能力を高めて回復していく。

　その様子を見るアリアは右手の人差し指を向け、エリクに対して告げた。

「エリク。私、怒ってるんだからね？　無茶しないって約束を破ったり、挙句に暴走してそんな姿になってるんだから」

「グァ……ガ、ガ……」

「でも、私も勝手な事やってエリクを巻き込んだし。無茶な事したりもしたから、お相子ってことで許してあげるわ」

「ガァ……ッ」

「……貴方を元に戻す。戻ったら、また一緒に連れていくからね。覚悟しなさい」

「ガァァ、アアアッ!!」

　喉を回復し終えたエリクが再び吼えると、今度は右拳を直接アリアに振り向ける。

　するとアリアは六枚の翼でそれを防ぎながらも、飛ばされるように体は空に浮かべた。

　吹き飛ばされたかと思ったアリアの身体は、六枚の翼を広げることによって中空に留まる。

　そして翼が羽ばたくと、宙を舞うように飛んだ。

「グガァァッ！」

「言ったでしょ。私の魂は砕けないのよ！」

「ガアアアアッ」

　空に浮かびながら眼下のエリクを見下ろすアリアだったが、自身の顔に鼻血が垂れていることに気付く。

　それに気付き左手で拭うと、苦々しい表情を浮かべながら身構えた。

「流石に、反動が限界かしらね……」

「ガアアァ……ッ!!」

「……行くわよ、エリク。少し痛いだろうけど我慢しなさい。男なんだから」

　太陽を背負うように羽ばたくアリアは落下するように急降下し、暴走し続けるエリクに襲い掛かる。

　それを迎撃するようにエリクは拳を振ると、それを紙一重で回避したアリアがそのままエリクの眼前で急停止し六枚の翼を広げてエリクを包み隠した。

　翼から放たれる魔力の光がエリクの巨体を完全に拘束し、身動きが出来ない状態に陥らせる。

　そんなエリクの額にアリアが右手を付け、再び詠唱を開始した。

「ガアアッ!!」

「『我が魂で抱擁する咎人よ。汝が魂と我が魂に交わり問い掛ける。汝は誰か、汝は何処か、汝が閉ざす門を叩き尋ねる』」

「ガ、ガ、ガ……ッ!?」

「『神の使徒たる我が魂が尋ねる。咎人の魂は門を開き、彼の者の魂を救いたまえ』」

「ガ、ガア、アアア!!」

「『魂の救済(リリーフ)』――……ッ!!」

　アリアの右手から広がる光が暴走するエリクの全身を包み、世界と隔絶させる。

　そして光に閉ざされた世界の中で、エリクの魂にアリアの魂が干渉した。

　干渉したアリアの魂が赤黒く濁るエリクの魂を包み、浄化するように魂の濁りを払い除けた。

『――……いい加減に起きなさい、エリク。でないと私、貴方のこと嫌いになっちゃうわよ？』

「ガ、ア、アアアアアアァァァアアァァァァア……!!」

　魂を介して微笑みながら伝えたアリアの声に、エリクは断末魔のような叫びを上げる。

　その叫びと共に光の中に拘束されていた肉体が徐々に紐解くように開放され、エリクの全身が光から開放された。

　虚脱したエリクの巨体が前に傾くと、アリアは光の翼で羽ばたきながら二枚の翼と両手で支える。

　その身体をゆっくり地面へ降ろすと、変貌していたエリクの身体が徐々に変化を始めた。

　赤い肌が徐々に薄まり、膨張した肉体が縮むように変化していく。

　額にあった黒い角は砕けるように散って空気中に溶け込むように消え、赤い肌が日に焼けた褐色に戻った。

　そして体格は三メートル前後から、以前よりもやや大きい二メートル弱まで縮小する。

　衣服の大半は攻撃された影響で破れ散り、肥大化した肉体に耐え切れずほとんど消失していた。

　しかし戻り終えた肉体は、彼女が見覚えのある人間姿のエリクだった。

　アリアの翼と体に支えられたエリクの身体は地面へ預けられると、僅かに目を開ける。

　そして眼球の色合いが黒から白に戻っていることが確認でき、その黒い瞳を動かしながらアリアの顔を虚ろな表情で見ながら声を漏らした。

「――……ア、リア……？」

「おはよう、エリク」

「……おは、よう」

「目覚めはどう？」

「……まだ、眠い……」

「そう。じゃあ、ゆっくり休みなさい。これは雇用主としての命令よ。いい？」

「……そう、か。分かった……」

　僅かに安堵したような様子で再び瞳を閉じたエリクは、そのまま眠りに入る。

　アリアもまた安堵したような表情を見せると、天使の翼は目的を果たしたように紐解かれ、空気の中に羽根が舞いながら消失した。

　こうしてエリクの暴走は、アリアによって鎮められる。

　しかし羽が全て消えた瞬間、アリアは再び鼻血を垂れ流し始めた。

「……もうこれ以上は、流石に無理かしらね……」

　鼻血を抑えるように右手で覆いながら表情を青白くさせるアリアは、自分の今の状態を正確に理解する。

　彼女は頭が割れるような酷い頭痛に襲われ、意識を保っていることすら難しくなっていた。

　それでも残った意思を貫くように、アリアはエリクを支え抱えながら立ち上がろうと震える身体を動かす。

　その彼女が向けた視線の先には、人間の姿に戻ったゴズヴァールが血塗れながらも立ち塞がっていた。

「……ゴズヴァール……ッ」

「――……自らを蘇生し、暴走する鬼神の子孫を治めるか。貴様、聖人か」

「……」

「鬼神の子孫、そして聖人。貴様等がどう繋がり、どういう経緯で共にいるかは知らぬ。……だが貴様等が国を脅かす危険な存在だということに、変わりはない」

「……分かったわよ。……最後まで、とことん……やってやろうじゃない……」

　アリアは抱えようとしたエリクを地面へ寝かせながら、頭痛と震える手足を耐えながら立ち上がる。

　ゴズヴァールも足に刺さった角を引き抜きをながら、ゆっくり動きながらアリアに近付いた。

　互いに満身創痍ながらも敵対し決着を求める二人は、再び激突しようとする。

　しかし互いに攻撃を加えようと構えた瞬間、状況が大きく一変する。

　それを知らせたのは鳴り響く足並が幾重にも周囲から起こった時だった。

「！」

「……マシラの精鋭兵が、やっと登場ってわけね。これだけ暴れてれば、当たり前だけど……」

　アリアとゴズヴァールが目にしたのは、完全武装した重装歩兵達が槍を並び持ち、更に弓兵と近接兵士を備えた部隊が隊列を組み歩む姿。

　その隊列の中には、魔法師らしき武装と服装を備えた者達もいる。

　見える数だけでも、約二百名以上。

　それがアリア達を取り囲むように動き、武器を構えて包囲し停止した。

　その絶望的な状況の中で、アリアは諦めに近い心情を抱く。

　しかしその表情は真逆であり、不敵に微笑みを浮かべながら呟いていた。

「……フフッ。なんでかしら。こんな状況なのに、怖くないわね」

　微笑みながら空を仰ぐように見たアリアは、恐怖を超えた感情を表情で見せる。

　そして青く雲が浮かぶ空を見上げながら視線を周囲に戻し、自身の覚悟を呟いた。

「……そうね、国や臣民を守る為に死ぬんじゃなくて、自分がやりたい事の為に死ねる。それが今の私よね」

　覚悟を終えたアリアは微笑んでいた表情から、一気に鋭い目と冷徹さを宿した表情へ変わる。

　それを見たゴズヴァールと周囲の兵士達は一瞬にして寒気を感じ取り、それを遠目から見ていたマギルスも彼女と対峙した際に感じた際に見せた恐怖を思い出した。

　そしてアリアが自身の額に右手を触れさせようとした瞬間、周囲を囲む兵士達の隊列が動く。

　しかしそれはアリアに対応し攻撃する為ではなく、まるで道を作るように左右に別れ広がる動きだった。

　その中を複数の人間が通る姿をアリアが見た瞬間、冷徹な表情が普段の少女らしい驚愕へ戻る。

「……え？」

　隊列によって作られた道から現れた人物達の姿に、アリアは驚愕の声を漏らす。

　先頭を歩いていた人物は、青に染まった分厚い外套(ローブ)を着こなし青い魔法師御用達の帽子を被る長い白髪と髭を束ねる大柄の男性老人。

　老人の右手にはアリアが使う短杖と同等かそれ以上の価値がありそうな青い魔石が嵌め込まれており、明らかにアリアと同じ魔法師である事が誰の目から見ても理解できた。

　その老人を見たアリアは、驚愕していた理由を口から漏らす。

「……師匠……。大魔導師、ガンダルフ……」

　大魔導師ガンダルフと呼ぶ老人を『師匠』と呟くアリアだったが、更に視線を動かし別の驚きを浮かべる。

　そこには老人の後を歩く、自身の知人達が存在していたからだった。

「……あれは、リックハルトさん……。それにギルドマスターの、グラシウスだっけ……」

「――……エリクッ！　アリアッ！！」

「ケ、ケイルまで……？」

　大商人リックハルトを始め、マシラ共和国都市の傭兵ギルドマスターであるグラシウスも現れる。

　そしてその後ろからケイルが現れ、満身創痍となっている二人に駆け寄った。

　二人の傍に辿り着いたケイルはエリクの様子を確認し、その状態を確認する。

　それから驚いているアリアに視線を向けた後、彼女の状態についても確認した。

「アリア、無事か!?」

「え、ええ……」

「エリクは!?」

「気は、失ってるけど。大丈夫……」

「そうかよ。――……はぁあああぁ……、良かった。間に合った……っ」

　ケイルが安堵の息を盛大に漏らし、酷く心労が祟っていた表情を見せる。

　そうした様子を見ながら茫然としていたアリアだったが、この状況で幾つか理解できる事があった。

　ケイルが見せた安堵の息と共にそれは伝わり、アリアに纏っていた緊張の糸が紐解かれ始める。

　それと同時に一際酷い頭痛に襲われたアリアは、ケイルに持たれかかるように倒れた。

「ぁ……ッ」

「お、おい、アリア。……おい、なんだよ。どうしたアリア、アリア――……!?」

　突如として意識を失ったアリアの様子で、ケイルは慌て始める。

　しかしアリアはその呼び掛けに応えられず、目を再び開けられないまま酷い頭痛から逃れるように意識を途絶えさせた。

　こうしてマシラ闘士達との間で行われた、アリアとエリクの戦いは終わる。

　この戦いの被害規模は、王宮内部の約三割近い建築物が破壊された。

　更に王宮内部に常駐していた闘士と兵士の半数以上が、エリクによって負傷させられている。

　これはエリクが侵入してから、僅か一時間余りの出来事だった。

---

『虐殺者の称号を持つ男が元公爵令嬢に雇われました』

ご覧下さりありがとうございます。

今回で南国編第二章は終了となります。

次回から第三章です。

誤字・脱字・今回の話での感想があれば、

是非ご意見頂ければと嬉しいです。

評価も貰えると嬉しいです(怯え声)

ではでは、次回更新まで(｀・ω・´)ゝビシッ

この物語の登場人物達の紹介ページです。

キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。

https://ncode.syosetu.com/n1724fh/1/