最後の希望
マナの大樹を破壊し自らを犠牲にして世界の破壊を阻止しようとしたアルトリアだったが、旅を共にしてきた仲間達によってそれを止められる。
そしてアルトリアは『化物』である自分自身を犠牲にし、大事な仲間達を守りたいという本音を言い放った。
そんなアルトリア自身を受け止めたエリクは、自らが彼女の帰る場所になると伝える。
すると仲間達が目的とする全員での帰還に賛同したアルトリアは自己犠牲の策を止め、仲間達が発想した現状の打開策を聞いて実行する事を選んだ。
一方その頃、下界と繋がる時空の穴へ降下し続ける天界から脱出を図る者達がいる。
それはエリク達を除いた聖域を離脱した者達であり、後に着陸していた箱舟へ全員が向かっていた。
「――……ハッ! こ、ここは……っ!?」
「む、起きたかね。ほれ、後は自分で走らんかい」
「グェッ!!」
そうした者達の先頭を走る老騎士ログウェルは、気絶させ右腕で抱えていた帝国皇子ユグナリスが起きた事を察する。
するとその場で立ち止まりながら白い地面へ落とし、背中を強打したユグナリスは僅かに悶絶した。
しかし意識と共に気絶する直前の記憶を戻すと、大きく目を見開いたユグナリスは跳び起きながらログウェルへ声を向ける。
「そ、そうだ……リエスティア……! ――……ログウェル、どうしてっ!?」
「お前さんがあの場で愚図っても、時間の無駄じゃろ」
「!?」
「それにアルトリア様と、彼女が選んだ者達が居るんじゃ。どうにかしてくれるじゃろう」
「ど、どうにかって……」
「それよりも、さっさと行くぞい。……もう時間も危うかろうからな」
「え……っ!?」
ユグナリスから視線を外したログウェルや、周囲の景色を見ながらそう伝える。
すると左腕に抱えたウォーリスと共に走り出し、箱舟が着陸している方角へ走り始めた。
それを聞いたユグナリスもまた、周囲の景色を見る。
すると驚くべき状況に目を見開き、口を開きながら呟いた。
「……こ、これは……!!」
ユグナリスが見たのは、天界を浮遊していた大陸が真下に開いた時空間の穴へ突入し掛けている光景。
青い空と白い雲がまだ見える上空とは別に、真横に見える景色は暗雲とした雲と雷が発生してる時空間の穴によって染まっていた。
そうして立ち止まっていたユグナリスの後から、カリーナとザルツヘルムを抱え持つ義体のアルフレッドが通過する。
更にその後方から武玄・巴・ゴズヴァール・シルエスカが続き、それから僅かに遅れて走るスネイクとドルフが立ち止まっているユグナリスに声を向けた。
「おい、なに止まってんだっ!?」
「さっさと走れよ、皇子っ!!」
「スネイク殿っ!? ドルフ殿、これはいったい……!?」
「『青』が言うには、この大陸が時空間の穴を通過しようとしてるらしいっ!! さっさと箱舟に乗らないと、俺達もやべぇぞっ!!」
「ッ!!」
通過して追い越したドルフ達の声を聞き、ユグナリスはようやく天界に起きている状況を察する。
アルトリアが言う通り、最後の抵抗をしていたウォーリスとの戦いから既に天界は降下を開始していたのだ。
そしてこの状況を見た全員が事態の悪化を察知し、急ぎ箱舟へと向かう。
ユグナリスもようやく状況の理解に追い付き、ドルフ達を追いながら自分で走り始めた。
しかしそんなユグナリスだったが、走る者達の中に見た顔が居ないことに気付く。
そして追い付き真横を走るスネイクに、そうした者達の事を問い掛けた。
「あれっ、『青』の七大聖人はっ!?」
「途中で空を飛んで行っちまった! 壊れてる方の箱舟に置いて来た奴を、もう一人の箱舟に乗せるってよっ!!」
「あの三人は? アルトリアの仲間の!」
「アイツ等は来てねぇ! ……多分、あの嬢ちゃんと一緒に残ったんだろ」
「……っ!!」
飛行不可能な箱舟に置いて来たテクラノスを『青』は回収に向かい、アルトリアの仲間達はそのまま聖域に残った事をユグナリスは知る。
そして足を止めずにやや後ろに顔を向け、聳え立つ巨大な神殿に意識を向けた。
こうして聖域に居た者達は老騎士ログウェルを筆頭に全力で走り続け、着陸していた箱舟まで辿り着く。
そこにはフォウル国の干支衆達と共に、ルクソード皇国の乗員である皇国兵士が彼等を待っていたかのように声を掛けて来た。
「――……御無事ですか、皆さんっ!?」
「ほっほっほっ。とりあえずは無事じゃのぉ」
「この状況は、いったい何が……!?」
「うむ。とりあえず、儂等が乗り込んだら離陸しなされ。ここに着陸したままよりも、その方が良さそうじゃ」
「は、はい! グラド隊長にも伝えますっ!!」
真っ先に辿り着いたログウェルは、出迎えた皇国兵士にそう伝える。
そして皇国兵士は敬礼しながら箱舟の方へ走り、艦橋で指揮しているグラドに離陸準備の必要性を伝えに向かった。
すると後から追いついた義体のアルフレッドと抱えられているザルツヘルムの姿を見た干支衆達が反応し、彼等を距離を詰めて歩み寄って来る。
それを警戒しウォーリスとカリーナを守ろうと歩み出ようとしたアルフレッドだったが、そんな彼等の動きを制止するようにログウェルが微笑みながら告げた。
「止めなされ、魔人達よ。……それとも、儂にまた灸を据えられたいかね?」
「!」
「……ッ」
ログウェルはそう言いながら、干支衆達に対して微笑みを浮かべる。
すると干支衆達は進めていた足を止め、更にログウェルに強い警戒心を抱きながら表情を強張らせた。
干支衆の中でも肉弾戦では無類の強さを持つ『牛』バズディールや『猪』ガイ、更に『申』シンすらも同様に足を止めてしまう。
それを見ていたアルフレッドは、ログウェルを見ながら改めるように疑問を零した。
「……『緑』の七大聖人ログウェル。貴方は、いったい……」
「ほっほっほっ、ただのか弱い老人じゃよ。ほれ、お前さん達も乗りなされ」
「だが……」
「話なら生き残ってからすればええ。それとも、お前さん達だけでここに残るかね?」
「……っ」
提案するログウェルはウォーリスを抱えたまま歩き、干支衆達は身を引きながら道を作る。
その背中を追うように歩き始めたアルフレッドもまた、開かれた場所を歩きながらログウェルと共に乗船した。
その後に遅れて到着した者達も、皇国兵士や干支衆達に出迎えられながら箱舟へと乗船していく。
そして最後に辿り着いたドルフやスネイク達も箱舟へ乗り込むと、その乗船口でユグナリスは神殿の方角を振り向きながら呟いた。
「……リエスティア……ッ」
様々な思いを込めた言葉を呟くユグナリスは、そうして最後に箱舟へと乗船する。
それから数分後、グラドの指示によって箱舟は天界の大陸から離れながら上昇を始めた。
そうして『青』や老執事バリスを含む主だった人物達が集まる艦橋では、天界の大陸が時空間の穴を通じて下界へ落ちていく光景が映し出される。
下手をすれば人間大陸のどの大陸よりも巨大な大陸が落ちていく光景は、その場に居る者達を唖然とさせるのに十分だった。
「――……どうなっちまうんだよ、これ……」
「アレが我々の下界に降下し、自爆すれば……全てが消滅する」
「全て……」
「最早、我々ではどうする事も出来ない。……出来るのは、天界に残っているアルトリア達だけだ」
「……ッ」
「アルトリア……。……お前を、信じていいんだよな……っ!?」
『青』が伝える言葉に全員が沈黙を浮かべる中、ユグナリスはリエスティアの無事を願いながらアルトリアを信じ続ける。
こうして最後の希望を託されたアルトリアとエリク達は、共にマナの大樹へ向かい合う光景を見せていたのだった。




