狂鬼乱舞
大鬼族として覚醒したエリクは、牛鬼ゴズヴァールと人狼エアハルトとの激戦を続ける。
エアハルトが手足を素早く薙ぎながら魔力の刃である魔力斬撃を飛ばし、赤肌に変貌したエリクの皮膚を切り裂いた。
しかし数秒後には裂かれた傷口は塞がり、再びエリクはエアハルトを豪腕で襲う。
それを素早く飛び退き回避したエアハルトは、ゴズヴァールと並び構えながら呟くように愚痴を零した。
「オーガとは、これほど回復能力が高いのか?」
「赤肌の鬼族は通常の鬼族とは違う変異種だ。頭から叩き潰すか、首を飛ばすか、心臓を潰さない限りは止まらない」
「それが鬼神の血ということか?」
「そうだ。エアハルト、奴の首を狙え。俺は奴の心臓を潰す」
「分かった」
ゴズヴァールの指示にエアハルトは従い、共に飛び出すように動きエリクに迫る。
そしてエリクは対峙する相手に対して構えは向けず、ただ腕に異常な力を込めながら近付く二人に腕を振った。
その行為に危険を感じた二人は左右に別れて飛び、その合間を何か巨大な圧が通過すると凄まじい勢いで王宮を覆う壁の一部を破壊した。
「これは……!?」
「奴め。この短時間でお前の魔力斬撃を真似てきている」
「幾度か見ただけの、俺の技を……!?」
「正気を失いながらコレか。鬼神の血は侮れない。これ以上の長期戦で学んでは厄介だ、一瞬で仕留めるぞ」
「……ああ」
覚醒したエリクの危険性を改めたゴズヴァールとエアハルトは共に動き、暴走するエリクに対して攻撃を加える。
ゴズヴァールが接近し正面で撃ち合う中、中距離からエアハルトが魔力斬撃を飛ばす。
そしてゴズヴァールがエリクの手を撃ち払い、更にエリクの顎を下から上へ殴ると頭と顎を浮かせて野太い首を曝け出した。
「グガッ」
「エアハルト!」
ゴズヴァールの叫びが轟く前に、既に構えていたエアハルトが全身の集中力と魔力を右脚に集める。
そして研ぎ澄ませた右脚の足刀をエリクの喉に向けながら、大きく脚を振り抜き、魔力斬撃を放った。
凄まじい斬撃が飛ぶようにエリクの喉を切り裂き、夥しい量の流血を起こさせる。
しかしエアハルトの渾身の攻撃は、屈強となったエリクの首を跳ねるまでには至らなかった。
「クッ!!」
「首を跳ばすのは不可能か、ならば!」
エアハルトの激しい舌打ちと同時に、ゴズヴァールが自らの巨体を前へ飛ばす。
そして赤肌のエリクの胸に渾身の力を込めた拳を放った。
するとエリクの肋骨は砕け、その下で守られた心臓を潰したことをゴズヴァールは拳の感触で間違いなく捉えた。
しかしエリク動きを止めず、血を撒き散らしながら凄まじい咆哮を上げる。
「――……グ、ガァアアアアアアァァァアアアアアアアーッ!!」
「!」
「なに!?」
エリクは裂かれた喉や砕かれた心臓と肺さえ一瞬で癒し、目の前にいるゴズヴァールとエアハルトに眼光を向ける。
そしてその自身の叫びに凄まじい魔力を込め、魔力の波動としてその場に放たれた。
その咆哮によって周囲にいる者達は三半規管を狂わされ、魔力の咆哮は物理的衝撃を伴いながら周辺を破壊し二人を巻き込んだ。
「グ、ゥアッ!!」
「口から、魔力そのものを!?」
咆哮と共に放たれる魔力に巻き込まれたエアハルトは吹き飛ばされ崩壊する建物に激突し、瓦礫の中に埋もれるように沈んでいく。
真正面に立っていたゴズヴァールは耐えながらも口から放たれるエリクの魔力を浴びて全身の黒毛が焼かれ、幾らかの距離まで吹き飛ばされて停止した。
焼けた黒毛から焼けた煙が昇りながらも防御の構えで耐えたゴズヴァールは、吹き飛ばされたエアハルトには一瞥も向ける余裕を見せられずに苦々しく呟く。
「鬼神の血め。不死身だとでもいうのか……ッ」
「グ、ガァ、ア……」
「……自分の咆哮で喉を焼いたか。だが、すぐ回復する。奴を殺すには……」
ゴズヴァールは不意に視界に入ったあるモノに注目し、その場から飛び出す。
そしてそれを拾いながら構え、改めてエリクと対峙した。
彼が拾ったのは建物の屋根に備え付けられた、太く長い鉄の棒。
その先端を尖るように素早く手刀で削ぎ落とすと、一本の太い鉄槍が完成した。
「これを、心臓に突き刺す」
槍を扱うように鉄棒を振るゴズヴァールは駆け出し、エリクに接近する。
そして焼けた喉を回復させたエリクが、ゴズヴァールに向けて再び腕を振るって魔力斬撃を飛ばした。
それをゴズヴァールが回避すると、今度は先ほどと同じ咆哮を飛ばす。
広範囲の魔力咆哮を受けながらも突き進みながら耐えるゴズヴァールは、エリクに向けてその鉄槍を両手と体全体の膂力を乗せて心臓がある胸の中央へ突き刺した。
「グ、ガ……ゲハッ……」
「終わりだ、鬼神の子孫……ッ!!」
突き入れた鉄棒を捻るように回したゴズヴァールは、トドメを刺すように更に深く突き入れる。
するとエリクの口から夥しい血液が溢れ、それがゴズヴァールの身体にも降り注いだ。
血に濡れながらゴズヴァールが更に力を込め、エリクの巨体を浮かすほどの膂力で鉄槍を捻じ込む。
するとエリクはゴズヴァールの頭部を掴んで抵抗するが、その背中を鉄槍が貫通してしまう。
そうなると頭を掴み伸ばしていた左手は力を失い、赤鬼化したエリクが停止した。
「……死んだか」
心臓を突き刺し破ったエリクが停止した事で、ゴズヴァールは死亡したと確信する。
そのまま身を引きながら鉄棒から手を離したゴズヴァールは、エリクの巨体から逃れるように体の正面から離れようとする。
しかしゴズヴァールの頭部に触れていたエリクの手に再び力が込められ、ゴズヴァールの牛の角を掴んだ。
「!?」
「グ、ガァ……ッ」
「馬鹿な、心臓を破壊したんだぞ……!?」
再び動き出したエリクにゴズヴァールは驚愕し、動揺を深めるながら掴まれた角から手を引き剥がそうとする。
しかしエリクの握力はそれを凌駕し、逆に足を地面に着けながら牛鬼となったゴズヴァールの巨体を片手で浮かせた。
そして自身の胸に突き刺さった鉄棒を右手で引き抜き、正気を失った眼光をゴズヴァールに改めて向けた。
「ガァア……ッ!!」
「この、化物め……ッ!!」
頭の角を掴まれ浮かされたゴズヴァールは、鉄棒を引き抜かれ傷を瞬時に回復していくエリクを見て悪態にも似た弱音を初めて漏らした。
すると腕と足を振ったゴズヴァールが、エリクの顔面と体を狙って打撃を加えた。
しかし僅かにしか揺るがされないエリクは、ゴズヴァールの角を持ったまま大きく腕を振る。
そして身体全体を使ってゴズヴァールを振り回し、地面に叩きつけた。
「グ、グォ……ッ」
「ガァアアアアアアァァァッ!!」
何度もゴズヴァールを地面へ叩き付けるエリクは、周囲に数メートルはある窪みを地面に作り出す。
そして突如としてゴズヴァールの角を持って走り出し、その巨体を引き連れながら王宮を囲う内壁を叩きつけ振り回すように内壁を破壊した。
それから壁という壁を破壊し尽くした後、全筋肉を更に膨張させる。
するとゴズヴァールを持った片手で大きく振り被り、掴んだ角を折りながら凄まじい勢いで投げ捨てた。
「グ、ガア……ァアッ!!」
ゴズヴァールの巨体は宙を平行に移動しながら建物を破壊して突破し、その後に撃ち捨てられるように地面へ巨体を転がす。
折られた角と体中の骨に響き砕くような衝撃を受けながらも辛うじて意識を残すゴズヴァールは身悶え、再び腕と足を支えに起き上がろうとした。
それより早くゴズヴァールの足に向け、エリクがゴズヴァールの折れた角を突き刺すように投げ放ち、深く足を穿つ。
「ゥ、グゥ……ッ!!」
「ガアアア……ッ」
互いに全身から血を流しながらも、重傷のゴズヴァールより早くエリクが傷を癒しながら正気を失い相手を殺す為に動く。
エリクの瞳は赤い眼球のまま正気を失ったままであり、全身から禍々しい魔力を放ちながら倒れたゴズヴァールに飛び込み力強く拳を握り締めた。
「ガア、ガアア――……」
「――……エリク!」
「……ガァア……」
エリクがゴズヴァールにトドメを刺そうとした瞬間、その横側から彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
すると正気を失っていたはずのエリクが目を向け、そこに居る人物を見た。
そこには胸を血塗れにさせながらも、乱れた長い金髪を靡かせる少女が立っている。
それはエリクが死んだと思い暴走する原因となったはずの、アリアだった。




