楔の代償
エリクとの勝負において自らの敗北を認めたウォーリスだったが、最愛の女性と交わした約束の為に強靭な精神力でボロボロの身体を再び動かし始める。
そんなウォーリスの周囲を囲むように現れたのは、エリク達と共に天界まで辿り着いた者達や、その後に到着したユグナリス達が集まっていた。
最終局面に参加した者達が勢揃いする光景に、エリクやケイルは驚きの様子を浮かべる。
そして彼等の視線は、起き上がろうとするウォーリスに注がれていた。
「……ッ」
エリク達だけではなく人間大陸の強者である聖人と魔人が再び集結した光景を見て、ウォーリスは苦々しい面持ちを浮かべる。
弱体化し自らが抱えるエネルギーによって僅かに動かせる肉体すら自壊しようとしているウォーリスは、この状況を如何に退け、自らの望みを果たす術を必死に探ろうとしていた。
そんなウォーリスに対して、周囲の者達で最も前に立つ皇子ユグナリスが声を向ける。
「――……ウォーリス殿。……もう、止めましょう……!」
「!?」
「貴方の事情は、彼女達から聞きました。……もう、我々と貴方が戦う理由は無い。だから……!」
「……彼女達……?」
ユグナリスの言葉に困惑した表情を浮かべるウォーリスだったが、彼等が現れた方角から再び足音が聞こえる。
それにウォーリスが注目すると、そこに現れた者達の姿に驚愕を浮かべた。
その者達は、いずれもウォーリスが知る人物達。
一人は魔鋼で覆われた自らの脳を持ち歩く義体、親友アルフレッド。
そしてアルフレッドの肩を借りながら引きずられるように歩く、騎士ザルツヘルム。
更にその背後から灰色の外套を羽織った老騎士ログウェルと、その傍らにはある女性の姿もあった。
そうした者達を見たウォーリスは、真っ先に彼女の名を呼ぶ。
「……カリーナ……!?」
自分が最も大事にしていた女性が目の前に現れた事に、ウォーリスは驚愕で動きを止める。
しかしカリーナは相反するようにログウェルの傍から飛び出し、立ち上がろうとしていたウォーリスの胸に飛び込むように抱き着いた。
「――……ウォーリス様……っ!!」
「なんで、君が……ここに……」
「ウォーリス様、もういいんです……。もう、いいんです……っ!!」
「え……?」
「アルフレッド様から聞きました! 私との約束を守る為に、ずっとウォーリス様は戦って来られたと……。……でも、もういいんです……いいんです……っ!!」
「……だが、私は……」
「私はっ!! ……私は、二人さえ生きていてくだされば……ウォーリス様と、私達の娘がいれば、それだけでいいんです……! ……だからもう、誰かを……そして貴方自身も、傷付けないでください……っ!!」
「……」
涙を溢れさせながら強く抱き締めるカリーナの言葉に、ウォーリスは唖然とした表情を浮かべる。
その言葉はウォーリスの心に刻まれていたカリーナとの約束を解き始め、彼が今まで強く望んでいた願いさえ薄れさせようとしてた。
しかし次の瞬間、ウォーリスの内部から悪魔の声が囁き聞こえる。
『――……おや、御主人様。よろしいのですか?』
「!」
『貴方の願いは、貴方が大事と思える者達の為に世界を変えること。それを私に手伝わせる為に、私達は契約を交わした。その願いを捨てるということが、どういう事か御分かりですよね?』
「……ッ」
内側から響き聞こえる悪魔の言葉に、ウォーリスは厳しい表情を浮かべる。
しかし自分の胸で泣くカリーナの姿と、ケイルが抱え持つ創造神の肉体を見て、僅かに表情を柔らかくしながら口元を微笑ませた。
するとカリーナを右手で剥がすように押し除けると、自らの足でボロボロの身体を立たせる。
「ウォーリス様……?」
「……すまない、カリーナ。君の望みを、何も叶えられなくて」
「え……?」
「私は、良い父親になれなかったよ。……だから君が、良い母親になってあげてくれ」
「ウォーリス様……!?」
そう微笑みながら頼むウォーリスは、その場から後退るように歩く。
それを追おうとするカリーナと警戒を抱く周囲の者達は、再びウォーリスが何かをし始めるのではないかと警戒し始めた。
しかし覚悟を決めたウォーリスは、内部に留まる悪魔に答えを告げる。
「ヴェルフェゴール」
『はい、御主人様』
「私は、お前との契約を破棄する」
『承りました。――……では、ウォーリス=フロイス=フォン=ゲルガルド。貴方の魂を、頂きます』
「……ッ!!」
「!?」
「な、なんだっ!?」
自ら望んだ悪魔ヴェルフェゴールとの契約を破棄すると選んだウォーリスは、自らの魂を差し出す事を認める。
それに応じるヴェルフェゴールは魂の内部で形成していた精神体を使い、ウォーリスの魂を掴み取った。
すると次の瞬間、ウォーリスの身体から凄まじいエネルギーが放出し始める。
それは到達者として満ちていた生命力や魔力、更に集めていた信仰のエネルギーが虹のような色で現れ、その場に居る者達すらも覆うように流出していた。
それを間近で受けたカリーナは身体を吹き飛ばされそうになるが、傍に立つエリクが左腕を伸ばして受け止める。
しかしエリクを含む周囲に居る者達はウォーリスに何が起きたか分からず、それぞれに声を上げた。
「な、何がっ!?」
「奴の攻撃かっ!!」
「……これは、奴の身体から生命力と魔力を抜け出ているっ!?」
「どういうことなのです!?」
「……見ろ! 奴の身体が……っ!!」
「!」
押し寄せるエネルギーの波に視界を覆われる中で、その発生源であるウォーリスを見た武玄が彼の肉体に起きている変化に気付く。
それはエリクに受けていた傷を中心に肉体全体に亀裂が生じ、徐々に砂と化すように崩れていく様子だった。
それを見ながらウォーリスの言葉を聞き取れていたアルフレッドは、その様子から事態を察する。
「ウォーリス様、まさか契約を解いたのですか……!?」
「何か知っているのかっ!?」
「ウォーリス様と契約していた悪魔です! 奴が、ウォーリス様の魂を奪おうとしているっ!!」
「!?」
「だが、どうしてこんなっ!?」
「到達者だからですっ!! 到達者であるウォーリス様の魂は、悪魔でも容易に奪えない! だから先に到達者の能力を失くして、魂を奪おうとっ!!」
「悪魔が魂を……!?」
ウォーリスが悪魔ヴェルフェゴールと契約した事を知っているアルフレッドは、今の状態をそう予測し周囲の者達に伝える。
それが聞こえたユグナリスは驚愕した様子を浮かべ、エネルギーの放出と共に崩壊していくウォーリスを見た。
こうしてウォーリスは自らの敗北を認め、カリーナの涙によって自らの望んだ願いも断ち切る。
それは同時に、彼の魂が悪魔に奪われる覚悟を決めるという事でもあった。




