獣の咆哮
ケイルと合流したアルトリアは、創造神を抱えたまま聖域の上空へ移動する。
そしてウォーリスと戦うエリクの戦い見届ける為に、ケイルと共に二人の決着を見届けていた。
一方そうした観戦者達に気付く余裕も暇も無い中で、エリクは防戦一方の戦闘を続けている。
到達者として自らの能力を遺憾なく発揮しているウォーリスに対して、エリクは渡された鬼神の能力で持ち堪えていた。
生命力と魔力を用いた数多の攻撃方法を見せるウォーリスは、相手に傷を負わせながら着実に消耗させていく。
しかし赤色の肌に変色した顔や肉体に無数の傷を与えられながら出血するエリクは、押し寄せる樹木達と魔力球体を目にしながら握る大剣を振り被りながら叩き降ろした。
「――……グォオオオッ!!」
エリクは凄まじい雄叫びを上げながら大剣を振り下ろし、前後左右から迫るウォーリスの攻撃を赤く染め上げられた斬撃で吹き飛ばす。
自身の攻撃を盾にしながら距離を置いていたウォーリスは、吹き飛んでくる樹木の破片と斬撃の余波を凄まじい突風のように浴びながらも、揺るがずに踏み止まった。
しかし次の瞬間、吹き飛んで来た大きな瓦礫の影からエリク自身が飛び出す。
そしてウォーリスを斬撃の射程に収めながら、その反応よりも早く大剣を振り下ろした。
「――……これでっ!!」
「!」
一瞬の油断を突いたエリクの奇襲に、ウォーリスは反応が遅れる。
すると振り下ろされたエリクの大剣がウォーリスの左肩から胴体を袈裟懸けに切り裂き、肉体を真っ二つに切り裂いた。
しかしウォーリスを斬った感触を剣越しに察したエリクは、それが異常事態である事に気付く。
「これは……!?」
「――……分身だ」
「!?」
目の前に立つウォーリスの見た目が樹木の枝に変化したのを確認したエリクは、自身の背後から悪寒を感じながら囁きを聞く。
それに反応し咄嗟に大剣を薙ぐように振り向こうとした瞬間、エリクの利き腕である右腕により速く迫るウォーリスの長剣が深々と食い込んだ。
すると次の瞬間、エリクの右肘から先が切り裂かれ、握っていた大剣と共に中空を舞う。
それに凄まじい痛みを感じながら咄嗟に跳んで後退したエリクは、右腕の切断面から流れ出る血を滴らせながらウォーリスと向き合った。
ウォーリスは痛みで歯を食い縛りながら耐えるエリクを追撃せず、冷淡な瞳と表情を向けながら声を向ける。
「ぐ……っ!!」
「これで、貴様の利き腕は潰した。……再び問う。これでもまだ、敗北を認めるつもりは?」
「ッ!!」
「無いか。……ならば次は、その首を獲らせてもらう」
頑なに敗北を認めないエリクの態度に溜息を漏らしながらも、ウォーリスは冷静に距離を距離を保ちながら跳び下がる。
すると周辺に存在する樹木の枝を操作して、落下しているエリクの大剣を掴み別の方角へ投げ放った。
右腕を失い最大の威力を放てる大剣まで遠ざけられたエリクは、左手で右腕を掴みながら痛みを堪える。
しかしそんなエリクが復帰するのを待たず、ウォーリスは先程と同様の攻撃を再開した。
「クソッ!!」
「無駄だ。お前はもう、私から逃げ回る事しか出来ない」
「……ッ!!」
「これが、お前の英雄とやらの姿だ。――……アルトリア」
再び猛攻を開始したウォーリスは、エリクに向けていた意識を僅かに削いで上空に青い瞳を向ける。
するとそこには浮かびながら観戦しているアルトリアの姿があり、ウォーリスはその彼女に向けた言葉を呟いた。
それを聞き取れているのか、結界を張りながら浮遊しているアルトリアが溜息と声を漏らす。
「――……アイツ、エリクを舐めてるわね」
「……エリクの腕が、斬り飛ばされた……。……おい、本当にこのままじゃ……!!」
「大丈夫よ。……でも、その時までエリクが耐えられるかどうかってところかしら」
「耐えられる……!?」
「こっちの話よ。私達は、エリクの戦いを見届けるだけでいい」
「……ッ」
エリクの戦況が芳しくない事を見下ろしていたケイルは気付きながらも、それを制止するようなアルトリアの言動に苛立ちが浮かび上がる。
しかし自分があの状況に参戦したところで瞬く間に殺されるだけなのを察し、伏せていた顔を上げて戦いの様子を再び見下ろした。
武器と右手を失い夥しい出血を続けるエリクは、防戦だった戦況が回避に集中することになってしまう。
押し寄せながら伸びて来る樹木の鋭い枝が鋭利な刃となってエリクを斬り裂こうとし、それを援護するように魔力球体が樹木ごと爆撃を続けた。
その衝撃と破片がエリクの肉体に更なる傷を与え、足場を崩された事で姿勢が完全に崩れる。
するとその瞬間を狙ったように、伸び迫る樹木の枝がエリクの左上腕と右太腿を貫いた。
「ぐっ、ぁあああ……っ!!」
貫かれた手足の痛みに再び叫び声を零すエリクだったが、新たに迫る樹木の枝を視界に捉える。
それが自分の首をも貫こうとしていることを認識し、痛みを堪えながら歯を食い縛り肉体から凄まじい生命力と赤い魔力を放出した。
「オォオオオオッ!!」
「むっ」
全力で解放したエリクの能力が周囲を破壊する程の衝撃を生み出し、手足に突き刺さり眼前に迫る樹木の枝を吹き飛ばす。
それによって貫かれた左手と右足が解放され、そのまま落下しながら地面へ衝突した。
切断された右手と貫かれた手足から夥しい血液を溢れ出させるエリクは、荒い呼吸を吐き出しながら伏した顔を上げようと身体を捻り起こす。
そんなエリクの頭に、長剣の矛を差し向けたウォーリスが見下ろしながら言葉を向けた。
「エリク、貴様の負けだ」
「……」
「最後に聞こう。……敗北を、認める気は?」
「……断る」
ウォーリスの問い掛けに再び答えたエリクは、見下ろす青い瞳を鋭い眼光で見上げる。
それを聞いたウォーリスは青い瞳を閉じた後、再び瞼と口を開いた。
「……そうか。……本当に、残念だ」
そう言いながら長剣を振り上げたウォーリスは、その刃の矛先をエリクに定める。
到達者によって与えられた傷と出血はエリクを動けない程まで消耗させ、その長剣を避ける猶予すら無くさせていた。
そしてウォーリスの長剣が振り下ろされようとした時、空気さえ切り裂くような雷鳴が鳴り響く。
すると次の瞬間、ウォーリスの喉元に獣の顎と牙が喰らい突いた。
「――……ガルルルッ!!」
「!?」
「な……っ!?」
エリクとウォーリスは共に驚愕の表情を浮かべ、突如として現れた獣の姿に驚く。
それは大型の狼をした手足を持つ獣人であり、その体毛は金色に染まり肉体に電撃を纏わせていた。
突如として二人の戦いに現れた金色の狼を確認したアルトリアとケイルは、その正体に驚愕の声を零す。
「あいつは、まさか……!?」
「……エアハルト」
二人は自身の記憶にある人狼姿のエアハルトを思い出し、それがこの場に現れた人物だと悟る。
するとエアハルトは喉元に喰らい突いたままウォーリスを持ち上げ、大きく首と身体を振り首を噛み千切りながら投げ放った。
「……っ!!」
それでもウォーリスは瞬く間に首の傷を修復し、身を捻りながら両足で綺麗に着地して見せる。
しかしその心情は穏やかではなく、妨害するように現れた人狼に明らかな不機嫌な鋭い眼光と言葉を向けた。
「我々の戦いを邪魔するな、魔人」
「……知ったことか、そんなモノ」
「なに?」
「貴様だけ、絶対に許さん。――……あの女の姿で俺を侮った貴様だけは、絶対にっ!!」
そう唸りながら叫ぶエアハルトは、自身の肉体から凄まじい電撃を放出する。
魔力によって生み出される電撃は更にエアハルトの輝きを強めながら、ウォーリスに対する憎悪をその瞳に宿らせていた。
こうして窮地に追い込まれたエリクの前に、突如として邪魔者が現れる。
その原因は彼の大事にしていた女性と矜持を弄んだ、ウォーリスに対する絶対的な怒りだった。
 




