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鬼神の血


 アリアは幼い頃、魔人という存在を書物で知る。

 『魔人』と呼ばれる彼等は人間と魔族の血を持ち、内臓器官などはほぼ人間と変わらないながらも、体内に魔力を生み出し操る器官を有していた。


 故に『魔人』とは、人間とは一線を隔した存在。


 魔人の中には人間と魔族の姿を切り替える者もおり、それ等は『上級魔人』と人間達の中では呼ばれた。

 そういう魔人は上級魔獣や王級魔獣に匹敵する脅威があると、人間大陸の中では認識されている。


 しかし数百年前に世界に起こった天変地異で、この星に住む全ての者達が協力し、その危機を乗り切った。


 その事実は世界に語り広まりながらも、人間と魔族の仲は隔たりを残している。

 しかし互いの生存域を侵すような戦争までに発展する事態は、この数百年間の間には確認されていなかった。


 その影響で魔人に対する偏見に似た差別は太古の頃よりも薄くなったが、人間と異なる部分は変わることは無い。

 通常の人間を遥かに凌駕した身体能力を秘めた種族という認識は、人間が住む人間大陸の中では異質で在り続けた。


 エリクがその魔人である可能性を考えたアリアは少なくとも恐怖こそしなかったが、彼を雇っていた王国での扱いに納得する。


 王国の貴族達がよほどの無能でなければ、人間を凌駕するエリクの身体能力を目の当たりにし、彼が魔人なのではないかと勘繰る者もいたはずだ。

 そして少なくともベルグリンド王国は人間至上主義の貴族社会体制であり、魔物や魔獣は勿論、魔族という存在を良く思っていない。

 対してガルミッシュ帝国は実力主義の社会体制であり、有能な者であれば人間や魔族、魔人にも寛容だった。


 エリクが王国で冤罪を着せられ、処刑されようとした理由。

 それは王国が明確にエリクを魔人だと認識し、排除しようとしたからだとアリアは思考していたが、それを口にした事は無い。

 それはエリクにとって既に過ぎた事であり、今更そんな事を話しても無意味だと思っていたからだ。


 そしてエリク自体の姿が人間であり、上級魔人のような姿形へ変貌する様子が見えない。

 アリアにとってその状況は、エリクが魔人であるという深刻な事態を軽んじている理由にもさせていた。


 しかし今、アリアの死という喪失感と虚無感を経て、牛鬼族と変貌したゴズヴァールに対する怒りが、エリクを魔人として覚醒させる。

 それはアリア自身も想定していない、エリクの隠された力を呼び起こす事になった。


「ガアアアアアアアアァァァアアアッ!!」


「グオォォオオッ!!」


 王宮内の建物が次々と破壊されていく中、巨体の姿を晒す二匹の獣が無遠慮に本気で攻撃を打ち合う。


 二足歩行の巨大な牛の姿をした魔人が、マシラの闘士長ゴズヴァール。

 そして目の白い部分が赤色へ変貌し正気の瞳を失ったエリクは、徐々に人の姿を失っていった。


 エリクの肉体が全体的に盛り上がり、覆っていた服を破り、体格が二メートルを軽く超える。

 手の指は太く伸び、腕を一振りしただけで空気の壁を切り裂き、その先の対象物を一閃して破壊した。


 それでも脅威的な光景だったが、まだエリクは変化を続ける。

 牛鬼族のゴズヴァールに匹敵する巨体へと膨れ上がり、褐色の皮膚が徐々に赤みを増していた。


 そのエリクの変化を近くで見るゴズヴァールは、戦いの最中に驚くべき変化を確認する。


「!」


「ガァアアァッ!!」


「コイツ、額に角が……!!」


 ゴズヴァールが見たのは、エリクの前髪と額部分の境目。

 その境目に二本の黒い角が生えつつあるのを、ゴズヴァールは確認して深い驚きを見せた。


「貴様、もしや大鬼族(オーガ)かッ!?」


「グ、ガアアアアアアアッ!!」


「魔族随一の戦闘種族の血を継いでいたか、面白いッ!!」


 真っ向から殺意を込めた腕を振り落とすエリクの攻撃を回避したゴズヴァールは、エリクの顎を砕くように拳を浴びせる。

 しかしエリクの顎は砕けず、そのまま痛みさえ無視するように攻撃を加え続けた。


「確かに力が強く素早い。だが、貴様の攻撃は単調が過ぎるッ!!」


「グ、ガッ……!!」


 大振りのエリクの攻撃を全て捌き、顔を中心とした人体の急所を的確に撃ち抜くゴズヴァールは殴打を浴びせ続ける。

 だがそれでもエリクは止まらず、むしろ血を吐き出しながら狂気を増加させていた。


 それどころか肉体の変化は留まらず、黒い角と共に黒髪が更に伸び、肉体は三メートルにまで届きそうなほど膨れ上がる。

 肌の赤みが増していくに連れて狂暴さも増し、エリクから溢れ出る魔力が無尽蔵に増大しているのを対峙するゴズヴァールは危険視していた。


 そしてついに、エリクの右拳がゴズヴァールを捉える。


「ガアッ!!」


「グッ!?」


 エリクの右拳を左腕で防いだゴズヴァールだったが、その巨体は吹き飛ぶように地面を削られる。

 しかもまともに防いだにも関わらず左腕を折られたゴズヴァールは驚きながらも、自身の治癒力を高めて左腕を癒しながら冷静にエリクを見た。


「……赤い肌、黒い角の大鬼(オーガ)……。まさか、コイツは……」


 左腕を治癒しながらゴズヴァールは立ち上がり、再び突っ込んで来る赤鬼のエリクと向かい合う。

 そして虚を突くように、その真横から飛び出した何者かがエリクの顔面を蹴り飛ばした。


「ガッ!?」


「!」


 エリクは顔面を強打され、巨体の足元が傾き倒れる。

 その人物もまたゴズヴァールやエリク同様に異形の姿であり、銀色の体毛に覆われた人狼(オオカミ)の姿だった。


 ゴズヴァールは戦いに加わった人狼の名を呼ぶ。


「エアハルト」


「――……ゴズヴァール。コイツは、あの侵入者なのか?」


「そうだ。エアハルト、倒されたと聞いていたが?」


「既に癒し終えた。そっちの傷は?」


「まだ時間が掛かる。エアハルト、このオーガを殺すぞ」


「……お前が、俺と共に?」


「そうだ」


「珍しい事を言う。それほど危険な相手なのか?」


 起き上がり始めたエリクを見つつ、参入したエアハルトは疑問を述べてゴズヴァールに聞く。

 ゴズヴァールは真剣なまなざしを向けながら、こう答えた。


「アレは、鬼神の血だ」


「鬼神?」


「黒い角に、赤肌の大鬼族。まさか()の国の巫女姫以外にも、鬼神の血が残されていようとは」


「お前が恐れる程の相手か、ゴズヴァール」


「まだ完全に覚醒はしていない。だが今ここで奴を始末しなければ、この国の……いや、この大陸に住む者達全ての脅威となる」


「……分かった」


 牛鬼族ゴズヴァールと人狼エアハルトは、共に異形と化したエリクを見る。

 先ほどのエアハルトの強襲さえ致命傷に至らずに平然と立ち上がったエリクは、二人に対して怒りの形相を強めた。

 そして三名の魔人達が激突し、まさに異形の戦いを開始する。


 一方その頃。

 死んで横たわるアリアの傍に、少年闘士マギルスが立っていた。


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