終焉の光
アリアやエリク達が生まれた下界の破壊を目論む創造神の計画を防ごうと、様々な者達が天界の聖域に辿り着く。
そうして辿り着いたケイルの師である武玄は、弟子の負傷を秘かに怒り元凶と思しき神兵達に握る刃を向けた。
唐突に現れ黒く染め上げられた気力の斬撃で神兵を数体ほど仕留めた武玄の姿に、エリクやユグナリスを筆頭とした者達は驚く。
しかしマナの大樹周辺の木々の上に陣取りながら魔銃で狙撃していた【特級】傭兵のスネークは、同じく元【特級】傭兵のドルフにこうした呟きを聞かせていた。
「――……おいおい、ありゃもしかして……」
「あの男、知ってるのか?」
「なんだ、お前知らねぇのか。……ありゃ、『絶刀』だ」
「ぜっとう? ……どっかで聞いた事あるな」
「奴が傭兵をやってた時に語られた二つ名だ。――……『絶刀』のブゲン。アズマ国出身の武士で、二十年と少し前まで戦場を渡り歩いていた【特級】傭兵だ。しかも【特級】に選ばれたのは、僅か三ヶ月にも満たない期間だぜ」
「……思い出した。確かに武器も見た目も一風変わった傭兵がやたら活躍してるって、聞いた覚えがある。……俺が【特級】の傭兵になる前の話だったから、会ったら事は無かったが……」
「なら、戦場の敵側に居なくて良かったな。奴に遭ってたら、真っ二つにされてたぞ」
「アンタは、会った事があるみたいだな?」
「ああ、ただし味方側でな。……奴は戦場の最前線に立って、たった一本の刀で一軍を撤退させた事もある」
「!」
「『砂の嵐』の傭兵団には銃があったが、『絶刀』とは絶対に敵対するなと言った事もある。……二十年くらい前に何処かのガキを連れて自国に引っ込んだってのは聞いてたが、なんでアイツがここに……?」
傭兵時代の武玄を戦場で知るスネイクは、彼が聖域に現れた事に不可解な表情を見せる。
しかし武玄が二十年前に拾い自国に籠らせるほど育てた愛弟子が負傷していた女性だとは察せられず、ただその登場に驚くばかりだった。
そんな武玄の登場に一同が驚く中で、本人は憮然とした表情を浮かべる。
更に怒気の込められた鋭い視線が静かに動き、変貌しているエリクに対して向けた。
「あの男、人間かと思えば魔人であったか」
「……なんだ、さっきの黒い気力は……」
武玄とエリクは視線を重ね、互いに不可解な面持ちを見せる。
しかし二人が言葉を交わすより先に、新たなに出現した神兵達が襲い掛かって来た。
それに即座に反応した二人は、互いに武器を振るいながら気力斬撃で迎撃する。
中空に赤と黒の斬撃が飛び交う中、彼等に襲い掛かった神兵達は瞬く間に切り裂かれ、斬撃によって細胞ごと消滅させられた。
それを見た武玄とエリクは、互いが放った攻撃に不可解な視線を向ける。
「……やはりあの黒い気力は、神兵の再生を止めながら殺している……!?」
「あの赤い斬撃、奴の魔力が混じっておるようだが……。……神の兵を屠れるとは、まさか親父殿が話していた到達者か?」
二人は到達者に近い再生能力を誇る神兵を一撃で仕留めている事に気付き、互いの攻撃に不可解な様子を漏らす。
しかしそれを解明させる間も無く、次々と生み出される神兵達は二人に躊躇なく二人に襲い掛かった。
それを思わぬ速度で迎撃し神兵達を切り裂いたのは、中空を飛ぶ赤と青の閃光。
交わるように飛ぶその二つの光は、『赤』と『青』の血を宿すユグナリスとマギルスだった。
「――……おじさん達、ボケっとしてると殺られるよ!」
「神兵達も外に出したら、世界を滅ぼそうとすると聞いたっ!! だったら、ここで俺達が食い止めるっ!!」
そう言いながら飛んで来る神兵達を迎撃する二人は、神兵達が天界の外側へ流出する事を防ごうとする。
すると彼等の後方に立ちながら援護していた『青』が、エリクや武玄にも説明するように伝えた。
「創造神の計画には、神兵等を我々の世界に放つ事も含まれている。故に我々は、この場で神兵の妨害せねばならぬ!」
「……だからアリアやケイルは、俺をこの場に……!」
「そういうことであれば……!」
『青』の説明を簡潔に聞き届けたエリクと武玄は、共に神兵達を聖域の外に出さない為に撃退し続けなければならない事を理解する。
そうして聖域に集った者達が自身の役割を理解し、改めて押し寄せる神兵達に対抗する事に務めた。
しかし彼等も理解できていない状況は、今も一刻ずつ進んでいる。
それは下界を破壊しようとする天界の砲撃が、残り五分にも満たない時間で発射されようとしていたという状況だった。
それを阻止しようとするウォーリスやアルトリア達は、今も循環機構の中で創造神の計画を止めようとしている。
しかし状況は彼等が思うようには行かず、苦境に立たされていた。
「――……くっ、発射の時間を延ばせない……。そっちはっ!?」
「発射命令の暗号が読み取れない! 暗号を読み解けなければ、停止命令を送り込む事が出来ないっ!!」
「暗号は私に回して! 一分で読み解くっ!!」
精神体であるアルトリアとウォーリスは自身の周囲に投影された操作盤を扱いながら、下界に放たれようとしている天界の砲撃を止めようとしている。
その周囲では未来のユグナリスと鬼神フォウルが押し寄せて来る天使モドキ達を抑える為に動き、それぞれに尽力を続けていた。
しかし彼等の努力とは裏腹に、創造神の計画は時間と共に進んでいく。
それでも諦めを見せないアルトリアとウォーリスは、互いの知識と知恵を全て活用しながら創造神の計画を止めようとしていた。
「……読み解けたっ!! そっちに解読した発射命令の暗号を送るわっ!!」
「頼むっ!! ――……よし、この暗号ならば……!!」
解読した暗号を読み解いたアルトリアの情報を元に、ウォーリスは発射命令を中止できる命令信号を作り始める。
凄まじい速度で操作盤に十本の指を叩き付けるかのように動かすウォーリスは、二分程で中止命令の信号を作成してみせた。
この時点で残り時間は二分であり、残された時間は少ない。
それでも完成させた中止命令を、ウォーリスは循環機構に送り込んだ。
「これで、止まれ……っ!!」
険しい顔で呟くウォーリスは、操作盤の一つを強く叩く。
それと同時に送り込まれたウォーリスの中止命令は、循環機構を駆け巡りながら実行されている創造神の計画に届いた。
しかしその数秒後、二人が見ている操作盤に警笛音と赤い文字が浮かび上がる。
それを見たアルトリアは、驚愕しながら表示されている赤い文字の言葉を呟いた。
「エラーですって……!?」
「なにっ!?」
「中止命令を受け付けなかったのよっ!! でも、どうして……。……まさか、これは……!?」
中止命令が拒絶された事を知ったアリアは、その原因を確認する為に操作盤の一つを確認する。
するとそこに並べられた言葉を確認し、青い瞳を見開きながら呟いた。
「……さっき確認した発射命令の暗号が、書き換えられてる……!!」
「なんだとっ!?」
「こちらの中止命令が受け付けられなかったのが、これが原因ね。でも、誰が発射命令の書き換えを……!?」
「……循環機構だ」
「!?」
「創造神の組み上げた循環機構が、私達の命令を拒絶したんだ。そして、発射命令を書き換えた」
「それって……」
「……中止命令を送り続けても、発射命令の方が書き換えられてしまう。……砲撃が、止められない……!!」
「ッ!!」
砲撃が放たれる残り時間が一分半を切った状況で、二人は循環機構という存在がどういうモノであるかを理解させられる。
それは創造主である創造神に従う存在であり、それに反するような命令を拒絶する事が出来る忠実な意思を持っていた事だった。
しかしそれを知っても、アルトリアは諦めずに叫び聞く。
「他に方法はっ!?」
「循環機構が命令を厳守し行動をしているのであれば、止める事は不可能だ……っ」
「諦めるつもりっ!?」
「そんなつもりはない。だが循環機構の書き換えが出来ない以上、物理的にマナの大樹か天界を破壊するしか方法が無い」
「今から……!? もう一分も無いのに……!!」
世界を破壊しない為に残された手段を伝えるウォーリスに、アルトリアは動揺した面持ちを浮かべる。
しかし魔鋼によって築かれた天界を破壊する事は難しく、更にマナの大樹を破壊すれば連鎖するように世界を破滅させる事にも繋がってしまう。
まさに八方塞がりの状況に陥ったアルトリアは、近くに倒れている創造神を見る。
その脳裏には、『黒』が伝えた言葉が蘇っていた。
『その未来は、黒も視ました。でもそれは、失敗してしまう』
「……これが、黒の視た未来ってことね。……それでも……っ!!」
創造神を一瞥した後、アルトリアは新たな操作盤を開いて何かを始める。
それに気付いたウォーリスは、その行動に驚きながら問い掛けた。
「どうするつもりだっ!?」
「決まってるでしょ。この世界の未来を、作るのよっ!!」
「!!」
アルトリアはそうした言葉を見せ、一人で操作盤を扱い続ける。
それを止めようとしないウォーリスは、アルトリアが何をやっているか確認するようにその操作盤を見た。
そして発射までの残り時間が、五秒となる。
同時に操作盤を使って何かを終わらせたアルトリアは、最後のボタンを強く叩いた。
「――……これで私の勝ちよ、創造神っ!!」
「!」
そう叫ぶと同時にアルトリアが押したボタンと重なるように、残された時間が終わる。
それと同時に天界の真下に展開した巨大な砲塔に凄まじいエネルギーが溜め終わり、時空間の穴に広がる下界へと放たれた。
天界と下界は眩い程の極光に包まれ、多くの者達が放たれた砲撃の光を目にする。
それは『黒』が予言していた、世界の終わりが訪れる光景だった。




