憎悪の泥
エリクを介して自らの死体に戻ったアリアは、意識の無い創造神を目覚めさせる為に接触を図る。
それを妨害しようとする『神兵』達をエリクに任せ、アリアは自らの精神を創造神の肉体へと侵入させた。
『――……これって……!?』
意識だけが加速し繋がる精神世界の中で、アリアは意識の瞳を見開きながら驚愕を零す。
それは本来ならば全てが白に染められているはずの精神世界が、全て黒に染め上げられた景色を目撃した為だった。
アリアは自らの精神を具象化し、自身の姿を模す形で黒い精神世界に舞い降りる。
そして自身の輝き以外に光が無い精神世界を見回しながら、訝し気な表情を浮かべながら呟いた。
「……魂の門も見えないし、精神も感じられない。……今の私は、何処までこの精神を潜ってるのよ……」
アリアはそう言いながら精神を屈め、自身の右手を黒い床へ着ける。
そして果てしなく続く黒い精神世界の中で存在するはずの今の自分を探そうと、精神を研ぎ澄ませた。
するとある方角に俯かせていた顔を振り向けると、アリアは驚きの声を漏らす。
「……この気配は、今の私じゃない……。……私達以外に、誰かいるの……!?」
自身の精神内部に第三者が存在する事を察知したアリアは、それを探る為に精神を飛翔させながら向かう。
するとかなり距離が離れた場所で赤い灯火が舞い散る光景が見えると、アリアは眉を顰めながら呟いた。
「……あの炎、まさか……」
アリアは遠目に見えた灯火に嫌悪を感じるように表情を強張らせたが、それでも飛翔する速度を緩めない。
しかしその嫌悪を証明するように、アリアはその先にある一人の精神を確認してしまった。
そこには舞い散る炎の中で一本の聖剣を振るいながら、黒い精神世界の中に押し寄せる泥のような闇と戦う赤髪の青年が見える。
その青年の顔を視認したアリアは、悪態にも似た声で呟いた。
「やっぱり、アンタだったのね。――……馬鹿皇子」
「――……クッソッ!!」
過去と未来において最も嫌悪していた馬鹿皇子を見つけてしまったアリアは、飛翔していた精神を留めながらその様子を窺う。
すると創造神の精神世界に侵入していた未来のユグナリスもまた、押し寄せる泥のような闇に悪態を漏らしながら炎を纏わせた聖剣を振るっていた。
それを見たアリアは、創造神が目覚めないまま意識を失っている理由に気付く。
「……そうか。あの馬鹿皇子が今まで、創造神の憎悪を押し留めていたのね。だから目覚めなかったのか」
「このぉおお……ッ!!」
「でも、馬鹿皇子でも創造神の憎悪を全て浄化は出来なかった。……そして精神の核になってる今の私は、溢れ出てる憎悪の向こう側に飲み込まれたままってことね……!」
アリアはそうした推察を零し、創造神の精神世界で起きている現状を理解する。
未来のユグナリスはケイルに憑依して創造神と接触した際、その精神内部から溢れ出る憎悪の瘴気を排除しようと侵入を試みていた。
そして見事に創造神の精神世界に侵入し、自分の精神を保ちながら精神内部を汚染しようとしている瘴気を取り払おうとする。
しかし溢れるように生み出され続ける瘴気は、流石にユグナリス一人でも押し留めるだけが精一杯だったらしい。
そうした状況を理解しながらも、未来の戦いで打ち負かされたユグナリスを前にしたアリアは、非常に不機嫌な様相を浮かべながら腕を組んで状況を見据えた。
「……アレは、未来で戦った時の姿。ということは、私と同じように未来の馬鹿皇子が精神だけ現世に留まってるのね」
「クソッ、キリがない……っ!!」
「これも『黒』の仕業ね。アイツ、どこまでこの状況を予知してたのよ。……それより、問題は……」
「ォア……ッ!!」
「……アイツとだけは、例え世界が滅びたとしても共闘したくないってことね」
押し寄せる黒い瘴気と戦う未来のユグナリスを見ながら、アリアはそうした言葉を吐露させる。
それは皮肉や冗談などの表現ではなく、未来の戦いにおいて煮え湯を飲まされたアリアの本音だった。
彼女が経験した未来では、同盟都市の襲撃に伴い行方不明になった帝国皇子が原因で、自分がガルミッシュ帝国の皇帝として立たされ殺された経緯がある。
更に未来の戦いにおいては異常な強さで自身を圧倒し、最後には身に纏う瘴気すらも全て焼き尽くされて追い詰められた経験は、当時のアリアを酷く激怒させていた。
そんな未来の彼女の記憶も引き継ぐアリアは、この状況でユグナリスと共闘するような行動を拒絶したい。
しかし創造神を目覚めさせぬ程に瘴気を押し留めているユグナリスにも有用性が高い事に気付いており、この状況に利用できないかを考えた。
「……アイツ、瘴気が生み出されてる場所までは単独で辿り着いたのね。……なら、丁度いいわ」
アリアは精神世界の上空へ飛翔しながら、瘴気が溢れ出ている場所を確認する。
その手前で瘴気を浄化させる炎を巻き起こしながら奮闘しているユグナリスに、アリアは影のある笑みを浮かべた。
すると泥の溢れ出る場所の真上まで飛翔したアリアは、その右手の指を精神の胸に突き立てる。
それによって精神の奥から溢れ出す自身の瘴気を身に纏い始め、未来と同じ悪魔にさせながら声を漏らした。
「馬鹿皇子が勝手に瘴気を押し留めてる間に、私があの場所に突っ込む。――……創造神の精神核になってる今の私を叩き起こしたら、すぐに馬鹿皇子を追い出してやるわ……!」
ユグナリスに対して共闘ではなく利用する形で用いる事を選んだアリアは、自ら瘴気が溢れ出る場所に飛び込もうと急加速して近付く。
それに気付いたのはその場所を炎で取り囲みながら瘴気に対応していたユグナリスであり、真上から急降下する悪魔化したアリアに気付いた。
「アレは、まさかアルトリアか!? だがあの波動は、未来の――……ッ!!」
「――……フンッ!!」
僅かな時間ながらも視線を重ねた二人の中で、ユグナリスもまた未来で死闘を交えた相手である事に気付く。
そんなユグナリスに対して鼻息を鳴らしながら視線を逸らしたアリアは、瘴気が溢れ出る場所に自らの精神を飛び込ませた。
それを見て追おうとしたユグナリスだったが、飛び込むと同時に更に強く溢れ出した瘴気に対応しながら足を止めるしかなくなる。
「クソッ!! ――……アイツも、俺と同じように未来から……。……だとしたら、頼るしかないか……!」
後を追えない事に苦々しい面持ちを浮かべたユグナリスだったが、落ち着かせた思考から後の事をアリアへ委ねる決断を浮かべる。
それは本人にとって本意とする思考ではなかったかもしれないが、飛び込む前に見えたアリアの瞳が未来とは異なる意思が窺えたことに無自覚に気付いていたからでもあった。
こうして創造神の精神世界に侵入したアリアは、未来のユグナリスと共闘せずに今現在の自分を呼び起こそうとする。
そして精神世界の中心部である瘴気の穴へと突入し、自らも瘴気を身に纏い悪魔となることで精神の汚染を回避したのだった。




