残酷な真実
ウォーリスの側近であるアルフレッドとザルツヘルムによって、過去に起きた出来事が語られる。
それはゲルガルドという父親に抗おうとした二人の兄弟と、それを取り巻く者達による暗躍と協力の真実だった。
すると場面は、『天界』で戦い続けていた者達の現在へと戻る。
そしてこれ等の記憶を保管していた親友アルフレッドは、試験管に収められた脳髄の機能を通じて、自身が視た過去の映像を崩れた瓦礫に映していた。
その傍に立ちながら映像を見据えていたのは、狼獣族エアハルトと元『赤』の七大聖人シルエスカ。
特にウォーリスの母親である義妹ナルヴァニアが深く関わっているこの過去の出来事は、シルエスカに大きな動揺と困惑を生じさせていた。
「――……ウォーリスが……いや、お前達は……ゲルガルドを倒す為に動いていたと言うのか……!?」
『はい』
「馬鹿な……。ならばどうして、こんな事態になるっ!? お前達はゲルガルドに協力し、この世界を手に入れようとしていたのだろうっ!? だから帝国を襲撃してアルトリア達を奪い、合成魔獣達を放って世界を混沌とさせたのではないのかっ!?」
『……全ては一年前。ミネルヴァの起こした閃光に原因があります』
「!?」
『あの閃光には、恐らく大量の生命力が込められていたのでしょう。それが物理的な破壊力を伴い、共和王国の南方を壊滅に至らしめました。……しかし物理的以外にも、あの閃光によって放たれた波動は別の被害を齎していたのです』
「別の被害……?」
『ウォーリス様もまたあの波動を受けた事によって、ゲルガルドの封印が解けてしまったんですよ』
「!?」
『直撃こそしませんでしたが、放たれた波動がウォーリス様の精神内部に封じていたゲルガルドの魂から瘴気の封印を祓ってしまった。……だから我々の予想よりも早く、ゲルガルドが目覚めてしまったんです』
「……まさか、ゲルガルドが目覚めたのは一年前だったのか……!?」
『そうです。その事態に対して、ウォーリス様は計画を切り替えました。自らの記憶を操作し、記憶を読み取るだろうゲルガルドに都合の良い情報ばかり伝え、我々が忠実な駒であるかのように示した。そして奴の欲望を利用して知識を引き出し、天界に赴き創造神を復活させる。そして創造神にゲルガルドを殺させる事が、今回の事態を起こした目的です』
アルフレッドは自分達に起こった予想外の出来事を語り、この事態に及んだ理由を明かす。
それを聞かされたシルエスカは驚愕を浮かべながらも、その情報から導き出される事実に身を震わせながら問い掛けた。
「……だが、そうなると……。……それ以外の事件は、全てお前達が……いや、これも含めてお前達が自分自身の意思で、実行していたというのか?」
『それは、どの出来事についてでしょうか?』
「……ならば問う。お前達は恐らく、ゲルガルドを封じた後に皇国に渡ったのだろう。その時ウォーリスは、母親やザルツヘルム以外を目的として接触を試みていた者がいたはずだ」
『……ランヴァルディア殿の事ですね』
「そうだ。お前達はランヴァルディアと接触し、ナルヴァニアに依頼して奴の婚約者だったネフィリアスを殺めた。そして奴を合成魔獣や合成魔人、そして『神の兵士』に関する実験に協力するよう唆した。違うか?」
『……半分は当たっています。確かに我々は、彼にゲルガルドの研究情報を渡し、神の兵士を生み出す心臓と合成魔獣等の製作方法を伝えました』
「やはり……ッ!!」
『しかし彼の婚約者を殺したのはナルヴァニア様でもなければ、ウォーリス様ですらない。……彼女を殺したのは、【結社】の命令によって動いていた構成員ですよ』
「なにっ!? ……どういう事だ。どうしてネフィリアスが、結社に狙われなければならなかったっ!?」
「――……それについては、儂から説明しよう」
「!?」
皇国にて騒乱を起こしたランヴァルディアが決起させた理由である婚約者の死について、アルフレッドは【結社】の目論見であった事を語る。
それを否定しようとしたシルエスカに対して、ある人物が歩み寄りながらその場に現れた。
それは【結社】を率いている『青』の七大聖人本人であり、その左手には引きずるような形で動けないザルツヘルムが持たれている。
ザルツヘルムの背を瓦礫に預ける形で置いた『青』は、ネフィリアスに関する死について改めて事情を伝えた。
「確かに、ランヴァルディアの婚約者であったネフィリアスの死には、私の命令で動いていた【結社】の構成員が関わっている」
「なんだと……!? やはり、貴様っ!!」
「だが、アレは……言い訳にしか聞こえぬかもしれない。だが彼等が真実を語る以上、儂もまた真実を語らねばならないだろう」
「……真実だと……?」
「ネフィリアスが死んだ理由。――……それは彼女の身籠った子供が、『黒』の七大聖人だったからだ」
「!?」
『青』が語るネフィリアスの殺害について、驚くべき情報が明かされる。
それもまた『黒』の七大聖人が関わっている事を知ったシルエスカは、表情を強張らせたまま続けられる言葉を聞いた。
「ネフィリアスはランヴァルディアとの子供を妊娠した事が分かった際、ある情報もあった。……それは検査に行われる魔導装置が、子供を身籠ったネフィリアスに対して機能しなかったという情報だ」
「!?」
「そう。ネフィリアスは『黒』を身籠った為に、あらゆる魔力の効能を受け付けなかったのだ。……それがナルヴァニアの傍に潜ませていた結社の構成員達に、伝わった」
「……!!」
「儂はその情報を元に、ネフィリアスが出産する前に誘拐するよう皇国に居る構成員達に命じた。そして子宮に居る『黒』を取り除いた後、ネフィリアスは無傷に戻して帰すつもりだった。……その結果として、意図しない事件が起こった」
「意図しない、事件だと……!?」
「依頼をした皇国の構成員達はネフィリアスを攫おうとしたが、その抵抗を受けた。それに怒りを抱いた構成員が、感情のままネフィリアスを殺害してしまったのだ」
「!!」
「儂が命令を実行させた構成員は、当時の傭兵ギルドのギルドマスターだ。……奴もまた下端の構成員に依頼を任せた結果、そうした結果となってしまった」
「……なら、ネフィリアスの死は……『青』も、そしてナルヴァニアやお前達にも、予想外の出来事だったとっ!?」
「そうだ。だからこそ、言い訳にしかならぬだろう。……その詫びとして、儂はランヴァルディアに協力していた。その命令を自分で実行しなかったギルドマスターや、ネフィリアス殺害の実行犯となった構成員を引き渡した。……そしてネフィリアスが『黒』を身籠ったという情報を伝えた、ナルヴァニアに付けていた構成員についても教えた。そしてナルヴァニアを通じて、必要とされた実験用の装置や物資を提供していたわけだ」
「……っ!!」
『青』の命令によってネフィリアスが狙われ、更に意図しない形で殺害されてしまった事が明かされる。
それを聞かされたシルエスカは憤怒の形相を浮かべながら歩み寄り、『青』の胸倉を掴みながら怒鳴り声を向けた。
「貴様は……っ!!」
「『黒』の処理に関しては、儂が一任されていた。……出来るだけ、『黒』以外の者を殺めぬように努めていたつもりだ」
「……だが、どうして……。どうしてランヴァルディアは知らないっ!? そもそもどうして、ナルヴァニアが命じて殺したという話になるっ!?」
『――……それについては、我々から御話した方が宜しいかと。……ザルツヘルム殿』
「!」
掴み掛かった『青』から視線を逸らしたシルエスカは、再びアルフレッドの言葉を聞く。
それに応えるように、傍に座らされていたザルツヘルムが事の経緯を伝えた。
「……全ては、ナルヴァニア様の御意思です」
「!?」
「ネフィリアスの死について『青』から事情を聞かされた時、ナルヴァニア様は深く悲しまれました。……そして御自身に責があると考え、敢えてランヴァルディアに対して事情を隠し、御自身が憎悪を向けるようにしたのです」
「なんだと……!?」
「それが皇国の内乱を起こし、無関係な生活を送っていた義甥を皇都にまで連れて来るような事態へさせてしまった、ナルヴァニア様の償いでした。……だからこそナルヴァニア様は、いつの日か彼の手に掛かる事も受け入れていた」
「……ナルヴァニアが、そんな……」
「あの方は最後まで、ルクソード皇族としての責務を果たしたのです。……そんなナルヴァニア様の死を見届けもしなかった貴方が、誰を責められるおつもりか?」
「!!」
「私は騎士として、貴方を軽蔑しています。シルエスカ=リーゼット=フォン=ルクソード。……何が七大聖人だ。皇族同士の争いも止めず不介入を貫き、義妹の苦悩も何一つとして理解できなかった、無能者め」
「……ッ」
騎士として仕えながら全ての事情を把握していたザルツヘルムは、シルエスカに対して確かな憎悪と敵意を向ける。
その言葉は鋭くシルエスカの胸中を抉り、言葉を詰まらせながら掴んでいた『青』の胸倉から手を引かせた。
そうして顔を伏せたシルエスカを憐れむような瞳で見下ろす『青』は、改めてアルフレッドの脳髄を見ながら問い掛ける。
「一つ、儂からも知りたい事がある」
『何でしょうか?』
「確かにネフィリアスは、儂の命令によって動いた構成員が殺してしまった。……しかし不可解な事がある。後日に発見される予定だったネフィリアスの死体が、荒らされていた事だ」
『……』
「話を聞けば、彼女は首を斬られて死んだはずだった。しかし発見された死体は、ほとんどの内臓が抜き取られていたそうだな。その状態で発見された為に、皇都では猟奇殺人として捜査されていたと聞く。……その件には、お前達が関与しているのか?」
『……その通りです』
「なに……!?」
ネフィリアスの死体が発見された状況について疑問を抱いていた『青』が、改めてそうした事を問い掛ける。
それを肯定する言葉を向けたアルフレッドに驚きを浮かべたシルエスカは、俯かせていた顔を再び上げながら話を聞いた。
『ネフィリアス様の内臓は、ウォーリス様が抜き取りました』
「なに……!?」
『彼女の内臓については、必要性がありました。なので彼女が遺体を隠された際、すぐに内臓を摘出させて取り出させて頂いたのです』
「……内臓が必要だった……。……まさか……!?」
『そう。カリーナ様の臓器移植に適した内臓を持つ方が、ネフィリアス殿だったのです』
「!?」
『ナルヴァニア様はずっと、カリーナ様に臓器移植が可能な臓器提供者を探していました。そしてネフィリアス様が適合すると分かった後、ウォーリス様から臓器提供に協力するよう求めていたのです。……だからあの生物研究機関に、一時的にウォーリス様も参加していました』
「……ランヴァルディアではなく、ネフィリアスと接触する為……!?」
『しかし、ウォーリス様も知ってしまったのです。彼女もまたカリーナ殿と同じく、【黒】を身籠った事を。……だからこそ、他人事には思えなかったのでしょうね。そうなってしまった結果に、ウォーリス様も責任を感じておられました』
「報告では、『黒』を身籠っていた子宮も抜き取られていたと聞く。そしてネフィリアスは妊娠八ヶ月程が経過しており、出産も間近であったそうだな。……やはり、あの時にアルトリア達に接触した『黒』は……」
「……!?」
アルフレッドの供述を聞いていた『青』は、自身が得ていた情報を元にある結論を導き出している。
その話を聞いていたシルエスカもまた、『青』が言わんとする事を察しながら驚愕を浮かべた。
そしてその答え合わせを、アルフレッドが行う。
『御察しの通りです。――……ネフィリアス殿の子供、つまり【黒】は生かされていました。ウォーリス様に救い出されて』
「!!」
『その子供は身分を偽り、奴隷という形で秘かに保護されていました。……そして【結社】の目から隠し、秘かに皇都で暮らす事が出来るようにしていたのです』
「……まさか、あの少女が……!?」
『そう、皇都で貴方達と接触していた奴隷の少女。彼女こそが、ランヴァルディア殿とネフィリアス殿の子供。【黒】の七大聖人です』
「……やはり、そうだったか」
『それを【結社】に悟られ、新たに皇都へ来ていた構成員に連れ去られそうになったと聞きます。……それを偶然にも助けようとしたのが、アルトリア様だった。……まさに運命とは、こうして巡られるものなのですね』
アルフレッドと『青』は互いが知る情報をすり合わせながら、ネフィリアスの死と彼女の身籠った子供について話す。
それはシルエスカが予想も出来ない運命的な話であり、傍で聞きながらもほぼ無関係なエアハルトには首を傾げさせる意味不明な話になっていた。
こうして改めて集う者達によって、ルクソード皇国で起きた事件の全容が明かされる。
それは『黒』という運命を抱く事になった女性の不運と、それを止められなかった者達の嘆き。
そうした出来事にも秘かに関わりを持っていたウォーリスもまた、最愛の女性の為に残酷な運命から抗い続けていたのだった。




