運命の仕組み
再び発熱を引き起こしたリエスティアを客室の一人で休ませる事になったウォーリス達だったが、彼女の提案を聞き入れて祝宴に戻ることになる。
そこでは丁度、この祝宴の主役とも言える帝国皇子ユグナリスを伴うガルミッシュ皇族が入場する光景となっていた。
それ等の情報を周囲の招待客から聞き耳を立てて入手したウォーリスは、アルフレッドと共に赤い絨毯に横並びする列の隙間から皇族達の姿を確認する。
そこで垣間見える皇帝ゴルディオスと皇后クレア、そして皇子ユグナリスの姿は、少なくともウォーリスに期待させるような雰囲気を感じ取らせなかった。
『……皇帝は、あのローゼンという貴族家と似た容姿。……皇后と皇子は、赤髪か……』
ウォーリスは小声を漏らし、以前に自分の父親へ差し出したルクソード皇族の血を引く部族について思い出す。
その部族の中には濃い赤髪をした者が何名か含まれており、その部族の持つ赤髪と皇后や皇子の赤髪の色合いが僅かに異なることに気付いた。
そうして祝宴の上座とも呼べる舞台席へ赴いたガルミッシュ皇族達は、皇后と皇子が用意されている席に着き、皇帝が魔石で拡声させた言葉を招待客に呼び掛ける。
皇子であるユグナリスの誕生日を祝う為に祝宴へ訪れた出席者達への感謝と、会場に用意している持て成しを楽しむように伝えた。
その後、各貴族家の当主とその子供が皇族への祝いの挨拶へ向かう列が作られる。
それを見ていたウォーリスに、アルフレッドは冗談染みた口調で言葉を向けた。
『――……我々も、挨拶に伺いますか?』
『……いや、行っても意味が無い』
『彼等に、彼を倒すように御願いするのでは?』
『無理だろう。ここにいる者達は、俺やお前にすら敵わない連中ばかりだ。……そんな相手に、どんな助けを求めればいい?』
『……確かに、そうかもしれません』
『あの父親を倒す為には、もっと強い能力を持つ者が必要だ。……少なくとも、この会場にそんな者が……いるように思えないな』
二人は周囲を眺めながらそう話し合い、会場に居る者達の強さを量る。
しかし誰もが平凡な気配と雰囲気を漂わせており、ゲルガルドを凌ぐような強者と呼べる雰囲気を持つ者はいない。
そうした会場に居る者達の中で、最もマシだと思える者をウォーリスは思い出しながら呟く。
『あのローゼンという貴族家の当主くらいか、まともに戦えそうなのは。……それも、常人の範囲でだが……。……ん?』
『……少し、騒がしいですね。何かあったのでしょうか?』
ウォーリス達が見回している最中、会場内に佇んでいた使用人達や警備の騎士達がやや慌ただしい様子で動いている事が分かる。
それを確認した二人は、状況を確認する為に慌ただしい者達の近くに静かに近付きながら、常人では聞こえない距離で聞き耳を立てた。
すると警備の騎士や使用人達は、こうした事を口にしながら慌てている事が判明する。
『――……見つかったか?』
『駄目です。何処にもいらっしゃいません』
『やはり、会場には御戻りになられていないのか』
『はい。……ここは、皇帝陛下にも御伝えすべきでしょうか……?』
『このような祝いの場で、そのような事情を広めるべきではない。……とりあえず、帝城の出入り口を全て固めさせる。クラウス様にもそう御伝えしろ』
『は、はい』
そうして話し合う騎士と使用人の話が聞こえ、ウォーリス達は怪訝そうな表情を浮かべる。
そして騎士の口から出た『クラウス様』という言葉から、それがローゼン公爵家当主と関わり合いのある事柄が動いているとウォーリスは理解した。
『……どうやら、何か問題が起きたようだな』
『そのようですね。……我々も、探ってみますか?』
『……いや。それよりも、少し気になる事がある』
『気になること?』
『リエスティアが準備と称して、あの皿を一度だけ手に取っただろう。……アレに何の意味があるのか、確認したい』
『……なるほど、分かりました』
ローゼン公爵家絡みの問題よりも、ウォーリスはリエスティアが手に持った皿を気にしながら目立たぬ場所で皿を観察する。
それに付き従うアルフレッドは、祝宴用の食事と共に並べられている皿とその周囲の動きを確認し続けた。
そうして積み重ねられた皿達が招待客や使用人達に抜き取られ、食事の受け皿となる光景が目に入る。
しかしリエスティアが触れた別段の皿は無事なままであり、誰かが触れる様子は特に見られなかった。
それから二時間程が経過すると、会場の一角が僅かに慌ただしい様子を見せ始める。
するとアルフレッドの視線が横を向き、その異変に気付きながらウォーリスへ声を掛けた。
『……ウォーリス様』
『どうし――……っ!!』
アルフレッドの呼び掛けに応えたウォーリスは、同じように視線を横に流して確認する。
するとそこに、複数の騎士や使用人達を伴う皇后と皇子の姿が確認できた。
どうやら参列者達の挨拶を終えて、食事を手にする為にウォーリス達が見ていた食事の並ぶ机近くまで訪れたらしい。
そして皇子が自ら食事の並ぶ机を眺めながら、食べたいと思える物を選んで人差し指を向けていた。
『――……えっとね、アレとアレ、それとアレも食べたい!』
『分かったわ。……貴方達、ユグナリスが欲しがっている物を、持って来て頂戴』
『ハッ』
皇子の欲しがる食事を聞き入れた皇后が、使用人達に命じてそれ等を一品ずつ皿に盛って食事する為の机に持ち運ばせる。
その使用人達が手に持った皿の一つが、リエスティアが触れた皿である事にウォーリスとアルフレッドは気付いた。
薄切りにされたローストビーフを綺麗に並べて乗せられたその皿は、使用人の手によって食事の席へと運ばれる。
それを眺め見るウォーリスとアルフレッドの二人は、訝し気な視線を向けながら互いに呟いた。
『……あの皿、使われましたね』
『ああ。……皇子が食べる料理の皿に、使われたのか』
『何か、それに意味があるのでしょうか?』
『意味はあるんだろう。それが今の私達には、分からないというだけで……』
『……』
この時の二人は、リエスティアが触れて咳から漏れた僅かな唾液が付着しているあの皿が、何を意味するか理解していない。
皿に乗せられた料理を口に運んだ皇子ユグナリスにも、すぐに異変は起きなかった。
その異変が起きたのは翌日の事であり、祝宴が開かれてから二日目になってからである。
次の日に突如として発熱を起こした皇子は、自分の誕生日を祝う二日目に参加できず、またそれを見舞う為の両親である皇帝と皇后も姿を見せなかったのだ。
ウォーリスは後に、それが『黒』の言っていた準備の一つである事を理解する。
そしてその意味もまた、二日目に起こるあの事件を目にして、ようやく意味がある事だったのだと察する事が出来たのだった。
それから特に目立った動きも見えないまま、夕方頃に祝宴は御開きとなる。
皇帝と皇后、そして皇子の三人が祝宴の会場を去ると、それを見計らうかのように参加者達も会場を出て行き、帰るような様子を見せ始めた。
それを確認したウォーリスは、アルフレッドにある事を伝える。
『――……一日目の祝宴は終わったな。……アルフレッド、私はリエスティアの様子を見て来る。君は馬車の用意を頼んでおいてくれ』
『御一人でよろしいのですか?』
『ああ。私達はあの客室で待っているから、準備が出来たら呼びに来てほしい』
『分かりました。従者役として、努めましょう』
ウォーリスの頼みを聞き入れるアルフレッドは、帰りの馬車を手配する為に祝宴の受付へと向かう。
そしてウォーリス自身はリエスティアを預けている客室に戻り、その扉を軽く叩いて迎えに来た事を伝えようとした。
しかし扉を叩く前に、その扉が勝手に開かれてしまう。
すると中から、見覚えのある金髪碧眼の幼い女の子が出てきたのをウォーリスは目にした。
そこで互いに目が合った瞬間、その幼い女の子は苦々しい顔と上擦った声を漏らす。
『――……げっ』
『……君は?』
『た、ただの通りすがり!』
『あっ、ちょっと――……あの子供、確か……』
扉を開けて出て行った幼い女の子を見送ったウォーリスは、その姿からローゼン公爵家の息女だった事を思い出す。
そして改めて扉に手を掛け開き、寝台で上半身を起こすリエスティアに問い掛けた。
『今の子供は? 確か、ローゼン公爵家の娘だったはずだが』
『彼女が、私が言っていた子ですよ』
『なにっ。……まさか、あんな子供が?』
『あの子はこれから成長し、色んな人達の運命を変えていく。……その中には、貴方の運命も含まれています』
『!』
『でもそれには、もう一つだけ準備が必要です。……だから明日も、また祝宴に来なければいけません』
そう伝えるリエスティアの言葉に、ウォーリスは眉を顰めた表情を浮かべる。
そして視線を落としながら掛け布団の上に乗せられている刺繍道具と幾つかの刺繍布を見ると、呆れた息を漏らしながら問い掛けた。
『……その刺繍道具は?』
『これは、暇だったので借りました。そしてこっちが、あの子と一緒に縫ったモノですよ。可愛いでしょう?』
『まるで、友達か何かにでもなったようだな』
『そうですよ、私達は友達なんです。……ずっと昔からの、大事な友達です』
『……?』
微笑みながら扉の方を見るリエスティアに、ウォーリスは僅かな驚きを見せる。
その言葉に深い意味がある事を理解できながらも、その真意を量ることは出来なかった。
この後、戻りの馬車を用意したアルフレッドが迎えに来る。
そしてその日、三人は市民街の民宿へと戻ることになった。
こうして一日目の祝宴を終えたウォーリス達一行は、人々の運命を変える少女と出会う。
しかし彼女と会う事を約束していたリエスティアは、二日目の祝宴に参加することを明かしたのだった。




