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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 七章:黒を継ぎし者

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友の契り


 父親(ゲルガルド)によって創造神(オリジン)権能(ちから)を発現させる実験を受けた幼いウォーリスは、その心身に重大な傷を負う。

 しかしそんな彼の精神(こころ)を開く切っ掛けを作ったのは、奴隷として屋敷で働く一人の侍女カリーナだった。


 甲斐甲斐しくも笑顔で自分の世話を行うカリーナの優しさに触れたウォーリスは、次第にその精神(こころ)に温もりを取り戻し始める。

 しかしそれは同時に、ウォーリスに一つの懸念が生まれていた。


 もしゲルガルドが自分が正気である事を知り、カリーナが伯爵家の秘密に話した事を知れば、彼女の身はどうなるか。

 母親(ナルヴァニア)の時と同じように自分から引き離した上で、秘密を知ったカリーナを害する可能性をウォーリスは思い至った。


 するとウォーリスは、カリーナに正気である事を告げたその夜に行動を起こす。

 その切っ掛けもカリーナが話していた屋敷内の動きにあり、父親(ゲルガルド)が領地の外に出ている今こそ絶好の機会(チャンス)だったからだ。


 ウォーリスは納屋から眺め見れる庭園へ向かい、母親(ナルヴァニア)が植えたまま放置されている薄紅色(ピンク)雛菊(デイジー)を横目にして通り過ぎる。

 そして父親(ゲルガルド)と共に訪れた奥の生垣前に立つと、あの時に発していた言葉を思い出しながら真似て発音した。


 するとあの時と同じように、生垣が開かれ裂けた地面から鉄の扉が現れる。

 そして開かれた先にある地下の階段を歩き出すと、鉄の扉が閉まり明かりが灯る階段を歩きながら再び地下の実験場まで自ら戻って来た。


 しかし、その時のウォーリスには怯懦や恐怖の感情は一欠片として見えない。

 逆に覚悟と決意を秘めた表情を浮かべるウォーリスは、実験体(モルモット)が収められた大きな試験管の並ぶ薄暗い地下室の通路を歩き、あの黒い金属の脳髄が収められた青色の薬液に満ちた試験管のある部屋まで辿り着いた。


 そして父親(ゲルガルド)が幾度も呼んでいた名を、ウォーリスも呼ぶ。


『――……アルフレッドだったな。気付いているんだろ?』


『……やはり、貴方でしたか。ウォーリス様』


 ウォーリスの呼び掛けに応えたアルフレッドは、実験の時と同じように機械的な声でそう応じる。

 そして部屋に明かりが灯ると、改まるようにアルフレッドは尋ね返した。


『やはり、正気を取り戻しておられたようですね。……いや、元々からそうだったのでしょうか?』


『そんな事、どうでもいいだろう』


『……それで、御用件は?』


『僕が正気に戻っていたことを予測しながら、父上には……あの男には教えていなかったのか?』


『ゲルガルド様は、滅多にこの地下室には訪れません。訪れるのは、何かしらの実験を行う際か、次の肉体に移る時くらいでしょうか。よほど緊急事態でない限りは、私からゲルガルド様に呼び掛ける事もありません』


 そう話すアルフレッドの言葉は、機械の声も相まって感情の無い無機質で無感情なモノに聞こえる。

 しかしウォーリスだけは、そんなアルフレッドに隠れる感情を見抜くような言葉を発した。


『あの男は、お前を駒だと言っていたな。……だがそれは、お前にとって不本意な事なんじゃないか?』


『……』


『お前は今の境遇に、決して満足していない。不満を持ちながら、奴に協力させられている。違うか?』


『……何故、そう御考えに?』


『僕が同じだからだ。奴は僕を息子ではなく、自分が望む権能(ちから)を得る為の道具にしか思っていない』


『……なるほど。確かに貴方の境遇は、私に似た部分がある』


『似ている?』


『私も元は人間でした。しかしある遺伝子の病気によって肉体が衰弱し続け、もはや死を待つのみという人生に立っていた』


『……!』


『そんな私に、彼が手を差し伸べた。その病を癒し、自由に動ける肉体を与えようと言ってくれたのです。……しかしその代償として、私は彼に付き従う駒になった』


『……ッ』


『私は自身の脳髄を衰弱する肉体から引き離され、彼の作り出した生命維持装置……つまりこの試験管(なか)()れられた。更に脳髄にも起き始めていた劣化現象を防ぐ為に、特殊な金属で表面処理を行い、今の姿になってしまったのです』


『……それが、お前にとっての不満なんだな?』


 感情の見え憎い機械の声ながらも、ウォーリスは機敏にアルフレッドの感情が吐露された言葉を感じ取る。

 それを聞いたウォーリスの言葉によって、アルフレッドは自らの本心を明かした。


『……私はただ、自由に動かせる身体が欲しかった。……皆と同じように、空の下で野を駆け、友を作り、人として生きたかっただけ……』


『……』


『しかし彼が与えてくれたのは、この狭い試験管の世界と、ただ自分が操り動かす人形だけ。……私はこんな事の為に、自分の全てを委ねたわけではない……』


『……もう何年、その姿でいるんだ?』


『二百七十年ほどです』


『!?』


『私はずっと、この姿で生かされ続けた。彼の駒として。……いつまで私が生かされ続けるのかも、私自身には分からない状況です』


『……命を絶ちたいと、思ったことは無いのか? 試験管(それ)を壊して』


『無理です。試験管自体は破壊できても、脳髄(わたし)を覆う金属を破壊できない。何か特殊な金属のようで、私の人形でも破壊できないのです』


『そうか。……つらいな』


 今まで自分に度重なる苦痛を味合わせた人体実験に協力していたアルフレッドもまた、ゲルガルドの被害者であった事をウォーリスは知る。

 そして幾度も実験中に死にたいと思っていた事を思い返し、それでも生かされ続けた自分(ウォーリス)とアルフレッドの境遇が似たモノであると改めて理解した。


 するとウォーリスは伏せ気味だった顔を上げて、改めて脳髄のアルフレッドに力強い瞳と声を向ける。


『……アルフレッド。僕の友にならないか?』


『え?』


『そして一緒に、自由になろう。……その為に、ゲルガルドを一緒に倒すんだ』


『……無理です。貴方も、そして私も、彼には勝てない』


『そう、今の僕達だけでは駄目だ。知識も力も、何かも全て奴に及ばない。……だから友として、僕が力を得る為に協力してくれ。アルフレッド』


『……』


 そう伝えるウォーリスの言葉に、アルフレッドは(しば)しの沈黙を浮かべる。

 そして待ち続けるウォーリスに対して、その返答が機械の声で部屋に響いた。


『……御聞きしたい事があります』


『なんだ?』


『アレほどの実験(こと)をされて、どうして貴方は……まだ彼に逆らえるのですか?』


『……守りたい人が出来た』


『それは、貴方の世話をしている侍女の事ですか?』


『!』


『私はここから、貴方の監視をしていましたから。……彼女の事を、()いたのですか?』


『……浅はかな理由かもしれない。それでも、僕のせいで彼女まで害される可能性があるのなら。それを防ぎたい』


『確かに、浅はかな理由ですね。……しかし、自分の弱みを隠さずに私と向き合う貴方の姿勢は、人間として好ましく思えます』


『!』


『私に出来る事ならば、貴方の友として協力させて頂きましょう。……しかし私は、ゲルガルド様の駒である事に変わりはありません。彼の命令に逆らう事は出来ませんので、それだけは御忘れなく』


『分かった。……アルフレッド。これから友として、よろしくお願いする』


『こちらこそ』


 ウォーリスはアルフレッドの脳髄が()れられた試験管に右手を差し伸べ、その硝子(ガラス)に触れる。

 そしてウォーリスとアルフレッドはその日を境に、夜の地下室で秘かに訓練を始める事になった。


 アルフレッドは操る人形を使い、ウォーリスは年齢に沿わぬ肉体を駆使しながら戦闘訓練を行う。

 素手の格闘戦は勿論、実験でも用いられた多種多様な武器を千差万別に扱えるようになり、更に魔法の知識や技術も学び続けた。


 訓練を課す際のアルフレッドは容赦が無く、ウォーリスを殺すつもりで数多の人形に挑ませる。

 それを承知し望むウォーリスは、打倒ゲルガルドを果たす為に、そして自分に笑顔と優しさを向けてくれる侍女カリーナを守る為に、決死の覚悟で自分を鍛え続けた。

 

 それから一年の時間が経ち、『聖人』に達しているウォーリスの見た目は十歳程になる。

 実年齢で言えば十五歳となり、カリーナも十六歳になった。


 普段のウォーリスは変わらずに正気ではない呆けた様子で過ごしていたが、カリーナと納屋で会う時だけは演技はせずに普通に接している。

 そしてカリーナもウォーリスが正気である事を約束通りに他の者達には隠し、ウォーリスからゲルガルドの動向や屋敷内の状況を伝える役目を買って出ていた。


 ウォーリスはそんなカリーナと接しながら、更に惹かれて自身の情を強めていく。

 そしてゲルガルドを打倒する為に着々と強くなるウォーリスは、奴隷のカリーナを何とか解放できないかと考えるようになっていた。


 そこでウォーリスは、ある手段を講じる事を目論む。

 それを果たす為に必要だと考えたのは、ある一人の存在だった。


『――……カリーナ。また一つ、頼みがあるんだ』 


『はい、何でしょうか?』


『私の弟……ジェイクに、これを渡してくれないだろうか?』


『え? ……これは、御手紙ですか?』


『出来れば、他の者達にはバレないよう直接に渡してほしい。勿論、父上(ちちうえ)義母上(ははうえ)にも』


『分かりました、頑張ってやってみます!』


『でも、無理はしないでくれ。出来ると思った時でも、慎重にやるんだよ』


『そうですよね。御手紙()のことがバレたら、ウォーリス様の御病気が治ったとバレちゃいますもんね! 私、ちゃんとバレないようにします!』


『……それも、ではあるんだけど……』


『?』


『君に何かがあったら、私が困るから』


『あっ、そうですね! 私が辞めさせられちゃったりしたら、ウォーリス様の御世話が出来なくなりますもんね!』


『……君は相変わらず、そういう部分は鈍いね』


『えっ?』


『とにかく、気を付けるんだよ。お願いだ』


『はい、お任せ下さい!』

 

 自分の向けられている愛情(こころ)に鈍感ながらも元気なカリーナの様子に、ウォーリスは苦笑を浮かべる。

 そしてカリーナは時間こそ掛かりながらも、半月後に異母弟(ジェイク)に手紙を秘かに渡した。


 それを伝えたカリーナに、ウォーリスは礼を述べる。

 そして次に父親(ゲルガルド)が外出した日、それを知ったウォーリスは夜の庭園内で佇みながらある人物を待っていた。


『――……貴方が、ウォーリス兄様……ですか?』


『……初めましてだね、ジェイク』


 手紙の呼び出しによって夜の庭園に訪れた異母弟(ジェイク)は、そこで待つウォーリスにそう呼び掛ける。

 そして初めて姿を見る十歳の異母弟(ジェイク)に、同い年にも見える異母兄(ウォーリス)は微笑みを向けながら迎えた。


 こうしてゲルガルドという男によって生み出された異母兄弟が、初めての対面を果たす。

 そして兄ウォーリスの口から、弟ジェイクにゲルガルド伯爵家の真実が告げられたのだった。


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