覚悟の火
天界の神殿内部に広がる聖域において、状況は混迷とした様相を見せ始める。
創造神の魂に影響され始めたアルトリアは、ウォーリスの手によって心臓と共に魂を切り取られた。
その後に亡骸となったアルトリアを発見したエリクは、精神の拠るべきところを失い、様々な感情を抑制できずに再び赤い鬼神へと姿を変える。
それと並行するように、息子の肉体に宿るゲルガルドは世界を支配する為に自身の計画を進めていく。
創造神に成り代わるべくその『魂』と『器』を『マナの樹』に養分として捧げ、抽出し集められた権能を『マナの実』から吸収するという手段を用いようとした。
しかしそれを阻んだのは、今まで信用していた息子の裏切り。
『マナの樹』に捧げるはずだった『魂』と『器』は逆に合わさりながら、不完全にも創造神を復活させてしまったのだ。
復活した創造神は、『魂』に蓄積していた負の感情を殺意としてウォーリスに向ける。
同じ到達者にも関わらず圧倒的な実力を明かす創造神によって、ゲルガルドは抗えぬまま拷問染みた蹂躙を味わった。
その途中、ゲルガルドへの興味を失せた創造神は塵を燃やすかのように焼き尽くす。
そして新たに現れた未来のユグナリスに魂内部に介在する負の感情が刺激されると、今度はそちらを襲い始めた。
復活しながらもアルトリアの抱く負の感情に思考を染めている創造神と、鬼神の力を感情のまま暴れるエリク。
手に負えない巨大な力を持つ二人が暴走している状況を知ったマギルスは、青馬を精神武装の足として身に着けた。
そして自身の魔力で展開する物理障壁を足場にし、創造神に追跡され攻撃を受ける未来のユグナリスまで一気に近付きながら伝える。
「――……お兄さん! アレ、創造神みたいだよ!」
「創造神!?」
「よく分かんないけど、復活しちゃったみたい! お兄さんだけで、創造神の相手できるっ!?」
「君はっ!?」
「僕は、ちょっとおじさんのところに行って来る――……うわっ!?」
「ッ!!」
『器』となっていたリエスティアが既に創造神となって復活している事を知った未来のユグナリスは、驚愕した表情を浮かべる。
それを伝えたマギルスは暴走し始めているエリクの場所まで向かおうとした瞬間、二人の周囲に大多数の属性魔力を宿した球体が出現した。
それは創造神が放った魔力球であり、無動作で転移させた球体を起爆させる。
すると様々な属性が交じり合う光が上空に満ち、二人を巻き込みながら巨大な爆発を引き起こした。
転移魔法を使えない二人は、その爆発を上回る速力で上空を飛翔する。
そして密集した状況を防ぐ為に違う方向へ別れると、マギルスは赤鬼の魔力を感じ取れる方角へ向かい始めた。
それを逃さぬように創造神はマギルスにも赤い瞳を向けたが、その直後に上空を飛翔する赤い閃光が反転する。
すると今まで逃げ続けていた状況から転じるように、未来のユグナリスは『生命の火』を纏いながら逆に接近しようと試みていた。
「!」
急旋回して迫る未来のユグナリスに赤い瞳を向けた創造神は、直後に周囲の水球から凄まじい水圧噴射を放って迎撃する。
それは未来のユグナリスに命中したが、その身に纏う『生命の火』によって魔力で形成された水を瞬く間に蒸発して見せた。
創造神は僅かに赤い瞳を見開き、未来のユグナリスが両手を開きながら両腕を伸ばす。
そして創造神の張った障壁に激突するように触れながら、それすらも『生命の火』を用いて溶かして見せた。
「ッ!!」
「――……リエスティアッ!! ……いや、そこに在るのはアルトリアかっ!!」
障壁すらも突破し創造神の両腕を掴んだ未来のユグナリスは、そうした呼び掛けを行う。
するとその声を聞いた創造神は更に苛立ちと嫌悪の表情を浮かべながら、掴まれた両腕から相手の手を振り払うように内側から外側へ拳を振り向けた。
しかし持ち手を素早く変えながら両拳を抑え込んだ未来のユグナリスは、『生命の火』を全開にしながら創造神と拮抗して呼び掛け続ける。
「攻撃して来るのは、俺を嫌いだからだろう! アルトリアッ!!」
「……ッ!!」
「俺も、お前の事なんか嫌いだけど……でも、これだけは言わせてくれっ!! ――……ありがとう!」
「!」
「この現世で、リエスティアと俺の子供を助けてくれて、本当にありがとう……!!」
過酷な未来を経験しているユグナリスは、変わった現世で生きているリエスティアと自身の子供を生かした恩人に改めて感謝を伝える。
それに対して僅かな動揺を示す創造神を、未来のユグナリスは森の地面へと押し戻しながら再び自分の決意を明かした。
「だから俺は、そこに在るお前も助けたいっ!! 勿論、リエスティアも! それが、現世に俺がいる理由のはずだっ!!」
「……ッ!!」
「俺の『火』を使ってでも、きっと助け出してみせるから! ――……聖紋よっ!! 俺の覚悟に応えろっ!!」
『――……』
表情を強張らせながら動揺する創造神に対して、未来のユグナリスは右手に宿る七大聖人の聖紋を赤く輝かせる。
するとその赤い光が『生命の火』に溶け込み混ざり、勢いを増した炎が創造神の身体も包み始めた。
そうして『生命の火』を伝いながら、聖紋から放たれる赤い光が創造神の右手に集まり始める。
創造神の手の甲に聖紋の赤い光が伝っていくと、一つの赤い印を描くように定着し始めた。
逆に未来のユグナリスが扱うケイルの肉体から、『赤』の七大聖人としての聖紋が消失していく。
そして『生命の火』が創造神の右手に浮かぶ赤い印を通じて流し込まれながら、二人の肉体派地面へ激突するように着地し、その周囲に大きな土埃を舞わせた。
それからしばらくすると、土埃の中から一つの影が動き始める。
それは創造神や未来のユグナリスではなく、彼の依り代となっていたケイルがその姿を戻しながら立ち上がった姿だった。
「――……なんだ、ここ……。……アタシに、いったい……何が……?」
土埃で視界が悪く、更に見覚えの無い森の中で目覚めたケイルは、上位悪魔と戦って以降の記憶が無い事を思い出す。
そして右足を動かしながら後退ろうとすると、何かに踵を取られて姿勢を崩しながら尻を地面に着く形で転んだ。
「うおっ! ……クッソ、なんだよ……!?」
自身の足を引っ掛けた何かが分からず、ケイルは右手を這わせながら土埃の中を探る。
すると人肌のような触感を右手に感じ取り、ケイルは土埃の中を凝視しながらそこに倒れている創造神を見て驚きを浮かべた。
「これは、人間の足……? ……おい、この顔……もしかしてクロエか……!?」
「……」
「いや、でも髪の色が違う。それに、耳が尖がってるし……。……息はしてる。気絶してるだけか?」
「……」
「エリクやマギルスは……えっ、なんだアレ……!? ……アタシは今、何処にいるんだよっ!?」
ケイルはここまで起きた状況が分からず、また目の前に居る創造神が何者かも分からぬまま困惑する。
更に目の前に見える巨大な大樹が『マナの樹』である事も理解できぬまま、周囲にエリクとマギルスがいないかを目で探し始めた。
こうしてケイルを依り代としていた未来のユグナリスは、創造神の『魂』と『器』になっている二人を救う為にある行動を始める。
それを知らされぬまま意識を戻したケイルは、自身の右手から『七大聖人』の証である『赤』の聖紋が消えている事にも気付けぬまま、見知らぬ状況に困惑を浮かべるしかなかった。




