牛鬼突撃
敵拠点である黒い塔内部に侵入を果たしたシルエスカ達と武玄等だったが、その行く手を複数の機械人間が阻む。
その機械人間達を操るアルフレッド本人を討つべく、シルエスカと巴は黒い人形達の妨害を受けながら塔内部を駆け巡っていた。
そうした一方で、破壊した塔の壁付近で待つ魔人ゴズヴァールとある人物が合流する。
それは箱舟で治療を受けていた狼獣族エアハルトであり、その優れた嗅覚を利用して人形達を操る大元を探し出す為に、二人は彼等と同じように塔内部へ侵入を開始した。
通路を素早く駆けるエアハルトを先頭に、ゴズヴァールはその後に続きながら走る。
そして魔力を電撃に変えながら身に纏うエアハルトの後ろ姿を目にしながら、ゴズヴァールは口元を微笑ませながら呟いた。
「――……強くなったな、エアハルト」
エアハルトが成長した姿を目にしたゴズヴァールは、感慨深い表情を浮かべる。
そんな呟きが耳に届いていないエアハルトは、人型の姿で鼻を動かしながら僅かに表情を歪めて呟いた。
「この匂いは……あの男か」
自身の進む先に嗅ぎ知った男の匂いがある事を察したエアハルトは、更に加速を強めながら通路を通り抜ける。
そして跳び出すように通路から出ると、広い空間に出ながらそこに立つ者達の姿を発見した。
そこに居たのは、ガルミッシュ帝国の帝都でエアハルトが戦った事のある老執事バリス。
それを囲むように三体の機械人間達が囲み襲う姿を目にすると、エアハルトは舌打ちを漏らした。
「チッ」
「――……おや、来ましたかな?」
放たれる熱線や電撃を風の防御でいなし、右手に持つ長剣で数多の剣戟を与えていたバリスは、無傷のまま一対三の不利な戦況を維持している。
そんなバリスは電撃を身に纏いながら現れたエアハルトを目にし、微笑みと共に声を向けた。
それを気に喰わない様子で見るエアハルトに対して、その背中に追い付いたゴズヴァールが足を止める。
そしてバリスの状況を確認しながら、敢えて問い掛ける声を向けた。
「助けは要るか?」
「御心配なく。私よりも、先に行ったシルエスカ様を御願いします」
「分かった。――……行くぞ、エアハルト」
「エアハルト殿、頼みましたぞ」
「……グルルッ」
この場を自身に任せるよう告げるバリスは、先行しているシルエスカの援護を二人に頼む。
それを受けたゴズヴァールは応じて先に進もうとしたが、微妙な蟠りを残すエアハルトはその頼みを素直に聞き入れられなかった。
そんなエアハルトに進むよう促すゴズヴァールの声で、エアハルトはその先にある通路へ歩み出す。
頼みを向けながら微笑むバリスを横目にして唸るエアハルトを連れながら、ゴズヴァールはその場を後にした。
すると速度を落としながら通路を走るエアハルトは、やや後ろを走るゴズヴァールに問い掛ける。
「……あの男と戦ったというのは、本当か?」
「ああ、一度だけな」
「勝ったのか?」
「いや、勝ち負けの決着は無かった。……だが、御互いに本気で戦っていたとしたら。今でも私が負けるだろう」
「!」
「あの男は、三百年間も『緑』の七大聖人だった男だ。期間の長さは、奴以上に強い聖人が現れなかった事を示唆している」
「……確かにあの男は強いが、お前より強いとは思えん」
「『聖人』と呼ばれる者達も、『魔人』のように人間とは異なる存在だ。……特に『緑』の七大聖人はな」
「なに――……むっ」
「!」
バリスの事に関して話していた二人だったが、不意にエアハルトの嗅覚に何かが引っ掛かる。
それと同時に、ゴズヴァールの耳にも幾度も重なる金属音を確認できた。
そして話を中断した二人は、その先で戦っているだろう金属音の場所に向かう。
すると自身の魔力で強化する二人の視界に、暗闇で蠢く黒い人形達に囲まれながら炎を灯らせた赤槍で戦いシルエスカの姿を確認できた。
「頼まれ事だ、やるぞ」
「……チッ、分かった」
ゴズヴァールの言葉に舌打ちを漏らすエアハルトだったが、二人は蠢く黒い人形達の中に飛び込む。
そして殴りと蹴りの打撃を加えながら黒い人形達を瞬く間に散らし、シルエスカが包囲されていた一画を崩しながらゴズヴァールが呼び掛けた。
「こっちだっ!!」
「――……お前達は……ッ!!」
突き崩された黒い人形達の向こう側に牛鬼姿のゴズヴァールを確認し、シルエスカは僅かに驚きの視線を向ける。
すると近くに迫る黒い人形が形状を変化させた両手の剣を刺し向け、それを赤槍で受け流しながら弾き飛ばした。
そして赤槍を両手で回転させながら他の黒い人形達を吹き飛ばし、ゴズヴァール達が居る方角へ走り跳ぶ。
それから三人は傍まで近付いて背中合わせとなったシルエスカは、向かって来る黒い人形達に身体の正面を向けてゴズヴァールとエアハルトに呼び掛けた。
「人形達を操っている、本体が見つからないっ!!」
「このエアハルトなら、大元が居る場所が分かる!」
「本当か! ……だが、この数を押し退けて進むのは……っ!!」
ゴズヴァールの言葉を聞いて僅かな希望を抱いたシルエスカだったが、それは目の前から迫る人形達の光景で僅かに歪む。
魔鋼の壁や床から形成される黒い人形達は、侵入者を排除する為に溢れ返ってしまっていた。
それを突破し、更に追跡や妨害を切り抜けながら敵の本体まで辿り着くのは、かなり時間を取られるだろう。
その間に黒い人形達は増え、更に厄介な機械人間達まで現れてしまえば、退路も無い状況で逆転の芽が摘まれる。
それを察するシルエスカに対して、ゴズヴァールは敢えて自分の提案を伝えた。
「俺が人形達の相手をする。エアハルト、お前はその女と一緒に人形達を操っている大元まで向かえ」
「!!」
「ゴズヴァールッ!?」
「その為に、まずは突破をするぞっ!!」
そう告げるゴズヴァールは、全身に生命力と魔力を滾らせながら肉体を一段階ほど膨張させる。
更に前屈みになりながら二本の黒い角が生えた頭部を前に傾け、両腕を床に着けた瞬間に凄まじい加速力で跳び出した。
その突進は過去にアリアの結界を破壊し心臓を貫いた時以上の破壊力と突破力を見せ、瞬く間に黒い人形達を吹き飛ばす。
それでも人形達の変形させた腕の剣がゴズヴァールの肉体を幾度も切り裂いたが、その痛みを無視するゴズヴァールは黒い人形達の群れに風穴を開けた。
その隙間を縫い走るように、エアハルトとシルエスカも走り抜ける。
すると身体から青い血を流すゴズヴァールは振り返り、その後背にある通路を指しながら言い放った。
「行けっ!!」
そう叫ぶゴズヴァールの声を聞き、エアハルトとシルエスカは苦々しい表情を浮かべる。
しかし走る足は止めず、そのままゴズヴァールの横を通り過ぎた。
そして先の通路に二人は入り、エアハルトを先頭に走り続ける。
それを背中で見送ったゴズヴァールは、周囲から生み出されて迫る黒い人形達に向けて構えた。
「……この程度の数で、魔人を殺れると思うなよっ!!」
ゴズヴァールは自身が負った傷を自己治癒力で癒しながら、周囲から襲い掛かる黒い人形達を散らすように吹き飛ばす。
魔鋼で形成された人形だけに破壊こそ出来ないものの、誰に気兼ねもせず牛鬼族としての本領を発揮しながらゴズヴァールは暴れ続けた。
こうしてゴズヴァールに殿軍を任せたエアハルトは、ゴズヴァールの言う通りシルエスカを伴いながら黒い塔を登り進む。
そして塔内部と人形達から漂う匂いを辿り、それ等を操るアルフレッド本体に着実に迫ろうとしていた。
 




