違えし者の集い
『天界』で各々が激しい戦いが行っている頃、黄金色に染まり巨大な歯車が浮かぶ箱庭の異常な景色を誰も治められずにいる。
そんな状況に取り残される者達は多くの不安を募らせながら、事態がどのような方向に進むかを静観するしかなかった。
そうした状況の中、一命を取り留めていた帝国皇子ユグナリスが丸一日の眠りから目覚める。
しかもその傍には敵対していたはずの元特級傭兵ドルフが佇み、ユグナリスの目覚めに迎えるように声を掛けた。
ドルフに声を掛けられたユグナリスは、朦朧とした意識を覚醒させる。
虚ろだった表情と瞳が徐々に鮮明となり、はっきりとした思考と声が浮かび上がった。
「――……ここは……。……そうだ、俺はウォーリスと……ぅ……ッ!!」
ユグナリスは同盟都市でウォーリスと戦っていた記憶を思い出すと、身体を立たせようと身体を捻る。
しかし胸と腹部に強烈な痛みを感じ、そのまま前へ蹲りながら膝を着いた。
それを見下ろすドルフは、小さな鼻息を漏らしながら話し掛ける。
「おいおい、傷口が開くぞ」
「き、傷……?」
「自分の身体、よく見ろよ。……よくそんな傷で生きてたもんだ」
「……!」
ユグナリスは膝を着いたまま上体を起こし、改めて自分の身体を確認する。
すると上半身に身に着けた茶色の衣服がほとんど赤く染まった状態となっており、それに右手を触れさせながら強く湿った感覚を感じた。
そして右手を衣服から離して手を広げると、微かに赤い液体が付着している。
それから微かに漂う生臭い鉄の匂いを嗅ぐと、ユグナリスは自分に纏わり付く赤い液体が何なのか思い出した。
「……そうだ。俺は、ウォーリスと戦って……。……そして、負けた……」
改めて自分がウォーリスと戦い敗北した事を思い出したユグナリスは、衣服に刻まれた傷口の穴に両手を伸ばす。
左横腹と胸に開いた穴がウォーリスに斬り突かれたという事実を物語っており、出血の原因となった傷口をなぞるように指で触れてみた。
その部分には確かに斬られた傷跡が残っていたが、内臓まで届いていたはずの傷口が既に塞ぎかかっている。
自身の傷口を確認するユグナリスは、ドルフに視線を向けながら尋ねた。
「……貴方が、傷の治療を?」
「俺は、治癒系の魔法は出来ねぇよ」
「じゃあ、誰が……。……ここは……同盟都市じゃないんですか……? ………それに、この空はいったい……」
「なんだ、そこからか。……教えてやる義理なんざ、本来は無いんだがな……」
目覚めてから一変している周囲の状況に、ユグナリスは困惑を強める。
それを聞かれるドルフは深い溜息を漏らしながらも、地面に腰を降ろしながら話し始めた。
「俺も、詳しい事は分からんが。……俺達が居た同盟都市は、木っ端微塵に砕けた」
「えっ」
「滅茶苦茶な攻撃で、壊れたんだよ。しかも都市が浮遊してた影響で、都市ごと落下した。……ほら、あそこを見てみろ」
「……えっ」
ドルフはそう言いながら右手の人差し指を左側に向け、ユグナリスにそちらを見るように促す。
それに応じるように顔と視線を向けたユグナリスは、そこから見える山のような光景を見た。
しかし目を凝らしたユグナリスは、それがただの山ではない事を察する。
山には自然と呼べる木々が見えず、ただ地肌だけが山盛りになっているだけだった。
しかもその中には建物の瓦礫や不自然な黒い金属の塊も見え、流石のユグナリスもそれが自然の山では無いと察する。
そんなユグナリスの僅かな驚きを察するように、ドルフは改めて説明を加えた。
「アレが、元は同盟都市だった瓦礫の山だ」
「……いったい、何がどうなって……」
「だから、俺にも分かんないっての。……ただ間違いないのは、同盟都市は瓦礫になって、厄介な連中が一掃されたってとこか」
「え……っ!?」
「俺の雇い主は、あの同盟都市を囮にして自分の計画を邪魔する連中を呼び寄せたんだ。……そして俺達に迎撃させて、それが失敗したら都市ごと邪魔者達を道連れにする。それが予定の計画だったんだろ」
「……!!」
「お前等を待ち構えてたのも、計画の内だったわけだが。……しかしこの有様だと、向こうは俺達の事なんざどうでもいいらしい」
「……どういう、ことです?」
「お前等を始末して都市ごと消すつもりなら、俺に施してる自爆術式を使うはずなんだ。……だがそれもせずに、俺は生かしたまま放置してる。だったらウォーリスは、もう俺達が生きてようが死んでようがどうでもよくなってるんだろう」
「!」
「この状況も、連中からすれば計画通りらしい。……俺が奴等を最後に見たのは、同盟都市に建ってた黒い施設が、あの月食の中に向かっていった光景だけだ」
「月食……。……じゃあ、まさか……!」
ドルフの話を聞いていたユグナリスは、徐々に今まで得ていた記憶と現在の状況に繋がる。
そして共に同行していた狼獣族エアハルトから聞いていた話から、今まさに世界で起こっている事を察した。
「……これが、五百年前にも起きたという……天変地異……?」
「天変地異だと? ……そうか、コイツが……」
「ウォーリスの目的は、創造神という神を復活させることだと聞きました。……もしかして、既に創造神が復活としたら……!」
「オリジンだぁ?」
「もしそうだったら、リエスティアが……。……俺が、助けに行かなきゃ……っ!!」
「お、おいっ」
ようやく世界に起きている状況を把握し始めたユグナリスは、創造神の身体とされているリエスティアの安否を気にする。
そして身体に走る傷みを我慢しながら立ち上がり、そのまま月食の穴が見える方角へ歩き向かおうとした。
それを呼び止めるように、ドルフは呼び掛けながら立ち上がる。
「どうしようってんだ? いったい」
「……俺も、ウォーリスを追わなきゃ……!」
「いや、無理だろ。連中、あの月食の中に飛び込んでんだぞ?」
「だったら、俺も……!」
「その傷で、空を飛んであの月食に入るってか? ……どんだけの化物でも、そりゃ無理だ」
「やってみなきゃ、分からない……!!」
呼び止めるドルフの制止を聞かずに、ユグナリスは自身の生命力を高める。
そしてウォーリスの戦いで見せた飛翔能力を使おうとしたが、どれだけ力んでもそうした現象を発現できなかった。
「……なんで、あの時には飛べたのに……!!」
「お、おい……」
「俺が、行かなきゃ……。……俺が、リエスティアを助けなきゃ……っ!!」
ユグナリスは焦燥感を抱きながら肉体から生命力を迸らせるが、突如として脱力感が襲う。
すると震える膝で耐えきれずに前に倒れ、再び地面へ膝を着きながら両腕で身体を支えた。
大量の出血で血液の大半を失い、傷の自己治癒にほとんどの生命力を注ぎ込んだユグナリスには、既にまともな体力は残されていない。
それを自覚することを拒否するように、ユグナリスは残る生命力を振り絞り続けた。
しかしそうした状況が数分以上も続き、ユグナリスは起き上がる事すらも困難になる。
そんなユグナリスの状況を呆れた様子で見るドルフは、溜息を漏らしながら言葉を向けた。
「……こりゃ、見てられんな。……おいっ」
「ハァ……ハァ……ッ」
「少しは冷静になれよ。アンタ、それでも一国の皇子か?」
「……俺は、リエスティアを……助けるって……約束を……!!」
「その約束ってのを、今のお前が果たせるのかよ? 明らかに無理だろうが」
「そんな、ことは……ッ!!」
「……ったく。こんな奴に負けちまったのか、俺は……。――……ん?」
疲弊しながらも強情なユグナリスの様子に、ドルフは更に呆れた様子で文句を零す。
そんなユグナリスに呆れた様子で顔を逸らしたドルフは、瓦礫の山が見える森の先を見ながら何かに気付いた。
するとその表情が徐々に強張り、腕を組んでいた手を解きながら身構える。
そして強情に這い蹲っているユグナリスに向けて、警告するように強張らせた声を向けた。
「おいっ、皇子。気を付けろ」
「……え?」
「誰か来るぞ」
「……!」
ドルフの警告を聞き、流石のユグナリスもそちらに視線を送る。
すると黄金色に染まる森の中から、複数の足音が聞こえて来るのを二人は気付いた。
流石のユグナリスも警戒を向け、気力を振り絞りながら震える身体で立ち上がる。
そしてドルフとユグナリスの二人は疲弊と負傷を抱えたままの状態で、近付いて来る相手に警戒を向けた。
そして二人の視界に、その人物達が姿を明かす。
それを見たドルフは驚きを深めながら警戒を強めたが、逆にユグナリスは僅かに目を見開きながら驚きを浮かべた
「……おいおい、マジかよ……」
「彼等は……。……それに、あの女性は確か……リエスティアを襲った……!」
二人は目を見張りながら相手の姿を凝視し、その光景に別の驚きを抱く。
すると相手側も警戒心を向けながらも、全員が敢えて姿を晒しながらユグナリス達の前に現れた。
彼等の人数は、合計で八名。
各々が微細な傷を負っていた様子が見えながらも、衰えぬ闘気と油断の無い面持ちから、かなりの実力者である事が二人の目から見ても理解できた。
そうした八名の中から、大男と美女の二人が歩み出る。
そしてユグナリスの赤髪を見ながら、大男と美女が交互に言葉を呟いた
「――……あの髪、『赤』の血族か?」
「アレ、確か帝国の皇子やねぇ。少し前に、あの会場で見たわ」
「なるほど。……この気配、今は弱いが都市で戦っていた一人だな」
「みたいやねぇ」
そうした言葉を向ける大男と美女に対して、ユグナリスは息を飲みながら前に出る。
そして自分を見る金髪の美女に対して、問い掛けるような言葉を向けた。
「……貴方はクビア殿の姉妹で……確か、タマモさんですね!」
「あら、そうやねぇ」
「そして貴方は、フォウル国の『干支衆』という集団の一人だと聞いています。……なら、そこにいる彼等は……」
ユグナリスは目の前に立つ相手の一人が妖狐族クビアの姉妹である姉タマモであると気付き、そうした声を向ける。
そして彼女と共に同じ側に立つ者達を見ながら、彼等の正体に気付きを得ながら問い掛けた。
それに対してタマモは答えず、代わりに隣に立っていた大男が答える。
「お前の察する通り、我々はフォウル国から来た『干支衆』だ」
「!」
「しかし、この状況。……御互いに、目的は果たせなかったようだな」
「……貴方は?」
「『干支衆』が一人、『牛』バズディールという。後ろの彼等も、同じ干支衆だ」
「俺は、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュと言います。……貴方達の目的というのは、リエスティアとアルトリアを殺す事ですね?」
「そうだ」
「……ッ」
「いや、そうだったと言うべきか。……既に奴等は創造神の器と魂を持つ人間を『鍵』として、天界に向かったらしい」
「鍵……てんかい……?」
「この世界と繋がる、もう一つの世界。創造神と呼ばれていた者の居城があり、その居城を開ける『鍵』が創造神の魂と器を持つ人間だ」
「!!」
バズディールはそうした言葉を向け、命じられていた自分達の目的が失敗した事を明かす。
そして新たな情報を得たユグナリスは初めて聞く『天界』という言葉と共に、創造神という存在が『鍵』だという話を初めて聞かされた。
こうしてユグナリスは、同盟都市の戦いで生き残った者達と合流する。
彼等は互いに目的を違えている者達だったが、それでもユグナリスにとって最愛の女性を取り戻せる最大の好機が訪れた瞬間でもあった。
 




