仲間の力
創造神の権能を手に入れようと目論むウォーリスを討つ為、『天界』へ向かう箱舟の一行は改めて倒すべき敵達を映像を通して認識する。
そして組むべき相手が決められた後、エリクとケイルの間で自身の役割を巡る口論が発生した。
エリクはウォーリスの脅威を直に感じた経験から、ケイルには戦闘ではなくアルトリアの保護を頼もうとする。
しかしその言葉を戦いに臨む自分への侮辱と感じたケイルは、それに反発しながらエリクとの決闘を望んだ。
「――……さぁ、闘ろうぜ。エリク」
「……ケイル」
二人は艦橋を退出してから貨物室に赴き、ある程度の空間が確保されている場所で立ち合う。
そしてケイルはそうした言葉を睨みを向けたが、エリクは逆に渋る様子を強めながら口を開いた。
「今、俺達が戦っても……意味は無い」
「あるさ。もうアタシが、ただ見てるだけの足手纏いじゃないと証明する為にな」
「……俺は、そう思ったことは無い」
「本当にそうか?」
ケイルは棘のある言葉を見せ、エリクに強めた睨みを向ける。
そしてある出来事を思い出しながら、自分が侮られていると考える理由を明かした。
「マシラ共和国に行く前。お前が港で戦った爺さんの事、覚えてるか?」
「……ログウェルか」
「お前、アタシがあの爺さんと戦おうとした時。アタシになんて言ったか覚えてるか?」
「……?」
「『下がってろ、お前では勝てない。あの男は、俺より強い。』……そう言ったんだ」
「!」
「確かに、あの爺さんは強かったよ。アタシより強かった。……だがお前は、あの時点でアタシがお前より弱いと思っていた。それが、あの状況で本音として出ていた」
「……それは……」
「はっきり言うぜ。……あの時点だったら、アタシはお前より強かった。一緒に戦っていれば、お前もあんな大怪我をせずに、船に乗せてやれたさ」
「!」
「お前、いつまで自分の力に自惚れてるつもりだ。――……アタシがその根性、叩き直してやる」
ケイルは以前から抱いていたであろうエリクに対する蟠りを吐露し、新たな装備として羽織っている赤い外套を僅かに開けさせる。
しかしその腰には、以前まで身に着けていた魔剣や小剣ではなく、二本の刀が収められた鞘を携えていた。
僅かに長さが異なる大小の刀を左腰に携えるケイルを見て、依然と違う武器を確認したエリクは不思議そうに尋ねる。
「……それは、剣か?」
「『茶』の七大聖人、ナニガシ殿から預かった刀だ」
「!」
「この戦いに赴くに辺り、自分の刀を餞別代わりに持たせてくれた。……でも、それだけじゃない」
「……?」
「あの人は、アタシに大事なことを教えてくれた。……いつの世も、戦いは『人』が成すものだってな」
そう話すケイルは、右手で長い方の刀を引き抜く。
その刀身はエリクが知る武骨な西洋剣とは違い、水に濡れるような美しくも薄い刀身だった。
しかしこの瞬間、エリクは奇妙な違和感を抱く。
それはさっきまで敵意に近い殺気を向けていたケイルの気配が、目の前に居ながらも薄れていく感覚だった。
「……これは……!?」
それから数秒も経たない内に、エリクの目の前に立つケイルの姿から完全に殺気や気配が消える。
しかし視界にはケイルの姿が見えており、自身の感覚と視覚の情報が異なることにエリクは違和感を強くした。
そして視界に見えるケイルは、右足を踏み出しながら剣を構える。
すると次の瞬間にケイルの姿が霞のように姿が薄れた後、エリクの眼前まで瞬時に近付き、刀身の先を心臓部分に当てた。
「ッ!!」
エリクはケイルの接近を捉えられず、思わず驚きながら跳び下がる。
しかしケイルは敢えてそれを追わず、その場に留まりながら気配も感じられないまま声を向けた。
「まずは、一回だ」
「……まさか、転移魔法か?」
「そんな大層な魔法じゃない。歩いて近付いただけだ」
「……!?」
「単にお前が、アタシを見失っただけだよ。――……次、行くぞ」
ケイルは再び右足を踏み込ませると、エリクも思わず身構える。
そして今度こそケイルを見失わないように凝視したが、再びケイルの姿がぼやけるように視界から薄れなから消えた。
その瞬間に再び後方へ跳んだエリクだったが、次の瞬間に自身の左首に奇妙な冷たさを感じる。
すると今度は左側にケイルが立っており、その右手に持つ刀の刃をエリクの首に触れさせていた。
「……な……ッ!?」
突如として現れたケイルの姿と、触れるまで分からなかった刀の接近に、エリクは悪寒にも似た寒気を感じる。
そして思わず右側へ跳びながら身構えると、小さな溜息を漏らしたケイルがエリクに告げた。
「これで二回、お前は死んでるぜ」
「……いったい、どうやって……」
「言ったろ、お前の根性を叩き直すって。……お前がどれだけ愚かか、ちゃんと分からせてやるよ」
そう告げるケイルは再び剣を構えながら踏み出し、エリクは警戒心を最大限まで引き上げながら身構える。
しかし再びケイルの薄れる姿を捉えられなかったエリクは、幾度も急所に刀身を触れられた。
時には素早く動き、逆にケイルを攪乱しようとエリクは走る。
その初動を抑えるように、霞むように揺らぐケイルが瞬く間に近付き、刃の無い峰でエリクの右足を払った。
「ッ!!」
エリクは右手を広げ床に着け、両足で踏み止まりながら倒れるのを防ぐ。
そして素早く上体を起こそうとしたが、右腕が真っ直ぐになった瞬間に再びケイルの刀が振られる。
そして峰でエリクの上体を支えていた右腕を弾き、右横腹を床に着けながら倒れたエリクの眼前に刀の刃を向けて留めた。
「グ……ッ!!」
「これで十回。アタシが本気なら、お前の右足と右腕を斬って、またお前の首を跳ねてたな」
「……ッ」
冷たく見下ろすケイルの視線と言葉を聞き、エリクは困惑した様子を強めながら顔を上げる。
そしてケイルは小さな溜息を漏らした後、緩やかな動作で左腰の鞘へ刀を戻し、エリクから数歩ほど離れた。
それを視線で追いながら立ち上がるエリクは、動揺を浮かべたまま問い掛ける。
「なんで俺は、お前の動きを捉えられないんだ……?」
「……アタシを知ってる気になってるからだ」
「え……?」
「お前は気配の読みも、目もいい。だが周囲に気配を紛れさせ、感情の無い動きと刃を捉えきれなかった。それだけだ」
「……感情が、無い?」
「アタシが剣を習った流派では、これを『霞の極意』と呼んでいる」
「かすみ……?」
「自分の意識を周囲に溶け込ませ、思考せずに自分の身体を動かす。……要は何も考えず、刀を振る。それがアタシがこの二年間で習得した、新しい技術だ」
「……それだけで、あんな動きが……!?」
「出来るみたいだぜ。……無意識に動くアタシの身体は、無駄な動きが一切ないらしい。そして気力も一瞬しか込めてないから、僅かな動作だけで最大限の動きが出来る」
「……!!」
ケイルは自身が先程まで行っていた事を伝えながら振り向き、再び薄れさせた気配を通常に戻しながら視線を向ける。
その説明を受けながら理解を得られていないエリクに対して、ケイルは強い口調で問い掛けた。
「もう一度、聞くぜ。――……今のアタシは、お前にとってまだ足手纏いか?」
「……いや……」
「気力の量や気力斬撃の威力だけなら、お前の方が遥かに上だろうよ。……だがウォーリスと戦ったお前は、その威力頼りの戦い方しか出来ずに負けてる。また戦っても、同じ結果にしかならないだろうな」
「……ッ」
「お前一人じゃ、ウォーリスは倒せない。……だがアタシも加われば、良い勝負が出来ると思わないか?」
「!」
そう述べるケイルは、呆れるような表情と声でそうした言葉を見せる。
それに驚くように顔を上げたエリクは、両腕を組んだケイルの言葉を最後まで聞いた。
「別れる前に言ったろ。アタシは御嬢様の御守りをするつもりはない。……アタシがこの二年でこの技術を習得したのは、お前と一緒に戦う為だ」
「……ケイル……」
「いい加減、アタシも隣に立たせろよ。……その、仲間なんだからさ」
顔を背けながら照れ臭そうにそう伝えるケイルに、エリクは呆然とした様子で驚く。
そして胸の奥で僅かな熱さを感じ始めたエリクが何かを吐露する前に、貨物室の上にある通路で観戦していたマギルスが声を発した。
「――……僕もだよ! 仲間外れにしないでね!」
「ハッ、だってよ?」
「……ッ」
マギルスとケイルがそうした言葉と共に微笑みを浮かべると、それを見たエリクは瞼を閉じながら顔を伏せる。
そして二秒ほどが経つと、顔を上げながら二人に対して改めて声を向けた。
「……ウォーリスを倒したい。そして、アリアを助けたい。……だから、お前達の力を貸してくれ」
「いいよー!」
「ああ」
エリクが改めて頼む言葉に、マギルスとケイルは応じるように声を返す。
今までウォーリスを倒すという目的を自分の命を削ってでも果たそうとしていたエリクが、この時になって初めて仲間と呼べる者達と共にウォーリスを倒すという目的を共有できたように思えた。
こうしてエリク達は、自分達の目的を改めて共有させる。
そして敵を倒し、仲間を助ける為に戦う事を改めて決意した。




