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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
革命編 五章:決戦の大地

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迷宮の牢獄


 激戦が繰り広げられる同盟都市は、夜空の景色に浮上しながら大地を削り落とす。

 そうした最中、同盟都市(とし)を浮遊させている魔鋼(マナメタル)の遺跡を発見した狼獣族エアハルトは、その出入り口となる扉の一つを発見した。


 しかし真横から割り込んだフォウル国の干支衆と思しき一人に蹴り倒され、先に侵入を許してしまう。

 それに怒りの感情を高めながら消沈させていた意気を戻したエアハルトは、アルトリアの持つ紙札から放たれる魔力を追跡することを選んだ。


 常闇の中に沈む階段に足を踏み入れたエアハルトは、自身の負傷を自己治癒能力で高めながら痛みに耐えて降りて行く。

 一段ずつ降りる振動すらもエアハルトの胸部に鋭い痛みを走らせたが、苦痛の声を漏らすのを我慢しながらエアハルトは階段を降り続けた。


 その間にも嗅覚での索敵と魔力感知、そして気配の読みをエアハルトは怠らない。

 頂点(うえ)の戦いを見て意思が挫けかけていたとはいえ、先程と同じように僅かな油断によって突如とした接近を許すという事態は、エアハルト自身の矜持(プライド)が許せなかったからだ。


 そしてもう一つ、エアハルトには進むべき理由がある。

 それは自分の発見した出入り口に割って入った干支衆と、その目的を知っていたからでもあった。


「――……干支衆(やつら)は巫女姫とやらの命令で、あの女共を殺しに来ている……」


 エアハルトはそうした思考を言葉として呟き、干支衆達が潜入している理由を改めて認識し直す。

 しかしその目的を否定するような言葉を、エアハルトは自身の経験則から導き出していた。


「……それで首謀者(やつら)の思惑が潰えて、全てが収まるなどと……そんな上手い話があるわけがない。……実際、レミディアが死んでも……共和国(あそこ)では事態が悪化するだけだった……」


 そう呟くエアハルトの脳裏には、闘士部隊に所属していた頃のマシラ共和国の状況を思い出す。


 マシラ王ウルクルスに愛されたレミディアの自殺は、結局のところ元老院やゴズヴァール等などの亀裂を停滞させただけに留まる。

 しかしその死を不審に思うマシラ王ウルクルスによって要らぬ悲哀が生まれ、それに付随するように共和国が瓦解しそうな混乱が起きる事態を招いた。


 それ等の事情を第三者の視点から見ていたエアハルトは、アルトリアやリエスティアが死ぬだけでこの事態が収まらぬ事を察している。

 むしろ最悪な事態を招くことになると考え、巫女姫や干支衆達の目的を軽率な行動とすら思っていた。


「……干支衆(やつら)も、頂点(うえ)連中(てき)には敵わないと理解している。だから安易な、女達を殺すという方法を選ぶ。……干支衆(やつら)も所詮は、ただの魔人ということか……」


 嘲笑を交えた皮肉を呟くエアハルトは、自身でそれを零しながら苦々しい面持ちを浮かべる。


 今まで『魔人』という存在が人間よりも上位に位置する力を持つと自負していたエアハルトだったが、既にそうした驕りは思考の中には無い。

 『魔人(じぶん)』を凌駕する人間達と幾度か戦い、更にそれすらも超えるであろう『聖人』や『悪魔』の戦いを目の当たりにし、『魔人』という存在が自分の居る世界でそれほど上位に位置するような力を持たない事を悟っていたのだ。


 そうした現実を受け入れたエアハルトは、二人の女を殺そうとする干支衆(ものたち)の思考を正確に読み取る。

 更なる上位者には勝てないと理解している干支衆(かれら)は、そうする事でしか起きようとする異変を治められないと諦めているのだ。


 それは結局、事態の解決に導こうとするのではなく停滞させる事しか出来ぬという意味の行動。

 こうした考えで行動する者達が事態に介入したところで何の改善も望めず、逆に悪化させることをエアハルトは知っていた。


 その憤りから呼吸が乱れたエアハルトは、(むせ)るように咳を吐き出す。

 口を覆う右手に放たれた咳には血が混じり、エアハルトは自身の血の匂いを嗅ぎ取りながら右拳を握り締めた。


「ゴホ……ッ。……やっと、階段が終わるか」


 そうして階段を降り続けていたエアハルトは、暗闇に慣れた視界で階段の終わりとも言える床が見えた事に気付く。

 足を進めながら階段を降り終えたエアハルトは、横並びに人が数人ほど通れそうな通路へ辿り着いた。


 しかし階段の壁を覆っていた魔鋼(マナメタル)とは異なり、通路の材質は石や鉄などが混ぜられた作りになっている。

 そして仄かに灯る魔石の光が通路を所々で照らし、道が先に続いている事を察せられるようにしていた。


 こうして仄かな光が灯る通路に降り立ったエアハルトは、周囲を探りながら足を進める。

 そしてアルトリアの紙札から放たれている魔力を嗅覚で追跡し、その場所を目指しながら一人で歩き続けた。


 遺跡の内部には外と大きな隔たりがあるのか、都市部で起きている戦闘の衝撃や波動が何も感じられない。

 しかし遺跡の内部には人の気配や生活できるような空間や部屋がほとんど設けられておらず、気圧で生じる低音だけが通路に唸っていた。


 その間にも警戒を怠らないエアハルトは、アルトリアの紙札から放たれる魔力においとは違う匂いも嗅ぎ取っている。

 それは自分より先に降りて来たであろう、干支衆と思しき一人の人物が歩いていた匂いだった。


「……干支衆(やつ)は確かに、ここを通っている。……他の干支衆(やつら)の、匂いは無いな……」


 先に進んでいる干支衆(まじん)の匂いを嗅ぎ分け、他の干支衆(ものたち)の匂いと合流していない事をエアハルトは察する。

 そして自身は慎重に歩みを進め続けると、分岐点となる三方の道がエアハルトの前に現れた。


 それぞれに別々の方角を向いた三つの道を眺めながら、エアハルトは嗅覚を働かせる。

 すると右側の道を見ながら、呟くような声を発した。


「……干支衆(やつ)の匂いは、右側(こっち)に進んでいる。……あの女(アルトリア)魔力(におい)は、左側(むこう)か」


 別の通路から漂う双方の匂いを嗅ぎ取ったエアハルトは、ここで選択を思考に浮かべる。


 このまま自分を襲った干支衆(あいて)を追跡するか、それともアルトリアの紙札から放たれる魔力を辿るか。

 その二つの選択肢が思考に浮かぶ中で、エアハルトは冷静で堅実な手段(ほうほう)を選んだ。


 エアハルトが選んだのは、左側の通路。

 つまりアルトリアの捜索を優先したエアハルトは、左側の通路に足を踏み入れながらこう呟いた。


「……干支衆(やつ)に追い付いたとしても、協力してやる気は無い。……仮に戦う事になっても、今の俺では勝てん……」


 冷静にそうした理由で道を選んだエアハルトは、アルトリアの捜索を優先しながら足を進める。

 それから幾度も分岐する別れ道で正確に魔力(におい)だけを辿るエアハルトは、特に妨害も受けないまま遺跡の奥へと進み続けた。


 そうした状況の中、時折ながらエアハルトは別の匂いを別れ道の奥側で感じ取る事がある。

 それは腐臭に近い匂いであり、その匂いに覚えがあるエアハルトは表情を渋らせながら呟いた。


「……この腐臭(におい)、また下級悪魔(あくま)か。――……どうやら、他の干支衆(やつら)と交戦しているらしいな」


 漂う腐臭を嗅覚で感じたエアハルトは、そのまま慎重に先の様子を探りながら進む。

 すると周囲に下級悪魔(あくま)達の死骸と思しき血肉が散乱しているのを発見し、更に壁や地面を破壊したような跡も残されていた。


 それを確認するエアハルトは表情を強張らせながらも、こうした言葉を呟く。


「……派手に暴れている干支衆(やつ)がいるらしい。……好都合だな」


 遺跡内部に潜入している干支衆達が暴れ回っていることを確信するエアハルトは、そのまま自身の気配を消しながら別路を辿る。

 自分達を囮にして潜入した干支衆達を、逆に囮にしながら奥へと侵入しようと試みるエアハルトは、それらしい匂いが窺える場所を避けながらアルトリアの追跡を進めた。


 誰よりも優れた嗅覚と、感知外の魔力の匂いすらも辿れるエアハルトの索敵能力は、極めて高い。

 当時のマギルスですら日々を過ごすのに苦労していた『怪蟲の森』で二年間も無傷で生き残ったエアハルトの危険察知の能力(ちから)は、魔人の中でも群を抜いていた事をこの場で証明していた。


 それから迷路のような作りの通路の中で、一時間程の時が流れる。

 罅割れが起きていた右腕の骨、そして折れ砕けていた胸部の肋骨と傷付いていた内臓の修復に魔力を注ぎ込みながら自己治癒力を高めていたエアハルトは、痛みこそ残りながらも肉体の動きはある程度まで戻り始めていた。


 そして出来る限り干支衆や下級悪魔(レッサーデーモン)達の匂いや気配が感じ取れる場所を避け続けたエアハルトは、大きく迂回しながらもアルトリアの紙札から放たれている魔力の匂いを辿り続けている。

 それ等の行動が実るように、エアハルトは分岐された通路の奥側に設置された簡素な扉を発見しながら歩み寄った。


「――……魔力(におい)は、ここからか……」


 僅かに鼻を動かしながら確信に近い思いを抱くエアハルトは、扉を右脚で蹴り飛ばしながら開け放つ。

 傾きながら蝶番が外れた扉は石畳の床に倒れると、その先に映る光景を見ながらエアハルトは小さく息を吐き出しながら呟いた。


「……今度は、お前の方が檻の中か。……呆れた女だ」


 倒した扉の上を歩きながら部屋の中に入るエアハルトは、室内に設けられた鉄格子の向こう側を見下ろす。

 そこには身体を横に倒して石畳の床に寝そべるように意識を失っている、アルトリアの姿が確認できた。


 こうして遺跡内部の迷宮に侵入したエアハルトは、そこに捕らわれていたアルトリアを発見する。

 しかし呪印の影響で意識を完全に失っているアルトリアと、同じ遺跡内部で暴れている干支衆の存在は、エアハルト自身が思う以上の難題を作り出していた。


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