メンテロイドのお医者さん
ヒロムが手を伸ばすと視界に泥だらけの物体が飛びこんできた。
そして紅い空・・そこは元のスクラップ場だった。
未だぼんやりする視界に目を擦り、よく見るとぶかぶかのつなぎを着た泥だらけの少女が豆鉄砲を喰らったような顔で見ていた。
「・・あたいは奥田 マリ子。あんたメンテロイドでしょ?」
ヒロムは久しぶりの動く人間を見て驚いた。
「私は保障期限切れのメンテロイドだぞ。怖くないのか」
「なんで怖がることがあるのよ。あたいのじいじがカミサマなんか嘘だっていってた。メンテロイドは人間なんかよりずっと純粋で美しいから下手な教育さえしなけりゃなるわけがないってさ」
周りの瓦礫を動かしながら、舌足らずだが大人ぶった口調で話し続けた。
「物心着いた時からこの仕事やってるけど、知能チップが粉砕されたはずのメンテロイドが急に立ち上がるなんて初めてのことでびっくりしちゃった。で、急いでここに飛び込んだわけ」
マリ子はそのときの様子を思い出してくすっと笑った。
「随分前にも同じことがあったことは先輩から聞いていたけどやっぱり目の前で起こると心臓に悪いわ」
ひとりでに話すマリ子をよそ目に自分の脚の方を見た。やはり膝から先がなくなっていた。
「私の脚はないはずでは・・」
「え?ほんとだ。でも、あなたが意識を取り戻すまで青い光を出して立ち上がっていたわよ」
そう言って彼を軽やかに背負った。体から古い機械油の臭いがした。
「キミって意外と力持ちだな」
マリ子は豪快に笑った。
「そりゃこの仕事やってたら否でも力持ちになるわよ。あんたもちゃんとご飯食べてる?軽すぎるわよ」
「・・ここ何日か食べてない」
「じゃあ、あたいの家に連れてってあげる。じいじと暮らしてるんだ」
家はスクラップ場から数メートルほど歩いたところのプレハブ小屋だった。
ひとつも休憩をせずに脚のない彼を背負いながら話しかけた。
「もしかしてだけど、好きな人がいるんでしょ?この様子じゃ未練があって復活したかもね」
彼は夢で現れた少女時代のはるかのことを思いめぐらせ、有害物質に染まった赤銅色の空を眺めながら呟いた。
「・・なぜ知っているんだ。会ったばかりなのに」
マリ子は得意げに応えた。
「あたいにはかんさつがんがあるの。大丈夫。一緒に探してあげるわ」
プレハブ小屋のガラス戸をガラッと開けた。
「じいじ、メンテロイドのお兄ちゃんが来たよ」
ゴーグルを頭に乗せた老人は畳の部屋でずっしりと胡坐をかき、パソコンの前でコントローラを握りゲームに夢中になっていた。
「そうかい。もうすぐクリアしそうだから後にしてくれ!」
畳の上に置かれたヒロムは大好物のマッシュルームピザが老人の隣に置いてあったので唾を飲みそっと手を伸ばすと、ぱしっと叩かれたので引っ込めた。
白髪交じりの老人はピザを片手で器用に取り、パソコンの画面を見たままむしゃむしゃと齧りながら話しかけた。
「ほう、メンテロイドとは懐かしいお客さんが来たもんだ」
暫く間を開けて驚いた顔で振り返った。
「ん?メンテロイドだと?顔をちゃんと見せておくれ」
まじまじとヒロムの顔を見たあと手を撫ぜて涙ぐんだ。
「こんなに美しいメンテロイドは初めてじゃ・・なのに可哀想に・・奴らに人間の心というものはないのか」
マリ子は身を乗り出した。
「ねぇ、この人を助けてよ。人間にするとかさ」
「馬鹿を言え。このテクノ小僧だったわしでもこれはできんぞ」
「あーあ、みたかったのにな。じいじの鮮やかなハッカーさばき」
老人は孫の挑発にむきになった。
「わしは一度世界から消え去ったインターネットを建て直したハッカーだぞ。よし、今から村の住民票をハッキングしてやる。これでこやつの戸籍を造ったらいいんだな」
「ありがとうじいじ、さすがテクノ小僧だわ」
マリ子は老人に抱き着いた。
「死んだ妻に似て口車に乗せるのがうまくなりおって」
老人はテレビの入力をパソコンの画面に変えた。
コントローラを放り投げ、キーボードを取り出して見事な手さばきで文字を打ち出した。
その様子を眺めていた二人は関心した。
ヒロムは彼に話しかけた。
「聴くところによるとあなたはメンテロイドはカミサマにならないって言っているようですね」
老人は画面に釘付けになりながら応えた。
「そうだ。それがどうした」
「みんなカミサマになると怯えているのに、なぜそう思うのですか」
「金の亡者どもが技術者の魂を悪魔に売っちまったからな」
ヒロムは首を傾げた。
「本当は永遠に動けるものを作るのが技術者として筋のはずだ。だが奴らは次々新しいものを買って欲しいがために期限を勝手につくっただけ。だから過ぎたところで何も変わりはしない」
老人は感極まり彼の方を向いて唾を散らした。
「なぜならわしはこの目で世界で初めてのメンテロイドを見たからな。こんな純粋で正義感のある者が人類の脅威になるものか!」
あまりの威勢にヒロムは固まった。そしてここにきてやっとメンテロイドの自分を受け入れてくれる人に会えた安堵に思わず涙ぐんだ。
「お前さんは随分ひどい扱いを受けたようだな。ハッキングのついでに医者を呼んだから来るまで少し休んでな」
「ありがとう・・ございます」
涙が止まらないヒロムは少しの間横になったが、色々なことが頭の中で混沌として眠れないでいた。
すると入口から戸を開ける音がした。
「おおっと、製作者の息子がやって来たようだ」
目を遣ると、戸の前でぎらりと目を光らせた大柄な老人が医者鞄を片手に立っていた。
「やぁ、君がヒロム君だね。竹馬の友の頼みで君を治しに来た」
前作を見た読者は恐らく気づいただろう。
この医者は小柳 敦で、マリ子の祖父はテクノ小僧もとい奥田 昌彦である。
未読の読者のために少し触れるが、敦の母親はプロトという人類初のメンテロイドを作り上げた研究者の一人である。
そしてメンテロイドが量産化した現在、彼はメンテロイド専門の外科医として働いている。
悲しげな顔で敦はヒロムの太腿を優しく撫でて呟いた。
「こんなにきれいな姿をしているのに・・可哀想に」
「あなたもメンテロイドが怖くないのですか?人間じゃない私が」
「怖い訳ないだろう。メンテロイドも人間と同じ命ある者じゃないか」
彼のまっすぐな目にヒロムは首を垂れた。
「あなたたちにもう少し早く会っていれば仲間は救われただろうに」
「確かに今の人類は君達の命を軽く見ている。・・同じ人間として恥ずかしい限りだ・・どう謝ればよいのか」
敦は頭を下げた。
ヒロムはそっと彼の手を握った。
台所からお茶を持ってきたマリ子がばつが悪そうに敦の白衣の裾を引っ張った。
「せんせ、手術をはじめなきゃ。日が暮れちゃう」
「そうだな・・この手術はヒロム君にとってつらいものになるがいいか?」
ヒロムは覚悟を決めゆっくり頷いた。
敦はお茶を少し飲んで医者鞄から聴診器を取り出した。
「麻酔は効かないから電気ショックで気絶してもらう。我慢しろよ」
ベッドの上で仰向けになりロープで縛り付けられたヒロムは聴診器で脚の神経を触られる度、苦悶の悲鳴を上げた。
少し触っただけでもがく様子に敦は眉間に皺を寄せた。
「これで根をあげたらどうしようもないぞ」
鞄から電流装置を取出し、慣れた手つきで端子を彼の神経に接続した。
「すぐに終わるからな」
そう言って敦は装置のスイッチを点けた。
激しい電流の音とともに叫び声をあげて痙攣した。
その様子に耐えられなくなったマリ子は耳を塞ぎ敦に向かって叫んだ。
「やめて、死んじゃうよ」
「こんなことで死ぬわけない!もっと電気を送るぞ」
彼はさらに電流のダイヤルを回した。
声も出なくなった彼はついに白目をむき、意識を失った。