遠い明日
するとサンダーバードの傷口から光が膨らみ、恵みの雨のように噴き出した。
光を被ったヒロムは元の人間の姿に戻り、大きな手に包まれるようにゆっくり降りて行った。
長い睫の瞼を再び開けた彼は命が還る光の雨の中、はるかを探した。
「はるか・・!どこにいる!」
ふと振り返り、他とは違う小さな光を見つけてそれに向かって走り出した。
青白く輝く小さな光は小鳥のような温もりを帯びて彼の掌に落ちた。
「許してくれ・・あいしてる・・」
ヒロムはそれを大事に両手で包み、涙を流した。
すると光ははるかの肉体に変わり、眠る彼女を細い腕で抱きかかえた。
「どうしたの・・」
はるかは薄らと目を開けた。
ヒロムは目を輝かせ喜んだ。
「ずっと悪い夢を見てたの・・ずっとひとりぼっちでヒロムを探してた」
「私もキミを探してた。だがやっと会えた」
廃墟になった奇夜地区はかつて埋め立てられていた広大な湖の跡が一面に広がっていた。
すると天上から突風が吹き荒れ、湖の真上から大きな光が降りて光の水面ができた。
特徴のない声が天から響いた。
(私に還りなさい・・次は貴方がこの世界を見守る番ですよ)
吹き荒ぶ銀の風にヒロムははるかをコートで覆い呟いた。
「サンダーバードが呼んでる・・いかなきゃ」
「どこにいくの?」
ヒロムは頭の中に送られてくる景色を感じ、呆然としたまま応えた。
「まだ見ぬ世界・・」
はるかはヒロムの白いシャツを掴んで懇願した。
「ヒロム、私もついていくわ」
「キミは連れてゆけない・・ここから先は人類にとって刺激が強すぎて苦痛でしかない世界だ。はるかの苦しむ姿はもう二度と見たくない」
「またヒロムがひとりぼっちになっちゃう。そんなのいや」
「私の姿はなくなってしまうけど、この世界に紛れてずっとキミを見届けるつもりだ。だから決して孤独にはならない」
「わかった・・でもせめて、この夢が覚めるまでそばにいて」
光の雨が未だ降り注ぐ中、二人は湖の水際を肩を並べて歩いた。
遠くの山から朝日がぼんやりと顔を出し始めた。
「また会えるかな?もしかしたら私はおばあちゃんになっているかもしれないけど」
「そうであってもキミが会いたいと望み続ける限り何度でも見つけ出してみせる」
はるかは頬を紅くした。その姿をヒロムは嬉しそうに見つめた。
「キミは世界の誰よりもきれいだ」
二人は最初で最後の口付けをした。
すると迎えの風が彼の黒い髪を撫でた。
ヒロムは黒いコートを翻しあどけない微笑みを残してまだ見ぬ世界に飛び込んだ。
「では、また明日!」
彼を包んだ光は雷を帯びた巨大な鳥になり、世界中に響き渡る咆哮をした。
そして湖を包んでいた翼を広げ、朝の爽やかな風が吹くと豪快な羽音をたてて大空の彼方に優雅に羽ばたいていった。
はるかは何もなくなった村でたった今生まれ変わったばかりのサンダーバードが見えなくなるまで手を振って見届けた。
「ヒロム、また明日ね」
・・その眼は限りなく澄み渡っていた。
それから数日後の昼下がり、はるかは角さんの家でお茶をしていた。
角さんはテレビの電源をつけニュースを見た。
「宵待村に謎の巨鳥かぁ、そういや昔、旅行で行ったわね懐かしいな」
「そうね・・楽しかったね」
はるかはついこの間の、夢のような出来事にまだ胸がときめいていた。
角さんは手土産のシュークリームを嬉しそうに両手に持ちながら話した。
「それにしてもあの御曹司を結婚直前に振ったなんて思い切ったことしたわね。びっくりしちゃった」
「まあ・・ね。会社も辞めたしこれからゆっくり小物屋さんでも開こっかな・・ってね」
「はるかは手先が器用だしアクセサリー作るの好きだもんね。いいんじゃない?」
シュークリームをぺろりと食べた角さんははるかの顔を覗き込んだ。
「なんだか嬉しそうだね。もしかしていいことあった?」
「別に、どうってことないよ。ただ、今が幸せだなぁ・・って」
胸元の奇夜石が夏の青空を切り取ったようにきらりと一筋光った。




