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死に場所を探す男

作者: 超音波8号

 黒い帽子に黒いコート、黒い鞄に黒い靴。

 それらを身に包んだ男は、一人で歩いていた。

 行先は未定である。男が求める場所は今までに訪れたどんな場所にも当てはまらなかった。

 男は死に場所を探している。

 土の下で静かに眠ること、それこそが男の最大の願いだった。



 こんな場所があった。

 日当たりのいい小さな丘一面に、色とりどりの花が咲き乱れている。

 花が咲いているのならば、土もあるだろう。


「野に咲く花のお嬢さん、私はここで眠ることができますか?」

 

振り向いたチューリップは首を横に振った。


「それは無理よ。だって、ここは美しい花だけがあるのだから、汚いものはお断りなのよ」

 

 男は諦めて、去った。



 こんな場所があった。

 太陽の光を跳ね返す壁を持った高い高いビルが立ち並ぶ街。地面はコンクリートに覆われて、土はどこにも見当たらない。

 こんな大都会でも、死者を葬る墓を作るための場所くらいはあるだろう。


「天高くそびえる鉄の御老人、私はここで眠ることができますか?」


 視線を下げた高層ビルは大きな声で笑った。


「それは無理だ!なぜなら、ここでは火葬と決まっているのだ。そのあとは、海に捨てられて終わりだな」


 男は諦めて、去った。



 こんな場所があった。

 美しい緑に囲まれて、生き物の生存を許さないほど澄んだ泉。泉の中央には、祈りを捧げる像があった。

 大地は水を受け止める土の器となっているから、男が眠る土もあるだろう。


「清水湧き出す泉の石の姫君、私はここで眠ることができますか?」

 

 目を開いた石像はすまなそうにうつむいた。


「それは無理なのです。ここで眠っているのは私です。私が静かに眠るのを邪魔しないでください」


 男は諦めて、去った。



 こんな場所があった。

 白以外存在することが許されないような白銀の世界。視界がすべて白に塗りつぶされる山で、全身真っ黒の男は洞窟の中で休んでいた。

 雪の下には土の山がある。雪を掘っていけばいつか、男が求める土が現れるだろう。


「凍てつく土地の銀の狩人、私はここで眠ることができますか?」

 

 洞窟の奥で丸まっていた狼は振り向かなかった。」


「それは無理だな。この山はいくら掘っても雪さ。雪の中で永久に残っていたければ、勝手にするがいい」

  

 男は諦めて、去った。



 こんな場所があった。

 見るも無残な森の跡、山火事が起こったのか、緑は一切存在せず、焦げた木々が散らばっていた。

 男はしばらく森の中を歩き続けた。

 森の奥には大きな木があった。木の隣には、小さな家が寂しそうに建っていた。

 人が住んでいるのだろうか。もし男がここで眠ると決めた場合は、あの家に住んでいる人に許可を取らないといけないだろう。

 この森の土は、死んだ木々と枯れた葉で覆われていて、眠るには最適な静けさなのだ。

 家の扉が開いた。中から、女が出てきた。


「あら、どなた?」

 

 男は事情を説明した。女は承諾した。


「死ぬまで少し、私に付き合ってくれませんか」

 男と女は一緒に森を歩いた。

 行方不明となった女の夫を探しに。

 夫は見つかった。彼は、崖の下にいた。

 物言わぬ死体となって、空を見ていた。


「仕方がありません。彼は精神を病んでいましたから」


  女は涙を一粒流した。



 男は地面に穴を掘り、その身を横たえた。

 男はもうすぐ死ぬのだ。

 男は女に、死んだら土をかけてほしいと頼んだ。

 数日後、男は死んだ。目をしっかり閉じて、口元に笑みを浮かべて。

 女はシャベルで、男に土をかけた。

 女は涙を流さず、数秒目を閉じた。

 女が目を開けると、森は緑に覆われ、花が咲き乱れていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 無駄な部分のない文だと思いました。淡々と進むので、好きです。
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