第007話 神は何処に
パチッ、パチッ、と鉄柵の合間を電流が流れる音だけが室内に聞こえている。
クルトは、リーネから聞かされた話を頭の中で反芻していた。
この世界には人族しか存在しない。
竜人族、魚人族、長命種、獣人族のような亜人種はいないらしい。
クルトが気にしていた神も存在していない。
約二〇万年前、リーネが生きていた魔導歴時代に神は存在しておらず、度重なる戦争の混乱のさなかに討滅されたとも世界を去ったと学校では教わったのだとか。
再度、神について調べたいと思った。
だが、魔導歴・女神歴の時代の記録は幾度となく起きた超災禍によって消失しており、もはや事実を知る者はリーネやクルトのように魔科学技術により復活を遂げた古代人の記憶に頼るのみとなっている。
「は、は、は……、なんだよ、……それ」
クルトは頭を抱えて蹲ってしまった。思考が霧のように広がってしまい何も考えつかなくなる。
心を灼く激情はいまだ癒えない。
それなのに、神は素知らぬ顔で何処かへと消えてしまった。
クルトは、強烈な喪失感にただただ打ちのめされるだけだった。
そこへ、たどたどしくも慰めの言葉が掛けられる。
「あ、あー……、その、元気だしなよ。私も戸惑ったけど慣れてくればいい世界だしさ……。お外はちょっと危険だけど、戦争もないし、平和だよ」
普通の村人や町人であれば平和が一番だ。
しかし、クルトは違う。
味わいたい平和よりも晴らしたい恨みがある。
「……オレの目的は神を殺すことだ。戦争だとか平和はどうでもいい」
「えー? それなら、んーと、過去に戻ればいいんじゃない?」
リーネは口の中で飴玉を転がしながらぼんやりと言った。
クルトはパッと顔を上げる。
「……そんなことができるのか? 嘘じゃないだろうな?」
「リーネちゃんたら、またそんな適当なこと言って……」
「むむ! ひっどいなあ、嘘でも適当でもないよ!? 情報集約艦の解析から新技術が公表されてたじゃん。時空遡上装置の話」
「あれは古代人が研究していたって記録があったと公表されただけでしょう。実物が発掘されたわけじゃないわ」
過去に戻る。
常識外の発言に半信半疑ながらクルトは興味を持った。
「その話、詳しく教えてくれ」
「ちょーっと待ってね、概要は……、っと」
リーネは手元の携帯電子端末を指先で弄る。
画面を目で追いながら時空遡上装置について説明してくれた。
情報集約艦の解析によれば、魔導歴後期において歴史の改変を行うことで超災禍を回避することができないかと研究されていた。
超災禍は名の如く、世界の文明を崩壊させるほどの被害をもたらし、致命的な人的・技術的な損失が起きる。
超災禍が発生または予見できた直後に時空遡上装置を起動させて過去の改変を行うことで、超災禍の発生を消滅させる、のが目的であったらしい。
普段、魔導歴時代の技術はあまり注目されないのだが、時空遡上装置による人の過去移動を可能とする試作機が完成、実験の成功を収めていると記録されていたことで、珍しくニュースになっているのだとか。
クルトの暗い心の底に小さな火が灯る。
「つまり、時空遡上装置を発掘できれば過去に戻れるのか?」
クルトの鋭利な視線がリーネに向けられる。
「どうなんだろ、ロラ?」
リーネはついっと受け流して白衣を羽織った女を見つめる。
釣られてクルトも振り向いた。
二人の視線を受けて、白衣を羽織った女は困った顔で人差し指を頬に当てる。
「そこで振るの? ……そうね、八〇万年も戻れるかわからないわよ? それに、魔導時代は超災禍で崩壊しているし、――結果を見るなら望み薄じゃないかしら」
魔導時代の人々は時空遡上装置を使用したにも関わらず、超災禍を防げなかったのか。
もしくは、時空遡上装置は完成しなかったのか。
徒労に終わる可能性もあるということだ。
だが――。
「賭けてみる価値はある。他にやりたいこともないしな」
この激情を抱えたまま漫然と生きて死を迎えるのは、石になっていたときよりも辛い。
ほんの一握りでも神の心臓を貫く機会を与えられるというのなら、どんな所業もなして見せる。
「さっき発掘と言っていたな。時空遡上装置を発掘するにはどうすればいい? 発掘したとしても動くものか?」
白衣を羽織った女は一瞬だけ渋い顔をした。
貴方には絶対に無理よ、と言いたげな雰囲気であったがゆっくりと口を開く。
「――発掘をするには旗艦都市政府が発行する許可証がいるわ。コレよ」
白衣を羽織った女は首元から下げたカードキーを摘まみあげる。
幾何学模様の描かれた顔写真付きの金属板である。
「もし時空遡上装置を見つけたとしても修理は必須でしょうから、古代技術の知識がある人が必要ね。一人では難しいわよ?」
リーネが身を乗り出してくる。
「ねーねー! それならさ、私たちといっしょに発掘すればいいじゃん! ロラは魔法研究で魔導時代の発掘してるわけだし、ちょうどいいでしょ!」
「……リーネちゃんが言うなら平気そうね。わたくしも歓迎よ。あなたが魔法が使える人だとするならとっても嬉しいわ?」
無邪気な笑顔と期待の微笑みを向けられてクルトは面食らい、警戒心が先立つ。
女二人が初対面の男相手に不用心過ぎやしないだろうか。白衣を羽織った女のほうは電気鉄柵を用いて警戒までしていたのに、この好印象はどういった理由なのだろうか。何を思ってクルトを信用したのか。
クルトは頭を振る。
どのみち一緒に行動する気はない、期待をさせて申し訳ないが、と断りを入れる。
「悪いが一人でやりたい。それに、オレは異端者だ。一緒にいると女神騎士団に処刑されるぞ」
二人は顔を見合わせて苦笑する。
「異端って言われてもね……?」
「いまの時代に騎士団なんてないしー、誰も気にしないってば!」
クルトは額を押さえる。
この世界は八〇万年を経過した見知らぬ土地であることを失念していた。異端者として人に忌避され続けてきたクルトにとって、いまさら誰かと仲良く行動するなど苦痛でしかない。
傭兵団に身を置いていたから最低限の交流はあったが、孤独が一番落ち着くのだ。
どうにか断れないかと言葉を重ねる。
「……オレは剣と魔法しか使えない男だ。技術や知識もない。発掘では役に立たないぞ」
事実、発掘と言われて思い浮かぶのはツルハシを担いで炭鉱に潜っていた獣人族の姿しか思い出せない。女二人でどんな発掘をしているのか全く想像がつかなかった。
「構わないわ。発掘は防衛システムや魔物と戦いになることもあるから、護衛が必要なの。頼りにしてるわ」
そこへ、リーネが異論を唱える。
「ええぇぇぇ!? そこは荷物係が交代でしょ! 護衛は私がいるじゃん!」
「……もちろん、リーネちゃんにも護衛をしてもらうわよ? 兼任ってことね」
「うぐぬぬぬぬぬぬ……」
リーネは肩を震わせながら歯ぎしりをしていたが、ふと動きが止まる。
ズビシッと。
背景に効果音が飛び出しそうな威勢でクルトに指を突きつけた。
「どちらが真の護衛係に相応しいか勝負だよ! 荷物係は新人の仕事なんだから!」
「おい……、オレは」
「アー、アー、聞こえない。聞こえなーい! 勝負ったら勝負だもん!」
仲間になるとも言っていないのにどうしてそんな結論になるのだろうか。
クルトはのし掛かる倦怠感に肩を落とした。