第020話 赤熱する一射
炎上する超大型回転翼機の残骸を背景に、レノックスの駆る魔神機と星界の大厄蟲は対峙していた。
「長距離通信は、……ダメだな……、奴の能力なのか?」
政府の魔神機は全滅。
援軍を求めたくとも旗艦都市ヴィクトワールに通信をすることもできない。
そして、圧倒的な強さをみせる星界の大厄蟲。
状況はこれ以上ないほど最悪であった。
「レノ君! 聞こえてる!? レノ君!」
通信の主は、ロラである。
「聞こえているよ、問題でも起きたかな?」
「タイラント・アラクニドが迫ってきてるの! キャンプにいる人を守らないと……!」
レノックスは小さく舌打ちを漏らす。
最悪と言うのは群れをなしてくるものだな、と実感する。いまキャンプを守るものは誰もいない。タイラント・アラクニドを撃退できる者は、一人しかいない。
レノックスはできるだけ穏やかな声で語りかける。
「申し訳ないが、……私がここを動けば、星界の大厄蟲はキャンプを襲うだろう。ロラ嬢、双発回転翼機に機銃はついているか?」
「ある、けど……わ、わたくし……、撃ったこと、なんて……、か、数えるくらいしか!」
「君だけしかいないんだ。そちらはまかせる」
「……ッ、そんな――!」
レノックスは通信を一方的に切断する。
会話をしていられる余裕などない。
集中しなければ、たちまち星界の大厄蟲の餌食となるだろう。
星界の大厄蟲は喰らうべき獲物が一匹逃げずにいてくれる程度にしか考えていないかもしれない。
しかし、その捕食者の余裕が死へとつながることを思い知らせてやる。
「魔神の戦いを見せてやろう!」
レノックスは魔神機の特殊兵装を起動させる。
魔導突撃銃を破棄、連装魔導誘導弾を投棄する。
大口径魔導砲を右腕に装着すると弾倉に残っていた榴弾を捨てた。そして、肩部のコンテナを展開。大口径魔導砲の放熱ユニットを傘のように広げた。
最後に大口径魔導砲の動力線を魔神機の魔導反応炉に直接接続する。
たちまち騒々しい警告音が操縦席に鳴り響く。
レノックスの魔神機はこの時代に製造された量産機である。
しかし、大口径魔導砲だけは発掘品を使用している。
イシャーウッド製IMC240-B15。
欠陥性能から炉融砲、などと揶揄されていた武器である。
レノックスがいた時代に開発された規格外の魔導砲で、魔導反応炉に直結することで要塞兵器の装甲を一撃で融解させるほどの破壊力を生み、魔神機に直撃させればパイロットごと焼き尽くすこともできる。
現用機に搭載された大口径魔導砲にこの機能はない。何故ならば運用するには不安定な構造になっているからだ。
炉融砲は、魔導反応炉から膨大な魔力を吸収してしまうので魔神機の出力が不安定になる。
また、被弾した場合は魔導反応炉に誘爆して大惨事になる危険も孕む。
武装の強度についても度外視されている。
炉融砲は、連続して発射すると砲身が使い物にならなくなり、魔導反応炉も高い負荷がかかる。最悪の場合は魔導反応炉が二度と起動できなくなってしまう。
等々。
いま説明したように運用するうえで危険なため、時代が進むにつれて軍用の兵器から仕様が外されたのだ。
そんな欠陥品とも言える炉融砲をレノックスが装備する理由。
それは、かつてレノックスが愛用していた武器だからだ。
『右腕、重量過多。魔導鋼筋に異常な負荷がかかっています。炉融砲の破棄して下さい――』
オペレートシステムの淡々とした警告を聞いて準備が整ったことを確信する。
レノックスは炉融砲を腰だめに構える。軋みを上げる魔神機を前進させた。
「さて、害虫駆除といこうか――!」
魔神機が大地を蹴る。魔導噴射装置から羽のように魔粒子を振り撒きながら加速した。
星界の大厄蟲の八眼を目掛けて一直線に突進する。
囮役がいればこんな自殺行為をしなくても良いのだが、いまは孤軍奮闘の状態。レノックスの集中力だけが頼りである以上、最短最速でケリをつけるのが最善策だ。
星界の大厄蟲が動く。甲殻に覆われた巨体が左右に揺れて、黒光りする尾が大きく反り返ったのが見えた。
判断は一瞬。
レノックスは魔導噴射装置を吹かして、魔神機を右に高速機動する。
目にも止まらない速度で放たれた星界の大厄蟲の尾針が何もない空間を穿つ。音速を越えた刺突に轟音が鳴り渡る。衝撃波で魔神機のコクピットがビリビリと震えた。
『長距離射撃を検知。回避してください』
役立たずなオペレートシステムが弾道警告を告げてくる。
尾針が戻る軌道が辛うじて目に写る。星界の大厄蟲は脚を踏み鳴らして、体を回転させる。全身を使って尾針を鞭のようにしならせて、薙ぎ払う。
レノックスは慌てない。
魔導噴射装置が悲鳴を上げるのも構わず機体を左に高速機動させた。
「ぐぅ……ッ!?」
金属が抉られるような擦過音がコクピットに響いた。モニタ画面がさざなみがたったかのようにぶれて歪む。
「当ててくるか……!」
『左腕、脱落。骨格、破損。機動力が一〇パーセント低下』
ノイズ混じりの後方カメラを確認すれば、潰れた腕が落下していくのが見えた。
動きを読まれている。
辛うじて回避できたものの、運が悪ければ薙ぎ払われた尾に叩き潰されていただろう。
だが、レノックスは必殺の一撃を叩き込めるポジションにたどり着いた。
狙っていたのは尾針も鋏も届かない位置、星界の大厄蟲の真上である。
「きたぞ! 腕一本なら安い。……もらった!」
炉融砲を構える。
劫火に煌めく砲身を星界の大厄蟲の胴体に向けて、引き金に指をかけた。
ここで星界の大厄蟲は驚くべき行動に出た。
八本の脚で力強く大地を打つ。大地が隆起したかのように土砂が噴き上がる。硬く乾いた地面を一撃で破砕すると、地面に潜り込もうと体をくねらせる。
距離を取られれば尾針にやられる。
レノックスは焦る心を抑えながら狙いを定めた。
「逃がさん!」
大地の裂け目に逃げ込もうとする星界の大厄蟲に炉融砲を発射する。
土埃に消えかかった星界の大厄蟲に極大の紅蓮光が突き刺さった。
太陽が落ちてきたかのように光が膨れ上がる。眩い閃光に周囲のすべてが真っ白に染まった。
万雷を束ねたかのような轟音が大気を揺るがした。大地がめくれ上がり空気が痛いほどに震える。天を見上げるほどの茸雲が立ち上った。
土煙の中から巨大なモノが転がり出てくる。
びしゃりと気味の悪い黄色の液体がまき散らされた。体液の滴り落ちる星界の大厄蟲の頭が恨めしそうに虚空を見上げている。
「……仕留めたか」
安堵の吐息をつく。
そして、レノックスは機体の姿勢を変えた、一瞬。
背後から襲いかかってきた尾針の一撃にレノックスの魔神機が貫かれた。
炉融砲が破壊されてあらぬ方角へすっとんでいく。
わずかに尾針の攻撃は操縦席をズレていた。
腰部を貫いた一撃で上半身と下半身が引きちぎられて、魔導噴射装置が大破する。
幸運にも魔導反応炉へ誘爆はしなかったものの、推進力を失った魔神機は仰向けに叩きつけられた。
『下半部、脱落。推進機能、大破。反応炉の制御が不安定になっています。ただちに脱出してください』
「……ば、ばかな……頭を失って動く、だと……」
警告音の鳴り渡る操縦席でレノックスは呻く。
武器はない。
飛翔力を失い、脚を失い、這いずることさえできない。
脱出しようにも操縦席は背部の開閉式扉から抜け出るようになっているため、外に出ることさえできそうにない。
目の前には頭のない星界の大厄蟲が迫ってきていた。
炉融砲の一撃に右の鋏と体が大きく抉られていて、黄色い体液がボタボタと荒野を染めていく。
しかし、星界の大厄蟲は痛がる素振りもない。
星界の大厄蟲の傷痕から体液の流出が止まる。
ボコリ、ボコリ、と内側から肉が盛り上がり再生が始まる
星界の大厄蟲の甲殻が内側から脱皮していく。鋏はより強靭で鋭く尖り、鎌のような触角が生え伸びる。
レノックスが与えたダメージは治癒していき、どんどん星界の大厄蟲のもとの姿へと戻っていく。
最後に再生した頭がもたげられる。
「く……ッ、無念――!」
レノックスの眼前に大きく開かれた大顎が映し出された。




