第014話 荒野の廃戦艦
荒野に聳え立つ情報集約艦。
錆と腐食によって斑になった船体が見えるくらいに近づけば、その巨大さが肌で感じられた。
「キャンプの南西側に着陸して良いそうよ。そっちに向かうわね」
ロラが双発回転翼機を旋回させる。情報集約艦の船壁を舐めるように超えると、眼前に簡素な建物がいくつも設置されているのが見えた。
あれは、発掘隊の簡易宿舎だ。
発掘隊が使用する簡易宿舎は、貨物コンテナに杭打機を装着したような姿をしている。
簡易宿舎はベッドやキッチンはもちろん、バス、トイレ付で快適とまで言えないものの十分暮らせる居住性能を持っている。簡易宿舎の脚になっている四基の杭打機は、地面に固定させるために取り付けられており、小さな魔物に体当たりされたくらいではビクともしない。
政府技研のキャンプを飛び越えて、やや外れた場所に双発回転翼機は着陸する。
「うわ、あっつぅ……。汗でベタベタになりそう……」
背部の格納庫扉が開かれると熱気が流れ込んでくる。 開口一番、リーネはどこからか団扇を持ってきて扇いでいた。
クルトは双発回転翼機から降りるとあたりの景色をじっくりと見渡した。
チリチリと肌を焼く熱射を避けて、額に手を当てる。
上空から眺めていた通り何もない。ひび割れた大地と干からびかけた草木の景色が地平線まで続き、彼方にはユラユラと陽炎が立ち上るばかり。不毛の大地というにふさわしい。
キャンプを見ると人の姿がちらほらと見える。レノックスのような軍服姿の男たちとロラのように白衣を羽織った痩せぎすな男たち。
キャンプを守る警備隊に目を向ける。
周辺には十機の魔神機が周囲を警戒するように巡回している。同道した超大型回転翼機からも、三機の魔神機が降りてくるのが見える。
搭載機を含めればまだ数機いるだろう。ずいぶんと手厚い警備だ。
「めずらしいものでもあったかな、原始人」
はじめて感じるキャンプの空気を観察していると、後ろから声を掛けられた。聞きなれた声に振り返ると、そこには見慣れない人間サイズの機械が立っていた。
「……レノックスか。なんだ、その人形は?」
「探索の準備だ。皆を集めてくれ、いまから打ち合わせをさせてもらおう」
時間が惜しいとばかりに双発回転翼機の格納庫に戻るよう急かす。
ロラとリーネを集めると、長旅の休憩もそこそこに探索の作戦会議をはじめることになった。
備え付けの机を前に四人が顔を突き合わせると、レノックスは電子端末に表示された立体地図を前に説明する。
「状況を確認してきた。情報集約艦の地表に露出している区画はすでに探索を終えているそうだ。今回、我々が探索を行うのは地中の未踏破区画になる」
レノックスが立体地図をタッチして拡大、指先で立体地図を回転させる。
精細な立体地図は途切れており、調査が及んでいない未到達の場所が黒く表示されている。地表に露出した区画の地図から想定すると地下の探索は広大で難儀をしそうだ。
さらに、情報集約艦は地表に突き刺さっているため直立している。内部の通路や室内は傾いた状態になっており、階段やエレベーターの使用はできない。
「防衛機構は維持されている。まずは管制室を目指し、システムを停止させる。その後、未踏破区画の探索を実施する。このような段取りでやらせてもらう」
疑問が湧き上がる。
クルトはレノックスの説明の合間に口を開いた。
「どうして、探索の前に防衛機構を停止させなかった?」
地上に露出した区画の調査をするにしても防衛機構は邪魔だったろう。防衛機構を維持したまま調査を続行した理由が何かあるのではないだろうか。
レノックスは鷹揚に頷く。
「理由はある。管制室までのルートが確保できなかった、あと船尾にある副管制室から制御できると考えたらしい」
副管制室から管制室へのネットワークは遮断されており、管制室に直接いって操作するしかないとの結論が出されたらしい。
緻密に描かれた立体地図には潰れた通路や室内もしっかりと表示されている。
「正規のルートなしか。面倒だな……」
情報集約艦は年月の経過により劣化している。艦内地図の通路はあちこち塞がっており、壁を破壊して進むには崩落のリスクが高い。よって、内部に侵入して経路を探索しながら進むよりほかない。
ロラの指示で一週間分の携帯食料と水を双発回転翼機に積み込んである。この食料が尽きるまでがタイムリミットになりそうだ。
「ねえー……、聞きくたびれたよ。早く探索に行こうよー」
机の上にぐにゃんと上半身を伸ばしているのは、リーネだ。
最初の五分くらいは真面目に聞いていたようだったが、よそ見をして、あくびをして、しまいに舟をこぎ始め……、いまの姿勢に至る。
レノックスは乾いた笑いを漏らす。
「ハインリーネ君には退屈な時間だったかな、さて――」
「防衛機構が動いている以上、これは遠足ではない。ロラ嬢と、……君たち二人は留守番だ。私が小型魔神機で防衛機構を停止、停止が不可能であればそのまま探索を続行する」
「しかたないわね、悲しいけど」
ロラは残念そうに呟く。
魔物対策で護衛を雇っているので防衛機構も一緒だろうと思われるが、魔物よりも防衛機構のほうが厄介だ。防衛機構は侵入者の排除が目的のためトラップが主流になる。
不測の事態が起きかねない今回の探索は断念せざるを得ないと考えたのだろう。
しかし、それは困る。
クルトはいずれ単身で発掘をやっていこうと考えている。逆に防衛機構がどのようなものかをこの機会に確認をしておきたかった。
そうですね、と引き下がるわけにはいかない。
故に、はっきりと主張させてもらう。
「問題ない。オレは同行させてもらう」
「……危険だと言っている。私が探索をすると言っているのは危険を肩代わりする理由もあることを理解してほしい」
「優しいな。――その機械は替えが利くからか?」
いまのレノックスの姿は迷彩軍服姿の若い男ではない。
魔神機を小型にしたような機械人形からレノックスの声が発せられている。
これは、小型魔神機と呼ばれる小型の魔神機で、遠隔操作で狭い危険地帯の探索や作業を行うための兵器である。
生身の体では万が一が起きた場合に死んでしまう。クルトやリーネを心配して一人で探索を買って出ているのだろう。いまは有難迷惑でしかないが悪い男ではないのだなと思う。
「そういうことだ。小型魔神機は遠隔操作用の兵器。破壊されたとしても私には何の影響もない」
クルトはどうしたものかと頭を悩ませる。
常識的に考えればレノックスに任せてしまうのが安全だ。これを覆すとなると、何か、こじつけでもいい……、理由がないと同行を強制するのは難しいところだ。
――しかたない。
ここは魔法の力に頼らせてもらおう。
クルトは聞こえないように小さな声で暗黒魔法を唱える。邪霊の怠惰を発動させる。
「さっき、キャンプに魔神機が十機も配置されていた。お前の機体と違ってパーツやカラーリングが統一されている奴らだ。あいつらはオルインピアダの傭兵じゃないな?」
「それがどうかしたのか? この探索は政府技研が中心に動いている。政府技研を守るために旗艦都市の魔神機が派遣されている。私は交代要員を運ぶ便に相乗りさせてもらったのだ」
それは、本当の理由なんだろう。
交代制で警護を担当するなら十機程度の魔神機があれば、タイラント・アラクニドにキャンプを襲われても安全に駆除できるはずだ。
だが、クルトは邪推した考えを付け加える。
「隠すなよ。それだけが理由じゃないだろう?」
レノックス、ロラ、リーネ、と視線を移す。
三人は訝し気な反応だがそれでいい。皆の反応を見る限り魔法の影響下にある。
邪霊の怠惰は周囲の声を集めるだけの魔法ではない。
自分の声に邪霊の怠惰を載せれば、言葉に対して不安と疑心を生み、意味のない言葉に対しても深く考え込ませてしまう。
リーネは防護の女神魔法を使えるので抵抗される可能性があったが、邪霊の怠惰に見事にかかっている。
……本当はかかってしまうのは問題なのだが。いまは都合が良いので気にしないことにしよう。
「原始人の言うことは理解できんな」
「そうか。お前も知らないのか、レノックス」
クルトはわざとらしく首を振る。レノックスは眼光鋭く問いかけてくる。
「……何が言いたい? はっきり言ったらどうだ」
「あの廃戦艦には何かをあるんだろ。あの廃戦艦に隠されたものを回収するのか、破壊するのか、……魔神機はもしものために用意した。――そんなところか?」
クルトは適当に言葉を濁す。もちろんデタラメだ。
護衛が多いのは何かしら理由はあるのかもしれないが、政府技研が何かを企んでいるなどと考えるのは突飛に過ぎる。
しかし、邪霊の怠惰に影響を受けている三人は疑いの心が芽生えているため、思考の誘導には気がつかない。
「警備の数は多いけれど、……まさか、そんなことねえ?」
「めっちゃくちゃだよ、ないない!」
悩めるロラと首を振るリーネに、クルトは上書きするように疑問を投げかける。
「さっきの戦闘を見ていたはずだ。レノックスが一人でタイラント・アラクニドの群れを圧倒していた。警護に十機も魔神機が必要か?」
「ええ、……う、うう~ん。それは~……」
「そんなに死にたいのか? 私一人であれば危険はないのだぞ?」
「小型魔神機が壊れたら、修理はこちらで肩代わりする契約だったな。……どうせなら小型魔神機も五体満足で帰ってきたほうがいいだろ?」
「それは、そうだが……!」
最後に畳み掛けるように言葉を連ねた。
「三人で探索すれば不測の事態にも対応できる。無論、何もなければ笑い話で終わる。何か問題があるか?」
レノックスとロラとリーネは顔を見合わせる。クルトは腕を組み、邪霊の怠惰を発動させながら待つのみである。
――結局。
探索はレノックスとクルトとリーネのチームで行うことになり、ロラは双発回転翼機をすぐに離陸できる状態で待機しておくこととなった。
レノックスを先頭にクルトとリーネは情報集約艦の侵入口に立っていた。
「二人とも私より前に出るんじゃないぞ。あと、着いてこれないと判断したら引き返してもらう」
「わかっている」
「りょーかい、だよ! 隊長殿ッ!」
クルトは片手を挙げて答える。リーネはおでこに敬礼をして、元気一杯で答える。
「……では、前進する」
レノックスは、全センサーをオンに切り替え、ヘッドライトを点灯する。左手に大型の盾を構えつつ薄暗い通路を奥へと進んでいく。
その後ろに、魔道携帯小銃を携えたリーネと魔道女神の大剣を背負うクルトが順番に続いた。