第013話 迅雷天駆の機械神
寝覚めと共に凄まじい轟音が耳の中で暴れまわる。
ここは、双発回転翼機内の格納庫。
クルトは目的地に到着するまで仮眠をしていたのだった。
双発回転翼機の駆動音は目の前にいる人との会話さえ叫ばなければ届かない。
「おーい! 起きて、起きて、起きてぇー!」
騒音に紛れて聞こえてきたリーネの声。
クルトは魔導女神の大剣を抱いたまま顔を上げる。
リーネは口元にメガホンのように手を当てて叫んでいた。
「さっき未来世界の戦いを見たいって言ってたじゃん! レノックスが戦うみたいだよ!」
「……! なるほど、どこだ!」
クルトは眠気を払って立ち上がる。
願ってもいない朗報だ。
前日にレノックスが言っていたようにこの世界の戦いをクルトは知らない。未来世界の戦いがどんなものなのかをじっくりと観戦したかったのだ。
「こっちこっちぃー!」
手招きするリーネについてクルトは操縦席へと歩いていく。
「はぁ……、戦闘空域って最悪だわ。早く片付けてくれないかしら」
操縦席にはロラが座っており、ディスプレイモニターに映る顔は不安そうであった。
ロラは双発回転翼機の操縦資格を持っているが、軍人パイロットに比べるとその操縦技術は一歩劣る。
嫌ならプロのパイロットを雇えばいいだろうと思うことだが、頭を悩ませるのは費用である。
経費削減のためにロラは双発回転翼機を自分で操縦しているそうだ。
食べさせてもらっている身として雇い主に同情を禁じ得ないが、いまはそれよりも戦闘の見学が重要だ。
操縦席の窓から外の風景を見る。
眼下は枯れた草木とひび割れた台地が広がっていた。地平線までくっきりと見える広大な荒野にはめぼしい人工物は見えない。
「どこにいる!」
「まだ出撃してないってば! アレ、アレ!」
リーネは操縦席横の窓に張り付いて並走飛行する超大型回転翼機を指さす。
一〇基の回転翼を持つ巨大輸送ヘリの背面ハッチが開いて、格納庫から何かが空中へと飛び出していった。
赤と黒の鎧で覆われた人型、頭には角が生え、のた打つような長い尾が空をうねっている。あの姿を人型というならば、魔神と表現すべきだろう。
人型は、眼光は鋭く、獲物を探すかのように上下左右に視線を巡らせた。
武器は銃器ばかりだ。
右肩に折りたたまれた大口径魔導砲を、左肩に連装魔導誘導弾を装着し、右手と左手には揃いの魔導突撃銃を構えている。
巨人は空中で魔導噴射装置を噴かせると、土煙を上げて迫る何者かに向かって一直線に飛翔する。
「速いな……、鳥神くらい、か?」
軽快に空を翔ける巨人の姿を見て、かつて鳥人族たちが降臨させた神、鳥神レイセヘルを思い出した。
鳥神レイセヘルが駆け抜けると、発生した突風により生半可な砦は崩れ落ちたと言われている。
飛竜を仕留めるための巨大弩砲の効果はあったものの、超音速で飛来する鳥神レイセヘルを狙い撃てる者はおらず、結局は女神が相討ちで地面にたたき落として女神騎士団が止めを刺した。
さすがに未来の世界なだけある。
神に匹敵する兵器が闊歩する時代になっているとは、恐ろしい時代だ。
「あの巨人が、魔神機だよ!」
与えられた知識から魔神機について思い出す。
魔神機は、全高八メナルの人族が乗り込んで戦う機械仕掛けの兵器だ。
魔科学歴時代に開発された魔導召喚陣によって呼び出した悪魔を殺し、骨を素体として魔導内燃機関を載せて、魔導鋼筋を張り合わせ、人族が乗り込んで操縦できるように改造されたものだ。
殺された悪魔は数十億とも言われている。
本当におぞましいことをする。
何十万年という遥かな時が流れても人族の残忍さは変わらないらしい。
そうこうしているうちに、魔神機と迫る土煙の距離は目前に迫っていた。
土煙を割って姿を現したのは、鋭い顎と二本の鉤爪・四本の足を持った巨大蜘蛛。タイラント・アラクニドと呼ばれる魔物であり、霊装歴時代初期に開発された生物兵器が野生化したものらしい。
背丈は三メナルほどだろうか。
四本の足を駆使して走る速度は時速一〇〇キロメナルにもなり、柔軟な足を利用した跳躍力は高さ五〇メナルを超える。鋭い顎の嚙み砕きは魔神機の装甲をも貫く威力を持ち、爪と足の一撃は生身の人間をチーズのように切り裂いてしまう。
ロラが双発回転翼機の高度を上げたのはジャンプ攻撃を警戒してのことか。
タイラント・アラクニドは八匹いる。
クルトは瞬きを惜しむように魔神機の戦いを見つめ続けた。
先頭のタイラント・アラクニドが二匹、跳躍する。
飛翔する魔神機に真正面から喰らいついていく。
残りの四匹は左右に分かれて魔神機の背後へ回り込もうと移動する。
魔神機は右手と左手には揃いの魔導突撃銃を一斉掃射。
フルオートで吐き出される五〇ミリの鋼弾が飛び掛かるタイラント・アラクニドをズタボロに引き裂いた。
四肢まで細切れになった巨大蜘蛛の破片が荒野に散らばる。
だが、残るタイラント・アラクニドたちは怯むことなく次の攻撃へ移る。
左手と右手のタイラント・アラクニドが口から白い粘糸を吐き出し、魔神機の飛行進路を妨げた。
さらに、逃げると予測するかのような位置にもう一匹が白い粘糸をばら撒く。
遅れて一匹が飛翔する魔神機に飛びかかる。
賢い魔物だ。
連携を利用した狩りを知っている、蜘蛛の名前が付いた魔物であるが蟻のような特性でも持っているのだろうか。
魔神機は慌てない。
腰部の魔導噴射装置を駆使して、まるで瞬間移動したかのように急激に転回する。
一瞬で粘糸の囲いを抜けた。
そして、背中の大口径魔導砲を展開して二連射。
二匹のタイラント・アラクニドを爆炎と共に吹き飛ばす。
残る二匹に振り向くと、連装魔導誘導弾を発射した。
白い尾を棚引かせて八の弾頭が四方からタイラント・アラクニドに襲いかかった。
荒野の一角が大爆発を起こす。
大量の土砂が降り注ぎ、細かな石の破片に交じってベチャリと湿った肉片が散らばっていく。
双発回転翼機の通信機に雑音が混じる。
誰かからの通信だと思った矢先、レノックスの声が聞こえてきた。
「――これが戦いというものだ、原始人。剣と魔法でついてこれるかな?」
自信に満ち溢れた言葉であった。
剣と魔法を馬鹿にする理由もわからないでもない。女神騎士団が一〇〇部隊いても魔神機の相手にはならないだろう。
タイラント・アラクニドにしても女神歴時代の魔物と比べると強く見えた。魔物との戦いは油断していると足をすくわれるかもしれない。
実にいい勉強になった。
「むがー! レノっち性格悪いよ!」
リーネは一人、通信機に向かって喚いていたが……、受信モードで話しかけても通信は通らんぞと言ってやらねばなるまい。
が、クルトよりも先にロラが口を開いた。
「リーネちゃん、遊んでる場合じゃないわよ。目的地、……見えてきたわ」
進行方向の遥か先。
平坦な荒野に突如として塔がそびえたっていた。
船体の半分以上が荒野に埋まっていながら、高層ビルのような高さを誇る情報集約艦。
魔導歴の遺構が静かに佇んでいた。