第010話 明日は冒険日和
その日の夜、夕食の時間のことだった。
「明日、発掘に行きましょう」
大好物のハンバーグを満面の笑みで味わう、リーネ。
いままで食べたことのない不思議な見た目の料理におそるおそる手をつける、クルト。
ロラの言葉に二人の動きがピタリと止まる。
「その発掘、時空遡上装置は見つかりそうか?」
目覚めてすぐに発掘現場に立ち会えるとは運が良い。気になるのは、お目当てのものが見つかる場所なのかどうかだ。
「望みはあるわよ。一昨日に発見されたばかりの情報集約艦を発掘するから新しい発見があってもおかしくないわ」
「そうか」
装置は見つからないかもしれないが、設計図だとか研究成果だとか何かしら見つかってほしいものだ。期待しすぎるのは良くないが楽しみである。
「でもさぁ、情報集約艦だよね? 全域マップがないと広すぎて探索しきれないよ」
リーネ曰く、情報集約艦は街や都市と同じくらいの広さを持つ。内部の防衛機構が作動していれば戦闘もある。たったの三人で発掘するのは規模が大きすぎると考えているのだ。
勿論、ロラは三人で探索をやろうとは考えていない。レノックスを通してある組織と渡りをつけていた。
「だいじょうぶよ。政府技研が探索をやっているところに混ぜてもらう予定なの。マップも完成部分を提供してもらえるそうよ」
リーネはフォークを咥えながら首を捻る。
「政府技研が? 古い時代の発掘は興味ないんじゃなかったっけ?」
「時空遡上装置に興味があるから艦の調査だけしておくつもりのようね」
「ふぅん。そうなんだ……、ま、いっか」
リーネはまだ何か気になることでもあったようだが、目の前のハンバーグのほうが大事だったのか。頭に浮かんだ疑問を投げ捨ててしまう。
食事に戻ったリーネを横目にクルトは話を進める。
「それで、オレたちはどうすればいい?」
「道中の護衛と情報集約艦周辺の防衛をレノくんにやってもらうから、クルトくんとリーネちゃんは施設に入るわたくしの護衛をお願いするわ」
「探索の護衛か」
「不安?」
クルトは傭兵時代にこなした仕事を思い出す。
今回の仕事は、洞窟の探索とよく似ている。
依頼主を守りながら財宝を探して危険を感じたら逃げる。敵を倒すだけの仕事に比べると面倒だが、注意すべきことや覚えておくと得することは頭に入っている。
未来の世界は勝手の違うところがあるかもしれないが、大まかな流れは変わらないだろう。たぶんやれるはずだ。
「護衛は問題ない、が……」
クルトの不安は別の事にあった。
「武器がない。申し訳ないんだが、何か用意してもらうことはできるか?」
「いいわよ。魔導携帯小銃がいくつかあるから充填しておくわね」
クルトはやっぱりかと頭を悩ませる。
「いや、剣がいい。金属製の剣を用意して欲しい」
予想通りと言うべきか。
ロラとリーネはポカンとした顔で固まる。
「け、剣……?」
「金属のって……厳しくない? 魔導溶断剣ならあると思うけど……」
しばしの硬直の後、二人はたどたどしく言葉を重ねる。
与えられた知識として魔導携帯小銃と魔導溶断剣は理解しているが、あんな武器では戦うことはできない。
理想は黒金鉄の大剣のような武器だが、無ければ使い捨て覚悟の鉄剣でも構わなかった。
「まったくないのか? いままでの発掘品が保管されているならば見せてほしいんだが……」
「いいけど、使いものにならないわよ?」
「それは見て判断する」
ロラは何も言わなかったが、明らかに冷めた態度であった。原始人の単語が頭に浮かんでいるのかもしれない。
しかし、クルトはほかの戦い方などできないのだ。
呆れ果てようと、無様と笑われようと、剣を振るい魔法を放ち敵を倒すしかない。
ロラは指先で床をツンツンと差した。
「発掘品は下の部屋にあるの。食べ終わったら食休みがてら案内するわね」
「ああ、頼む」
それから――。
夕食を綺麗に片付けた後。ロラとクルトが席を立つと、騒々しく椅子を押してリーネも立ち上がる。
「ねーねー! 面白そうだから私も見てていい? どんな武器を使うのかみたーい!」
「……好きにしろ」
護衛仕事の仲間ならば、お互いに武器や戦い方を勉強して連携に活かすものだ。意外と仕事に対する熱意があるなと感心し……そうになったが、リーネのウキウキした態度から察するに完全に興味本位の行動にしか見えない。
思い過ごしだな、とクルトはぼんやり考えていた。
「こっちよ。地下は暗いから足元に気をつけてね」
案内されるままに薄暗い階段を下っていく。
ロラが階下の照明をつけると部屋の端から順繰りに光が灯る。広々とした空間には所狭しとガラクタが並んでいた。
ドレもコレも土と錆に塗れた発掘品である。
「ここにある物は自由に使っていいわよ」
クルトは目の前に置かれていたガラクタに触れる。
見たことのない何かの器具の成れの果て、少なくともクルトの時代の物ではなさそうである。
絶望的かもしれないなと思いつつも丹念にガラクタを眺めていく。
「これは……」
黒い錆に覆われた長い棒を手に取る。見覚えのある造形に閃くものがあった。
クルトが使っていた黒金鉄の大剣であった。
「それは貴方と一緒に岩石の中に埋まっていたものよ」
「そうか。残念だ」
八〇万年の時間経過により完全に武器としての性能どころか、黒金鉄としての価値も無きに等しい。クルトが軽く力を込めると黒金鉄の刀身は半ばから折れてしまった。
一抹の悲しみを覚えつつ愛用の剣に別れを告げる。
と、その隣に大剣が置かれていた。
大剣らしき形の錆だらけの塊であったが、しっかりとした形を保っている。手に取ると確かな重みを感じる。素材は不明だが金属製の大剣らしい。
錆びだらけの大剣を眺めていると、横からリーネが首を突っ込んできた。
「あれー? 隕鉄剣あったんだ。ぜんぜん知らなかった!」
「どういう武器だ?」
「魔導女神が使う近接戦闘用の武器だよ。まあ、かさ張るし、接近しないと使えないし、人気なかったけどねー!」
「女神の武器か……」
女神アストリッドの嘲笑を思い出してしまい、掌にじんわりと嫌な感覚が這いあがってくる。
この武器はないな。
断じてあり得ない。
別の武器を探そうかと床に錆だらけの大剣を戻そうとするが、クルトの手に重ねるようにリーネがぐわしと掴む。
「ちなみにボロボロだけど~、修復機構がついていたから、魔力を流せば使えるかもよ? ほら、こうやって……」
「おい! 勝手に――!?」
リーネの魔力がクルトの手を伝って錆だらけの大剣に流れる。
すると、錆だらけの大剣は劇的な変化を遂げた。
内側から押し出されるように錆がパラパラと剥がれ落ちて、真っ青な刀身と汚れひとつない柄が現れた。鑑を思わせる刃にはクルトとリーネの顔が綺麗に映っている。
「おお! いいじゃん、コレで!」
「冗談言うな。女神の武器なんか使えるか」
「ええ~っ!? なんで~! 整備も簡単だし、金属製の剣だし、他にないよ?」
「オレは女神が嫌いなんだ。縁起が悪い」
「女神じゃなくて魔導女神だよ。チャーハンとピラフくらい違うことなんだから、そこんところよろしく! って、コラァー! ムシしないで!」
クルトは隕鉄剣を捨てると、他に使えそうな武器がないかを探しはじめた。
だが、数分もしないうちに隕鉄剣の前に戻ってくる羽目になった。
他のガラクタは武器になりそうなものが全くなかったのだ。
「ほらぁ、やっぱりないじゃん! あれあれ、おっかしいなー、女神の武器は使わないんじゃないんだっけ? うぷぷー!」
「……ッ! う、うるさい。ちょっと黙ってろ」
後ろでケケケと笑い煽るリーネを追い払う。
女神の武器であることは気に食わないが物は悪くない。重さや長さも前の愛剣と差がなく、この場に転がっているガラクタの中ではこれ以上ない武器と言える。
一度拒絶した手前格好がつかないが他に武器はない。代替品が見つかるまで辛抱すればいいか、と理由をつけた。
「ロラ、コイツをもらっていいか?」
「もて余していたものだから好きにしていいわよ」
クルトはベルトを繋ぎ合わせた簡素な鞘を作ると、女神の大剣を背負う。
残るは鎧だ。
「この世界の鎧はどうなっている?」
「例えば、携帯障壁発生器を持つか、防弾・防刃服を着るか、かしらね。わたくしが来ている白衣も防弾・防刃の効果があるのよ」
ロラは胸元の襟をつまんで見せる。
一見するとただの布地に見えるが、柔らかく強靭な鋼の糸が織り込まれているらしい。錆びない金属であるため洗濯もできるのだとか。
「オレが着れるようなものはあるか?」
「防弾・防刃の素材はあなたが来ている作業着にも使用されているわ。携帯障壁発生器は高いので購入していないの……、ごめんなさいね」
ちなみに、携帯障壁発生器は充填された魔力を使いきってしまうと動かないらしい。暴食の障壁や聖域の純潔を疑似的に発生させる装置なのだろう。
「リーネは防具をどうしている?」
「私の服も防弾・防刃だよ。でもま、私は魔導女神だから体は頑丈だし、銃で撃たれたり刃物でちょびっと刺されたくらいじゃぜ~んぜん平気なんだなあ、ふふ~ん!」
リーネはない胸を張ってふんぞり返る。
魔導女神は硬いのかもしれないが、人族の体は細枝の組み合わせと薄皮の水袋のようなものだ。ほんの少しの衝撃で骨は砕け、些細な裂目から皮膚は破れて血が流れる。
人族は脆い。
作業服にも防御を期待していいだろうが不安が残る。
首はもとより、心臓や腹・背骨を守る鎧が欲しかったのだが……。
「クルトくんの考えている鎧は兵隊さんのバトルスーツが近いと思うけど、携帯障壁発生器よりも高いのよね。お金を貯めてから考えたらどうかしら?」
「……そうするか」
大剣を背負うために使った革ベルトの余りで、首を守るネックバンドくらいは作れそうなので我慢することにした。
「さあ、明日は朝が早いわ。さっさと寝ましょ。――あ、そうだわ。クルトくんのお部屋を用意しないといけないわね」
すると、リーネの顔がサッと青ざめる。
慌ててロラの前に立ち塞がって引き止める。
「あー、あー! わ、私がやるよ! 隣の部屋が空いてたし、すぐ案内できるし!」
「そう? じゃあ、お願いするわね」
ロラは明日の準備をすると言って立ち去ると、リーネはホッと安堵の吐息を漏らした。
ロラに見られたくないものが部屋にあるのか。はたまた、部屋をロラに見られたくないのか。ともかくロラを遠ざけたいといった思惑がありありと見えた。
「……それじゃ、クルトの部屋にレッツゴー!」
「オレがどこに案内されるのか。いまから不安を感じるぞ」
「だ、だいじょーぶだよ! ……たぶん」
まったく安心できない言葉を掛けられて、クルトは今日何度目かになるため息を漏らした。