余興
ニブルヘイム軍を包囲しようとする動きを見抜いたアルフレートは、艦隊を広げて回り込む動きを阻止した。
「敵はこちらを後退させたかったのだろうが、意図がわかりやすすぎる」
見え透いた包囲運動はアルフレートによって方向性を失った。
「艦列を広げたから隙が生まれている。速やかに後続部隊は間隙に突入せよ!」
ケーヴェスの命令で、包囲を試みた艦隊の背後から、第2陣が突撃を開始した。
ニブルヘイム艦隊に、生まれた間隙を閉じる猶予はない。
「艦隊を下げろ!」
とうとう艦隊を下げることを余儀なくされた。
「敵は崩れた! 第3陣も攻撃に参加せよ」
「だめだ、あれは罠だ!」
逸るケーヴェスをリリエンタールが静止した。
「相手の方が兵力が多いのだから、間隙を穴埋めする後続がまだいるはずだ。それに目的は時間稼ぎだということを忘れるな」
納得したケーヴェスは攻撃中止を指示したとき、ニブルヘイム軍地上部隊から、長距離砲撃の嵐に巻き込まれた。
遠距離でありながら、艦の側面へめがけて正確な砲撃が、1隻1隻を確実に仕留めていく。
「艦列を乱すな!」
ケーヴェスの檄を無にするかのように、マックス・ベーレント率いる別働艦隊が現れた。
「側面に一撃を叩き込んでやれ!」
主砲を浴びせながら全速力で向かって来るベーレント艦隊を前に、ケーヴェスらは後退以外の手段を持ちえなかった。
次々に無防備な艦の側面を撃ち抜かれ、ある船はその場で爆散、ある船は真っ二つに折れて、地上にその巨体を堕とした。
「艦隊をまとめて高地まで後退せよ! そこまで引けば高射砲で敵を退けられるぞ!」
壊乱しないようケーヴェスは鼓舞して、なんとか陣形を維持しつつ、後退に成功した。
しかし艦隊戦力の損害は大きく、攻勢に出るには難しい状況になった。
だからといってニブルヘイム軍にとって、高地に突撃できる状況でもない。
依然としてムスペルヘイム軍の地上部隊は健在で、うかつに接近すれば大損害は必至。
「ここは相手にすること自体が間違っている。一気にまとまった数を叩いておきたかったが、そうも言っていられない。最低限の兵力だけここに残し、残りの戦力で侵攻を続ける」
「それでは侵攻部隊に兵力に不安があると思うのですが」
アイラが言う。
「敵主力と遭遇した場合、今度はこっちが時間稼ぎを行う。ここにいる敵部隊を長く孤立させ、補給切れを狙う」
「補給が切れて、貧弱な艦隊戦力で、乾坤一擲の勝負に出ないといけない状況に追い込むのですね」
「そういうことだよ。それで敵の各個撃破は可能で、敵がこちらの意図を理解すれば、主力も強引にでも攻勢に出る。守りを固めてそれを消耗させる」
アルフレートの作戦に従い、各艦隊に指示が出された。
ベーレント艦隊はここに残り、残りは引き続き進軍するというものだ。
ニブルヘイム軍が動き出すのを見て、ケーヴェスとリリエンタールは評議を始めた。
「相手は我々をここに拘束することを意図している。このままでは孤立してしまうし、打って出るほどの力もない」
リリエンタールの率直な現状評価に、ケーヴェスは何も言えない。
「最善手は撤退しかないのではない。そういうことなのだろう?」
眉間にしわを寄せてケーヴェスが言った。
時間稼ぎという当初の作戦目的が果たされているか怪しいからだ。
「そうだ。このままここを墨守しても、いずれは座して死ぬか、蛮勇を示して死ぬかの二択になる」
「ここで我々を拘束するために、相手はまとまった戦力を残すことになる。そうすれば決戦できるだけの戦力は残らないのではないか」
「我らの殲滅が戦術目標ならそれでも問題にならない。決戦で徹底した守勢を貫けば、我が軍の主力を消耗させることができる。そして補給が切れた我々を叩いた後は、拘束に用いた部隊を主戦場に向かわせ、消耗した我が軍主力を叩く。これが敵の算段と思うが、貴官はどう思う?」
リリエンタールに話を振られたケーヴェスはただうなずくしかなかった。
反論の余地がないからだ。
「全軍に命じろ。ここを放棄して撤退せよ」
ケーヴェスの命令は整然と行われ、撤退行動に移った。
「陛下、直ちに追撃に移りますか?」
マックスがアルフレートに通信した。
「地上軍と航空隊を先行させて、敵地上部隊をなるべく削ってから艦隊を前進させろ」
「御意」
航空隊による地上攻撃を、対空砲が銃火のカーテンで迎え撃つ。
接近した猛禽が銃火の餌食となり果てる。
しかし地上部隊もただでは済まない。
航空隊の機銃掃射が土を抉り、土煙を巻き起こす。
煙が晴れたら、そこに立つ人はいない。
横たわる人、響くうめき声、千切れた手足。
朱が土に染み渡る。
さらに機甲師団が突入し、塹壕に土をかぶせて生存者を“埋葬”していく。
双方に多大な犠牲を強いたのち、艦隊が陣地上空に現れた。
艦底に控える数多の機銃が、血にまみれた地上をにらむ。
一斉に掃射されたそれは、雨となり地に降り注いだ。
彼らが通り過ぎた後に、生ける者の姿はどこにもない。




