愛し子
久々にこっちの話を書きました。
当初考えていたのとテイストが離れてしまった…。
読んでもらえたらうれしいです。
豪華な寝殿造りの屋敷の中で、楽しそうな声が聞こえてくる。
ここは神の宮と呼ばれる異界であり、神獣たちの住まう世界の一角である。
声の聞こえる屋敷の主は長い碧銀の髪と紺碧の瞳を持つ神獣「青龍」である。
共にあるのは同じく四神と呼ばれる「白虎」だ。
短い銀髪を無造作に立て、滑らかな絹の額飾りをつけている。
傍らにはもう一人「玄武」も酒盃を片手に楽しそうにしている。
こちらは艶のある美しい紫の髪を持つ美女だ。
その三神の最近の話題はもっぱら一人の少女のことだ。
己が主人と定めた類稀なる能力を持ち人ならざる美貌を誇る少女。
安陪 巫女
陰陽師としては珍しいほどに式神に愛される少女である。
「天后がこの間、みこと遊んだといっていたよ。」
「そうか、
これで残るは貴人のみということだな。」
「だから妾が言ったではないか、あの子はかわいい子じゃと。
妾が気に入った者なのだから、皆が気にいるに決まっておる!
誰じゃ、みこが不吉などと言いおったのは!?」
そういって、玄武は少し乱暴に盃をあおる。
それを白虎がたしなめるように声をかける。
「仕方ないだろう。
帝釈の夢見は外れたことがほとんどないんだ。」
「だからと言って、みこの持つ力と限ったことではなかったではないか!
まったく、あの可愛くて愛らしいみこのどこを見れば凶兆を見いだせるというのじゃ?」
前半は不機嫌そうに、後半はとても誇らしげに玄武はつぶやき、
そして鼻歌交じりに酒を飲む。
それに続いて青龍も顔をほころばせる。
「そのことで貴女と口論したのが懐かしいですよ。」
玄武は青龍をチロリと睨むが、何かを思い出すように瞳を閉じた。
「ほんに、懐かしいのう。」
・・・・
玄武が巫女という少女を主と定めてから2年。
己が主を自慢したいがために、玄武は本来ならば人間は立ち入り禁止であるはずの神の宮で巫女を連れまわした。
玄武の気まぐれは今に始まったことではないが、
それでも人間の幼子を神の宮にまで連れてきたとなると話は別だ。
神の宮は上を下への大騒ぎ。
神の宮の者たちはしばらく玄武のすることを静観していた。
しかしずっと見ていても少女が何者なのかもわからないし、玄武が何をしたいのかもわからない。
(ただ玄武は巫女がかわいくてしょうがなかっただけ。)
結局、玄武と親しい十二神将のうちの一人、青龍が玄武の様子を見に来た。
そこで、青龍も巫女に落ちた。
そしてまた大騒動。
次に巫女に会いに来たのは白虎。
これも言わずもがな。
そしてまた一人、また一人と十二神将は巫女を主と定めていった。
玄武が巫女を主と定めてより4年。
巫女が10歳の時のことである。
そして話は三神の会話へと戻るのである。
神の宮では、巫女が生まれた年に不吉なお告げがあった。
「その年に生まれる力を持った子供が神の宮を滅ぼす。」
「力を持った子」
それを神の宮に住まう者たちは「陰陽術をもった子」であると解釈した。
巫女と同じ年に生まれた巫女以外の赤ん坊は、二人。
御青院家と白須賀家の息子たちだった。
ゆえに、青龍と白虎はそろって、我らが守護する家のものが神の宮を滅ぼすものであるはずがないと言い張ったことと、
巫女は生まれたばかりのときに力を発現させたことにより、
予言の子どもは巫女とされた。
そして、神獣たちは神の宮を滅ぼすとされた巫女を避けた。
巫女は5歳まで、いくら己が努力しようとも、
神獣に避けられていたために、式神を一体も使役できなかった。
式神を使役するという事以外は同年代では右に出る者がいないといわれるほどに優秀になったのに…。
そのことすら「忌み子」であるがために異常な事だとされた…。
そんな巫女に父や母は優しかったが、周りの大人は冷たかった。
式神を使えず、ただ力の強いだけの子ども…。
式神の聖なる力が宿らない魂はいずれ妖魔に食われるのではと言われ、「忌み子」と呼ばれた。
「忌み子」には触れるな。「忌み子」は関わったものに不幸をもたらす。
それは家人でもそうだった。
幸い、両親と兄は精霊に嫌われていても自分たちにとっては可愛い娘であり、妹であると公言していてくれた為、愛情を知らずに育つことはなかったが、
巫女の側付の侍女以外は皆、巫女を腫れ物の様に扱った。
そんな環境で育ったせいか。巫女は妙に大人びた子供であった。
出しゃばらず、わがままを言わず、何かをあきらめているような瞳…。
そんな巫女が暮らしてく中である日、巫女が6歳の誕生日を迎える少し前。
陰陽を司る家の子どもたちの顔合わせが行われた。
御青院家
白須賀家
朱牟野家
黒河内家
そして安陪家
この五家が皇の一族を守る皇守護家と呼ばれる家々である。
各々がそれぞれの得意とする陰陽の属性の力を使い、陰日向になり皇を支えてきたのである。
その守護家を次代当主になる子どもたちの顔合わせで、それは起きた。
その日集まった守護家の子どもは、巫女を覗き全員が男の子であったため、
顔合わせの堅苦しい挨拶がすんでしまうと、
後は大人と子どもは別々に行動することになる。
巫女にとって残念であったことは、
その場には巫女以外の幼い女の子がいない事だった。
もともとそんなに体を動かして遊ぶよりは、
部屋で読書をしている方が好きな巫女にとって、
庭に出て式神とともに遊ぼうなどと考えもつかない事なのだが、
他の子どもたちは己が家の式神を訓練の相手としているため、
その日も庭でそれそれの守護神を呼び出そうという事になり、
お互いの式神自慢をしたい幼子たちは、我先にと式を呼び出し始めた。
守護神はそれぞれ御青院が青龍、白須賀が白虎、朱牟野が朱雀、黒河内が玄武、安陪が梵天というように分かれており、当主以外の一族にはそれぞれの眷属の式が守護としてついていた。
だが、今日はどういうわけか筆頭の式神以外は姿を見せない。
しかも出てきた式もいつものように溌剌とはしておらず、何かを警戒しているようであった。
「私がいるから、式神様たちはご気分がすぐれないのだわ。」
そう巫女が悲しそうにつぶやくと、
兄が大丈夫だよと巫女の頭をやさしくなでる。
それでも兄の式神は巫女の前に出てきてくれるが、巫女を見ようとしないのを知っているため、巫女の顔は晴れない。
兄は巫女のそんな顔が見たくなくて、やはり自分だけは巫女と一緒に室内に戻ろうと他の子どもたちに声をかけようとした時。
まだまだ未熟な幼子たちは自分の家人が言っていたことを思い出す。
「あ!式に嫌われている子どもっていうのはお前だな!?」
そう声に出したのは御青院家の次男である龍弥だ。
巫女とは同い年になる。
「葛城が言っていたぞ。
おれたちの中に式神にきらわれてる子どもがいるんだって!」
幼子は純粋なだけその言葉はもろ刃の剣となる。
ただ、自分の式神が出てこなかったので悔しく思い、巫女に八つ当たりをしただけだったのだが…。その言葉は的確に巫女の心えぐった。
巫女は顔面を蒼白にしてその場を走り去ってしまった。
後に龍弥がこっぴどくすべての家の当主から叱られたのは言うまでもない。
皇の館で一人泣きながら走る小さな少女。
誰もが見とがめるはずのその姿は。しかし誰にも見られることはなかった。
血相を変えた息子の知らせを聞き、大慌てで娘を探しに出る安陪の両親。
そして他の守護家と皇の当主夫妻たち。
皆が総出でさがし、見つかったのはそれから大分時間がたったころだった。
巫女は館の一番奥の祈りの間の隅の方で泣き疲れたのか眠ってしまっていた。
父がそっと抱き上げ、今日はこのまま暇をさせてもらうように皇の当主に進言する。
皇の当主はそれを首肯いて了承する。
その後巫女が体調を崩し寝込んでしまったと各家に知らせが届く。
いち早く反応したのは黒河内家の長男である、武巳であった。
武巳は、巫女が生まれたときに兄のほか唯一その場にいた守護家の子どもであった。
巫女がまだ自我をもたぬ赤子のころはそれはもう頻繁に巫女のところに来ては構い倒していたほどだ。
病弱な弟が生まれると、弟にかかりっ切りになってしまった両親を見かねて、
祖父母が育てようといってくれたため、巫女とは離れてしまった。
久々に会った大好きな女の子を助けられなかった。
その後悔の念は武巳の行動を迅速にした。
同時に、いつもは何物にも執着しない武巳のその行動を目ざとく見つけた存在があった。
黒河内家の守護式神「玄武」だ。
皇守護家の式神たちは、それぞれの家と契約はしているが、主従の関係を結んでいるわけではなかった。
だから式神たちは自由で、時折思いついたように気に入ったものに加護を与え、主従の契約を結ぶこともある。
守護家の式神となればその頻度は少ないものではなかった。
実際に、当主を継ぐ儀式の際に主従の結ぶか否かの儀式も執り行われる。
大体、7代に1人の頻度で主従を結べるのだ。
しかし、玄武だけはほとんど主従の儀式を行うことはなかった。
玄武は自分の力を自由に使いたかったのだ。
誰かに使われるということを良しとしなかった。
契約は守護の契約のみ。
けして加護を与えることもなかった。
だが、そんな玄武が久方ぶりに興味を示したものが武巳だったのだ。
その武巳のある少女への執着。
自分の興味を引いた武巳の興味を引く少女…。
一体どんな少女なのか非常に気になった。
こんなに人に興味を惹かれるのは玄武が玄武と呼ばれるようになってはじめての事だった。
だから武巳がいない時でもずっと巫女を神の宮から覗き見ていた。
確かに初めは皆がいうように「忌み子」の気を少しだけまとっていた。
けれどもその気は巫女の成長とともに薄れていったのだ。
そして6歳の時には終ぞ消えてなくなった。
5歳にして式を使役する以外のすべての陰陽道を習得している類稀なる才能。
自分の置かれた状況を理解し、すべてを諦めてしまったような表情。
しかし最後の最後までは諦めていないであろう瞳の奥に宿る静かで力強い光。
それだけで、玄武は巫女を好きになった。
その時から、玄武は巫女に加護を与えた。
玄武が巫女に加護を与えてから1年。
巫女が寝込むほどに心に衝撃をおったと玄武は梵天から聞かされる。
梵天は巫女の一族を守護する神将で、玄武以外では巫女を気に掛ける唯一の存在だった。
しかし、極度の照れ屋のため、女子の顔をまともに見れないという残念な神将である。
その梵天が珍しく玄武に話しかけてきたのが、件の内容であったのだ。
玄武は風のように巫女のもとに駆け付けた。
床につく巫女の虚ろな瞳と巫女を取り巻く気を見て玄武は愕然とした。
瞳の奥の光が消えそうだった。
巫女を取り巻く気が「忌み子」のそれと同じだった。
「だめじゃ!」
玄武は威圧を込めて静かに言い放った。
あとから玄武を追いかけてきた梵天までもが驚くほどに。
「ならぬ!
みこは妾が初めて好いたのじゃ
妾の好きな光を失わせはせぬ!」
そういって玄武は見えない何かに対して威圧を続ける。
いつにない玄武の必死な様子に梵天は口をはさめず見守るだけだった。
式神は通常人型で人前に姿を現すことはない。
だが、しばらくすると玄武は人型になり、巫女の枕元に立つと、そっと額を撫で始めてやった。
少し息遣いが荒かったが呼吸が落ち着いたのか、
苦しくなくなった事に安心した巫女が瞳を開く。
そして心配そうに見つめる玄武を見上げると。
「ありがとうございます
苦しみをとってくださったのはあなたでしょうか?
紫色の髪の女神様?」
と弱弱しいながらも微笑んで問うた。
自分が苦しんでいたにもかかわらず、真っ先に感謝を伝える巫女が玄武は愛おしくて仕方なかった。
玄武は飛び切りの笑顔を浮かべ、
「妾は玄武
黒河内の家を守護するものじゃ
じゃがたった今から妾はそなたの守護役となる
妾と主従の義を行ってたも」
と言ってのけた。
幸いなことに(玄武にとってのみ)その場には巫女と玄武と梵天しかおらず。
玄武を止める者が誰一人としていなかった…。
結果。
巫女は玄武の主となったのだ。
その後は前語りをした通り、玄武は巫女を連れまわし、
巫女は貴人を除くすべての十二神将と契約を結んだ。
玄武に文句を言いに来た青龍は「どうされたんですか?」 (コテンという効果音付)の巫女の首かしげに即落し。
白虎は巫女の作る焼き菓子に胃袋をつかまれ。
美しいものが大好きな朱雀は前々から狙っていたのに玄武に先を越されたのを悔しがるように半ば強制的に…。
他の神将もすべて同じような態で巫女を主と定めていった。
もともと梵天と四神以外の神将はほとんど神の宮から出ることをしない上に、
誰かの守護神将となることを良しとしていなかったため、
人界に興味を持っておらず、「忌み子」の事もよく知っていなかった。
神の宮に災いをもたらす子ども…。
だが玄武の連れてきた少女は黄金と白銀のもっとも高貴な気をまとっており、
「忌み子」などと思えるわけがなかった。
神将たちは初めはからかい半分で巫女にちょっかいを出し、
いつの間にやら主としてしまっていた。
それほどまでに、巫女には魅力があったのだ。
庭先で杯を傾けあう三神の視線の先には、天后に腕を引っ張られ、こちらへとやってくる巫女がいる。
それを誇らしげにだがどこか拗ねたように玄武は見守る。
「まったく、妾が一番最初に見つけた愛し子であるのに、
なんとも勝手なものよ」
この子は妾の愛し子じゃ
決して誰かが傷つけていい子ではない
妾のみこを害するものは容赦せぬ
覚悟してかかってくるのじゃぞ
呼んでいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたらご指摘ください。